学位論文要旨



No 126181
著者(漢字) 越地,福朗
著者(英字)
著者(カナ) コシヂ,フクロウ
標題(和) 人体通信用機器の設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 126181
報告番号 甲26181
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第598号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 准教授 広田,光一
 東京大学 教授 鈴木,克幸
 東京大学 教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

近年,情報通信の分野における超高速高周波実装技術,精密微細加工技術などの進化にともない,携帯電話やノート型コンピュータなど小型でありながら高い処理能力の有する様々な情報機器が開発されている.我々は,将来,これらの多くの情報機器を携帯または身につけることによって身のまわりに偏在させ,様々な情報のやりとりを行いながら日常生活をおくるようになると予想される.したがって,将来的にこれらの情報機器同士を人間の行動を制限することなく接続する通信手段が必要となる.こういった人体周囲における近距離通信ネットワークをPersonal Area Network (PAN)やBody Area Network (BAN),Body-Centric Network (BCN)と呼び,その有力な通信手段のひとつに,人体を伝送路として利用する人体通信が挙げられる.

図 1は人体通信用機器の設計フローと機器設計に必要な知識を図示したものである.これまでに,伝送メカニズムの検討や試作デバイス開発などの人体通信に関するいくつかの研究報告や開発事例があるが,それらは個々の事例に特化された内容であり,一般論として扱えない.また,それらの情報をすべて集めても,人体通信用機器の設計を行うには機器設計のための情報としては不十分である.

したがって,本研究は,人体通信の利用が想定される様々な利用形態における情報機器の電極設計や伝送特性を検討し,設計に必要な情報を体系的にまとめることで,人体通信用機器の具体的な設計手法を構築することを目的として行ったものである.

人体通信では,一般に数十MHz以下の周波数帯が用いられ,その波長は数十メートル以上になるため,人体上または人体周囲に配置される情報機器同士は超近距離通信となり,一般的な電波通信において考慮される遠方界のみならず近傍界としての考慮が必要となる.したがって,伝送システムの信号伝送状況は複雑なものとなるため,数値電磁界解析に頼らざるを得ない.しかしながら,解析対象となる人体のモデル化や大地グラウンドの扱い,人体近傍に配置された電極アンテナがつくる電界分布など人体の電気的な振る舞い,人体通信の空間伝搬通信に対する優位性など基礎的なことは明らかにされておらず,人体通信システムを検討する上でこれらの基礎的な知見を明らかにする必要があった.2章においては,以下の項目を検討し明らかにした.

・電磁界解析モデルは,構造の単純な筋肉媒質円柱モデルにより,MRIモデルと同等の解析が可能である

・人体近傍に配置された電極がつくる電磁界分布から,人体は1~50MHzでは導体のように振る舞い,50~200MHzでは誘電体のように振る舞う.

・大地グラウンドのモデル化は,足先部分に着目した検討をのぞいて必要ない.

・人体通信と空間伝搬通信の比較により,人体通信は300kHz~30MHzで空間伝搬通信に対して-20dB以上の伝送特性S21を示し,その伝送特性は,個人差4dB程度,姿勢と周囲環境で7dB程度の伝送特性S21変動がある.

以上の知見は,人体通信システム検討のための基礎的な情報となり,システム開発段階における通信方式検討,定量的評価など,人体通信システム設計のための具体的な設計手法構築の基礎的な知見となる.

人体通信用機器における電極は,通信機器と人体とのインターフェースであり,電気信号の出入り口となり電波通信システムでいうアンテナに相当するものである.したがって,回路や励振源のインピーダンスと電極インピーダンスの整合は人体通信システムの伝送特性や通信効率を最適化する上で重要である.しかしながら,これまでインピーダンス特性などは明らかにされていなかった.第3章では,腕部装着型,設置型,頭部装着型の電極入力インピーダンス特性について,装置の各寸法に対するインピーダンス特性を検討し,望ましい電極構造など,以下の項目を明らかにした.

・人体通信システムは,一般的な電波通信システム同様,送信側からみて受信側は十分遠方と見なせるため独立に設計可能である.

・1電極タイプのインピーダンス特性は,抵抗成分,リアクタンス成分ともに,人体に接触する電極寸法には依存せず,筐体との距離や,筐体サイズ,回路基板サイズ,腕半径など,設計者がコントロールしづらいパラメータによって変動するため扱いづらい.

・2電極タイプのインピーダンス特性は,人体に接触する電極長,電極幅,電極間隔のみでコントロール可能であり,人体と筐体の位置関係や回路基板サイズなどには依存せず,特性は安定しており扱いやすい.

・腕部装着型1電極タイプのインピーダンス特性は,kΩオーダの大きな容量性であり効率的な励振が難しく扱いづらい.2電極タイプは,リアクタンス成分はほぼゼロであり,抵抗成分も30~130Ωの範囲でコントロール可能なため,扱いやすい.高周波回路で一般的な50Ω系にも容易に整合可能である.

・設置型1電極タイプのインピーダンス特性は,筐体に強い電流分布がみられ,整合がとれていない状態でも人体周囲に強い電界分布が得られ,伝送特性は良好となる.2電極タイプは,腕部装着型と同様の特性変化をする.

・設置型のように機器サイズが大きい場合には,1電極タイプおよび2電極タイプの両者どちらでも設計が可能であり,腕部装着型や頭部装着型など機器の形状が小さい場合は2電極タイプを用いた設計を行うことが望ましい.

以上から,装置各部の寸法に対する電極入力インピーダンス特性が明らかとなった.これにより,回路や励振源のインピーダンスにあわせ,所望の値とするためにどの寸法が大きく影響するかなどが知見として得られ,装置設計時からインピーダンス特性を把握することが可能となる.

3章では数値電磁界解析および実験により人体通信用機器の電極のインピーダンス特性検討を行ったが,数値電磁界解析は長い解析時間を要し,効率的な電極設計が難しい課題がある.4章では,数値解析に頼らずに電極や装置の各寸法によってインピーダンスを近似的に求めることが可能な近似式の導出を行い,近似式の精度の確認,近似式を利用した電極設計,人体上に配置された整合電極を用いた各装置間の伝送特性S21を検討するなどの設計具体例を示し,以下の項目を明らかにした.

・導出された近似式は,精度よくインピーダンスを計算可能である.

・近似式を利用し,2電極タイプの腕時計サイズの装置の50Ω整合電極を設計し,インピーダンス整合時は不整合時よりも最大30 dB強い電界強度分布が腕部内部および周囲に得られ,送受信機間の伝送特性S21は最大12 dB改善される.

・インピーダンス整合電極を用いた場合,人体上に配置した2電極タイプのPDAサイズ装置同士の伝送特性S21は-70~-45 dB.2電極タイプの設置型装置と人体上の各装置との間の伝送特性S21は-43~-29 dB.1電極タイプの設置型装置と人体上の各装置との伝送特性S21は-35~-22 dBであり,人体通信は一般的な電波通信に比べて効率的な通信が可能である.

以上の知見から,長時間の数値解析に頼らずに電極や装置の各寸法によってインピーダンスを近似的に求めることが可能となり,回路設計などのシステム開発の初期段階から,インピーダンス値を容易に計算可能となるなど,設計効率改善に大きく貢献することになる.さらに,ここで検討されたインピーダンス整合電極を用いた伝送特性検討結果は,実際に利用が想定される人体各部の間の伝送特性であり,この知見は人体通信システムを構築する際のシステム全体の伝送電力や効率,受信機の信号増幅率などの見積もりや仕様を決定する上で重要な知見となる.以上の知見は,電極設計のための誰もが容易に実施可能な設計手法となる.

5章では,人体通信のアプリケーションの一例として,人体通信を利用したBody-Centric Networkの構築を検討し,人体通信の通信高速化の一つの手段として,広帯域化に着目し,伝送路の特性変動に強いOFDM変調を採用することで高速な人体通信TCP/IPネットワークの実現を試み,以下の知見を明らかにした.

・実験的に構成した2~28 MHz を利用するOFDM送受信システムを用い,左手と人体各部の間で通信を行い,TCPで39 Mbps以上,UDPで53 Mbps以上の通信速度が得られる.

・TCP通信時には,TCPウィンドウサイズを1~2Mバイトに設定したときに最大スループットが得られる.

・ウィンドウサイズを最適化したシステムにて,ハイビジョン映像音声伝送を試み,伝送遅延なく伝送可能である.

以上から,人体通信システムを利用したTCP/IP Body-Centric Networkの構築例とその実現可能性を示した.

以上の本論文で得られた知見は,人体通信用機器設計のための誰もが容易に実施可能な設計手法となり,ここで得られた知見により人体通信システムにおける装着型および設置型の人体通信用機器の電極入力インピーダンスを容易に把握することが可能となり,回路設計や電極設計など,人体伝送特性を含むシステム全体の最適化に利用可能である.よって,本論文で得られた設計手法を用いることで,良好なインピーダンス特性および伝送特性を有する人体通信用機器およびシステムの設計の実施が可能となる.

図 1 人体通信用機器の設計フローと機器設計に必要な知識

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり,第1章では研究背景を概観し,先行研究の分析に基づき本研究の目的を述べている.情報通信技術の急速な進歩により情報機器を携帯または身につけることによって様々な情報のやりとりを行いながら日常生活をおくるようになると予想される.したがって,将来的にこれらの情報機器同士を人間の行動を制限することなく接続する通信手段が必要となる.こういった人体周囲における近距離通信ネットワークをPersonal Area Network (PAN)やBody Area Network (BAN),Body-Centric Network (BCN)と呼び,その有力な通信手段のひとつに,人体を伝送路として利用する人体通信が挙げられる.しかし人体通信はまだ研究開発段階に留まっており,技術者が人体通信を応用したシステム設計や回路設計を行うための技術情報が体系化されていない.本論文は,人体通信の利用が想定される様々な利用形態における情報機器の電極設計や伝送特性を検討し,設計に必要な情報を体系的にまとめることで,人体通信用機器の具体的な設計手法を構築することを目的としている.

第2章では人体の電気特性と基本伝送特性について述べている.人体通信では一般に数十MHz以下の周波数帯が用いられ,その波長は数十メートル以上になるため,人体上または人体周囲に配置される情報機器同士は超近距離通信となり,一般的な電波通信において考慮される遠方界のみならず近傍界としての考慮が必要となるため,本研究では基本伝送特性の数値電磁界解析により以下のような知見を得ている.

・人体通信の伝送特性を評価する電磁界解析においては構造の単純な筋肉媒質円柱モデルを用いても詳細なMRIモデルと同等の解析が可能である.

・人体近傍に配置された電極がつくる電磁界分布から,人体は1~50 MHzでは導体のように振る舞い,50~200 MHzでは誘電体のように振る舞う.

・大地グラウンドのモデル化は,足先部分に着目した検討をのぞいて必要ない.

第3章では,腕部装着型,設置型,頭部装着型の電極入力インピーダンス特性について,装置の各寸法に対するインピーダンス特性を検討し,以下の知見を得ている.

・1電極タイプのインピーダンス特性は,抵抗成分,リアクタンス成分ともに,人体に接触する電極寸法には依存せず,筐体との距離や,筐体サイズ,回路基板サイズ,腕半径など,設計者がコントロールしづらいパラメータによって変動するため扱いづらい.

・2電極タイプのインピーダンス特性は,人体に接触する電極長,電極幅,電極間隔のみでコントロール可能であり,人体と筐体の位置関係や回路基板サイズなどには依存せず,特性は安定しており扱いやすい.

・設置型1電極タイプのインピーダンス特性は,筐体に強い電流分布がみられ,整合がとれていない状態でも人体周囲に強い電界分布が得られ,伝送特性は良好となる.2電極タイプは,腕部装着型と同様の特性変化をする.

第4章では,数値解析に頼らずに電極や装置の各寸法によってインピーダンスを近似的に求めることが可能な近似式の導出を行い,近似式の精度の確認,近似式を利用した電極設計,人体上に配置された整合電極を用いた各装置間の伝送特性S21を検討するなどの設計の具体例を示している.近似式の利用により,長時間の数値解析に頼らずに電極や装置の各寸法によってインピーダンスを近似的に求めることが可能となり,回路設計などのシステム開発の初期段階から,インピーダンス値を容易に計算可能となるなど,設計効率改善に大きく貢献することになる.

第5章では,人体通信のアプリケーションの一例として,人体通信を利用したBody-Centric Networkの構築を検討し,人体通信の通信高速化の一つの手段として,広帯域化に着目し,伝送路の特性変動に強いOFDM変調を採用することで高速な人体通信TCP/IPネットワークを実現している.

第6章では以上の研究成果を整理し,人体通信を利用しようとする技術者がシステム設計や回路設計を行うために必要な設計ガイドラインとしてまとめている.

第7章では結論として研究成果を総括し,今後の展望を述べている.

本研究は,人体通信を利用する機器の設計に必要な伝送モデル,伝送効率,送受信機用の電極インピーダンス等に関して電磁界解析と実験データに基づいて伝送モデルの考え方や伝送特性に関する知見を整理し,設計指針としてまとめたものである.この成果は従来,事例報告でした得られなかった人体通信用機器の仕様に理論的な根拠を与えるものであり,設計ガイドラインは人体通信という新しい通信技術の普及に大きく貢献することが期待される.

なお,第2章と第5章は竹中秀同,前坂拓磨,佐々木健との共同研究,第3章と第4章は佐々木健との共同研究であるが,いずれも論文提出者が主体となって解析,実験をおこなったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する,

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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