学位論文要旨



No 126248
著者(漢字) 小沢,佑介
著者(英字)
著者(カナ) コザワ,ユウスケ
標題(和) 無機有機複合固体電解質膜のプロトン伝導特性
標題(洋)
報告番号 126248
報告番号 甲26248
学位授与日 2010.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7322号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 講師 但馬,敬介
内容要旨 要旨を表示する

固体高分子膜型燃料電池(PEMFC)は自動車や家庭用電源に適用できるため、盛んに研究が行われている、PEMFCは、燃料中に含まれるCOによる電極触媒の被毒や反応により生成される水が電極を覆うことによる電極反応の妨害などの問題を抱えている、これらの問題はPEMFCを中温域(100-200℃)で作動させることにより大幅に改善できる。現在実用化されているPEMFCの電解質膜として、パーフルオロスルホン酸(PSFA)膜が多く用いられている。PFSA膜は優れたプロトン伝導性を示すが、化学的安定性の関係上、100℃以下に使用温度が制限されてしまう。そのため、実用化に向けて優れた耐熱性と高導電率を示す電解質の探索が行われている。スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(SPEEK)は優れた耐熱性及び高いプロトン伝導性を示すことが知られている。SPEEKはスルホン化率を大きくするに伴い伝導性は向上するが、同時に水への溶解性も増大してしまう。プロトン伝導性に乏しい無機粒子とプロトン伝導性ポリマーを複合化することにより化学的安定性向上を達成できることが報告されているが、中温域における特性に関してはほとんど報告されていない。耐乾燥性に優れ中温度域でも高いプロトン伝導性を示す層状無機化合物との複合化により、高プロトン伝導性と化学的安定性の両立が期待できる。本研究では、無機化合物として、耐乾燥性に優れ、中温度域でも高プロトン伝導性を持つ層状リン酸化合物(SnP及びZrP)及び層状複水化酸化物(LDH-Ac)を選択した。また、無機粒子/有機ヘテロ界面で形成される水素結合により、電解質膜の化学的安定性が向上することを報告されている。ナノシートは層状化合物を層剥離して得られる厚さ数~十nm程度のシート状結晶であり、粒子よりも比表面積が大きい。そのため、有機電解質との複合体ではヘテロ界面積を多くでき、有機電解質が持つ高いプロトン伝導特性を中温域においても維持することが期待できる。本研究は、中温度域でも高いプロトン伝導性と耐熱性を持つ新規複合材料の材料設計指針を得ることを目的に、無機粒子及び無機ナノシート複合体とSPEEKとの複合体を作製し、無機/有機ヘテロ界面が物性に与える影響を調べた。

第1章では、研究背景としているPEMFC及びプロトン伝導性電解質の特徴及び課題を概説し、研究目的と方針を述べた。

第2章では、様々な無機粒子含有量を持つSnP/SPEEK複合膜及びZrP/SPEEK複合膜を作製し、作製した複合膜の特性評価を行った。

SnP及びZrPの無機物含有量が12-50vol.%になるようにSPEEK中に均一に分散させた後.膜化することで、SnP/SPEEK複合膜及びZrP/SPEEK複合膜を作製した。

各複合膜の化学的安定性は、無機物含有量が増大するにつれて向上し、十分な無機物含有量に達すると高い化学的安定性を維持した。この化学的安定性の向上は、無機/有機ヘテロ界面で形成されている水素結合の影響によると考えられる。また、少量の無機物を含む複合膜と十分に含む複合膜とでは、プロトン伝導機構が異なることが示唆された。

無機化合物含有量が化学的安定性及びプロトン伝導機構に与える影響を考察するために、以下に示す水素結合モデルを提案した。無機/有機複合膜の微細構造は、以下に示す3つの相に分けられると考えられる。

(1)無機/有機ヘテロ界面層:無機化合物が持つ極性基と有機電解質が持つ極性基との問で水を介して水素結合が形成されている。プロトンはこの水素結合を用いたプロトンホッピングによる高速プロトン伝導が可能であるため、高いプロトン伝導性を有する層。

(2)無機/有機ヘテロ界面領域:無機/有機ヘテロ界面層の周辺に存在し、無機/有機ヘテロ界面層内で形成されている水素結合の影響により高い化学的安定性を持ち吸水性が低いため、低いプロトン伝導性を有する領域。

(3)有機電解質バルク:無機/有機ヘテロ界面領域よりも外側に形成されており、水素結合による影響がなく化学的安定性に乏しいが、吸収率が高いため高い導電率を持つが領域。

化学的安定性に関しては、無機物含有量が増大するにつれて無機/有機ヘテロ界面領域が増大するため化学的安定性が向上し、十分な無機物含有量に達すると、この界面領域が膜全体を覆うため複合化効果が飽和し、高い化学的安定性を維持したと考えられる。また、プロトン伝導機構に関しては、無機物含有量が少ない複合膜では、プロトンは無機/有機ヘテロ界面領域を避けて、有機電解質バルクを伝導し、無機物を十分に含む複合膜では、高いプロトン伝導性を有する無機/有機ヘテロ界面層の連結により形成されるプロトン伝導パスを伝導することが予測される。

導電率測定の結果から、SnP/SPEEK複合膜及びZrP/SPEEK複合膜共に、中温度域、飽和水蒸気圧下における導電率は無機i物含有量が50vol.%の複合膜が最も高い導電率を示した。これは、無機/有機ヘテロ界面領域が膜全体を覆うため高い化学的安定性を持つ上、多くの無機/有機ヘテロ界面層の連結を持つためと考えられる。

以上のことから、中温域において優れたプロトン伝導性及び耐熱性を持つ無機/有機複合材料の設計には、無機/有機ヘテロ界面層の連結が重要であることが分かった。

第3章では、様々な無機ナノシート含有量を持つZrPナノシート(ZrP-NS)/SPEEKを作製し、作製した複合膜の特性評価を行った。ZrP-NS/SPEEK複合膜はZrP-NS分散溶液中にSPEEKを混合した後、膜化することで作製した。

ZrPを剥離処理することにより横方向150-300nm、厚さ1-5nmのZrP-NSを得た。ZrPの厚さの推定値は28nmであることから、ZrP-NS/SPEEK複合膜ZrP/SPEEK複合膜よりも大きな無機/有機ヘテロ界面積を有することが期待できる。ZrP-NS/SPEEK複合膜に関して、化学的安定性及びプロトン伝導性を調べた結果、無機ナノシート/有機複合膜においても、第2章で提案した水素結合モデル及びプロトン伝導機構が適用できることが分かった。また、ZrP-NS/SPEEK複合膜はZrP/SPEEK複合膜よりも少量の無機物含有量で複合化効果の飽和及び導電率の増大が発現した。無機ナノシート/有機複合膜は無機粒子/有機複合膜よりも多くの無機/有機ヘテロ界面積を持つため、少量の無機物含有量でも無機/有機ヘテロ界面領域による有機電解質バルクの占有及び無機/有機ヘテロ界面層の連結が生じたと考えられる。

プロトン伝導特性に関して、ZrP-NS/SPEEK複合膜とZrP/SPEEK複合膜を比較した結果、中温域、測定湿度範囲(相対湿度30-100%)においてZrP-NS/SPEEK複合膜の方がZrP/SPEEK複合膜よりも優れることが分かった。これはZrP-NS/SPEEK複合膜の方がZrP/SPEEK複合膜よりも多くの無機/有機ヘテロ界面層が連結しているためと考えられる。

第4章では様々な無機粒子含有量を持つLDH-Ac/SPEEK複合膜を作製し、作製した複合膜の特性評価を行った。LDH-Acの無機物含有量が12-50vol.%になるようにSPEEK中に均一に分散させた後、膜化することで、LDH-Ac/SPEEK複合膜を作製した。

化学的安定性及びプロトン伝導性を調べた結果、LDH-Ac/SPEEK複合膜においても、第2章で提案した水素結合モデル及びプロトン伝導機構が部分的に適用できることが分かった。

LDH-Ac/SPEEK複合膜は、少量の無機物含有量で化学的安定性が急激に向上することが分かった。LDH-Ac/SPEEK複合膜の化学的安定性は、無機/有機ヘテロ界面領域の増大に加え、LDH-Ac表面が正に帯電しているために生じるSPEEKのSO3H基と静電相互作用によっても向上すると考えられる。そのため、SnP/SPEEK複合膜よりも化学的安定性が向上する領域が広く、少量の無機物含有量で複合化効果が飽和したと考えられる。

プロトン伝導性に関しては、十分にLDH-Ac含有量を持つ複合膜は中温度域飽和水上気圧下において比較的優れたプロトン伝導性を示したが、SPEEK及びLDH-Acよりも劣る伝導性であった。これは、静電相互作用により水素結合を形成できるSO3H基が減少し、無機/有機ヘテロ界面層が比較的低い導電率を持つためと考えられる。

第5章では、得られた結果を総括するとともに、今後の展開について述べた。

十分な無機物含有量を有する複合膜は無機/有機ヘテロ界面層の連結を多く持つため中温度域においても優れたプロトン伝導性を示した。さらに、無機ナノシート/有機複合膜は、無機粒子/有機複合膜よりも無機/有機ヘテロ界面層の連結を多く持つため、中温度域、広い湿度雰囲気下において安定でより優れたプロトン伝導性を示した。また正に帯電している無機物とプロトン伝導性ポリマーの複合化は、急激に化学的安定性を向上させたが、中温域のプロトン伝導性の大幅な向上をもたらさなかった。以上のことから、中温度域においても優れたプロトン伝導性を示す無機/有機複合材料の設計には、無機/有機ヘテロ界面層の連結及び高比表面積を有する無機化合物と有機電解質との複合化による無機/有機ヘテロ界面層の連結の促進が重要であることが明らかとなった。このことから、無機ナノシートの微細化を行うことで、より高比表面積を持つ無機電解質を作製し、プロトン伝導性ポリマーと複合化することで、中温度域においてより優れたプロトン伝導性と耐熱性を持つ無機/有機複合材料を作製できると考えられる。このような、優れた特性発現のための材料設計指針を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

固体高分子膜型燃料電池の実用化に向けて多くの研究が進められているが、燃料である水素ガスに含まれる一酸化炭素による白金触媒の被毒や、生成した水分子の電極被覆によるエネルギー効率の低下が重要な課題として残されている。それらの克服には100~200℃の中温度域における作動が有効であるが、中温度域においても安定で優れた耐熱性と高導電率を示す電解質には適切な材料が見い出されておらず、その探索が盛んに行われている。プロトン伝導性ポリマーに無機粒子を複合化すると、その界面で形成される水素結合により化学的安定性が向上することが知られている。しかし、これまではプロトン伝導性に乏しい無機粒子を用いた複合系が主であり、また、中温域における特性はほとんど調べられていない。

本論文は、中温度域でも高いプロトン伝導性と耐熱性を持つ新規複合材料の材料設計指針を得ることを目的に、プロトン伝導性ポリマーと無機粒子あるいは無機ナノシートとの複合体を作製し、無機/有機ヘテロ界面が物性に与える影響について研究した成果をまとめたものである。

第1章では、研究背景として固体高分子膜型燃料電池およびプロトン伝導性電解質の特徴及び課題を概説し、研究目的と方針を述べている。本研究では、ポリマー材料に優れた耐熱性を持つスルホン化ポリエーテルエーテルケトン(SPEEK)、無機物質として中温域でも高プロトン伝導性を持つ層状リン酸化合物および層状複水酸化物を選択している。また、無機/有機ヘテロ界面の面積を増すため、無機物質に厚さ数~十nm程度のシート状結晶であるナノシートも用いている。それらの材料の合成法と基本特性を説明している。

第2章では、様々な無機粒子含有量を持つ層状リン酸スズ/SPEEK複合膜および層状リン酸ジルコニウム/SPEEK複合膜を作製し、その複合膜の特性評価を行った結果を述べている。各複合膜の化学的安定性は、無機物含有量が増大するにつれて向上した。この向上は、無機/有機ヘテロ界面で形成される水素結合の影響によることを実験的に検証している。これらの複合膜のプロトン伝導特性と各種物性は、3種の相、すなわち(1)高いプロトン伝導性を有する無機/有機ヘテロ界面層、(2)ヘテロ界面層の周辺に存在する、化学的安定性が高いが低プロトン伝導性の無機/有機ヘテロ界面領域、(3)化学的安定性が低いポリマー電解質バルク、による複合膜微細構造モデルを用いて説明できることを明らかにしている。150℃のプロトン導電率は、成膜が可能な範囲で無機物含有量が最も多い複合膜で最も高い値を示した。これより、中温度域においても優れたプロトン伝導性を示す複合材料の設計には無機/有機ヘテロ界面層の連結が重要であることを提示している。

第3章では、層状リン酸ジルコニウムの粒子およびナノシート(ZrP-NS)/とSPEEKによる複合膜を作製し、その構造と特性の評価を行った結果を述べている。無機ナノシート/有機複合膜においても、第2章で提案した微細構造モデルを用いて化学的安定性およびプロトン伝導性が説明できることを示すとともに、無機ナノシート複合膜は無機粒子複合膜よりも高いプロトン導電率を発現することを見出している。無機ナノシート複合膜は無機粒子複合膜よりも大面積の界面を持つため、ヘテロ界面層の連結が効率的に生じたためと考察している。これらより、複合膜中の無機物質には、無機/有機ヘテロ界面層の連結を促進する高比表面積無機物質の利用が有効であることを明らかにしている。

第4章では、Mg-Al系層状複水酸化物の基本物性および層状複水酸化物/SPEEK複合膜の作製と特性評価を行った結果を述べている。層状複水酸化物の層間イオンを酢酸イオンで置換すると導電率が増大すること、および複合膜では化学的安定性が向上することを明らかにしている。しかし、複合膜は構成材料単体よりも低いプロトン導電率を示し、その要因は、正に帯電している層状複水酸化物表面とSPEEKのスルホン基との間で生じる静電相互作用により高プロトン伝導性のヘテロ界面層が生じないためと考察している。これらより、無機粒子の表面化学物性により無機/有機ヘテロ界面の特性は大きく変化し、適切な表面化学物性を持つ無機材料の選択とヘテロ界面特性の制御が材料設計には必要であるとの指針が得られている。

第5章では、得られた結果を総括するとともに、今後の展望を述べている。

以上のように本論文では、中温度域においても優れたプロトン伝導性を示す無機/有機複合材料について、高い導電率が発現する無機/有機ヘテロ界面層の形成、およびその連結を促進する微細構造制御に関する重要な設計指針を示している。これらの成果は界面物性化学、複合体材料科学の分野の今後の進展に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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