学位論文要旨



No 126184
著者(漢字) 坪内,孝太
著者(英字)
著者(カナ) ツボウチ,コウタ
標題(和) オンデマンドバスシステムの開発と地域への導入設計の研究
標題(洋)
報告番号 126184
報告番号 甲26184
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第601号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 佐藤,知正
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的

利用者が好きな時刻を指定でき、約束した到着時刻に間に合うように運行するオンデマンドバスシステムを開発した。当該システムおよび全国で行った実証実験の結果について説明するとともに、様々な地域に導入する際に適用できる導入設計手法について提案し、提案手法の評価を行うことを目的とする。

2.開発したオンデマンドバスシステム

オンデマンドバスシステムとは利用者の予約に応じて、バスが利用者の場所へ行き、乗降させる乗り合いバス運行システムである。路線バスは一定の決められた停留所、決められたスケジュールで乗客を乗降させるが、オンデマンドバスには決められた停留所やスケジュールがない。

開発したオンデマンドバスシステムは、(1)運行計画生成アルゴリズム、(2)予約インターフェイス、(3)車載システム、(4)データベースという4つの基礎技術からなる。運行計画の中枢を担う運行計画生成アルゴリズムは、タイムウィンドウを各予約に設け、タイムウィンドウを違反しない探索範囲のみを検索する点、タブサーチにより重複する探索計算を省いている点で工夫がなされた高速計算アルゴリズムである。本システムの予約インターフェイスについては、データベースに蓄積されている過去の利用履歴をマイニングし、システムが自動的に人の移動を推測し提案する個別適合型の予約提案機能により入力が平易になっていることに工夫がある。なお本予約提案アルゴリズムは、実証試験において15%程度の的中率を達成できたことが確認されている。システム全体図を図1に示す。

3.開発したオンデマンドバスシステムの評価

千葉県柏市、大阪府堺市、滋賀県守山市の異なる3カ所で実証実験を行い、開発したオンデマンドバスシステムのサービス評価を行った。各市で共通して得られた知見として、(1)乗車時間を指定でき、かつ約束した時刻を守って運行するという本システム独自の機能が、利用者の年齢および職種等を特定せずオンデマンドバスのサービス評価の向上につながっている事、(2)自家用車からの転換も10%~20%程度確認でき、また外出機会の創出や新規移動需要の創出に結びついている事、(3)利用者から見た導入以降はほぼ100%賛成と高く地域への積極的導入が求められていること、(4)支払い意思額と実際のコストとの差分は大きく、採算性の課題がある事、(5)路線バスからの乗り換えが多く確認され、既存交通機関との競合は課題となる事といった5点が確認された。異なる地域の実験から似た結果を得ることができ、そのサービスとしての評価が高かった結果は、本システムの弾力性を示している。

一方で、(1)本システムの諸処の特長に対する利用者からの評価点および(2)乗合率やオンデマンドバス効率といったシステム評価値については、地域の特性や実験の対象者等の差異から地域間の違いが確認できた。

4.導入設計シミュレータの開発とその妥当性検証

様々な地域への導入設計を行うために、導入設計手法について整理し、オンデマンドバス導入設計シミュレータを開発した。開発したシミュレータは、シミュレーションの苦手な地方自治体の担当者と、地域に土地勘のないシステム管理者がネットワークを通じて協力して行うCSCW (Computer-Supported Cooperative Work)を実現しているという特徴を有している。簡易なインターフェイスを通じてWebページから自治体担当者がシミュレーションに必要なインプットデータを作成し、それをシステム管理者がシミュレーションにかけるという仕組みである。

本シミュレータの妥当性を検証する目的で、インプットデータの精度の異なる2つの実験結果を示した。実験は、事前に担当者が推測したシミュレーションの結果と、その後の実証実験の結果との両者を比較するものである。

インプットデータの精度の高い滋賀県守山市の実証実験の場合、5%以内の誤差という高い精度で導入状況を推測できることを確認した。一方でインプットデータの推測精度の低い大阪府中之島地域の場合は、シミュレーションの推測結果と実証実験の結果に30%程度の誤差が確認された。この結果、本シミュレータの特長として地域の移動需要を正しく把握できている場合は、精度高く推測できるが、地域の移動需要の特長を把握できていない場合は、その信頼性は低くなることが確認された。

5.シミュレータを用いた運行計画生成アルゴリズムの評価

精度の高さについて示された本シミュレータを用いて、運行計画生成アルゴリズムの性能評価を行った。シミュレーション実験により、オンデマンドバスの成立率や顧客不満足度といったサービスレベルは、(1)投入する車両台数、(2)運行面積、(3)エリアの形状、(4)顧客の発生密度には影響されるが、(5)バス停の設置密度、(6)車両のサイズには影響を受けないことが明らかになった。これらの運行計画生成アルゴリズムの特長を把握することは、オンデマンドバスの導入計画を練る際の参考になる。

特に、バス停の設置密度に影響を受けないことは、オンデマンドバスが運行するエリアさえ決めてしまえば、そのエリア内にバス停をどれだけ配置させても、運行効率が悪くならないことが明らかになったことを意味し、路線バスと比べた際のオンデマンドバスの優位性といえる。一方で、運行面積やエリアの形状に左右されるという結果からは、エリアの選定が運行効率を決定する主要因であることが明らかになった。

また、既存の研究では発生する顧客密度が大きくなると、オンデマンドバスの運行効率が極端に悪くなることが示されていたが、本研究では発生する顧客密度が大きくなると確かに運行効率は低下するものの、低下の度合いはほぼ線形であることが示された。また、逆に運行台数を大きくすると1台あたりの運搬人数が増え、スケールメリットが働くことも明らかになった。

6.交通分担シミュレーションの開発と評価

開発したシミュレータの応用として、交通分担と連携させたシミュレータの開発を行った。本交通分担シミュレータの特長は(1)オンデマンドバス実証実験によって得られた域内移動トリップ状況からトリップパターンの推測を行ったこと、(2)交通分担を犠牲量モデルによってモデル化したこと、(3)実際のパーソントリップ調査の調査結果から現実の状況に補正したことの3点が挙げられる。

まず、実移動データを用いることで、より現実に即したシミュレーション実験が可能となる.この点については、パーソントリップ調査や交通量調査など既知の調査結果と照合させることで、さらに精度を高い仮想環境を構築することができる。

また、犠牲量モデルを用いた交通分担の決定を行っているため、運賃の変動による乗車状況の変化や、実証実験にすら多額の予算を必要とする大規模社会実験などを仮想的にコンピュータシミュレーションすることが可能である。また、犠牲量の計算式を変えることで、晴天時と雨天時の交通分担状況の違いなども調べる事ができる。

堺市の事例においては、市が計画しているLRT敷設の効果についてシミュレーション実験を行った。都市部の方の路線において、雨の場合はある程度の需要を見込めるが、晴れの場合は既存の交通手段からの転換が期待できないというシミュレーション実験から得た帰結は、実際に現場の会議でも経験的に挙げられていた懸念事項であり、現実的な帰結といえる。

6.オンデマンド交通システムの導入設計

図2にはオンデマンド交通システムの導入設計のワークフロー示した。これまで地域にオンデマンド交通システムを導入する際は、事前に実証実験を何度か繰り返し、地域への最適な導入形態を検討してきた。しかし、実証実験を行うには大きな費用と時間がかかり、その期間中に地域の移動様態が変わるといった問題も指摘されていた。本研究で提案するシミュレーションを用いた導入設計は、精度の高い推測によって運行計画から実用化までの時間を短縮することができる。特に、一度行った実証実験の運行ログをインプットデータとして地域の最適な導入設計を行えるシミュレーション方法が確立されていることで、実証実験のフィードバック回数を減らすことが可能となる。これら一連の導入設計プロセスと実施について新潟県三条市で行い、確認した。

7.研究の結論

利用者が好きな時刻を指定でき、約束した到着時刻に間に合うように運行するオンデマンドバスシステムを開発し、評価を行った。実証実験の結果、サービスの評価が高く利用者からは導入が強く求められることを確認できた一方で、採算性や既存交通機関との競合といった課題も同時に確認できた。また、開発したオンデマンドバスシステムの導入設計を支援するシミュレータを開発し、その有効性およびシミュレーションの推測精度の高さを確認した。推測精度の高いシミュレータは、これまでオンデマンド交通の実用化までにかかっていた導入設計や実証実験にかかる時間やコストを小さくし、早期のオンデマンド交通の実現に寄与する事ができる。

図1 開発したオンデマンドバスシステム

図2 オンデマンドバスの導入設計手順

審査要旨 要旨を表示する

本論文は11章から構成される。

第1章は、研究の目的と背景について述べている。本研究の目的は、坪内らが開発してきたオンデマンドバスシステムの性能評価および導入設計を行うことである。

第2章は既存のオンデマンドバスについて概観している。日本および海外のオンデマンドバスサービスを整理した後で一つ一つの事例について簡潔にまとめている。最後に既存のオンデマンドバスの課題を明らかにしている。

第3章では既存研究について、アルゴリズムの観点からまとめている。アルゴリズムは、ゆとり時間と実用的な乗客挿入アルゴリズムという本研究で開発したシステムに組み込まれている内容について触れると共に、一般的な数理計画法からみた位置づけも整理されている。

第4章では、開発したオンデマンドバスシステムについて述べている。当該システムは、(1)運行計画生成アルゴリズム、(2)予約インターフェイス、(3)車載システム、(4)データベースという4つの基礎技術からなる。運行計画の中枢を担う運行計画生成アルゴリズムは、タイムウィンドウを各予約に設け、タイムウィンドウを違反しない探索範囲のみを検索する点、タブサーチにより重複する探索計算を省いている点で工夫がなされた高速計算アルゴリズムである。予約インターフェイスについては、データベースに蓄積されている過去の利用履歴からマイニングして行う個別適合型の予約提案機能により入力が平易になっていることに工夫がある。車載システムは、簡易な設計に特徴がある。

第5章では、2008年度に行われた千葉県柏市、大阪府堺市、滋賀県守山市の3つを事例に実証実験によるサービス評価をまとめている。都市の規模や構造、人口密度、利用者の年齢構成は異なるすべての地域で、利用者からはサービスとしての高い評価を受け、また交通弱者にとって優しい交通体系を構築できていることが分かった。一方で、採算性の課題や既存公共交通機関との競合の課題も確認された。

第6章では、オンデマンドバス導入設計シミュレータ開発ならびにその有効性検証について述べている。開発したシミュレータは、土地勘や過去の調査データを持つ地方自治体の担当者と、シミュレーションの経験があるシミュレーション担当者がネットワークを通じて協力しあうという特徴を有している。簡易なインターフェイスを通じて自治体担当者がシミュレーションに必要なインプットデータを作成し、それをシミュレーションにかけるという仕組みである。シミュレータの妥当性を検証では入力情報の精度の異なる2つの実験結果が行われ、入力情報の精度に応じてシミュレータの現状再現の度合いが変化する事を確認した。本シミュレータのオンデマンドバス導入設計における有用性と共に、推測精度の高い入力情報を作成するサポートツールの必要性が述べられている。

第7章は、シミュレータを用いた運行計画生成アルゴリズムの性能評価について述べられている。開発したアルゴリズムの特徴として、(1)乗客密度が大きくなると効率が微増すること、(2)エリアが一定であればバス停の数が多くなっても効率は落ちないといった事などが明らかになった。これらの運行計画生成アルゴリズムの特長を把握することは、オンデマンドバスの導入計画を練る際の参考になる。

第8章では、交通分担シミュレーションについて述べられている。提案手法は、オンデマンドバス走行から取得した域内のトリップパターンから乗客エージェントを発生させ、それらの挙動を確認するものである。ここには、パーソントリップ調査のデータを用いて補正するといった工夫がされている。要検討な前提条件がいくつかみられるものの、提案されているシミュレーション手法は新しく有効といえる。

第9章は、オンデマンドバスの導入設計手順について整理したうえで、実際に導入を行った新潟県三条市を事例に導入までの障壁について述べている。さらに、そういった障壁がシミュレーションによって緩和される可能性について示唆している。

第10章は、オンデマンドバスのシステム開発および導入設計という2つの視点から考察されている。総じて、開発したシステムが既存のシステムと比べた導入しやすく有効であること、および導入設計においてシミュレーションが有効であることがまとめられている。

第11章は、本研究の結論を述べている。

以上要するに、利用時間の指定に着目した新しいオンデマンドバスシステムの開発およびその有効性の検証という点、ならびに開発したオンデマンドバスシステムのシミュレーションを用いた効果的導入設計について述べられており、高齢化社会に重要な交通システムの研究開発およびその導入設計手法の提案であるといえ、世の中の公共交通の問題に対して大変有効な解決策を提示している研究である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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