学位論文要旨



No 126211
著者(漢字) 佐藤,世智
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,セイチ
標題(和) 多次元変調を活用する二次元並列光計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 126211
報告番号 甲26211
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第278号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 嵯峨山,茂樹
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 小野,順貴
内容要旨 要旨を表示する

本論文は計測における方法論のひとつである変調を利用した光計測手法について,その信号処理方法や光学系の改良,あるいは新しい計測原理の確立を目指したものである。変調の自由度として特に時間1次元および空間3次元の計4次元を用いて実現可能な変調計測手法に着目し,白色光干渉計測・光干渉振動計測・多重零点ビームによる遠隔多自由度変位計測・干渉型二次元分光エリプソメトリーの4つの計測技術について研究を行った成果を章別に報告する。

まず第2章で論じる白色光干渉計測は,白色光の干渉波形が光源スペクトルの中心波長で変調されたパルス波形となることを利用した微小物体の計測手法である。本論文ではこの計測手法の新しい信号処理アルゴリズムとして荷重積分法を用いる方法提案し,既存手法に対する精度・計測レンジの面での優位性をシミュレーションおよび実験によって確かめた。荷重積分法とは,着目する波形をそれを解とする微分方程式でモデル化し,波形の荷重積分量間の厳密な代数方程式を解析的に導出し,波形パラメータを決定する方法である。白色光干渉において対象の凹凸は干渉波形(インターフェログラム)の包絡線のピーク位置を求めることによって実現されており,この干渉波形は包絡線正弦波によってモデル化される。したがって,荷重積分法によって包絡線正弦波のパラメータを推定することにより,対象の凹凸を求めることができる。本手法の特徴は波形のモデル化から波形パラメータの導出までの過程が近似を用いていない数学的に厳密な方法であるという点である。このため推定値の統計的な不偏性が高く,また誤差分散も小さい。加えて,荷重積分量間の代数方程式が波形の任意有限区間観測について成り立つため,観測区間がごく短い場合においても適用可能である。これらの荷重積分法の特徴を数値実験によって検証し,既存手法に対し提案手法が推定精度の面で優れていること,および提案手法の厳密性を確認した。実際の白色干渉顕微鏡を用いた推定実験も行い,数値実験と同等の精度が達成できることを確認した。

第3章では2章に引き続き第2章では1章に引き続き微小物体の計測技術として振動振幅・位相分布計測技術について取り扱う。近年,MEMSに代表される機械変形動作する微小物体の検査において振動分布計測が用いられている。本章では干渉光強度信号を変調し時間相関イメージセンサで撮像することにより,対象の振動周波数と変調周波数とのヘテロダイン検出を行い,対象の振動振幅・位相分布を実時間で映像化するシステムを構築した。提案システムは干渉光強度信号の変調と時間相関イメージセンサとの組み合わせによって,対象のnmオーダーの振動振幅・位相を実時間で映像化するものである。実際のMEMSデバイスを対象とした計測実験を行い,対象の二次元的な振動モードを映像化できることを確認した。本実験で示したフレーム周波数(22.4Hz)での振動振幅・位相の映像化はこれまで実現されておらず,提案システムによって微小構造体の動特性を高効率で評価することが可能になると考えられる。

続く第4章ではレーザー変位計測の新しい基礎技術として,ビームプロファイルを角度方向・半径方向に変調して得られる多重零点ビームを用いた遠隔多自由度変位計測手法について論じる。多重零点ビームとは円筒座標系での波動方程式の解として得られるLaguerre-Gaussianビームを一般化したものであり,ビームプロファイル中に光渦と呼ばれる光電解の振幅位相分布が r exp(jθ) で表される回転性の位相分布を複数有して伝播する。ひとつひとつの光渦の中心は振幅が零となる零点であり,また零点近傍の振幅分布は直線的に変化するため,光渦の中心では二次元の零交差点が形成される。したがって伝播によって消失しないこの光渦をビームプロファイル中の目印として遠隔地の変位計測に用いることにより,高精度多自由度の遠隔変位計測が可能となる。

本論文では,まず零点を目印としたビームの位置検出が,従来のガウシアンビームを用いた位置検出よりも高い精度を実現できることを理論および数値実験によって確かめた。理論的な精度限界の評価量としてはCRLB(Cramer-Rao lower bound)を導入し,1次近似において零点の中心推定におけるCRLBがガウシアンの倍以下であることを確認した。また,数値実験では最小自乗法を用いて推定された中心位置のMSE(平均二乗誤差)を評価し同様の結果を得た。さらに,多重零点ビームの場合には零点を複数用いることによってMSEをさらに低減できることを確認した。

次に本章では多重零点ビームを応用した計測手法として,光渦に非対称性を与えることによってその伝播特性を制御し,遠隔変位計測を実現する方法について述べる。光渦は狭い開口を通過するなどして零点周囲の電界分布がr exp(jθ) から崩されると,伝播するに従って零点の位置が移動していく現象が見られる。この現象を理論解析した結果,開口の振幅透過率分布がガウシアンである場合,零点の移動量は開口の中心と光渦の中心とのずれ量に比例することが明らかになった。この理論解析を基に本論文では遠隔変位計測手法として,遠隔地に設置した開口や反射体に多重零点ビームを通過・反射させ,ビーム中心に対する開口のずれ量を零点の位置変化として間接的に計測する方法を提案し,数値実験および実際の光学系を用いた変位検出実験を行った。数値実験では開口からの距離が25m~50m程度の位置において,零点の位置変化量が開口のずれ量と同程度のオーダーで検出できること,および零点位置変化の方向が開口のずれ方向に対応していることが確認された。実際の光学系を用いた実験においても10m遠方に置いた開口の並進変位を10μmオーダーの精度で検出できることが確認できた。

第5章では太陽電池や半導体などの薄膜デバイスの計測手法である分光エリプソメトリーについて,今後見込まれる平面同時計測を実現する方法を論じる。従来二次元分光エリプソメトリーは,分光計測に必要な空間的自由度がイメージセンサによって占められてしまっているという理由から,干渉フィルターなどを用いて擬似的に分光計測をする方法しか存在しなかった。本論文では,この点を走査型干渉計を用いて克服する方法を提案する。提案手法の基本的な原理は,白色光干渉で用いているスペクトル分布と干渉波形の間に成り立つフーリエ変換の関係や,分光分析に用いられるFT-IR と共通したものである。実験ではP-S-A型のエリプソメータと時間相関イメージセンサから成る二次元エリプソメータに本手法を適用したシステムを構築し,SiN薄膜を対象とした計測実験を行った。SiN層の膜厚が 352, 392nm の2種類の薄膜サンプルに対する計測結果を解析し,サンプルのシミュレーションモデルから予測される分光エリプソパラメータと提案手法によって得られたパラメートとが一致する結果を得た。このことから,提案手法がnmオーダーの薄膜解析に有効であることが確認できた。また,構築したシステムによる測定時間は複数の干渉フィルターを切り替えて分光測定を行う既存のシステムの1/10以下であり,提案手法が測定の効率化の面でも有効であることが確認された。

本論文が取り扱ったこれらの計測手法は,それぞれ今日の技術課題を克服するためのものである。まず,白色光干渉計測と光干渉振動計測では近年益々研究開発が盛んになってきたMEMSに代表される微細構造物を対象としたものであり,提案した荷重積分法による凹凸計測と実時間振動分布計測によって微細デバイスの効率的な検査・特性評価が可能になると考えている。次に第4章で取り扱った多重零点ビームによる遠隔変位計測は,土木測量の分野での応用を考えている。従来のレーザーによる測量技術はガウシアンビームを用いていたため,計測対象の光軸回りの変位検出に難点があった。これに対し,本論文で提案した零点を用いた変位計測手法は1本のビームで多自由度の変位を計測することが可能であり,またその計測精度限界も既存手法より高い。したがってこのような多重零点ビームの特性を活かすことで,建築構造物などをターゲットとした有用な変位計測システムが構築可能になると期待される。そして第5章で取り扱った薄膜解析は有機半導体や太陽電池などの薄膜デバイスを視野に入れたものである。近年これらのデバイスは大面積化・高集積化が図られ,既存の計測手法では効率的な解析が難しくなっている。この問題の解決には本論文で取り組んだ二次元分光情報の効率的な取得が一つの課題であり,提案した二次元分光エリプソメトリーはそのひとつの解決策になるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

光学計測とは,光を媒体とした各種の物理現象の計測手法であり,その優れた2次元並列性によって,高い性能と非常に幅広い応用を有している。しかし,従来の光学計測は2次元並列性を求めようとすると検出デバイスであるイメージセンサの時間分解能の低さから時間分解能が大幅に制限され,時間分解能を求めようとすると光検出子による点計測に限定されるという大きな問題が付随していた。本論文は「多次元変調を活用する二次元並列光計測に関する研究」と題し,近年実用化に向けて開発が進められている時間相関型イメージセンサを導入し,このデバイスに適した測定対象や測定媒体の変調技術を組み合わせ,新たな計測手法を考案し理論的な定式化を行うとともに,その実用性を確認するために装置の開発と定量的実験を行ったもので,全体で6章から構成されている。

第1章の序論においては、計測技術における変調の役割について,波動現象の利用との関係でその手法を整理している。特に,振幅変調や位相変調や周波数変調など,測定対象に依存した変化を受けるプローブ波形のパラメータを計測データから取得することが変調計測の高度化に課せられる重要な課題であることを論じ,そのための基本的な演算としての相関検出法を導入している。

第2章は「荷重積分法による白色光干渉計測」と題し,近年のマイクロナノ計測や生体計測に重要性を増している白色光干渉計測法に関する新しいパラメータ抽出法を,荷重積分法という新たな数学的手法に立脚して提案している。すなわち,白色干渉のインターフェログラムの多くがガウス包絡を有する正弦波形となることを指摘し,この関数を解にもつ微分方程式を出発点として,有限な走査範囲の荷重積分観測量と,干渉中心などのインターフェログラムパラメータを結びつける代数方程式を厳密な形で導いている。この式を陽に解いて干渉中心を求めることにより,測定対象の反射面の高さ分布を精度よく推定可能であることを示している。また,統計量の有効性に関する理論的解析と数値的評価とを行い,他の現存する手法に対して提案法が大きな優位性を有していると結論付けている。

第3章は「ヘテロダイン光干渉振動計測」と題し,MEMSに代表される微小構造体の面外振動の振幅・位相分布を実時間で映像化する振動計測手法について述べている。振動によって生じた入射光の周波数シフトに同期したヘテロダイン干渉工学系に三相三系統の時間相関イメージセンサを適用し,振幅が3.5nm,位相が0.5度の精度で計測が可能であることを実験的に示している。また,開発された装置を,生物模倣型MEMS音響センサやMEMS音源定位センサ,AFMのカンチレバーの共振モードの計測などに適用している。

第4章は「多重零点ビームによる遠隔多自由度変位計測」と題し,近年,その安全性の確保やリスク管理が強く求められる社会基盤インフラに対して,その静的で微小な変形を常時モニタリング可能な新たな光学計測法について,独自の方法論と計測システム構成とを展開している。具体的には,遠方まで断面形状を変えずに伝搬し,かつ6軸変形を検出可能な断面パターンを有するプローブ光ビームとして,高次のLaguerre-Gaussianビームの重ね合わせとして生成される多重零点ビームの使用を提案している。さらにその検出方式として,ヘテロダイン参照光ビームを多重零点ビームに重ねて同軸に伝搬させる方法と,これを時間相関イメージセンサによって実時間で振幅位相復調する方式を考案した。この性能を19次の多重零点ビームを用いて実験的に検証するとともに,次数に応じた精度の改善を数理統計理論により明らかにしている。さらに,この光ビームを何段かに置かれた開口を通して伝搬させたときに,開口の横方向に微小移動により,多重零点ビームの零点分布がどのように変化するかについて理論的に検討し,この移動量から開口が接続された構造体の変形量が測定可能であることを具体的な実験により示している。

第5章は「干渉型二次元エリプソメトリー」と題し,対象表面の複素反射率分布や,多層膜のパラメータを面的に同時に検出可能な映像型のエリプソメトリーに関して,その多波長化のための新しい測定系の構成方法について述べている。具体的には,Polarizer-Sample-Analyzer (PSA)構成と呼ばれる光学系において,その入射光を可動型の白色干渉系から導いて波長の自由な走査を可能にした。これを時間相関イメージセンサで2次元並列的に観察し,複数枚の撮像結果から逆フーリエ変換により時間軸での反射率関数を得る。これをさらにフーリエ変換すると,偏光のストークスパラメータが波長の関数として得られることを示し,実際の測定系を構築してその正当性を確認している。

第6章は「全体総括」と題し,以上の成果を総括し将来の発展方向を論じている。

以上,要するに,本論文は,各種の変調手法を駆使し,その検出手段として時間相関イメージセンサを利用することで,マイクロナノ三次元計測から振動計測,遠隔における多自由度の微小変形計測,複素の反射率分布などの新しい計測の方法論を考案し,それを理論的に定式化するとともに実際の装置として構築し,基本的な性能と原理的な正当性を確認したもので,本研究で展開された方法論は今後の計測技術や物理現象のイメージング技術の発展に大きな波及効果が期待でき,システム情報工学上の貢献が十分にあると判断される。よって,本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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