学位論文要旨



No 126179
著者(漢字) 山岡,香子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマオカ,キョウコ
標題(和) 同位体地球化学に基づくオマーンオフィオライト海洋地殻の熱水変質
標題(洋) Study on hydrothermal alteration of oceanic crust in the Oman ophiolite based on isotope geochemistry
報告番号 126179
報告番号 甲26179
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第596号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川幡,穂高
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 佐野,有司
 海洋研究開発機構 グループリーダー 石川,剛志
 東京大学 准教授 小畑,元
内容要旨 要旨を表示する

プレート拡大境界である中央海嶺では,活発な熱水噴出活動が起こっていることが知られている.噴出熱水の組成は海水とは大きく異なっており,海水が高温で岩石と反応した結果と考えられている.これまで,大量の海水が循環するのは上部地殻に限られると考えられてきたが,最近の研究によって,下部地殻深部にも大規模な海水の浸透があることが示唆された.中央海嶺における熱水循環は,長期的に海水の化学組成に影響を与えるだけでなく,熱水変質によって海洋プレートの物理・化学的性質を変化させる.変質したプレートがマントルへと沈み込む過程では,脱水作用によって島弧マグマを生成し,マントルの化学組成にも影響を与える.従って,海洋地殻全体の熱水循環の詳細を明らかにすることは,マントルを含めた地球全体の水循環を考える上で重要である.しかし,熱水循環の深さや規模,および深部での水-岩石反応については,現場での深部掘削試料が得られていないため,アプローチが難しい.オマーンオフィオライトは,白亜紀の海洋プレートがアラビア半島に衡上した岩体であるが,海洋プレート層序が完全かつ連続的に露出しており,海洋地殻全体の熱水変質を調べるために適した試料である.岩石中の同位体組成は,水-岩石反応の条件を記録している.これまで,酸素,水素,ストロンチウム,硫黄などの同位体が,水-岩石反応の指標として用いられてきた.近年,分析技術の発展により,ホウ素が新たな指標として注目されている.しかしながら,海洋地殻のホウ素濃度は低いので,既存の同位体分析法の改良がもとめられる.本研究では,オマーンオフィオライトの連続的な海洋地殻岩試料について酸素および水素同位体比を分析した.また,ホウ素同位体分析法の改良を行い,低いホウ素濃度の試料でも精度良く測定できる手法を確立した.その手法をオマーンオフィオライト海洋地殻岩に適用し,ホウ素濃度・同位体の鉛直プロファイルを得た.以上の結果から,1) 中央海嶺熱水循環系地下での水-岩石反応,および2) 海洋地殻全体の熱水変質が地球システムにおいて果たす役割,を明らかにすることを目的とする.

試料は,オマーンオフィオライトのフィズ地域における海洋地殻岩を用いた.サンプルセットは堆積物-地殻境界からモホ面までの5260 mをカバーし,Kawahata et al. (2001)によって変質鉱物の組成,Sr同位体比が報告されているものと同一である.試料は粉砕したのち,乳鉢で粉末化した.酸素は,試料をフッ素法によって分解し,二酸化炭素として捕集した.水素は,XRD分析により鉱物を同定したのち,1000℃で水を抽出,水素ガスに還元して捕集した.同位体分析は,質量分析計 MAT 250 (於秋田大学環境資源学研究センター)で行った.ホウ素濃度は,試料をHCl-HFで加熱分解し,四重極型誘導結合プラズマ質量分析計ELAN DRC II (於高知コアセンター)を用いて内標準法で測定した.ホウ素同位体は,試料をHCl-HFで加熱分解したのち,イオン交換クロマトグラフィーによってホウ素を分離し,表面電離型質量分析計TRITON TI (於高知コアセンター)で同位体比を測定した.ホウ素に関する化学処理はすべてクリーンルーム内で行った.

オマーンオフィオライト海洋地殻のδ18Oは,深度とともに減少傾向を示した.枕状溶岩およびシート状岩脈群の上部はMORBのδ18O (5.7‰)より高く,シート状岩脈群の下部およびはんれい岩は,MORBと同じか,より低い値を示した.一方,δDには深度方向の傾向は見られず,エピドート脈は高いδDを示した.岩石のδ18Oは,温度と水/岩石比の指標,一方Sr同位体比 (87Sr/86Sr)は温度によらない水/岩石比の指標である.δ18Oと87Sr/86Srの組み合わせから,オマーンオフィオライト海洋地殻は<200℃から>500℃で熱水と反応したことが推定された.また,上部地殻は完全に噴出熱水と平衡に達しているのに対し,下部地殻は噴出熱水とは異なる同位体組成を持つ熱水と不均質に反応したと考えられる.下部の変質したはんれい岩は著しく低いδ18Oを示し,モホ面付近まで大量の海水が浸透したことを意味する.海洋地殻全体の平均δ18Oは,約6‰であることから,熱水循環は海洋地殻全体のバルクδ18Oを変化させないと考えられるが,下部地殻の低いδ18Oはマントルへ持ち込まれ,長期的には海水のδ18O増加に寄与している可能性が示唆される.

δ18Oから推定された温度条件をふまえ,鉱物の水素同位体平衡定数を用いて熱水のδDを見積もった.上部地殻のクロライトを生成した熱水のδDは約-13‰と推定され,海水起源の熱水と考えられる.一方,下部地殻のホルンブレンドと反応した熱水のδDは<-17‰,エピドート脈と反応した熱水のδDは10-30‰と見積もられた.高温高圧下で水の超臨界二相分離が起こるとき,気相のδDは増加,液相のδDは減少することが実験的に示されている.従って,下部地殻では大規模な海水の超臨界二相分離が起こり,周囲の岩石と反応している可能性が示された.

海洋地殻のような低いホウ素濃度の試料の同位体比を精度良く測定するため,イオンクロマトグラフィーを用いたホウ素の化学分離について検討し,標準岩石試料 (JB-2, JB-3)を用いて分析法の精度・確度および再現性について評価した.本分析法で測定されたδ11Bは,JB-2, JB-3ともにこれまでに報告された値と調和的であり,分析誤差 ±0.1-0.2‰ (2σ)と再現性も良好であった.従って,既存の分析法がホウ素1 μg相当の試料を必要としたのに対し,本分析法ではその10分の1である100 ng相当でのホウ素同位体分析が可能となった.

オマーンオフィオライト海洋地殻のホウ素濃度は,深度とともに減少傾向を示したが,海洋地殻全体を通して新鮮な岩石のホウ素濃度より高く,岩石中のホウ素は海水から付加されたことを意味する.ホウ素は低温熱水変質では粘土鉱物などの二次鉱物にとりこまれ,高温熱水変質では逆に岩石から放出されることが実験的に示されているが (Seyfried et al., 1984),高温でもホウ素に富む熱水との平衡により岩石に取り込まれることが示された.一方,δ11Bは深度にそって増加傾向を示し,反応温度上昇にともなう同位体分別係数の減少を反映していると考えられる.また,δ11Bはδ18Oよりも鋭敏な水-岩石反応の指標となることが示された.下部地殻のホウ素濃度は上部地殻に比べると小さいが,厚みの違いを考慮すると,下部地殻は11Bに富んだホウ素の大きなシンクとなっていることがわかる.Ishikawa and Nakamura (1994)は島弧火山岩のホウ素濃度およびδ11Bが火山フロントから離れるにしたがって減少することを示し,島弧マグマを生成する流体は,堆積物と変質した上部海洋地殻に由来すると考えた.しかし,本研究の結果からは,沈み込み帯においては上部地殻のみならず下部地殻からもダイナミックな流体の移動が起こっている可能性が示唆される.

本研究における特に新しい知見は,以下の4点に要約される.

1) 熱水変質は海洋地殻全体のバルクδ18Oを変化させないが,沈み込み帯において下部地殻の低いδ18Oがマントルへ持ち込まれ,長期的には海水のδ18O増加に寄与している可能性を提案した.

2) 下部地殻では,超臨界二相分離した熱水と岩石の反応が大規模に起こっており,噴出熱水の塩分変動やマグマからの安定した熱エネルギー供給に重要な役割を果たしていると考えられる.

3) 変質した下部地殻は11Bに富んだホウ素の大きなシンクとなっており,大きな沈み込み帯においては上部地殻のみならず下部地殻からもダイナミックな流体の移動が起こっている可能性が示唆された.

4) 珪酸塩のホウ素同位体分析法について,ホウ素濃度が低い試料,あるいは少量の試料に適用できる高精度な分析手法を確立した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる.第1章はイントロダクションであり,中央海嶺における熱水循環系に関する背景について述べられている.中央海嶺における海洋地殻の熱水変質は,沈み込む海洋プレートの組成や海洋の化学組成に影響を与えるため,全球的な物質循環を考える上で重要な因子である.しかし,実際の海洋地殻へのアクセスは難しいため,海洋地殻全体を通した水-岩石反応についての知見は限られたものになっている.本論文では,過去の海洋プレートであるオマーンオフィオライトの連続的な海洋地殻岩試料を用い,酸素・水素同位体比,ホウ素含有量,ホウ素同位体比を分析した.以上の結果から,1) 中央海嶺熱水循環系地下での水-岩石反応,および2) 海洋地殻全体の熱水変質が地球システムにおいて果たす役割,について議論した.

第2章では,オマーンオフィオライトの地質学的背景,および採取した岩石試料の詳細について述べられている.

第3章では,オマーンオフィオライト海洋地殻の酸素・水素同位体比について議論した.酸素同位体比の結果から,上部地殻には比較的長期間熱水の循環があったが,下部地殻へ浸透するのは高温の熱水に限られることを明らかにした.変質した下部はんれい岩は著しく低い酸素同位体比を示し,モホ面付近まで海水の浸透があったことを意味する.酸素同位体比から推定された温度条件をふまえ,鉱物の水素同位体比から熱水の水素同位体比を見積もったところ,1) 海水程度の水素同位体比を持つ熱水,2) 海水よりも低い水素同位体比を持つ熱水,3) 海水よりも高い水素同位体比を持つ熱水,の3種類の熱水の存在が示唆された.高温高圧下で海水の超臨界二相分離が起こるとき,気相の水素同位体比は増加,液相の水素同位体比は減少することが実験的に示されていることから,下部地殻では大規模な海水の超臨界二相分離が起こり,周囲の岩石と反応している可能性が示された.さらに,下部地殻の低い酸素同位体比がマントルへ持ち込まれることにより,長期的な海水の酸素同位体比増加に寄与している可能性を提案した.

第4章では,珪酸塩のホウ素同位体分析手法の開発について述べられている.海洋地殻のような低いホウ素濃度の試料の同位体比を精度良く測定するため,イオンクロマトグラフィーを用いたホウ素の化学分離について検討し,標準岩石試料を用いて分析法の精度・確度および再現性について評価した.本分析法で測定された標準岩石試料のホウ素同位体比はこれまでに報告された値と調和的であり,分析誤差 ±0.1-0.2‰ (2σ)と再現性も良好であった.従って,既存の分析法がホウ素1 μg相当の試料を必要としたのに対し,本分析法ではその10分の1である100 ng相当でのホウ素同位体分析が可能となった.

第5章では,オマーンオフィオライト海洋地殻のホウ素含有量,およびホウ素同位体比について述べられている.オマーンオフィオライト海洋地殻のホウ素濃度は,深度とともに減少傾向を示したが,海洋地殻全体を通して新鮮な岩石のホウ素濃度より高く,岩石中のホウ素は海水から付加されたことを意味する.一方,ホウ素同位体比は深度にそって増加傾向を示し,反応温度上昇にともなう同位体分別係数の減少を反映していると考えられる.また,ホウ素同位体比は酸素同位体比よりも鋭敏な水-岩石反応の指標となることが示された.下部地殻のホウ素濃度は上部地殻に比べると小さいが,厚みの違いを考慮すると,下部地殻は11Bに富んだホウ素の大きなシンクとなっていることがわかる.沈み込み帯においては上部地殻のみならず下部地殻からもホウ素がメルトに付加されている可能性が示唆された.

第6章では,本研究で得られた同位体データから,中央海嶺熱水循環における水-岩石反応の条件(温度,水/岩石比)などを議論し,海洋地殻の変質が地球環境に及ぼす影響を評価した.

第7章では,研究全体の結論について述べられている.

本研究は,初めて岩石の水素同位体比から,中央海嶺地下において大規模な海水の超臨界二相分離が起こっていることを見出し,中央海嶺の熱水循環システムについて重要な知見を与えた.また,珪酸塩のホウ素同位体分析法について,ホウ素濃度が低い試料,あるいは少量の試料に適用できる高精度な分析手法を確立し,海洋地殻全体のホウ素含有量およびホウ素同位体比のプロファイルを初めて明らかにした.これらの研究成果は,沈み込み帯を含めた全球的な物質循環に適用可能な,極めて価値の高いものである.

なお,本論文は論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,審査委員会は本論文を提出した山岡香子氏に博士(環境学)の学位を授与できると認めた.

UTokyo Repositoryリンク