学位論文要旨



No 126236
著者(漢字) 片山,進亮
著者(英字)
著者(カナ) カタヤマ,シンスケ
標題(和) マウスのバベシア原虫Babesia microtiとBabesia rodhainiの生物学的特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 126236
報告番号 甲26236
学位授与日 2010.04.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3603号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 西原,真杉
 帯広畜産大学 教授 五十嵐,郁男
 鹿児島大学 教授 藤崎,幸蔵
 東京大学 准教授 松本,芳嗣
 東京大学 准教授 松木,直章
内容要旨 要旨を表示する

マウスのバベシア症の原因原虫である Babesia microti ならびにBabesia rodhainiは、いずれも胞子虫網、ピロプラズマ亜鋼、ピロプラズマ目、バベシア科、バベシア属に分類されるが、宿主の免疫防御反応、虫体の糖代謝特性、糖取り込み機構など様々な点で異なっている。しかしながらその一方で、いわゆるピロプラズマ目に属する原虫の分類学的名称、位置については未だ確定されていない部分が残っており、世界的な論議の的となっている。B. microtiとB. rodhainiについても同様で、両原虫は同一のバベシア科に属するものではなく、B. microtiはタイレリア科に分類すべきとする研究者もいる。バベシア科の原虫の形態的な特徴として,偽食胞、感染赤血球膜の原虫側への嵌凹、コイル状の膜構造物、小胞の凝集などが上げられている。また、B. microti ならびにB. rodhaini 感染赤血球の糖輸送では、いずれの感染赤血球も正常赤血球に比較して糖の膜透過性が亢進している。一方、B. microti 感染マウスは一過性の感染赤血球率増加を示した後に感染耐過するのに対し、B. rodhaini 感染マウスは斃死する。この感染経過の相違は主に宿主の免疫応答によるもので、とくに感染初期における細胞性免疫の活性化が重要である。宿主の免疫機構では樹状細胞の抗原認識が重要であるが、両原虫の抗原に対するToll-like receptor(TLR)のサブタイプは不明である。近年、バベシア科とタイレリア科の分類には18S ribosomal RNA(18S rRNA)の分子系統解析が行なわれ、バベシア科の原虫ではタイレリア科の原虫に比較して約30塩基の欠失が存在する。また、バベシア科とタイレリア科の原虫において、最も重要で、かつ基本的な違いはその発育環で、バベシア科に属する原虫は経卵巣感染し、タイレリア科の原虫は経発育期感染する。マウスバベシア症の原因原虫であるB. microtiとB. rodhainiは各種動物のバベシア症の感染モデルとして広く用いられているが、両原虫の相違点を解析する上では、両原虫が同じバベシア科に属することが前提となる。そこで本論文では、両原虫の生物学的特性を明らかにすることで、両原虫が同じバベシア科に属するか否かについて検討した。

第一章ではB. microti、B. rodhainiならびにそれぞれの感染赤血球の微細形態ならびに糖輸送担体であるGLUT 1について比較検討した。両原虫は宿主赤血球膜に隣接した位置に認められ、原虫内にはB. microtiでは小型の、B. rodhainiでは大型の偽食胞が認められた。また感染赤血球膜には虫体側に赤血球膜を引き寄せたように陥凹部位が観察された。またB. microtiでは小胞の凝集が、B. rodhainiではコイル状の膜構造物が観察された。一方、B. microtiあるいはB. rodhaini感染赤血球膜のいずれにおいてもGLUT 1は著しく減少していたが、嵌凹部とその他の部位との間にGLUT 1の発現に差は認められなかった。したがって、B. microtiおよびB. rodhainiの赤血球内感染虫体の微細構造ならびに感染赤血球の微細構造に大きな相違は認められず、またGLUT 1の分布ならびに発現量にも差は観察されず、B. microtiをタイレリア科に分類する根拠は得られなかった。

第二章では B. microti あるいは B. rodhaini 感染マウスの脾臓内樹状細胞の活性化を比較検討し、ついで、in vitroにおける樹状細胞の反応性ならびにTRLの阻害により両原虫の樹状細胞活性化に関与する TRLのサブタイプについて検討した。B. micorti およびB. rodhaini 感染マウスの脾臓内樹状細胞は、いずれも感染48時間後から樹状細胞成熟化のマーカーであるCD40発現細胞数、共刺激分子であるCD80ならびにCD86発現細胞数、抗原提示分子であるMHC class IならびにMHC class II発現細胞数が増加しており、活性化していた。骨髄細胞から分化誘導した樹状細胞と、B. microti 感染赤血球あるいはB. rodhaini 感染赤血球とを24時間共培養した培養上清中のIL-12p40の濃度は、B. microti 感染赤血球と共培養した樹状細胞培養上清で、他と比較して有意な高値を示した。TLRの阻害を示すIRSを添加すると、B. rodhaini 感染赤血球との共培養時には TLR7を阻害する IRS661、TLR9を阻害する IRS869、TLR7とTLR9を阻害する IRS954を添加した場合に有意な減少(それぞれ非添加の53%、43%、34%)が認められた。したがって、B. rodhainiの樹状細胞活性化には少なくとも TLR7 ならびにTLR9 が関与していることが明らかとなった。しかしながら、両原虫間で関与する TLR サブタイプの違いを確定することは出来ず、B. microtiとB. rodhainiとを再分類する根拠は得られなかった。

第三章ではB. microti ならびにB. rodhainiについて18S rRNA hyper variable region V4の遺伝子解析を行なった。B. microti Munich株の塩基数は445塩基で、バベシア科の原虫の特徴とされる30塩基の欠失部位は観察されなかった。B.microti AJ株とGI株の塩基数は441塩基で、Munich株とは13塩基に相違が認められたが、いずれも30塩基の欠失は観察されなかった。一方、B. rodhainiの塩基数は436塩基で、B. microti Munchen株とは40塩基の相違が認められたが、30塩基の欠失部位は認められなかった。したがって、バベシア科の原虫の特徴とする約30塩基の欠失は原虫の種によって異なるものと考えら、18S rRNA hyper variable region V4の塩基配列の相違からは、B. microtiをタイレリア科に再分類する必要性は少ないものと考えられた。

第四章ではB. microti ならびにB. rodhainiのダニ体内における発育を、両原虫を実験感染させたフタトゲチマダニの卵巣、卵、幼ダニ、若ダニの18S rRNA hyper variable region V4 遺伝子について検討した。B. microti感染赤血球を接種後30日目のフタトゲチマダニ(成ダニ)、接種後3日目の卵巣、孵化直後の幼ダニ、孵化後7日間飼育した若ダニから約450 bpの泳動位置に18S rRNA hyper variable region HVR-V4の遺伝子が検出されたが、接種後産卵開始3日目の卵からは検出できなかった。また、B. rodhaini感染赤血球を接種したフタトゲチマダニにおいても同様であった。、B. microti ならびにB.rodhaini いずれの原虫も卵巣、幼ダニ、若ダニに18S rRNA hyper variable region V4の遺伝子が検出され、両原虫ともに介卵感染していることが明らかとなった、ダニにおける発育形態からは、いずれもバベシア科に属する原虫であると考えられた。

以上の結果、B. microtiとB. rodhainiは微細構造、18S rRNA hyper variable region V4の塩基配列、ダニ体内における発育、いずれの点についても同じバベシア科に属する原虫であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

マウスのバベシア症の原因原虫である Babesia microti ならびにBabesia rodhainiは、各種哺乳動物のバベシア症の感染モデルの原虫として広く世界中で用いられているが、B. microtiはバベシア科ではなくタイレリア科に属する原虫であるとする研究者も多い。実際、B. microti 感染マウスの宿主の免疫防御反応、虫体の糖代謝特性、糖取り込み機構など様々な点で B. rodhainiとは異なっている。本論文は、両原虫の生物学的特性を明らかにすることで、B. microti がバベシア科に属するか、あるいはタイレリア科に属するかを検討したもので、緒論と総括を除き、4章から構成されている。

第一章では B. microti ならびにその感染赤血球の微細形態ならびに糖輸送担体であるGLUT 1について検討し、B. rodhainiのそれと比較した。B. microtiは宿主赤血球膜に隣接した位置に認められ、原虫内には小型の偽食胞が認められた。また感染赤血球膜には虫体側に赤血球膜を引き寄せたように陥凹部位が観察され、嵌凹部には小胞の凝集が認められた。一方、B. rodhainiは B. microtiと同様に赤血球膜に隣接した位置に認められ、また偽食胞も観察され、コイル状の膜構造物が認められた。さらに、B. microtiでは GLUT 1の著しい減少が認められたが、その減少は B. rodhainiと同様であった。したがって、B. microtiの微細構造ならびに糖輸送担体にB. rodhainiのそれと相違は認められず、B. microtiはバベシア科に属する原虫と考えられた。

第二章では B. microti 感染マウスの脾臓内樹状細胞の活性化、ならびにin vitroにおける樹状細胞の反応性とTRLの阻害について検討し、B. rodhainiのそれと比較している。B. micorti 感染マウスの脾臓内樹状細胞は、いずれも樹状細胞成熟化のマーカーである CD40 発現細胞数、共刺激分子である CD80 ならびにCD86 発現細胞数、抗原提示分子である MHC class I ならびにMHC class II 発現細胞数が増加し、活性化していたが、B. rodhainiでも同様の活性化が認められた。また、骨髄細胞から分化誘導した樹状細胞と、B. microti 感染赤血球とを24時間共培養した培養上清中のIL-12p40の濃度は非感染赤血球と共培養したものと差はなかった。一方、B. rodhaini 感染赤血球と共培養した樹状細胞培養上清では、培養上清中のIL-12p40 濃度は他と比較して有意な高値を示した。また、TLRの阻害を示す IRSを添加すると、TLR7を阻害する IRS661、TLR9を阻害する IRS869、TLR7とTLR9を阻害する IRS954を添加した場合に有意な減少が認められた。したがって、B. rodhainiの樹状細胞活性化には少なくとも TLR7 ならびにTLR9 が関与していることが明らかとなったが、B. microtiにおける樹状細胞の活性化に関与する TRLを明らかにすることは出来なかった。したがって、B. microtiはタイレリア科に属する可能性があるものと考えられた。

第三章ではB. microtiについて18S rRNA hyper variable region V4の遺伝子解析を行ない、B. rodhainiのそれと比較した。B. microti Munich株の塩基数は445塩基で、バベシア科の原虫の特徴とされる30塩基の欠失部位は観察されなかった。B.microti AJ株とGI株の塩基数は441塩基で、Munich株とは13塩基に相違が認められたが、いずれも30塩基の欠失は観察されなかった。一方、B. rodhainiの塩基数は436塩基で、B. microti Munich株とは40塩基の相違が認められたが、30塩基の欠失部位は認められなかった。したがって、バベシア科の原虫の特徴とする約30塩基の欠失は原虫の種によって異なるものと考えられ、18S rRNA hyper variable region V4の塩基配列の相違からは、B. microtiはバベシア科に属する原虫と考えられた。

第四章ではB. microtiのダニ体内における発育を、実験感染させたフタトゲチマダニの卵巣、卵、幼ダニ、若ダニの18S rRNA hyper variable region V4 遺伝子について検討し、B. rodhaini 感染と比較した。B. microti感染赤血球接種後30日目のフタトゲチマダニ(成ダニ)、接種後3日目の卵巣、孵化直後の幼ダニ、孵化後7日間飼育した若ダニからは約450 bpの泳動位置に18S rRNA hyper variable region HVR-V4の遺伝子が検出されたが、接種後産卵開始3日目の卵からは検出できなかった。一方、B. rodhaini感染赤血球を接種したフタトゲチマダニにおいても18S rRNA hyper variable region V4の遺伝子の検出はB. microtiと同様の結果であった。したがって、B. microtiはB. rodhainiと同様、卵巣、幼ダニ、若ダニに感染が成立しており、介卵感染しており、ダニにおける発育形態からは、B. microtiはバベシア科に属する原虫であることが明らかとなった。

以上の結果、B. microtiはその微細構造、18S rRNA hyper variable region V4の塩基配列、ダニ体内における発育の結果からバベシア科に属する原虫であることが明らかとなった。

このように、本論文は現在論議の的となっているB. microtiの生物学的特性をB. rodhainiのそれと比較検討した結果,B. microeiはバベシア科に属する原虫であることを明らかにしたものである。その内容は、獣医学の学術上貢献するものであり、よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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