学位論文要旨



No 126221
著者(漢字) 武居,淳
著者(英字)
著者(カナ) タケイ,アツシ
標題(和) 表面形状が変化する液滴上の微小構造の回転運動
標題(洋)
報告番号 126221
報告番号 甲26221
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第288号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 准教授 竹内,昌治
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

本研究の目的は,液体と接触している微小構造が液体から受けるトルクを解明し,液体上の微小構造の回転運動を解明することである.液体の表面張力がおよぼす動的特性を解明することは微小領域でのセルフアライメントやハンドリングに対してはば広い応用が期待できる.従来研究が扱っているのは構造が軸対称の場合や構造と接触している液体が微小量である場合に限られている.また液体と接触する微小構造にくわわる静的な力や安定性が多く論じられている反面,液滴上で運動する微小構造を詳しく説明したものは少ない.また,液滴と微小構造の力学を明らかにすれば表面張力を用いたマイクロアクチュエーションの設計指針となりうる.

2. 構造物の形状と液体が及ぼすトルクの関係

液滴が微小構造に挟まれる場合に液滴が及ぼすトルクの大きさを実験的および理論的に考察した.微小構造の形状を円板に周期的な変位が加わっていると考え,構造の形状とトルクの関係を理論的に求めた.液滴が及ぼすトルクは摂動の大きさに比例し,摂動の波長が短くなると著しく減少する.また液体の量が減ると平板間の距離が減少し発生するトルクが増大することが確認できた.理論値と実験値は2倍程度の誤差はあるものの10(-10) Nmのオーダーは一致した.また,理論は多角形のような一般的な形状にも応用できることを確認した.

3. 構造物に挟まれた液体の慣性および粘性

液滴に浮かぶ板に変位をあたえることで液滴が与える慣性モーメントおよび粘性項をしらべた.慣性モーメントは液滴上に浮かぶ板だけでなく液体自体の質量も寄与していることがわかった.代表長さが1000 μmの場合,液滴のもつ慣性モーメントは2.2 x 10(-13) kg m2であった.粘性項の影響は代表長さの約3乗に比例し,代表長さが1000 μmのときに5.63 x 10(-12)kg m2 / sであることを確認した.

4. 微細加工技術を用いた回転素子の提案

液滴上にうかぶ構造の動的特性を求めた.液体が接触している構造物との境界を連続的に変化することができれば,微小構造の回転運動も可能となる.エレクトウェッティングを用いて,基板の親水性,疎水性を制御することにより液滴状の構造の連続回転を実現した.直径2mmの板を2.5μlの水滴にのせた場合,電気的に液体を支える基板の表面を変化させることで最大で720 rpmの回転を実現した.また,ステップ応答を取ったところ角周波数はω=116となった.この値は液体の形状とトルクの関係および動的特性の計測よりもとめた理論から算出される値とほぼ一致した.また,この回転素子は素材が全て透明なもので製作可能なので光学素子としての応用も可能できる.回転素子がある程度の重さを持った構造物でも機能する利点もっている.この利点を用いて本章の最後でプリズムを回転素子に組み込みスキャナとして機能することを確かめた.

5. 結論

液体に浮かぶ構造物に働くトルクの理論を確立した.また液体上の板が動いたときに液体がどのような慣性および粘性をおよぼすかを実験的に求めた.論文の最後では,得られた知見を活かし,エレクトロウェッティングと組み合わせることで構造物の連続回転を実現した.回転の挙動は理論と整合性がとれ,本研究で得られた知見がマイクロマニピュレーションに応用できることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「表面形状が変化する液滴上の微小構造の回転運動」と題し、5章から構成される。

本論文は二つの微小な板に挟まれた液体の形状によって、液体が板に及ぼす力を解析し、それをアクチュエータに応用することを目的としている。液体は境界条件が決まれば表面積が最小になるように、液体表面形状が決まるが、片方の板と液体の境界条件をエレクトロウェッティングを用いて能動的に変えることによって、上部の板があたらしいつり合い位置まで回転することを、定量的に、理論および実験をもとに示している。

第1章「序論」では、研究の目的、背景、意義と、従来の研究について述べている。

第2章「液体の変形によるトルクの算出」では、凸形状にパターニングされたシリコンの凸部に水滴を置き、その上部に微小な板を置いたとき、上部の板の回転変位に対して表面張力による復元力が生じる。上部の板に磁性体の棒を配置し、磁束密度が明らかな外部磁場を加えることにより、回転変位につりあうトルクを計測している。さらに、表面積変化による自由エネルギ変化からトルクを計算し、実験値と比較している。

第3章「液滴上板の動的特性」では、回転変位に対するステップ応答および周波数応答を計測し、液体を挟んだ2枚の板の運動のモデルを2次系として導出している。このモデルは、液体の慣性の効果、粘性の影響、および、表面張力の効果を含んだものである。

第4章「エレクトロウェッティングを用いた微小構造の駆動」では、下面の基板に電極を配置し、エレクトロウェッティングを利用して下面と液体との境界条件を変えることにより、液体の形状を順次変えれば、上部の板が液体の変形に同期して回転するメカニズムを提案し、実証している。このアクチュエータのステップ応答を計測した結果と、第3章のモデルから計算によって得られる応答の間で、よい一致をみたことが記されている。

第5章「結論」では、本研究によって得られた成果について結論を述べている。

以上要するに、本論文は微小世界で支配的になる表面張力を扱ったもので、複雑な形状をもつ2枚の板に挟まれた液滴が、表面張力を介して板に及ぼすトルクを理論的および実験で求めている。さらに、下面の板の境界条件をエレクトロウェッティングで能動的に変えることにより、液体を利用したアクチュエータへのアプリケーションを示している点で意義のあるものである。この点から本論文は、知能機械情報学の発展に貢献したものであって、本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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