学位論文要旨



No 126226
著者(漢字) 藤本,純也
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ジュンヤ
標題(和) キッチンアシストロボットにおける食器片付け操作の計画と制御
標題(洋)
報告番号 126226
報告番号 甲26226
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第293号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 創造情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 竹内,郁雄
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,「キッチンアシストロボットにおける食器片付け操作の計画と制御」と題し,一般家庭のキッチンにおいて専用の支援作業を行うキッチンアシストロボットにおいて実用的な片付け作業を実現するために,食器が重なりも含めて多様に配置された複雑な作業環境に対応した食器片付け操作の問題に取り組んだものである.全8章から構成される.

第1章「序論」では,キッチンアシストロボットによる食器片付け作業の問題を取り上げ,多種の食器の多様な配置により生じる難しさとそれに対する本論文のアプローチを提案した.また研究背景として関連研究との対比を行い本論文の位置づけを行った.

第2章「食器の多様な配置に対応する片付け操作の計画と制御」では,食器は比較的単純な形状でその操作方法は限定できることから食器の問題に特化した対応が可能であるが,一方でそれらが多様に配置された状況に対応した食器片付け操作を実現するためには,作業環境全体像の複雑化により俯瞰的な計測では操作に必要な食器の詳細情報が得られないことや,食器の重なりや密集により食器の把持可能な場所への指移動が阻害される,食器が重なっている場合重なりの上にある食器から先に操作しなければならない,といった問題に対応しなければならないことを示した.これらの問題への対応に必要なロボットの計画と制御の機能として,アプローチ計画,局所手探り探索,把持予備操作,安定確認修正行動の4つの機能の重要性を述べ,これらを統合したロボットシステムによる解決を提案した

第3章「食器片付け操作のためのロボットシステム」では,食器片付け操作を実現するロボットシステムのベース部分の構成として,キッチンアシストロボットKARおよび食器操作に特化して設計製作したハンドハードウェア,高次の作業にセンサに基づいた行動を利用するためのソフトウェアシステムについて述べた.

ハンドの設計においては手探りによる探索や操作時の感覚情報のフィードバックを行うために,近接覚や力覚,接触覚を与えるとともに,構造や制御システムが必要以上に複雑になることを避けるために自由度は食器操作に必要最小限とすることを目指した.最初に試作したハンドおよびこれを改良して完成度を高めたハンドの2つは1自由度のグリッパ型のハンドで,これらを用いて行った実験により簡単なレベルの食器の片付け操作を行えることは確認できた.しかし接触覚の感度や親指の取り回し,重なった食器の分離操作,把持の安定性に不安があった.そこで複雑な配置における作業に対応するため,センサや自由度構成を再検討することにより側方に開く親指構造と多種の力覚センサの搭載を特徴とするハンドの設計製作を行った.

ソフトウェアシステムの構成においては,センサフィードバックを上位の認識計画層のレベルで統制し作業行動に適用するためにマルチスレッド機能を利用した並列モニタリング機構により必要な情報を計算機記憶内の作業環境モデルのレベルに集め,低位の制御層で位置制御目標のオーバライト機構により作業環境モデルに基づく計画レベルの指令を反映したロボットの制御を実現するシステムを構築した.

また従来テストにかかる開発者への負担が大きかったセンサベーストな行動プログラムの開発環境として,環境とロボットの幾何モデルを利用したセンサ値の簡易計算によるセンサシミュレーション機能を用いて実機の行動プログラムをそのまま実行できるように構成したシミュレータを構築した.上位レベルのソフトウェアシステムを利用したシミュレータの構成による環境の構築・操作の簡便さや,センサ状態の可視化による情報の開発者への直感的な提示,バックグラウンドでの誤差条件の追加による行動プログラムの評価といった点で構築したシミュレータが有用であることを述べた.

第4章「食器配置の推定に基づくアプローチ計画」では,食器のおおよその分布の認識に基づき複雑な食器配置においても有効なアプローチ行動を行う方法を計画する方法について述べた.食器の操作方法を決定するための手探りによる情報獲得は局所的であるため,食器の重なりにより生じる操作順序の制約を満たしつつ他の食器との干渉が起こりにくいアプローチ目標を事前に計画できれば操作手順を効率化できる.そこで俯瞰的な計測により得られる食器の3次元計測点群を用いて,重なりまで含めて食器領域を概略的に分割し周囲のスペースを評価することでアプローチ目標を決定する方法を提案し,市販の赤外線TOF方式3次元距離測定カメラによる実際の食器の観測データに対して適用可能なことを確認することで提案手法の有効性を示した.

第5章「局所手探り探索による食器の把持方法の選定」では,俯瞰的な計測で個別の食器の詳細な情報を得ることが難しい状況で必要な手探りによる食器の形状情報の獲得を実現する方法として複数の赤外線近接覚センサの計測情報をもとに食器表面のなぞり動作を生成する方法について述べるとともに,食器の把持可能な場所を局所的な計測から見つけるための重要な手がかりである曲率情報をなぞり動作により得る方法を述べた.実際になぞり動作を食器に適用し把持可能な場所の探索に有効な情報が得られることを示した.

第6章「把持予備操作と安定確認修正行動に基づく食器の操作」では,ロボットによる食器片付け作業を実現する上で対応可能な状況を増やし,また失敗する場面を減らしていくために重要になると考えられる対象に合わせた把持操作や,個別食器の分離操作,食器の重量を考慮した運搬操作,食器を傷めない丁寧なプレーシング操作といった操作を実現していく方法を実際にロボットに操作行動を行わせながら検討した.その中で皿を環境から分離し把持するための重要な予備操作として,皿を滑らしながらハンドの奥に引き寄せる操作であるたぐりよせ操作を提案と考察を行い実際に皿のたぐりよせ操作による分離を実現した.またたぐりよせ操作を適応的に行うための安定確認修正についての分析や,皿が逆さまに重なっているような状況に対応するための操作の変化,把持ではなく逆の操作であるプレーシングへの応用について述べた.

第7章「キッチンアシストロボットにおける食器片付け作業の実現」では,構築したシステムにより実際にロボットに食器片付け作業を行わせるための手順について述べ,実験により作業環境の多様さに対する適応性が向上することを示した.さらに実験の結果から複雑な環境条件への対応に必要な機能について考察した.

第8章「結論」において各章の内容から本論文を総括し,本論文の成果と貢献をまとめた.さらに本論文の先にある課題を挙げ,今後の展望を述べた.

本論文は以下の3つの観点からまとめられる.

食器片付け操作の問題は,光沢があるために視覚による認識を行いにくく,また滑り落ちやすいといった特徴を持つ食器を壊すことなく片付けるために,重ねつつ集められた場所から順番に,状態を手探りにより確認しながら,ハンド上を滑らせることで行き来を丁寧に行い,移動させる問題としてとらえることができる.本論文はこれらの部分に着眼し,これまで達成できていなかったこれらの解決法,実現法を示したものである.

本論文ではこの問題に対して,側方に開く親指構造と多種感覚を組み込んだロボットハンドや,目的実現に向けた動作と計測の統制に基づくロボット行動の計画と制御を可能にするソフトウェアシステム,センサフィードバックを利用する行動プログラムの開発環境としてのシミュレーションシステム,といったシステムを提案した.これは様々なセンサフィードバックを活用しながら,物体の丁寧な取り扱いを実現する上で,食器に限らず様々な対象で必要となる汎用的なロボットシステムの構成法を示したもので,物体操作を行うロボットの基本システムとしての価値がある.

これらのシステムの上でロボット行動の計画と制御の機能として,高低によらず重なりの上側にある食器から片付けていくための食器配置の推定に基づくアプローチ計画,手探りにより集めた情報を操作の手がかりとするための近接覚を用いたなぞり動作の軌道情報に基づく操作行動決定,すきまの小さな皿の下へのグラスプレスな操作による安定な指の差し込みのための新しい操作方法であるたぐりよせ操作,といった機能を導入し,実際の食器に適用することで食器片付け作業への適用可能性を示した.これは知能ロボティクスの研究分野における難問である不定な環境における物体操作の問題の中で,実用上価値の高いと考えられる食器片付け作業に対して,操作対象を食器に定めることによる一連の問題解決の方法を示したもので,学術的な意義があるとともに生活支援ロボットの産業応用に向けた歩みに貢献した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「キッチンアシストロボットにおける食器片付け操作の計画と制御」と題し,一般家庭のキッチンでの支援作業を行うキッチンアシストロボットにおいて多種類の食器を片付ける作業を実現するために,食器が多様に配置された複雑な作業環境に対応した食器片付け操作の問題に取り組んだものであり,全8章からなる.光沢等で視覚的に認識しづらく,壊れやすく種類も豊富な食器が,倒れたり横に接して並んでいる配置や,重なった状態でひとつずつずらしながら把持する必要のある食器の片付け作業の実現問題に対するロボットの行動の計画と制御を明らかにすることを目的としている.

第1章「序論」では, キッチンアシストロボットによる食器片付け作業の問題を取り上げ,多種の食器の多様な配置により生じる難しさとそれに対する本研究のアプローチを提案し,関連研究との対比を行いながら本論文の位置づけを示している.

第2章「食器の多様な配置に対応する片付け操作の計画と制御」では,食器の片付け操作の定義や前提となる条件,操作対象とする食器の特徴を示し,食器配置が複雑になったときにどのような新しい問題が生じるかについて述べている.またこの問題に対応するために,従来の物体操作研究について述べ,解決のために必要と考えられるロボットの計画と制御について議論している.

第3章「食器片付け操作のためのロボットシステム」では,適応的に食器の操作を実現するためのハードウェアとソフトウェアのシステムについて述べている.まず,開発したキッチンアシストロボットの特徴を示し,段階的に操作機能を高めるために開発を行った3段階の多種センサ搭載型ロボットハンドの設計方針と詳細を述べている.また,センサに基づいて高次の作業行動計画と修正動作を実現するためのソフトウェアシステムの構成法とその行動プログラムの開発環境となるシミュレータシステムについて述べている.

第4章「食器配置の推定に基づくアプローチ計画」では,局所的な手探りにより詳細情報を調べるためのアプローチ行動の計画を食器のおおよその分布の認識に基づき行うことで重なりを含む複雑な食器配置においても適用する方法について述べている.

第5章「局所手探り探索による食器の把持方法の選定」では,なぞり動作により食器の局所的な形状を認識し食器の把持方法を決定する方法について述べている.手先の近接覚センサ情報を用いたなぞり動作の実現方法と実際の食器への適用,曲率情報に着目することで適切な食器の把持方法を決定する方法について述べている.

第6章「把持予備操作と安定確認修正行動に基づく食器の操作」では,ロボットによる食器片付け作業を実現する上で対応可能な状況を増やし,失敗する場面を減らしていくために重要になると考えられる食器操作の実現方法の検討を行っている.皿を環境から分離把持するための操作として「たぐりよせ操作」を導入し,その実現方法についての考察と適応化のための失敗例からの分析を行っている.また,たぐりよせ操作の逆の操作を行うことで皿をハンド上で滑らせて丁寧に置く操作を実現できることを示している.

第7章「キッチンアシストロボットにおける食器片付け作業の実現」では,構築したシステムにより実際にロボットに食器片付け作業を行わせるための手順について述べ,実験により作業環境の多様さに対する適応性が向上することを示している.さらに実験の結果から複雑な環境条件への対応に必要な機能について考察している.

第8章「結論」において各章の内容から本研究を総括し,本研究の成果をまとめ,今後の展望を述べている.

以上,これを要するに本論文は,適応的な食器の操作を実現するためのベースとなる食器の多様な配置に対応した食器片付け操作を実現するために,システムとして側方に開く親指構造によるグリッパ拡張型多種センサ搭載ハンド,センサフィードバックの上位レベル統制に基づく行動システム,実機用のセンサベーストな行動プログラムのシミュレーションシステムを提案し,その上で重なりを含む複雑な食器配置に対するアプローチ行動の計画,手先に搭載した近接覚を用いたなぞり動作により得られる食器の局所情報から把持方法を決定する方法を示し,従来難しい問題であった皿の分離把持を可能にする「たぐりよせ操作」とその逆の操作として丁寧に食器を置く操作の実現法を示し,食器片付け作業への適用可能性を示している.これにより本研究は,社会的に期待の大きい生活支援ロボットにおける物体操作の研究分野において貢献するものであり,情報理工学における創造的実践の観点でも価値が認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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