学位論文要旨



No 126224
著者(漢字) 江渡,浩一郎
著者(英字)
著者(カナ) エト,コウイチロウ
標題(和) WEB 上での創作活動を促すプラットフォームの研究
標題(洋)
報告番号 126224
報告番号 甲26224
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第291号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 創造情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 准教授 稲葉,真理
 東京大学 准教授 松尾,豊
 東京大学 教授 竹内,郁雄
内容要旨 要旨を表示する

建築家クリストファー・アレグザンダーは,利用者が建築の設計に関与できるようにするための手法としてパターン理論を生み出した.パターン理論は後にソフトウェア開発に応用され,デザインパターンという概念を生んだ.また,ソフトウェア開発のプロセスにも応用され,エクストリームプログラミングという開発手法となった.ウォード・カニンガムは共同でWebサイトを構築する仕組みであるWikiWikiWeb(Wiki)を開発した.Wikiではコミュニケーションを含めてパターンの対象としており,Wikiはコミュニケーションパターンを設計思想にしているといえる.本研究では,このコミュニケーションパターンを発展させ,共同で創作物を作成する行為を支援するための「創造コミュニケーションパターン」を提案する.

qwikWebにおいては,メーリングリストを中心としたコミュニティにおいて,共同での文章作成を促すことによって,より容易に合意形成をとることができるようなコラボレーション環境を提案した.本システムをデザイン,実装,運用改良し運用データの分析を行うことで本システムの妥当性と有効性を示す.

Modulobeにおいては,動く表現物を容易に創作し,共有できる環境を提供した.そこで,モデル間の引用関係を可視化することによって,参考にしたモデルへの敬意を示すことを容易に行えるようにした.ユーザは作成したモデルをモデル共有サイトで共有し,またサイト上のモデルを元に改良し独自のモデルへと発展させることもできる.試験運用の結果についても述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「WEB上での創作活動を促すプラットフォームの研究」と題し,Web技術を利用した,一般の利用者が他の利用者と共同で創作活動を行うためのプラットフォームの提案・開発について述べるとともに,その社会的効果について論じたものである.

本論文は7章からなる.

第1章「序論」では,人類がこれまで続けてきた創作活動の歴史から,現在の最先端の技術としてのWorld Wide Web(以下Web)を用いた創作活動の可能性について触れ,そのようなWeb上の創作活動を促すプラットフォームの重要性について述べている.誰もが情報の発信者となり得るプラットフォームを構築するためには,様々な技術を組み合わせ,インタフェースをシンプルにすることによって参加のためのハードルを下げることが重要であると指摘するとともに,創作物が他の利用者の目に触れることによってさらに新たな創作物の制作を促す環境が重要であると主張している.

第2章「背景と関連研究」では,芸術表現の歴史を振り返ることによって,媒体(メディア)や道具の発達が芸術作品に与えた影響について述べ,特に20世紀以降の科学技術の発展によって通信技術やコンピュータを応用した芸術作品が生まれたことを説明している.他方,コンピュータを計算の道具としてではなく,思考の道具として用いる研究の流れが,後にWebの誕生に繋がり,Web技術を用いて人々が日常的に表現行為を行った結果をインターネットで共有できる仕組みを生み出したことを述べている.

第3章「筆者のこれまでの取組み」では,学位申請者がこれまでに行ってきたWeb技術を用いた芸術表現の取組みについて述べている.申請者が初期の通信技術を利用した芸術作品の流れを引き継ぎ,マクルーハンによるグローバル・ヴィレッジをWeb技術によって実現するという目標を設定し,動的なWebページ,Webを使ったリアルタイムの映像配信,画像の制作と共有,リアルタイムの共同演奏などといった芸術作品の発表を行ってインパクトのある成果を上げてきたことを具体的に述べている.

第4章「本研究の目的と方針」では,本論文の目的とそれを実現するための課題・方針を論じている.これまでの芸術作品に関する取組みを発展させ,「集団的創造性を支援する環境の構築」という研究目標を設定した.その実現のために,(1)「参加促進」,(2)「コミュニケーション促進」,(3)「継承と再利用」という3つの方針を挙げ,その実現に向けての6つの課題を整理した.また,研究を進めるにあたってのWebシステム構築のためのプロセスを論じ,構築しようとする2つのWebシステムの概要を示している.

第5章「共同文章作成を促すコラボレーション・システム」では,Web上での共同文章作成に関するコラボレーション・システムの構築のために,既存のコラボレーション・システムとの比較を行い,手軽に使い始めることができ,必要に応じて情報の蓄積・整理・共有が可能な共同文章作成環境を構築することを目標として設定した.この目標の実現のために,メーリングリスト(ML)とWikiという二つの技術を統合したコラボレーション・システムqwikWebを設計・実装・運用した.インターネット上で利用を呼び掛けたところ,累計で33,000人以上の利用者が5,600個以上のMLを作って利用するという社会的効果を得た.アクセス解析を行った結果,31%の利用者がWikiの編集を行っていたことがわかった.また,この試験利用環境を書籍の共同執筆環境として用いた事例が2件あったことや,フリーソフトウェアとして公開したことによって様々な機関で使われるようになったことなどから,高い実用性を有するコラボレーション・システムが実現できたことがわかる.

第6章「動く表現物を中心とした創作・共有環境」は,作品を中心とした共同創作環境の実現を目標として,動く3Dモデルの創作環境Modulobeの構築について述べている.ここではコンピュータの登場によって初めて可能になった表現物として,仮想空間内を物理法則によって動く3Dモデルをテーマとしている.徹底的にシンプルなインタフェースによって初心者でも取り組みやすくし,またWebのモデル共有サイトによって制作したモデルを他の利用者と手軽に共有できるようにした.クリエイティブ・コモンズ・ライセンスによってモデルの再利用を可能にし,また各々のモデルに一意のIDを埋め込むことによって,モデルの再利用の履歴を追跡可能にした.利用者によるモデルは3,300体を超え,そのうち41.5%のモデルはなんらかの形で再利用に関係していた.このような共同創作環境の実現によって,利用者の間で創作活動が促されることが実証されている.

第7章「結論」では,文章の共同制作のためのコラボレーション・システム,動く3Dモデルの共同創作環境それぞれについて研究をまとめている.そして,今後の研究の発展として,コンピュータ・リテラシー,つまり人々がコンピュータを道具として利用するのみならず,自分たちで道具を作れるようになる環境が重要であり,それが「集団的創造性」の未来につながるという主張によって,本研究をまとめている.

以上のように,本論文は,芸術表現発展の歴史と思考の道具としてのコンピュータの研究の歴史の流れから,集団的創造性を実現するために必要な要件を明らかにし,それに基づいて開発した2つのWebシステムの運用を通じて,集団的創造性の実現可能性を実践的に示したものとして,この分野に少なくない貢献を果している.すなわち,本研究は情報理工学に関する研究的意義と共に,情報理工学における創造的実践に関し価値が認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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