学位論文要旨



No 126247
著者(漢字) 西野,亜希子
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,アキコ
標題(和) 在宅生活継続のための住環境に関する研究高齢者、障がい児・者向け住宅改修を事例として
標題(洋)
報告番号 126247
報告番号 甲26247
学位授与日 2010.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7321号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 横山,ゆりか
 東京大学 教授 大方,潤一郎
内容要旨 要旨を表示する

「住生活基本計画」は、高齢者が在宅生活を継続するための住環境整備として「バリアフリー化」基準が示されており、この基準は障がい児・者を対象とした「障害者基本計画」でも用いられている。つまり、在宅生活を継続するための住環境整備の対象として、高齢者と障がい児・者を共に捉えている。

高齢者、障がい児・者を対象とした住宅改修または住環境には、身体機能に応じた住環境のあり方に関する研究がある。だが、既往研究には、高齢者と障がい児・者を共に扱った研究は行われていない。そのため、本研究では、高齢者と障がい児・者を調査対象とし、各属性の特性を捉える。次に、高齢者・障がい児・者を共に分析対象とし、最後に、高齢者、障がい児・者の両者が在宅生活を継続する上で必要な環境整備に向けた提言を行う。

本論文は、事例調査より、[仮説1]を明らかにするため、第2章で[仮説2]及び[仮説3]を明らかにする。第3章では動作観察を基に[仮説3]の要因をえる。第4章では、[仮説4]を明らかにすることを目的とした研究を行った。

[仮説1]体機能が低下しても在宅生活を継続可能な住宅改修を行うためには、建築士の関与が必要不可欠である

[仮説2]住宅改修には、身体的・精神的効果がある

[仮説3]一度の改修では住宅改修要求は満たされない

[仮説4]関与する専門職により住宅改修実績の内容に特性がある

まず第1章では、背景、既往研究、研究目的、論文の構成を整理する。

本研究では、高齢者、障がい者、障がい児のうち、高齢者は「リハスタッフ関与型」、「システム組込型建築士」、「独立型建築士」の関与専門職別に調査を行った。なお、「リハスタッフ関与型」とは、リハビリ病院のスタッフが退院患者を対象に行う住宅改修提案を調査の対象としている。(退院前1ヶ月、退院後1ヶ月、退院後3ヶ月に訪問し、リハスタッフの住宅改修提案状況等を把握した)。「システム組込型建築士」とは、自治体助成制度における改修に関与している建築士を対象としており、既に「改修内容」が提案された段階で関与する建築士を対象としている。「独立型建築士」とは、住宅改修を提案する段階から関与している建築士を調査対象としている。

「障害者基本計画」の「重点施策実施5か年計画」では、バリアフリー化による住宅のストック形成を推進している。目標値は、高齢者のバリアフリー化を目安としており、在宅生活をしている障がい者の高齢化も増加傾向にあるため、高齢者と障がい者を共に捉える必要性が高まっている。しかし、現在までの既往研究は、高齢者を対象とした研究が多く、障がい児・者を対象を共に扱った研究はない。また、回復期リハビリテーション病院では、住宅改修の提案を行っているにもかかわらず、回復期リハビリテーション病院を対象とした研究も少なく、高齢者、障がい児・者の特性を捉えたものはない。そのため、第2章では、まず本研究の調査対象者の概要及び代表的事例を個別に捉える。次に、[仮説2]~[仮説3]を明らかにすることを目的とし、本人・家族へのヒアリング調査を基に、属性別に住宅改修の「効果」を捉える。更に、住宅改修要求及び住宅改修されなかった要求及びその要因を分析する。

ヒアリング調査を基に分析を行った結果、住宅改修の効果は、本人と介助者に対する、身体的効果と精神的効果に分類することができた([仮説2]住宅改修には、身体的・精神的効果がある)。本人の身体的効果には、「安定確保」、「動作容易性」、「動作可能性」があり、本人の精神的効果には、「負担軽減」があった。介助者の身体的効果には、「介助力軽減」、「介助軽減」、「動作容易性」があり、精神的効果には、「負担軽減」があった。次に、[仮説3]を捉えるため、住宅改修されなかった要求を要因分析した結果、各属性に共通していたのは、「段階的要求」であった。これは、「身体機能の変化に伴い発生する」ものと「生活の中で発生する」ものがあった。

また、住宅改修要求に繋がる要因である「変化」には、障がい者の場合、本人の身体機能の低下のほか、介助力の低下が挙げられる。その一方で、障がい児の段階では、介助力を優先し、「住宅改修は検討」しているものの、改修には至っていない事を捉えることができた。

第3章では、[仮説3]を前提とし、その要因を捉えるため、ADLを基にした動作観察から潜在的住宅改修要求を捉えることを目指す。

そのためまず、動作と物的環境との関係性を捉えるため、ADLのうち、(1)移動,(2)排泄,(3)入浴動作に基づいた動作観察により、本人の動作確認、及び介助者の介助動作確認を行い、潜在的住宅改修要求を捉えることを試みた。なお、新築住宅向けの「高齢者が居住する住宅の設計に係る指針」や、「住宅性能表示制度」の「高齢者等配慮対策等級」の基準は、「介助用車椅子」を基準としているため、本章では利用福祉機器別に動作を捉える事とする。次に、動作観察と第2章で得られた住宅改修の効果(「身体的効果」)を分析軸とし、高齢者、障がい児・者が在宅生活を継続する上で重要となる住環境整備時に考慮すべき空間構成要素を捉えることを目指した。

その結果、23の項目のうち、新たに得られた視点として、以下1)~11)がある。これらは、身体機能や利用福祉機器を踏まえた一連の動作を確認する事で、得られたものである。

1)利用福祉機器である車椅子(特に介助用)以外の利用福祉機器別に考察を行ったことで、車椅子利用者だけではなく、自立、T字杖、松葉杖、歩行器、抱きかかえなどにおいても住環境整備時に考慮が必要である点

2)車椅子利用者だけではなく、杖,歩行器,抱きかかえ「動作を考慮した有効幅員空間の確保」

3)駐車場玄関配置を考慮した「玄関と駐車場アプローチ動線」

4)車椅子利用者向けの「屋内外用車椅子と靴の着脱介助動作を考慮した空間」

5)抱きかかえの介助動作だけではなく、「利用福祉機器と洋服着脱・移動介助動作を考慮したトイレ空間」

6)「椅子や車椅子を利用した本人及び介助者の脱衣動作を考慮した脱衣空間」

7)「本人の臥床空間と脱衣介助動作を考慮した脱衣空間」と「脱衣動作を行う空間と浴室動線」

8)浴室内の「人体寸法を考慮した浴室内手すり」

9)シャワーチェア利用者の介助動作を考慮した浴室空間

10)本人の入浴動作を考慮した浴槽高さ

11)浴室動線への考慮

この様に、潜在的住宅改修要求は多様であり、在宅生活を継続するための住宅改修を行う際、(1)動作では、移動動作だけではなく、各室で行われる「着脱動作」などの確認、(2)空間では、一連の動作を踏まえた多角的な視点での検討が必要である事を捉えた。

第4章では、第2章で明らかになった属性別特性,第3章で明らかになった「在宅生活継続のための住環境整備時に考慮すべき空間構成要素」の両者を満たす改修の実現に向け、建築士が関与する意義とその役割を捉え、[仮説4]を明らかにすることを目的とし、関与専門職別に住宅改修の特性について、改修実績の内容に関するヒアリング及び、年間の改修実績や専門職へのアンケート調査を基に分析を行った。

その結果、専門職の関与がなく、障がい者を対象とした改修は、自己負担金額等から、助成事業対象工事内に留まっている。障がい者のうち、再度改修を検討していた事例P4は、施行業者に自立した移動のために戸の新設を依頼したが、敷居段差が出来てしまい、介助が必要になった経験を持っている。そのため、障がいを理解してくれる業者に改修を依頼したいと考えており、後日障がい者向けの設計経験がある建築士に改修を依頼している。

同じく、専門職の関与がなく、障がい児を対象とした改修は、制度を利用していない。事例A2は、家族が身体的負担が玄関に来ないと改修には踏み込めない、と感じている一方、「障がい者を対象とした改修経験のある人に改修をお願いしたい」と考えていた。なお、事例A4は、制度を利用しようとしたが、制度の対象ではなかったため、自己負担による改修を行っている。

リハスタッフ関与型の場合、リハスタッフは退院患者への住宅改修を提案する上で重要な役割を担っている一方、改修内容としては「手すりの設置」が主な提案内容であることが明らかになった。

アンケートの結果、手すり設置改修提案が多くなる要因として、建築専門分野における問題点がある事が明らかになった。

事例R10では、主にトイレの手すり設置改修を提案し、段差解消のためのすりつけ板の設置提案は福祉用具業者が提案を行った。退院後3ヶ月訪問の段階で、本人の機能は向上し、利用福祉機器はT字杖であり、福祉機器は軽微なものに変化した。だが、住戸内で自立した移動が可能なのは、段差解消されている場所のみであり、段差が解消されていない場所で体を安定させるためには、後方からの介助が必要であった。この様に、日常的な動作や空間全体を踏まえた改修には至っていない。

次に、システム組込型建築士の場合、業務が介護保険または自治体助成事業の範囲内であるため、全体の改修の中に介護保険または自治体助成事業対象の改修を位置付けるには至っていない。しかし、見積もり審査や完了確認などの業務において、施工業者への教育的役割(「専門職への教育的役割」)を担っている事が明らかになった。

最後に、独立型建築士が関与する場合、自己負担金額は高くなる。だが、事例M4に見られる様に、トイレ配置変更に伴う動線変更により、本人がトイレを利用できる様になった(「動作可能性」)。更に、玄関の配置変更に伴う動線変更では、玄関から寝室までの方向転換の回数が少なくなったことで、介助者は、介助が「楽」になり(「介助軽減」)、本人の動作に合わせた手すりを設置した事で介助者が2人から1人に減少(「介助力軽減」)にした改修が行われている。この様に、改修提案と実績の内容は、介護保険制度や自治体助成事業内の改修に留まらず、多様な改修が行われている事を捉えることができた。

これらの事例調査を踏まえ、提案段階から建築士が関与した場合、多様な改修が行われており、高齢者、障がい児・者の個別的な要求に対応が可能な改修が行われる傾向にある。

その他、建築士の役割として、以下が建築士の役割として挙げられる。

1)システム組込型建築士の事例からは、施工業者を教育する役割

これは、事例P4の様に、現行制度では、改修の際に専門職が関与するシステムではないため、施工業者への教育(住宅改修の意義)を理解した上で施工してもらうためには、重要な役割であると言える。

2)独立型建築士の事例から、他の専門職への教育的役割

リハスタッフのアンケート調査より、住宅改修に対する「不安感」には、建築分野の問題が挙げられた。このことから、住宅改修に関与する専門職に住宅改修の意義、役割の他、改修の視点を伝える事で、改修内容の質向上が見込まれる他、各専門職の専門分野を相互理解する事に繋がると考える。

3)個別性の高い高齢者、障がい児・者を対象とした改修要求に対応可能

関与専門職別事例から、改修を実現するためには、独立型の様に、改修を提案する段階から、建築士が関与する必要があると言える。

だが、第2章で明らかになった様に、住宅改修要求は段階的であるものの、制度利用は原則1回であるため、継続的専門職の関与が困難である。事例A4の様に、住宅改修要求はあるものの、制度対象外になるケースもあるため、制度の枠にとらわれないで、相談を受ける窓口が必要であると考える。

障がい児・者の主介助者である母親を対象としたヒアリングでは、住宅改修をする場合には、「障がい者の改修を経験した人」を望んでいることが明らかになった。独立型建築士に依頼をした事例M5の場合、自治体が設けている「アドバイザー制度」を窓口として住宅改修の依頼をしている。

これらの事例から、身体機能が低下しても在宅生活を継続するための環境整備を行うためには、以下の1)~2)の要件を満たす専門職の関与が必要である。

1)住宅改修要求は段階的に発生することから、継続的な住宅改修要求に対応出来る専門職(第2章)

2)潜在的住宅改修要求から、住空間と対象者の動作から、空間的問題を把握し、物的環境に関する改善方法をみいだすことが可能であり、かつ個別性の高い多様な改善要求に物的環境の改善方法を提案することが可能な専門職(第3章)

更に、改修の知識や経験の裏付けや専門職へのアプローチのしやすさという事を考慮すると、高齢者や障がい者の住宅改修に提案段階から関与する建築士に対する公的な支援が必要性が高い。つまり、システム組込型建築士の業務範囲の拡大、または独立型建築士が公的な支援を基に関与するシステムの構築が、今後、身体機能が低下しても在宅生活を継続するための住宅改修には必要となる。

改修実績の内容の特性から、リハスタッフは、物的な環境改善に関与への不安感を持っており、建築専門家の関与の必要性を感じている。

建築士関与においてもシステム組込型建築士は、制度対象者を対象とするため、制度に該当しないケースの住宅改修要求に対応することができない。また、業務範囲は、助成費用内に留まるため、全体の改修内容に関与する事が出来ない。

上記1)~2)の要件を満たし、かつ本調査の対象である自治体の事例状況から、身体機能が低下しても在宅生活を継続するための環境改善を行うためには、独立型建築士の様な立場の関与が必要となる。なお、今回、調査対象とした独立型建築士の場合、自治体が独自に行っている「アドバイザー制度」が建築士の知識と経験の蓄積、および地域活動を支えていると考えられる。つまり、独立型建築士であり、かつ公的機関が支援を行うシステムを構築することが必要である。

この様な取り組みを行っている事例として、ドイツのバリアフリープランナーが挙げられる。バリアフリープランナーは、公的な資格であり、改修実績に基づいた更新が行われる。ドイツの取り組みが、日本の住宅改修に建築士が関与する手法構築の一助となると考える。更に、ドイツの場合、バリアフリープランナーの活動が住宅のみに留まらず、公共建築にも活動の範囲が広がっており、機能低下後の外出を促すためには、この様な立場を確立し、環境として公的・私的空間を連続的に捉える役割としても必要性が高くなると考える。

本研究より、身体機能が低下しても在宅生活が継続できる環境整備である住宅改修には、本人・介助者の身体的・精神的負担を軽減する役割がある。

一方、顕在化している住宅改修要求は、段階的に発生しており、高齢者、障がい児・者共に、一度で満たされるものではない。(第2章)

潜在的住宅改修要求を捉えるため、動作観察調査を行った。その結果、在宅生活継続のための住環境整備を行う場合、考慮すべき空間構成要素は多様である事が明らかになった。これら「在宅生活継続のための住環境整備時に考慮すべき空間構成要素」には、介護保険制度や自治体助成事業を対象とする種目以外の動線変更や用途変更等が挙げられる。このことから、在宅生活を継続するために住宅改修を行う場合、単純に改修種目に沿った提案を行うだけではなく、住戸内及び玄関アプローチ空間全体を把握し、本人・家族の日常的な動作及び利用福祉機器を考慮した改修が必要である事が明らかになった。(第3章)

高齢者、障がい児・者を対象とした住宅改修の実績を、関与専門職別に分析を行った。その結果、障がい児の場合、改修が少なく、物的環境の問題にマンパワーで対応している。障がい者の場合、制度対象種目内の改修が行われており、リハスタッフ関与型は、介護保険制度対象種目範囲内の改修が行われている。障がい者、リハスタッフ関与型のいずれも、個別の住環境や生活環境より、助成対象となる種目による改修が行われやすい傾向にある。

建築士が関与する改修のうち、改修提案後に建築士が関与するシステム組込型は、業務内容が介護保険制度と自治体助成事業費用範囲内である。介護保険制度対象種目を対象とした改修実績が多い傾向にある(上乗せ)。自治体独自の種目を対象とした改修では、設備改修が主に行われている(横出し)。

独立型建築士が関与した場合、介護保険制度や自治体助成事業を利用した改修が行われている。改修実績の内容も多様であり、動線変更や用途変更など、空間全体を把握した上で改修(提案)が行われている。(第4章)

以上の調査結果より、住宅改修の役割である身体的・精神的効果を踏まえ、更に改修時の考慮すべき空間構成要素を踏まえた質の高い住宅改修を行うためには、改修提案段階から建築士が関与する必要性がある。

第2章で明らかになった段階的住宅改修要求に継続的に関与し、住宅改修の相談窓口の視点、第3章で明らかになった動作を踏まえた多様な空間構成要素を考慮した改修を行うためには、制度に影響を受けない独立型の建築士の関与が必要である。また、自治体の取り組みや継続的関与を可能とする独立型建築士を確立するためには、ドイツのバリアフリープランナーの様な政府が認定する資格の確立を一つの方法として提言する。

なお、日本の独立型建築士は身体機能の状況や変化を捉えるため、PTやOT等他専門職との連携を行い、改修提案を行っている点からも、住宅改修において各分野の連携は重要である。

身体機能が低下しても在宅生活を継続する手段として住宅改修が位置づけられ、住宅改修による環境改善が、在宅生活者本人・家族の自立や負担を軽減する点に、住宅改修の意義・役割の一つがある。なお、在宅生活を継続するための環境改善は単純ではないため、生活者である本人・家族の生活動作及び住戸内環境、利用福祉機器を総合的に捉えた上で、改修内容を検討する必要がある。

そのため、これらを踏まえた物的環境の改善には、その分野の専門職である建築士が住宅改修の提案段階から関与する事が、身体機能が低下しても在宅生活継続可能な環境への改善を図る上で、必要不可欠であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、事例調査により、身体機能が低下しても在宅生活が継続可能な住宅改修ができるように、住宅改修の身体的・精神的効果を明らかにし、一度の改修では要求を満たさないことがあることを明らかにし、潜在的住宅改修要求を動作観察から捉え、建築士の関与の必要性を明らかにするものである。

高齢社会を迎えた我が国は住宅のバリアフリー化を促進し、在宅重視を目標の一つに掲げ、介護保険制度には「居宅介護住宅改修」が設けられ、障がい児・者向けの「障害者基本計画」の「重点施策実施5か年計画」では、バリアフリー化による住宅のストック形成を推進し、また、在宅生活をしている障がい者の高齢化も増加傾向にあり、高齢者と障がい者を連続的に捉える必要性が高まっていることが背景にある。本論文は、高齢者、障がい児・者を対象とし、各属性における特性を捉えた上で、住宅改修における建築士の意義・役割を捉えることを特徴としている。

本論文は5章で構成されている。

第1章では、社会的背景、目的、調査対象の位置づけを行った。

第2章では、調査対象者の概要及び代表的事例を個別に捉えた。

高齢者、障がい者、障がい児のうち、高齢者は、リハビリ病院のスタッフが退院患者を対象に住宅改修の提案をする「リハスタッフ関与型」、自治体助成制度により既に改修内容が提案された段階で建築士が関与する「システム組込型建築士」、住宅改修を提案する段階から建築士が関与する「独立型建築士」の関与専門職別に調査対象を決めた。

本人・家族へのヒアリング調査を基に、住宅改修には身体的・精神的効果があること、顕在的住宅改修要求及び住宅改修されなかった要求を捉え、一度の改修では住宅改修要求は満たされないことを明らかにした。住宅改修要求に繋がる要因である「変化」には、障がい者の場合、本人の身体機能の低下の他、介助力の低下が挙げられ、障がい児では、介助力を優先し、住宅改修は検討しているものの、改修には至っていない事があることを捉えることができた。

第3章では、潜在的住宅改修要求を捉えるため、ADLのうち、移動、排泄、入浴動作に基づいた動作観察により、本人の動作確認、及び介助者の介助動作確認を行い、手すり設置等単純な要求だけではなく、配慮すべき空間構成要素は多様であり、移動動作だけでなく各室で行われる「着脱動作」などを確認すること、空間では一連の動作をふまえた多角的な視点での検討が必要であることを捉えた。

身体機能や利用福祉機器を踏まえた一連の動作を確認する事で、新たな視点として、介助用車椅子以外の利用福祉機器別の考察、杖、歩行器、抱きかかえ動作を考慮した有効幅員空間の確保、玄関と駐車場アプローチ動線、屋内外用車椅子と靴の着脱介助動作を考慮した空間、抱きかかえの介助動作だけではなく利用福祉機器と洋服着脱・移動介助動作を考慮したトイレ空間、椅子や車椅子を利用した本人及び介助者の脱衣動作を考慮した脱衣空間、本人の臥床空間と脱衣介助動作を考慮した脱衣空間と脱衣動作を行う空間と浴室動線、人体寸法を考慮した浴室内手すり、シャワーチェア利用者の介助動作を考慮した浴室空間、本人の入浴動作を考慮した浴槽高さ、浴室動線への考慮を加えた。

第4章では、在宅生活に必要となる空間構成要素を満たす改修の実現に向け、建築士が関与する意義とその役割を捉え、関与する専門職により住宅改修内容に特性があることを明らかにし、建築士の関与方法に関する提言を行った。

建築士が住宅改修に関与する事により、適切な費用による改修をチェックする役割、施工業者への住宅改修技術等の教育を行い、相談を受ける役割(改修の質の向上)、他専門職への住宅改修に関する教育(研修会等)を行う役割が担えることがわかった。

さらに、潜在的・顕在的住宅改修要求、段階的に発生する住宅改修要求を満たす改修を行うためには、提案段階から継続的に、用途変更や動線変更などを含めた総合的な改修内容を把握した上で提案を行える総合性と継続性をもつ事、潜在的住宅改修要求、住空間と対象者の動作から、空間的問題を把握し、物的環境に関する改善方法をみいだすことが可能であり、かつ個別性の高い多様な改善要求に物的環境の改善方法を提案することが可能である事を満たすことができるような立場で関与することが望ましいことがわかった。

以上から、身体機能が低下しても在宅生活可能な住宅改修を行う上では、改修の提案段階から関与する「独立型建築士」の関与が望ましいと結論づけた。

以上のように本論文は、詳細な事例調査により、住宅改修には身体的・精神的効果があり、それも一度の改修では住宅改修要求は満たされないことがあることを明らかにし、潜在的住宅改修要求を動作観察から捉え、身体機能が低下しても在宅生活を継続できる住環境の整備実現に向け、建築士の関与方法を検討し、建築士の関与方法に関する提言を行った。

超高齢化社会を迎える今後の居住空間の建築計画に、特に重要な知見を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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