学位論文要旨



No 126217
著者(漢字) 杉村,大輔
著者(英字)
著者(カナ) スギムラ,ダイスケ
標題(和) 行動特徴に基づく人物追跡
標題(洋)
報告番号 126217
報告番号 甲26217
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第284号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 准教授 佐藤,洋一
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 准教授 瀬崎,薫
 東京大学 准教授 上條,俊介
 東京大学 准教授 山崎,俊彦
内容要旨 要旨を表示する

近年の凶悪犯罪の増加に伴い,安心・安全な社会環境の実現のために監視カメラの普及が進んでいる.監視カメラの設置による犯罪の抑止効果は証明されつつあるが,その一方で,アルコール摂取に伴う事件などの衝動的犯罪には,その抑止効果は小さいことが報告されている.このような犯罪の防止,または事件の早期解決の実現には,観測環境において何が起きているのかをシステムが自動的に理解することが重要となる.観測視野内における人間の行動をシステムが理解するためには,どこに人物がいてどのように動いているのかを認識する人物行動計測技術が必要である.そのため,人物の行動計測技術の確立への期待は大きい.このような社会背景のもと,本研究では,人間の行動計測において最も重要な役割を果たす追跡技術について研究を行う.

実環境において頑健に対象の人物を追跡するためには,複雑な背景,追跡対象の見えの変化,障害物による遮蔽など,行動計測の性能低下を引き起こす様々な問題へ対処しなければならない.本研究では,人物の行動特徴に基づく人物追跡手法を実現することにより,その問題へ対処する.

人間の行動特徴とは,行動に関する個人が持つ特性のことであり,これは個々の人物を追跡するための特徴的な指標と見なすことができる.本研究では,観測環境に基づく行動特徴,人物の個人性に基づく行動特徴の二つの行動特徴を考える.

観測環境に基づく行動特徴とは,観測環境により特徴付けられる人物の行動しやすさを意味する.対象環境における机や商品棚,ディスプレイなどの配置に伴い,人物の行動しやすい領域に偏りが生じると考えられる.このような観測環境に即した特性を利用することにより,人物追跡安定化のための対象環境の効率的な観測が可能となると考えられる.

これに対し個人性に基づく行動特徴とは,人物が生来持つ行動の癖に基づくもの意味する.一般に他の人物には持ちえないその個人特有の性質であるため,追跡対象の人物を他の人物と区別するための指標に利用できると考えられる.

本研究では,このような人間の行動特徴を用いることにより,(1) 屋内環境における行動履歴に基づく人物追跡の安定化,(2) 歩容特徴に基づく混雑環境下人物追跡,(3) 一貫した人物追跡のための歩容特徴に基づく行動軌跡の対応付け,の三つの技術を開発する.

コンビニエンスストアやスーパマーケットといった屋内環境を想定した場合,決まった通路の頻繁な通行,立ち読みのための本棚付近での滞留といった人物の行動は,対象空間の特定の領域で頻繁に観測される.このような人物の行動を長時間観測することにより,対象環境における行動履歴に基づいた人物の存在確率分布を得ることができる.この人物存在確率(本研究では環境属性と呼ぶ)を,追跡安定化のための情報源(importance function) として時系列フィルタの一つであるパーティクルフィルタの枠組みに組み込む.これにより,安定な人物追跡,特に高速な追跡初期化機能を実現する.また,環境属性は,追跡器により毎フレーム推定される追跡結果を用いて逐次的に更新される.このような人物追跡と環境属性の構築の同時実行により,観測環境に適応した追跡安定化を実現できる.

行動の履歴に基づく人物存在確率の利用により,環境に基づく行動特徴が顕著に表れる屋内環境において安定した人物追跡が可能となる.その一方で,一人一人の人物を頑健に追跡するためには,追跡対象と観測視野内に存在する他の人物とを区別しなければならない.これに対し本研究では,人物の個人性に基づく行動特徴を利用することによりこの問題の解決を図る.

観測視野内に多数の人物が存在するような混雑環境(朝のラッシュ時における駅の構内,イベント会場など)において,頻繁に発生する遮蔽や,複数の人物が非常に近接していることにより,個々の人物を正しく追跡することが難しい.そこで本研究では,人物の個人性にあたる歩容特徴と局所的な見えの時間変動の一貫性という二つの指標を,特徴点軌跡のクラスタリングに基づく追跡の枠組みへ組み入れた人物追跡手法を開発する.

周波数空間における歩容特徴は,生体認証の分野において頻繁に利用されている指標であり,個人を識別するための重要な手掛かりであることが知られている.また,局所領域における見えの時間的な変化は,人物の動きが周りと類似する傾向のある混雑環境下において個々の人物を区別するための効果的な指標となる.このような動きと見えの異なる種類の指標を利用することにより,混雑環境下において頑健な人物追跡を実現する.

次に本研究では,歩容特徴という個人性に基づいた行動特徴を利用することにより,人物追跡における大きな課題の一つである遮蔽の問題について対処する.

障害物や他の人物により追跡対象が遮蔽されるとき,対象の追跡は失敗する.これに伴い,人物の行動の軌跡はいくつかの軌跡片に分断されることが考えられる.観測視野内において一貫した人物追跡を実現するために,分断された行動の軌跡片を対応付ける枠組みが必要となる.

これに対し本研究では,人物固有の特徴である歩容特徴に基づく軌跡の対応付けを実現する.歩容特徴は個々の人物特有の性質であるため,軌跡の対応付けにおいて効果的な指標になることが期待される.本手法では追跡対象に属する特徴点の動きから歩容特徴を抽出する.各特徴点の動きから得られる歩容特徴の周波数特性に基づき,Pyramid Match Kernelにより対応付けるべき人物の行動軌跡間の類似度を求める.そして事後確率最大化の枠組みによる最適化により,人物の行動の軌跡の対応付けを実現する.これにより観測視野内における一貫した人物追跡を実現することができる.

以上のように,本研究では,人間の行動特徴に基づく人物追跡技術を開発した.これにより,静的な屋内環境,動的に変動する混雑環境観測における頑健な人物追跡を実現した.また人物の行動軌跡の対応付けを行うことにより,観測視野内における一貫した人物追跡を実現した.本研究により得られた成果は,非定常行動検出や行動認識といった,人物の行動理解へ向けた研究への活用が期待される.そのため本研究の貢献は大きい.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「行動特徴に基づく人物追跡」と題し,実世界における人間の行動の計測と理解を目的とした,人間の行動特徴に基づく人物追跡手法について提案したものであり,全体で5章により構成されている.

第1章「序論」では,本研究の背景として,安心安全な社会実現のための人間の行動計測技術,特に人物追跡技術の必要性について述べている.複雑な背景,照明状況の変化といった環境の影響に対して頑健な人物追跡を実現するためには,人間の行動特徴を手掛かりに追跡を行うことが有用であると述べている.本論文では,人間の行動特徴を,環境に基づく行動特徴,個人性に基づく行動特徴の2種類により定義している.この2種類の行動特徴を利用することにより実現される3つの人物追跡に関する技術について,それぞれ概要が述べられている.

第2章は「行動履歴に基づく人物存在確率の利用による人物追跡の安定化」と題し,屋内環境における人物三次元追跡の安定化手法について述べられている.屋内環境における人物の行動は,特定の領域において頻繁に観測されることから,人物の行動を長時間観測することにより,行動履歴に基づいた人物の存在確率分布(本手法では環境属性と呼ぶ)を得ることができるとし,この環境属性をimportance functionとしてパーティクルフィルタの枠組みに組み入れることで,追跡の安定化を図ることが可能となることを述べている.様々な検証実験を行うことにより,環境属性の導入による追跡の安定性の向上についての有効性が示唆される結果を得ている.

第3章は「歩容特徴と局所的な見えに基づく混雑環境下人物追跡」と題し,朝のラッシュ時における駅の構内,イベント会場などの混雑環境下における人物追跡手法について述べられている.本手法では,人物の個人性である歩行の周期,位相により特徴付けられる歩容特徴と,部分遮蔽に対して頑健である局所領域における見えの時間変動の一貫性という二つの効果的な指標を,特徴点の動きの軌跡の類似性に基づくクラスタリングにより実現される追跡の枠組みへ組み入れることにより,混雑環境下の問題である頻繁に発生する遮蔽,複数の人物が近接していることに伴う追跡失敗の問題に対して頑健な人物追跡手法を提案している.様々な実際の混雑環境の映像を用いた検証実験を行うことで,提案手法の有効性が示されている.

第4章は「歩容特徴を用いた人物動線の対応付け」と題し,観測視野内において一貫した人物追跡を実現するための,遮蔽により分断された人物動線の対応付け手法について述べられている.混雑環境下において頑健な人物動線の対応付けを実現するために,追跡対象である人物に属する特徴点の動きの軌跡群から得られる,人物固有の性質である歩容特徴を手掛かりとして利用し,特徴量集合間の類似度を測るPyramid Match Kernelアルゴリズムを用いることにより,対応付けるべき動線間の類似度を計算した後,ハンガリアン法に基づく最適化を行うことで,最適な動線の対応付けを実現している.実際の混雑環境の映像を用いた検証実験を行うことで,提案手法の有効性が示されている.

第5章「結論」では,全体を総括し,本研究の貢献について述べると共に,今後の課題と展望について述べている.

以上これを要するに,本論文では,実世界における人間の行動計測・理解に向けた,人間の行動特徴に基づく3つの人物追跡手法,行動履歴に基づく人物存在確率の利用による人物追跡安定化手法,歩容特徴と局所的見えの利用による混雑環境下人物追跡手法,歩容特徴を用いた人物動線の対応付け手法を提案し,実データを用いた実験により各手法の有効性を評価したものであり,電子情報学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク