学位論文要旨



No 126212
著者(漢字) 南澤,孝太
著者(英字)
著者(カナ) ミナミザワ,コウタ
標題(和) 身体運動を用いた装着型ハプティックディスプレイの研究
標題(洋)
報告番号 126212
報告番号 甲26212
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第279号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 嵯峨山,茂樹
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 鈴木,隆文
 慶応義塾大学 教授 舘,
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,情報環境において容易に利用可能でありながら高品位の触覚情報を提示できるハプティックインタラクションシステムによって触覚情報を用いたコミュニケーションを実現することを目的する.そこで,人の触運動知覚に着目し,身体運動と皮膚感覚の協調効果に関する実験的な検証を通じて,身体運動と協調し効果的に触覚情報を提示する装着型ハプティックディスプレイの設計手法を提案した.また,提案した設計手法を用いた3次元視触覚情報提示システムを構築し,コミュニケーションにおける触覚情報の有用性について検証を試みた.

第1章では,序論として,コミュニケーションメディアの進化における触覚情報の位置付けについて考察し,触覚を伴う「体験」の伝達と共有を行うコミュニケーションメディアを実現するための基盤技術を構築することを本研究の目的と設定した.また皮膚感覚と自己受容感覚から構成される人の触知覚の機序において,能動的な触知動作における触運動知覚が,利用者の身体性を担保し対象物体の存在感を提示する上で重要であることを考察した.従来の触覚提示手法については利用形態から環境型・把持型・装着型の3種,支点の設置方法から設置型・非接地型の2種に分類できることを示し,これらの触覚提示手法について関連研究を挙げ概説した.これらの考察から,触覚における感覚要素間の相互作用,特に圧・振動覚と運動・姿勢覚との相互作用に着目し,感覚要素の組合せにより生じる触知覚現象や,触覚の認識における感覚要素間の役割分担を明らかにすることで,人の触知覚メカニズムを活用した装着型ハプティックディスプレイの設計手法を構築するという研究の方針を定めた.

第2章では本論文を通して用いる装着型ハプティックディスプレイの設計と実装を行った.利用の容易さを確保するためシンプルな触覚提示機構を設計する必要があり,触覚情報の提示自由度の取捨選択を行うことで機構自由度を抑制し,デバイスの簡易化を図った.まず皮膚感覚の提示手法としては,指先の垂直力とせん断力の提示が有効であることを確認し,各指2自由度を持つ指先装着型の皮膚感覚ディスプレイを開発した.2個のモータとモータに取り付けられたプーリーを通して駆動されるベルトを用いることで,指腹部に垂直圧力と剪断力を提示する機構を提案し,提案機構に基づき実装した指先装着型触覚ディスプレイは指先から根元までの間に十分収まる程度に小型で,1指あたり45gと,軽量に実装することができた.本デバイスを用いて剪断力による重量感覚の提示実験を行った結果,十分な解像度での重量感覚の提示を行えることを確認した.次に自己受容感覚の提示手法については,指先から手首にかけての自己受容感覚を欠如しても,肘から肩にかけての4自由度の力覚提示のみでも十分な重量感の伝達が行えることを確認した.さらに200gf以下の力の提示に限定すれば,皮膚感覚刺激のみでも十分な重量感の提示が行えることを確認した.すなわち比較的小さな力の提示で十分な状況においては,装着型皮膚感覚ディスプレイを,自己受容感覚の成分も含むハプティックディスプレイとして捉えることが可能となり,非常に簡易な装置による高品位な触覚情報提示が実現されたといえる.

第3章では,重量の知覚における皮膚感覚と固有受容感覚の役割分担および統合の効果について検証し,皮膚感覚は小さい力で優位に働き,固有受容感覚は大きい力で優位に働くという,相補関係にある役割分担が存在することを確認した.また皮膚感覚と固有受容感覚が統合されることで,知覚域全体でのフラットなパフォーマンスが達成されていることを検証した.

第4章では,身体性を有する触覚情報の提示技術を開発するため,人の把持動作における皮膚感覚と自己受容感覚の役割分担と統合効果について,第2章で開発した指先装着型ハプティックディスプレイを利用した心理物理実験を通じて解明し,効率的な触覚情報提示手法の構築を図った.まず,重量感の提示においては,拇指と示指の2指で把持する状況においては,200g以下の重量の知覚においては皮膚感覚が優位であり,200g以上の重量知覚においては自己受容感覚が優位であることを確認した.この結果から,皮膚感覚は知覚範囲が狭いが分解能は高く,自己受容感覚は分解能が低いが知覚範囲は高い,という相補関係にある役割分担が存在することが示唆された.次に物体の実在感の提示に関して,指先に対する皮膚感覚刺激を身体運動と協調して提示することによって,一般に自己受容感覚が主とされる物体の位置および大きさの知覚についても提示可能であることを示した.特に拇指と示指による把持動作において,一指での知覚よりも高い制度での大きさ知覚が確認され,触運動知覚における手の姿勢覚と皮膚感覚の協調を実現することができた.また同様に手掌においても,手掌部装着型ハプティックディスプレイ(図2)を開発し,皮膚感覚によって物体の位置知覚が可能であることを確認した.さらに両手での把持動作においては指ほど顕著ではないが姿勢覚との協調により知覚制度が向上することを確認した.最後に,能動触の知見に基づき,本デバイスによる重量感覚(Weight Sensation)提示を質量感覚(Mass Sensation)提示に拡張することを提案した.これまでは重力による重量感を提示していたが,運動加速度による慣性力をパラメータとして加えることで,バーチャルな物体に能動的な動きを加えたときの慣性質量の提示が可能となる.具体的には,物体の持ち上げ・回転・横振りの各動作における質量感覚の提示手法に関して検討を行い,デバイスに加速度センサを取り付けることで運動加速度を測定し垂直力と剪断力の組み合わせによる質量感覚提示を実装した.そして質量感覚提示により利用者の物体重さ弁別能力が向上することを心理物理実験によって確認し,質量感覚提示の有効性を示した.さらに物理シミュレーションを用いて物体の内部ダイナミクスの計算を行い,拡張現実感(Augmented Reality)の概念に基づき,現実の物体に複数のバーチャル物体の触覚情報を重畳できることを示した(図1).

第5章では,第2章で開発した装着型触覚ディスプレイ,および第3章で提案した触覚提示手法を利用して,3次元の視触覚情報を提示する情報環境を構築し,提案手法の有効性を実証した.まず,手全体でのインタラクションを実現するため,これまで設計した指先装着型ハプティックディスプレイと手掌部装着型ハプティックディスプレイを統合し,手袋型のハプティックディスプレイを実装した.また物理シミュレーション空間において手のモデルを構築し,バーチャルな手と物体との接触における手の各部位での垂直力と剪断力の実時間計算を行った.これによりバーチャル環境との触覚を介した3次元インタラクションは実現できたが,視覚情報が2次元的であると,触る前の段階での物体の位置認識が正しく行えず,身体運動の行動計画が立て難いことから,3次元の視覚情報と触覚情報の位置を一致させ,「見たものを見たままにさわれる」情報環境を構築することの重要性を確認した.そこで立体映像の提示を導入し,視覚情報と触覚情報の位置の一致により実在感の向上が行えることを心理物理実験により検証した.最後に,これらの知見を統合し,全周囲立体映像提示装置TWISTERにおいて手袋型ハプティックディスプレイを用いた,3次元視触覚情報提示システムを構築し,身体性を有する触覚コミュニケーションメディアの有効性を確認した.

以上のように,本論文では身体運動と触覚提示の協調に着目した触覚提示手法を提案し,身体運動を妨げない小型の装着型ハプティックディスプレイを開発し,身体運動に連動した触覚提示の効果を心理物理実験により検証した.触覚提示手法の設計においては特に人の把持動作における触運動知覚に着目し,触動作における皮膚感覚と姿勢覚・運動覚との感覚統合による対象物体の知覚の特性を,心理物理実験を通じて究明した.本研究において,身体運動と触覚提示の協調の効果を究明し,触覚提示手法の設計に応用したことによって,従来にはないシンプルなハプティックディスプレイが実現されるとともに,従来の触覚提示手法では伝達できなかった優れた触体験の伝達が実現可能であることが示された.

図1: 指先装着型ハプティックディスプレイを用いた触覚情報の拡張現実感

図2: 手袋型ハプティックディスプレイ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「身体運動を用いた装着型ハプティックディスプレイの研究」と題し、6章から成る。バーチャルリアリティの分野では、立体映像を用い視覚情報を介して物体の実在感を伝達する試みは多くなされているが、映像のみでは提示された物体を操り体験することができないため、触覚情報を介した実在感の伝達の必要性が着目され、近年盛んに研究が行われている。その結果アクチュエータを内蔵したリンク機構によって手先に力を提示するシステムは既に数多く提案され実用化に至っているものの、自由な動作を行いながら高臨場感の触覚情報を提示できるウェアラブルなシステムはほとんど実現されていない。本論文では、人の能動的な身体運動における触運動知覚に着目することで、シンプルな装着型ハプティックディスプレイを設計し、身体運動と協調した触覚情報の提示に関する心理物理学的知見を得て、触運動知覚の再現による物体の実在感の提示法を構築した。さらにこれらの知見を応用したハプティックインタラクションシステムを構成することで、その有効性を実証し、身体性を有するハプティックインタラクションという応用分野への発展の道を拓いている。

第1章「序論」は、緒言であり、コミュニケーションメディアの発展とバーチャルリアリティ技術の関係について概説し、本論文で扱う触覚情報について、人の触知覚に関する生理学的知見およびバーチャルリアリティにおける触覚情報の提示手法という2つの観点から従来の知見および技術を論じることで、パブリックスペースや家庭において日常的に利用可能な、見聞きするだけでなく、手で触り、操ることができる能動的な「体験」を提供する情報環境であるハプティックコミュニケーションメディアを提案している。その実現に向けた基盤技術として、日常生活で利用可能なツールとしての「シンプルさ」と対象がそこに存在すような触覚的「実在感」の提示を両立するハプティックディスプレイの開発を行うとして、本研究の目的と立場と意義を明らかにしている。

第2章は「装着型ハプディックディスプレイの設計」と題し、日常生活で利用可能なシンプルさを備えながら自在な身体運動と協調した触覚提示を行うことができる非接地・装着型ハプティックディスプレイの開発にあたり、まず、本研究が目指す実在感の提示を、能動的な身体運動における触覚の身体性を成立させることで実現することを提案し、さらに身体性の成立条件を運動の自在性と触覚の同期性であると定めている。従来の触覚提示手法では高品位な触覚情報を提示しようとするとシステムの構造が複雑になる傾向があるため、運動の自在性を達成することを目的として、ハプティックディスプレイの設計方針として、触覚の提示自由度の削減、および皮膚感覚提示と固有受容感覚提示の独立設計を掲げている。まず提示自由度を削減するために再現する触覚の物理特性として物体の位置、大きさ、重さを選択し、次いで、皮膚感覚提示における提示自由度の削減として、「固有受容感覚を提示せずとも皮膚感覚の提示のみによって重さの感覚を伝達し得る」という仮説を提案し、その妥当性を様々な重さの実物体を用いた心理物理実験によって確認している。その結果、皮膚感覚の提示においては指先の垂直力と剪断力の提示が有効であることを確認し、1指あたり2自由度と、従来の手法より大幅に自由度の削減を行った指先装着型皮膚感覚ディスプレイを設計している。さらに固有受容感覚の提示自由度の削減として、提示する関節自由度数と重量知覚における弁別閾の関係を、心理物理実験を通じて測定し、求められる弁別性能に対して最低限必要な自由度数を設計することを可能としている。例えば提示重量に対して12%程度の弁別閾値が達成されれば十分な状況においては、指先から手首にかけての固有受容感覚を削減し肘から肩にかけての4自由度の提示を行うのみで十分な重量感の伝達が行えることから、従来手法より簡易な機構による触覚提示が可能であり、さらに200g以下程度の比較的小さな重量に限定すれば、前述の仮説が成立し、皮膚感覚提示のみでも十分な重量感の伝達が行えることを確認している。すなわちこの状況においては設計した装着型皮膚感覚ディスプレイを装着型ハプティックディスプレイとして捉えることが可能であると示され、これらの結果に基づいて、指先装着型ハプティックディスプレイの実装を行っている。

第3章は「皮膚感覚と固有受容感覚の協調」と題し、人の重量知覚に伴う皮膚感覚と固有受容感覚の役割分担と相互作用について、第2章で開発した指先装着型ハプティックディスプレイを利用した心理物理実験を通じて解明し、効率的な触覚情報提示の構築を図っている。拇指と示指の2指で把持する状況においては、200g以下の重量の知覚においては皮膚感覚が優位であり、200g以上の重量知覚においては固有受容感覚が優位であることを確認している。この結果から、皮膚感覚は知覚範囲が狭いが分解能は高く、固有受容感覚は分解能が低いが知覚範囲は高い、という相補関係にある役割分担が存在し、双方が協調することで人の知覚としてフラットな重量知覚が達成されていることを示唆している。

第4章は「身体運動と協調した触覚提示手法」と題し、身体性を有する触覚情報の提示技術を構築するため、人の把持動作における皮膚感覚と運動感覚の協調による触運動知覚について、第2章で開発した指先装着型ハプティックディスプレイを利用した心理物理実験を通じて解明し、身体運動を利用した触覚情報提示に関する知見を得たとの報告を行っている。まず、触運動知覚の知見に基づき,本デバイスによる重量感覚提示を慣性力も含む質量感覚提示に拡張することを提案し、物体の持ち上げ・回転・横振りなどの運動中における質量感覚の提示に関して検討を行い,質量知覚の分解能が向上することを検証し,質量感覚提示の有効性を示している。さらに物理シミュレーションを用いて物体の内部ダイナミクスの実時間計算を行うことで、より詳細な触覚情報も提示可能であることを示し、また、身体運動と協調した接触圧力の提示により、物体の位置および大きさについても提示可能であることも示している。その結果、特に把持動作において高い精度での大きさ知覚が可能であることが確認され、触運動知覚における手の固有受容感覚と皮膚感覚の協調が実現されている。

第5章は「身体性を有するハプティックインタラクションシステムの構築」と題し、提案した装着型ハプティックディスプレイおよび身体運動と協調した触覚提示手法を用いて、触覚のAugmented Realityの概念の基づき実物体とバーチャルな物体の触覚情報をシームレスに融合するGravityGrabber、空中でのバーチャルな物体の把持操作が可能なAirGrabber,手全体でのインタラクションを実現する手袋型のハプティックディスプレイGhostGlovewo等のハプティックインタラクションシステムを構築し、身体性を有するハプティックコミュニケーションメディアの有効性を実証している。

第6章「結論」は結語で、本論文の結果をまとめ、今後の展望を行っている。

以上、これを要するに、本論文は、日常生活で利用可能なシンプルさを備えながら、自在な身体運動と協調した再現性の高い触覚情報を提示しうる非接地・装着型ハプティックディスプレイを開発し、能動的な身体運動における触覚の身体性を成立させ、物体の実在感を伝達する触覚情報メディアの可能性を拓いたものであって、システム情報学、触覚学およびバーチャルリアリティ学に貢献するところが大である。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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