学位論文要旨



No 126183
著者(漢字) 張,莉
著者(英字) Zhang,Li
著者(カナ) チョウ,リ
標題(和) 湿式潜熱・顕熱分離空調システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 126183
報告番号 甲26183
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第600号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
 東京大学 准教授 大宮司,啓文
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、湿式デシカントと蒸気圧縮式ヒートポンプを組み合わせた潜熱と顕熱が独立処理する空調システムを考案した。潜熱処理ユニットは塩化リチウム溶液を用いる湿式デシカントから構成され、顕熱処理ユニットは蒸気圧縮式ヒートポンプから構成される。湿式デシカントサイクルが空気の潜熱(冷房運転時の除湿と暖房運転時の加湿)を処理し、圧縮式ヒートポンプサイクルが空気の顕熱(冷房運転時の冷却と暖房運転時の加熱)を処理する。湿式システムは、年間を通じ潜熱処理を担当する。冷房運転時は湿式システムの除湿機能を利用することにより,従来のエアコンは蒸発温度を上げて運転することによる効率(COP)の向上を計ることが可能となり、暖房運転時は湿式システムにより外気から除湿した湿分を室内への加湿に使用し、かつ乾燥された外気を従来のエアコンの室外機に送風することにより、従来のエアコンのノンフロスト化が達成できる。

本システムは外気条件により三つの運転モデルがある。

(1)夏場、冷却・除湿運転モデル

(2)冬場、無着霜区間(外気温度>5℃、または外気温度<7℃)の加熱・加湿運転モデル

(3)冬場、着霜区間(-7℃<外気温度<5℃)の加熱・加湿・ノンフロスト運転モデル(略してノンフロスト運転モデルと呼ぶ)

Fig.1に、ノンフロスト運転モデルを例として、システムの概略図を示す。還気がノンフロストヒートポンプの凝縮器で加熱され、部屋へ給気する。一方、外気はハイブリッド湿式デシカントシステムの加湿再生器で溶液から水蒸気を貰い、加湿された後部屋へ給気される。このように、空調部屋の空気の加熱と加湿がヒートポンプと湿式デシカントにより、分けて処理できる。外気の湿度が高いことは従来空調機の室外器での着霜の原因である。湿度高い空気は表面温度が0℃以下(空気の露点温度より低い)の熱交換器と熱交換することにより、飽和状態となり空気から水蒸気が凝縮し、熱交換器の表面に着霜する。そのため、空気の湿度が下げれば、着霜を防ぐことができる。

本システムでは、外気を湿式デシカントの除湿器で除湿され、その乾燥された空気がヒートポンプの蒸発器へ送られ、熱交換しても蒸発器に霜が着かなくなる。

最初、主な冷房、暖房運転条件に対し、システムのシミュレーションを行った。潜熱・顕熱分離型空調システムの全体COPは式1のように、顕熱COP、潜熱COP及びSHF(顕熱比)から影響を受ける。顕熱COP、潜熱COP、またSHFが増加すればするほど、全体COPは向上する。夏場、外気温度が増加する(相対湿度が同じ)と、顕熱COPが低下することにより、全体COPは低下する。外気相対湿度が増加する(温度が同じ)と、潜熱COPとSHFが低下するとにより、全体COPは低下する。冬場、外気温度が増加する(相対湿度が同じ)と、顕熱COPが向上することにより、全体COPは上昇する。外気相対湿度が増加する(温度が同じ)と、潜熱COPとSHFが向上するとにより、全体COPは上昇する。(〓)(1)

潜熱・顕熱分離型空調システムの省エネ性を把握するために、夏と冬を分け、従来空調システムとの性能比較を行った。結果をFig.2,3,と4に示す。

結果から見ると、夏、外気相対湿度が60%以下の場合、潜熱・顕熱分離型空調の省エネ-効果が見られる。冬、低温・高湿の着霜温度領域で、潜熱・顕熱分離型空調の省エネ-効果が見られる。他の温・湿度領域では、潜熱・顕熱分離型空調は従来空調+電気で蒸気加湿システムの性能より約2倍大きいが、従来空調+水加湿システムの性能と大体同じになる。

除湿器/再生器は湿式デシカントの主な要素であるため、湿式除湿器・再生器を試作し、その除湿・再生性能を解明する実験を行った。実験装置の概略図をFig.5に示す。実験装置はテストセクション部、充填層、空気供給源、溶液ポンプ、溶液熱交換器、溶液冷却(加熱)器、電気ヒータ及び空気ファンから構成された。空気と溶液の温度は熱電対で、空気絶対湿は露点計で、空気流量は差圧流量計で、溶液流量は質量流量計で、溶液濃度は密度計と温度計より測った。

溶液の液滴は空気に飛散するかどうかは湿式デシカントの一つの問題点である。本実験で、風速が1m/s以下の時、溶液が飛散しないことは分かった。物質伝達率に与える影響を実験により明らかにした。除湿、再生両方とも、風速、また溶液流速が増加すればするほど、物質伝達率が上昇する。更に、溶液温度の影響により、除湿過程の物質伝達率 (K) が溶液再生過程の物質伝達率より高いことを分かった(Fig.6)。また、夏場外気湿度高いため、溶液を再生することが難しくて、冬場、外気湿度低いため、空気の除湿することが難しいことが実験より分かった。除湿器・再生器を設計するために、物質伝達率の相関式を提出した。除湿過程の物質伝達率相関式を次式(2)に示し、加湿過程の物質伝達率相関式を次式(3)に示す。相関式から得られた計算値と実験結果の誤差は20%以内となっている。

夏と冬の外気条件、及びヒートポンプ有効動作範囲(蒸発と凝縮の温度差が30℃ ~ 40℃)を考慮すると、夏の溶液冷却、加熱温度が20℃、55℃前後で、冬の溶液冷却、加熱温度が0℃、35℃前後であることが分かった。(〓)(2(〓)(3)ここで、(〓) (〓) D-拡散係数 m2/s de-空気チャネルの当量直径 m p-密度 kg/m3 v-空気動粘度係数 m2/s

湿式デシカント全体の実験装置を組み、最適な冷却・再生温度、COPなどを解明する実験を行った。実験装置はFig.5と大体同じである。ただ右側の充填層の部分はテストセクション部になった。主に三つの実験条件(夏場発生頻度一番多い日、高温高湿の日、低温高湿の日)を作り、夏季の除湿実験を行った。

除湿COPは外気絶対湿度による影響が大きいことが見られた。外気絶対湿度が15g/kgDA から 19g/kgDAまで上昇すると、除湿COPは2.9から2.1まで減少することが分かる(Fig.7)。

様々な溶液濃度に関する限界溶液冷却温度及び最適な加熱温度が実験結果より得られた。溶液濃度が増加すると、限界溶液冷却温度が高くなり、最適な加熱温度も高くなる。更に、溶液濃度が増加すると、除湿COPは上昇し、濃度が31%を超えてから、濃度が増加することにより、COPは低下する(Fig.8)。この実験条件にたいする最適な溶液濃度が31%前後ということが分かる。この時の限界溶液冷却温度が24℃で、最適な加熱温度が52℃ということが分かった。更に、排熱及び太陽熱を使う場合でも、高い除湿効率を維持するために、低い溶液濃度で除湿できるように、20℃左右の溶液冷却温度が必要である。

全体的に考慮すると、塩化リチウム溶液を除湿剤として使う場合、適用な濃度範囲は30%~35%という事が分かった。この濃度の塩化リチウム溶液に対して、温度が20℃~25℃の冷熱源及び50℃~60℃の温熱源が必要であることが分かった。この温度範囲は及びヒートポンプ有効動作範囲になる。

Fig.1 Hybrid air conditioning system using liquid desiccant under no-frosting operating mode

Fig.2 Comparison of COPtotal between traditional air-conditioning and hybrid air-conditioning in summer

Fig.3 Comparison of COPtotal between traditional air conditioning and hybrid air conditioning in winter when the defrosting operation is necessary

Fig.4 Comparison of COPtotal between traditional air conditioning and hybrid air conditioning in winter when the defrosting operation is not necessary

Fig.5 Schematic of the experimental system

Fig.6 Comparison of K obtained from dehumidification and regeneration experiments

Fig.7 Comparison of experimental COP and calculating COP

Fig.8 Effect of concentration of solution on COP of dehumidifying system

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,湿式デシカントシステムと蒸気圧縮式ヒートポンプを組み合わせることによって,潜熱と顕熱を分離した空調システムを提案し,快適性の改善と省エネルギー性を実現することを示している。湿式デシカントシステムは,塩化リチウム水溶液を作動媒体とし,熱源をヒートポンプの冷温熱とするハイブリッドシステムである。

本論文は,7章より構成されており,第1章では序論で従来の研究の紹介,研究の目的が記載されている。第2章では,本研究で提案する湿式潜熱・顕熱分離空調システム(以後,「潜顕熱分離空調」という。)の運転モードが説明されている。第3章では,各運転モードに対応する吸収,再生特性を実験により評価している。第4章では,湿式デシカントシステムの充填層内の熱物質移動特性を実験により明らかにしている。第5章では,充填層における熱物質移動特性の実験結果に基づき,詳細な特性シミュレーション結果が示されている。第6章では,湿式デシカントシステムの全体的な性能実験を行い,運転条件の最適化が検討されている。第7章は,結論で本研究を総括している。

潜顕熱分離空調は外気条件により,以下の3通りのモードを想定している。

(1)夏季の冷却・除湿モード

(2)冬季の暖房・加湿モード

(3)冬季の暖房・加湿・フロストレスモード

従来システムでは,夏季においてはヒートポンプの蒸発温度を空気の露点以下に下げて過冷却除湿を行い,冷却と除湿を同時に行っている。湿度と温度を同時に処理しているのでそれぞれを所定の値に設定することはできず,除湿するために必要以上のエネルギーを投入している。これに対して,潜顕熱分離空調では潜熱処理を湿式デシカントシステムが受け持ち,顕熱処理をヒートポンプが受け持つ。顕熱処理のみ行うヒートポンプは蒸発温度を露点以上に上げることができるので,高効率運転ができ,全体システムとして省エネとなる。冬季は,従来システムでは電気ヒータによる加湿,あるいは水を温風で蒸発加湿する水加湿が採用されている。潜顕熱分離空調では外気から加湿用の水分をとるので,水配管が不要となる。また,冬季のヒートポンプ運転の欠点は,外気温度が下がり湿度が高いときに,室外機の伝熱管に霜がつき性能低下を招くことと,霜を溶かす運転をしなければならないことである。潜顕熱分離空調ではヒートポンプの室外機に通す空気を湿式デシカントシステムを用いて除湿し,着霜のないフロストレス運転を実現できるという特徴を持つ。

潜顕熱分離空調システムの性能評価シミュレーションを行い,夏季運転においては,外気の相対湿度が60%以下の場合,従来システムより省エネになることを明らかにしている。冬季運転の省エネ性については,電気ヒータ加湿と比較すると消費電力は半減するが,水加湿と比較するとほぼ同程度の消費電力になることを明らかにしている。通年エネルギー消費効率(APF)を東京と冬季の着霜の多い金沢で推定している。その結果,APFはどの地域でも5.0程度となり,従来システム(過冷却除湿,水加湿システム)より10%程度の省エネルギー性が確保されることを明らかにしている。

湿式デシカントシステムの主要要素である除湿器,再生器のモデルを試作し,充填層に塩化リチウム水溶液を流下させ,隙間を空気が流れるときの吸湿性能と再生性能を解明する実験が行われた。その結果,夏季および冬季の外気条件下での熱物質移動特性を示す無次元整理式を得ている。また,塩化リチウム水溶液は金属に対して強い腐食性をもつので,空気流により塩化リチウム水溶液が飛散しない運転が必要である。そのために空気流速を1m/s以下にすべきことを明らかにした。

続いて,湿式デシカント全体の実験装置を組み、最適な冷却・再生温度、塩化リチウム濃度,COPなどを解明する実験が行われた。夏季実験条件は発生頻度一番多い日、高温高湿の日、低温高湿の日について、除湿実験が行われ,夏季運転においては溶液濃度の最適値が31%であることを明らかにしている。冬季の加湿運転においては,外気の絶対湿度が低くなるにしたがって,外気からの湿分の吸収が難しくなるが,絶対湿度2g/kgDAまでは本システムで運転可能であることを示している。冬季運転時の溶液濃度の最適値は37%であった。冬季のフロストレス運転試験においては,フロストレス運転が可能であることを確認し,全システム動作係数(COP)は3.5以上の高性能を示すことを明らかにしている。

本研究の全般にわたって論文提出者が主体となって実験及びシミュレーションを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると判定する。

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