学位論文要旨



No 126195
著者(漢字) 岡本,泰英
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,ヤスヒデ
標題(和) 大規模3次元モデルを用いたインタラクティブ情報共有システム
標題(洋) INTERACTIVE INFORMATION SHARING SYSTEM USING LARGE 3D GEOMETRIC MODELS
報告番号 126195
報告番号 甲26195
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第262号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 コンピュータ科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 五十嵐,健夫
 東京大学 教授 西田,友是
 東京大学 教授 相澤,彰子
 東京大学 准教授 高橋,成雄
 東京大学 准教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

近年のデジタルアーカイブ化技術の発達に伴い,文化財に関する様々な情報がデジタルデータとして蓄積されるようになってきている.このようなデータは考古学などの調査活動で専門家が用いる以外にも,観光や教育などの分野での利用が可能であり,非常に価値が高いものといえる.しかし,このようなデータは,それを利用するために専門的な知識を必要とするものも多く,一般ユーザが自由に扱うことは難しい.

その一方で,センシング技術及びモデリング技術の向上によって,実物体の高精細な形状データを取得することが可能となってきている.この技術を用いて文化財を3次元モデル化するプロジェクトも世界的に行われるようになりつつある.これにより得られた大規模3次元モデルは,これまでの写真などによる保存方法と異なり,対象物のより詳細な情報をデジタルデータとして保存することができる.文化財を対象とした場合には,その3次元モデルは全体の形状のほか,その内部にある柱,像,彫刻画など,様々な縮尺レベルの形状を保持することができ,非常に大きな情報量を持つデータといえる.

本論文では,そうした3次元モデルの特徴を有効に活用することで,他の形式の様々な情報へのアクセスを容易にし,有効に活用できるような3次元情報共有システムを提案する.このシステムでは,大規模な3次元モデル上に無数に存在する有意な形状部分に対しユーザが様々な情報を関連付け,3次元モデルを通して関連付けた情報にアクセスすることが可能である.3次元モデルを他の情報へのインタフェースとして扱うことで,様々な情報を視覚的に把握し,より直感的なアクセスが可能となる.そのためこうしたシステムは3次元モデルと他の情報の双方をより有効に活用しうる非常に有意義なものであるといえる.

我々は,様々なユーザが一般的な環境において,大規模な3次元モデルと情報の関連付け及び閲覧を容易に可能とするシステムの実現を目指す.この実現のため,ユーザが容易に操作しうるようなインタフェースが求められる.特に3次元モデル上の特徴的な領域を定義する操作は一般的なユーザには難しく,複雑な特徴形状でも容易に選択を可能とするツールが必要である.また,計測によって取得した大規模な三次元モデルのデータ容量は非常に大きいため,そうした大規模なモデルを自由視点から実時間で表示しうるような効率的な描画システムを実現する必要がある.加えて,多数のユーザによる使用と大規模データ処理の複雑性の隠蔽を考慮した場合,3次元モデルにネットワーク経由でのアクセスを可能にすることは不可欠といえる.そこで,本論文では大規模モデルを使った3次元情報共有システムと,それを実現するための技術である,領域選択システム,オフライン,オンラインにおける大規模な3次元モデルの表示手法についての提案を行う.

まず2章においては,我々が実現を目指す3次元モデルを用いた情報共有システムについて詳細な説明を行う.本システムは大きく分けて,(1)情報関連付けシステム,(2)情報・3次元モデル表示システムの2つのコンポーネントから成る.情報関連付けシステムにおいては3次元モデル上の任意の位置に,テキストや画像など様々なデータを関連付けることができる.関連付けの対象とする場所としては,点による指定のみではなく,大規模3次元モデル上に存在する有意な特徴部分の領域を指定することも可能とする.そうして指定した領域に対して,多様な形式の情報を容易な操作で関連付けることができる.また表示システムでは,ユーザは3次元モデルを自由に閲覧しながら,関連付けられた情報へシームレスにアクセスすることが可能となっている.関連付けられた情報へのリンクは,表示システム上で3次元モデル上の該当箇所に表示され,その詳細な内容へ自由にアクセスすることができる.これらの機能の説明に加え,このシステムを実際の文化財モデルに適用した例を紹介する.

3章では,システムの情報関連付け機能に関して,情報を関連付けるべき領域の選択を容易にする手法を提案する.計測により取得したような大規模な3次元モデル上の形状は,その境界部分が複雑な場合が多く,一般的な投げ縄ツールのような選択ツールでは,その操作に非常に時間がかかり,正確に選択することも難しい.我々はここで領域選択の際にグラフカットを用いて,ユーザのわずかな操作からそれらしい形状部分を選択するような手法の提案を行う.また,この選択手法をユーザがより直感的に使用できるように,投げ縄ツールのインタフェースと組み合わせたGUIを提案する.このツールのユーザビリティに関してユーザスタディを通して,その選択に要する時間と正確性に関して評価を行う.

次に,上記のシステム上で3次元モデルを自由に閲覧するための技術として,ローカルな環境下における描画手法の提案を行う.ここではモデルベースによる描画手法を用い,大規模な3次元形状データを階層的に表現する多重解像度描画を行うことで高速な描画を実現する.4章では描画単位に点を用いるポイントベースレンダリング手法の提案を行う.このポイントベースの手法ではその階層構造のデータ構造をリスト構造へと変換し,LODの探索処理を逐次処理によって可能とすることで,GPU上でも処理可能なSequential Point Clustersの手法を提案する.我々はこのリスト構造への変換過程において,各ポイントの位置及び法線によってクラスタリングを行うことで,そのカリング処理の効率化を可能とすると同時に,GPUへのデータ転送量の削減を図る.この描画手法のためのデータ生成時間,描画速度などについて評価を行う.

5章では同じくローカル環境の描画手法として,描画単位に面を用いるポリゴンベースレンダリングの手法の提案を行う.このポリゴンベースの手法ではモデルを小領域メッシュ単位で分割及び簡略化することにより,LOD階層構造を生成するパッチベースの手法を用いる.我々はLOD階層構造生成の過程において,その形状に適応的なメッシュ分割を行うことで,3章における特徴形状の選択に適したデータ構造を実現する.さらにデータ圧縮やメモリ管理を行うことで,より効率的な描画処理を実現する.この手法に関して,データ生成時間と描画速度の評価を行う.

6章では,提案システムをネットワーク環境に拡張するための技術として,サーバ・クライアント環境におけるネットワークを介した描画手法を提案する.モデルベースの描画手法は,モデルの詳細度によっては必要なデータ量が膨大になる可能性がある.そのためモデルベースの手法にイメージベースの手法を組み合わせたハイブリッドな手法であるGrid-Lumigraphを提案する.この手法では,サーバ上にはモデルベース手法に基づいたLODデータ構造を配置し,さらにサンプリングイメージの作成をオフラインで行う.クライアント上においては,サーバから低解像度の3次元モデルデータと,現在の視点位置に基づいたサンプリング画像群を受信し,それを合成することで任意視点画像を再構成する.このネットワーク描画システムに関してその描画効率,ネットワーク負荷に関して評価を行う.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、大規模な文化財の形状データに対して情報を自由に付加し、共有するためのシステムを提案したものである。具体的には、大規模な形状データにハイパーリンクによってデータを関連付けるシステムの提案、大規模な形状データを高速に画面に表示する手法、関連付けを行う対象の形状を選択する選択手法、さらに高速な表示をネットワークを介して配信する手法に、主たる貢献があると認められる。以下、各章について説明する。

第1章においては、大規模な3次元データに対して自由に情報を付加し共有するシステムの開発が研究の目的であることを説明した上で、文化遺産のスキャニングや大規模データの高速な表示方法といった関連する研究について述べている。また、論文全体の構成について述べている。

第2章においては、提案するシステムの全体像について概要を述べている。本研究で具体的な題材としている文化遺産である、メルセド教会およびバイヨン遺跡について述べている。さらに、グーグルマップや仮想現実感といった、関連するシステム・手法との違いについて述べている。

第3章においては、大規模な3次元データを高速に表示する手法として、ポイントベースの手法を提案している。ポイントベースの描画を効率よく行う方法として、階層的な構造をフラットなデータにして処理する手法が提案されているが、それをさらに効率化する手法として、おおまかな構造によってあらかじめ部分ごとにグループ化する手法を提案している。実際に数値実験によって、有効性を検証している。

第4章においては、大規模な3次元データを高速に表示する別の手法として、ポリゴンベースの手法を提案している。従来から、モデルを階層的に分割して処理する手法は広く使われているが、本論文では、意味的にまとまりのある単位に分割することによって、領域分割を後で述べる領域の選択手法と共用できるような手法を提案している。

第5章においては、ハイパーリンクによってデータを関連付ける際に、関連付けの対象となる領域を選択する手法について述べている。従来手法として、領域内と外部に簡単な線を引く方法や、輪郭を忠実になぞる方法などがあるが、どれも文化財のスキャンデータには適していない。本論文では、輪郭をラフになぞると、システムが、前章にのべた領域分割結果を利用して、自動的にそれらしい輪郭を抽出する手法を提案し、その有効性を実験によって検証している。

第6章においては、上記に述べたシステムをネットワーク越しに効率よく配信する手法について提案している。大規模なデータをそのまま送ると遅くなるので、あらかじめレンダリングした結果画像をサーバーに蓄積しておき、現在の視点に近い画像を送ることで、大規模な形状hデータを送ることなく、閲覧することを可能にしている。さらに、簡単な形状データを送って、それを利用することで、画像を調整し、レンダリングの質の向上を行っている。実際に、実行時の描画時間等の比較を行い、有効性を検証している。

最後に、第7章において、本論文の内容のまとめが述べられている。すなわち、本論文では、大規模な3次元モデルにさまざまな情報を付加し、共有するシステムが提案されていることが述べられている。さらに、本論文のコントリビューションが、システム全体の提案に加えて、関連付けを行う対象の形状を選択する選択手法、大規模な形状データを高速に画面に表示する手法、さらに高速な表示をネットワークを介して配信する手法にあると述べている。

以上、本研究は、大規模な文化財データを有効に活用するためのシステムの構築を実現し、そのためのさまざまな技術的問題の解決をおこなったものであり、本論文にはその内容が適切にまとめられている。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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