学位論文要旨



No 126235
著者(漢字) 外木場,康将
著者(英字)
著者(カナ) ソトコバ,ヤスマサ
標題(和) 低土被り条件下の地中水平掘削に伴う地盤の挙動及び地中構造物への影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 126235
報告番号 甲26235
学位授与日 2010.04.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3602号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 准教授 西村,拓
 地域資源循環技術センター 理事長 田中,忠次
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,農業用排水路の大規模地中構造物化に伴い,今後需要が増えると予想される低土被り条件下での非開削工法に着目した.低土被り下での非開削工法は,地中水平掘削時に,地表面沈下と掘削面(切羽)の崩壊が懸念される.そこで,本研究は,非開削工法の一つである先受ルーフ工法を代表に,低土被り条件下での地中水平掘削による地盤の挙動及び地中構造物への影響を評価できる計算手法の確立と掘削による地盤の挙動メカニズムの解明を目的とした.

先受ルーフ工法が抱える技術的な課題として,1)先受ルーフとルーフを支える地盤の支持力の関係を評価する,2)掘削による地盤の変形から破壊までを詳細に検討する,が挙げられる.これらの技術的課題を満足する計算手法として,田中(1991)の開発した弾塑性有限要素解析が適しているのではないかと予想される.本数値解析モデルは,土質力学の3大安定問題に対して信頼のある結果が得られており,地盤・構造物を一つの系とし微小変形から破壊まで連続的に解析しうる土の特性を考慮した解析が可能である.

本研究で提案した数値解析モデルは,地中水平掘削問題に適用した事例はない.そこで,提案した数値解析モデルについて,先受ルーフ工法を模擬した土質実験に適用し,数値解析モデルの有効性の検証を行う.さらに,実験や数値解析結果から,地盤の挙動メカニズムの解明を行った.実験は2種類実施し,先受ルーフ工法適用時に起こることが予想される被害を想定し,再現を試みた.

一つ目の実験は,先受ルーフ工法において最もリスクが大きいとされるルーフがたわみ地盤が崩壊する状況を想定した.さらに,先受ルーフの先受長,剛性を変化させ,地盤の挙動の変化を確認した.実験では実際に掘削作業を行わず,簡易的に掘削を模擬できるように塩ビの箱を移動することで開口部をつくり,応力開放を行った.解析結果の評価について,解析結果は,地盤・ルーフの変形ならびに破壊モードが実験結果と同様の傾向を示し,本数値解析モデルの有効性が確認できた.しかし,地盤崩壊時の土層の急激な変形までは表現できでおらず,この事項に関しては今後の課題といえる.次に,実験・解析結果から,先受ルーフ工法で最もリスクの大きい状況での地盤の崩壊モードの解明を行った.先受ルーフの剛性が小さいときは,ルーフ最大たわみ箇所直下,ルーフ先端,切羽部にせん断帯が発生し,ルーフの剛性があがるにつれ,せん断帯はルーフ最大たわみ箇所直下,切羽部にせん断帯が発生することがわかった.また,先受長の違いによる土層の破壊モードの差異はほとんどないことも確認できた.

続いての実験は,前回の土質模型実験と数値解析で検討していない事項の検証と現場計測手法の確立を主な目的としている.今回の実験は前回の実験に比べて,スケールを3倍大きくし,実際に土層を掘削した.これにより,先受ルーフ工法で通常の施工中にも起きるかもしれない被害として,ルーフが変形せず傾斜して,地盤が崩壊する現象について議論することができる.解析結果は,ルーフの傾斜と土層の崩壊について実験結果と同様の傾向を示すことができ,地盤の崩壊過程を把握することができた.次に,現場で簡便にできる計測として,ロッド式地中変位計,ルーフの傾きを測る傾斜計,ルーフに作用する土圧計をピックアップし,実験・解析両面からこれらの計測器の感度を検討した.実験・解析の両結果から,地表面沈下計は地盤の崩壊の前兆を確認することできないが,傾斜計と土圧計は地盤の崩壊の前兆を確認することができることがわかり,現場でもルーフに作用する土圧計とルーフの傾斜計は必須の計測項目であるといえる.

これまでの検討は先受ルーフ工法の掘削に関する内容であったが,最後に,非開削工法に用いられる掘削補助工法について議論した.先受ルーフ工法などの非開削工法は,掘削面の自立が前提である.しかし地盤によっては,切羽面が自立しないことがある.現在はこれに対して,土留めなどの対策を講じてはいるが,煩雑になりがちである.そこで,本研究では,山岳トンネル工法の分野でよく用いられる鏡ボルト工法を非開削工法に適用することを考え,鏡ボルトの適用効果の検証,および非開削工法に鏡ボルトを適用する時の検討に適した計算手法の提案を行うため,土質模型実験と数値解析を実施した.数値解析はこれまでの検討で有効性が確認された弾塑性有限要素解析に鏡ボルトをトラス要素でモデル化した.鏡ボルトの効果として,ルーフの変形が抑制され,地盤崩壊も抑制可能であることがわかり,鏡ボルトがないときは,地表面から切羽へひずみが集中するのに対して,鏡ボルトがあるときは,切羽から地表面へひずみが集中することも確認した.

鏡ボルトの計算手法として,本研究で提案した弾塑性有限要素モデルにトラス要素を付加した計算モデルは,ある程度鏡ボルト工の検討に有効であるが,せん断による幾何学的な変形には寄与できないことがわかった.今後,はり要素の導入やリメッシュ機能の導入が必要となる.

今後の課題として,まず地盤破壊時の急激な地盤変化をどれだけ解析で表現できるかが挙げられる.これに関しては,既存の解析手法の収束条件を厳しくし,繰り返し計算回数を増やすなどして対処したい.また,新たな手法として高次のひずみを考慮した有限変形解析の採用を考える.次に,鏡ボルトのモデル化に関して,もう一度再考する.現在,梁要素やリメッシュ計算が最も適していると思われるがこれに関しては,別途解析を行い,実験結果と比較したい.最後に,本研究で提案した弾塑性有限要素解析手法を実現場に適用することを考えたい.実現場では,実験と違い単一の地盤ではなく,さらに3次元効果も考えられる.従って,本研究の数値解析モデルを3次元解析へ拡張することも考える。また,実現場において4章で提案した計測器を適応し,実証を行うことも必要である.

図 先受ルーフ工法概要図

図 せん断帯の発生状況(上,実験結果)と最大せん断ひずみ分布(下,解析結果)

図 鏡ボルト工の効果(上段:ボルトなし,下段:ボルトあり)左:実験結果,右:解析結果

審査要旨 要旨を表示する

近年、地上部の土地利用形態を停止させることなく大規模な地中構造物を構築する需要が高まっており、特に、低土被り条件下での地中水平非開削工法の需要が増えると予想される。ところが、この非開削工法に伴う地盤挙動予測のための数値計算手法には弱点があり、これを適用すると、施工中に想定外の被害が生じたり、もしくは過度の安全を想定した不経済な施工が行われたりする。そこで、本研究は、低土被り条件下での非開削水平掘削に伴う地中構造物への影響について、室内実験で地盤崩壊メカニズムを解明し、同時にその現象を事前予測するための数値計算手法を確立すること、を目的とした。

本論文は、6章で構成されている。第1章は序論、第2章は数値解析モデルの内容、第3章はルーフたわみから想定される土層の崩壊実験と数値解析、第4章は掘削施工から想定される土層の崩壊実験と数値解析、第5章は鏡ボルトによる補助工法の有効性に関する土層実験と数値解析、第6章は結論である。

第1章では、大規模な地中構造物を必要としている社会的背景を述べた。特に、施工後40~50年経過している農業用排水路が全国に存在していて、地上部の土地利用形態を阻害せずに地中水平掘削工事を必要としている場面が急速に広がっていること、しかし、この新しい工法に対応する地盤の変形・破壊・安定問題の理論が追い付いていない状況を論じた。

第2章では、新たな数値計算手法として土の特性を考慮した弾塑性有限要素解析の適用性を検討した。使用した有限要素コードの特徴は、(1)地盤の限界荷重解析に適している1点積分のアイソパラメトリック一次要素の使用、(2)地盤のひずみ硬化・軟化およびせん断帯の影響を考慮した構成式の適用、(3)implicit-explicit混合型の動的緩和法の採用による収束性が良くかつ精度の高い非線形解析、の3点である。

第3章では、先受ルーフ工法において最もリスクが大きいと予測される状況、すなわち、ルーフたわみの結果地盤が崩壊する現象を想定し、やや小型の室内モデル実験と数値解析とを行った。その際、先受ルーフの先受長や剛性を変化させ、解析の適用性を確認した。その結果、実験で得られた地盤・ルーフの変形ならびにせん断帯の発達位置による破壊過程につき、数値解析は良い再現性を示し、本数値解析モデルの有効性が確認できた。特に、実験・解析結果から、せん断帯の発生部位を的確に予測することができた。すなわち、せん断帯は、先受ルーフの剛性が小さいときは、ルーフ最大たわみ箇所直下、ルーフ先端、切羽部に発生し、ルーフの剛性が大きいときは、ルーフ最大たわみ箇所直下、切羽部に発生することが確認できた。なお、先受長の違いによる土層の破壊モードの差異はほとんどないことも確認できた。

第4章では、先受ルーフ工法で通常の施工中に生じる被害、すなわち、ルーフが変形せずに傾斜しつつ地盤が崩壊する現象を想定し、やや大型の室内モデル実験と数値解析とを行った。その結果、数値解析は良い再現性を示し、本数値解析モデルの有効性が確認できた。また、室内モデル実験においてロッド式地中変位計(沈下計)、傾斜計、土圧計を用いた計測を行ったところ、沈下計は地盤の崩壊の前兆を確認することできないこと、しかし、傾斜計と土圧計は地盤の崩壊の前兆確認に有効であることを明らかにした。

第5章では、非開削工法に用いられる鏡ボルトによる掘削補助工法の有効性を確かめるため、室内モデル実験と数値解析とを行った。これまで、非開削工法で掘削面が自立しないときは、切羽面に土留めを施すなどの対策を行っていたが、非常に煩雑であった。そこで、切羽面にファイバーボルトを直角に挿入する鏡ボルト工法の適用を新たに考案した。数値解析は、弾塑性有限要素解析に鏡ボルトをトラス要素でモデル化することで実行した。その結果、鏡ボルトの適用はルーフ変形を抑制し、地盤崩壊も抑制することが明らかになった。具体的には、鏡ボルトを設置しないときは、地表面から切羽へひずみが集中するのに対して、鏡ボルトを設置するときは、切羽から地表面へひずみが集中することも確認できた。ただし、鏡ボルトをトラス要素でモデル化することは、有効性は高いが、せん断による幾何学的な変形には寄与できないなどの弱点もあり、今後の研究課題であることを示した。

以上要するに、本論文は、近年その必要性が急速に高まっている非開削工法について、低土被り条件下の水平掘削に伴う地盤崩壊過程を、室内モデル実験で詳細に測定してそのメカニズムを解明し、また同時に、これまでは過度な単純化により行われていた計算手法を見直し、室内実験を良く再現する新たな数値計算手法を構築したものであり、学術上寄与することが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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