学位論文要旨



No 126251
著者(漢字) 神吉,康晴
著者(英字)
著者(カナ) カンキ,ヤスハル
標題(和) クロマチン免疫沈降法による転写因子GATA2の機能解析
標題(洋)
報告番号 126251
報告番号 甲26251
学位授与日 2010.04.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7325号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 特任教授 井原,茂男
 東京大学 教授 栗原,裕基
内容要旨 要旨を表示する

血管内皮細胞は血管の内壁を覆う一層の細胞であり、化学的、物理的、さらにはウイルスや細菌による感染や障害などの様々な刺激を受けて遺伝子発現プロファイルを変化させることが知られている。この遺伝子発現プロファイルの変化が、動脈硬化や腫瘍の進展等に深く関わっており、現在の日本の高齢化や主要な死因を考えると、これら血管内皮細胞の遺伝子制御メカニズムを解明することは医療に対する大きな貢献となることが期待される。

転写因子GATAは2つのzinc fingerを持つ転写因子であり、DNA上の(A/T)GATA(A/G)配列に結合する。酵母からヒトまで種を超えて幅広く存在し、哺乳類では現在までにGATA1からGATA6まで6種類のタンパク質が知られている。GATAファミリーに属する転写因子は様々な細胞で発現しており、その細胞ごとに特異的な遺伝子群の発現を制御していることが分かってきており、多細胞生物が分化していく上で非常に重要な転写因子であると認識されるようになってきた。血管内皮細胞には上記GATAファミリーのうちGATA2、GATA3、GATA6の3種類が発現している。GATA2は最初、内皮細胞に特異的に発現するendothelin1遺伝子の発現を制御する因子として見つかった。これをきっかけに、血管内皮細胞でGATA2の制御の対象となる遺伝子が研究され、現在までにVCAM1、ICAM2、vWF、PECAM1、P-selectin、eNOS、PAR3、DSCR1、KDR、GATA2自身といった遺伝子群の制御においてGATA2が重要であることが報告されている。列挙したこれらの遺伝子は血管内皮細胞にとって重要な遺伝子ばかりであることから、GATA2は血管内皮細胞を特徴付ける重要な因子となっていることが考えられる。このように内皮細胞にとってGATA2は重要な転写因子であるが、現在ではいまだ内在性GATA2を認識できる抗体がないために、詳細な転写メカニズムの解析は進んでいない。そこで本研究ではまず、内在性GATA2を高感度かつ特異的に認識できる抗体の作製を試みた。次に、ヒト皮膚微小血管内皮細胞HMVECにおいてその抗体を用いたChIP-seq解析及びノックダウン細胞を用いたマイクロアレイ解析によりGATA2の新規標的遺伝子を探索した。そして、その発現制御メカニズムを解析した。

まず最初に抗GATA2モノクローナル抗体を作製した。ヒトGATA2の192-245アミノ酸をエピトープとするマウスモノクローナル抗体を樹立し、その評価を行ったところこの抗体は内在性GATA2を認識し、かつ特異性の高いものであった。次に作製された抗体を用いたChIP-seq解析を行うと、GATA2の結合箇所のうち半分以上は非遺伝子部分であった。また、転写開始点付近の結合を調べたところ、血管内皮細胞特異的遺伝子であるendothelin1やvWF、endomucinといった遺伝子に結合していた。次にGATA2が結合することで実際に転写を制御している遺伝子を探索するためにsi-GATA2処理によるノックダウン細胞を用いたマイクロアレイ解析を行った。すると、GATA2ノックダウンにより発現が大きく変動した遺伝子は176個であった。ChIP-seq解析でプロモーター部位にGATA2が結合している遺伝子の中でマイクロアレイで変動のあった遺伝子を抽出した。この中には既にGATA2の標的であると報告されているendothelin1やeNOS、vWF、PECAM1等が含まれていた。この中から、新規のGATA2標的遺伝子としてendomucinを同定した。Endomucinは内皮細胞特異的遺伝子であり、内皮細胞と細胞外マトリックスとの結合を制御することから内皮細胞にとって重要な遺伝子である。レポーターアッセイ及びChIP解析によりendomucinのプロモーター部位にはGATA2が結合して転写活性を上昇させていることが分かった。次にGATA2結合部位の中で非遺伝子部分をH3K4me1のChIP-seq結果と照合した。その結果、endomucinの上流139kbに両者が重なるピークが見られ、レポーターアッセイによりこの領域はエンハンサー活性を持つことが示された。細胞内でエンハンサーとプロモーターがどのような位置関係にあるかを3Cアッセイにより調べたところ、endomucin遺伝子では139kb離れたエンハンサーとプロモーターが近接するクロマチンループを形成していることが分かった。このループはendomucinが発現していないK562細胞では認められなかった。また、HMVECにsi-GATA2を作用させた3CアッセイによりこのループはGATA2依存的であることが示された。

以上の結果より、本研究では以下のことが示された。

内在性GATA2に対するモノクローナル抗体を樹立し、ChIP-seq解析とマイクロアレイ解析によりGATA2の新規標的遺伝子として内皮細胞特異的遺伝子endomucinを同定した。また、同時にH3K4me1のChIP-seqを行うことでエンハンサー部位を同定した。Endomucinの内皮細胞特異的な転写にはエンハンサーとプロモーターが空間的に近いクロマチンループ構造を形成しており、GATA2をノックダウンするとこのループ構造は維持できないことを示した。本研究は内皮細胞特異的遺伝子発現メカニズムを分子生物学手法を用いて証明したものであり、内皮細胞の生理学及び病理学を理解するための重要な知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

血管内皮細胞は血管の内壁を覆う一層の細胞であり、化学的、物理的、さらにはウイルスや細菌による感染や障害などの様々な刺激を受けて遺伝子発現プロファイルを変化させることが知られている。この遺伝子発現プロファイルの変化が、動脈硬化や腫瘍の進展等に深く関わっており、現在の日本の高齢化や主要な死因を考えると、これら血管内皮細胞の遺伝子制御メカニズムを解明することは医療に対する大きな貢献となることが期待される。

転写因子GATAは2つのzinc fingerを持つ転写因子であり、DNA上の(A/T)GATA(A/G)配列に結合する。酵母からヒトまで種を超えて幅広く存在し、哺乳類では現在までにGATA1からGATA6まで6種類のタンパク質が知られている。GATAファミリーに属する転写因子は様々な細胞で発現しており、その細胞ごとに特異的な遺伝子群の発現を制御していることが分かってきており、多細胞生物が分化していく上で非常に重要な転写因子であると認識されるようになってきた。血管内皮細胞には上記GATAファミリーのうちGATA2、GATA3、GATA6の3種類が発現している。GATA2は最初、内皮細胞に特異的に発現するendothelin1遺伝子の発現を制御する因子として見つかった。これをきっかけに、血管内皮細胞でGATA2の制御の対象となる遺伝子が研究され、現在までにVCAM1、ICAM2、vWF、PECAM1、P-selectin、eNOS、PAR3、DSCR1、KDR、GATA2自身といった遺伝子群の制御においてGATA2が重要であることが報告されている。列挙したこれらの遺伝子は血管内皮細胞にとって重要な遺伝子ばかりであることから、GATA2は血管内皮細胞を特徴付ける重要な因子となっていることが考えられる。このように内皮細胞にとってGATA2は重要な転写因子であるが、現在ではいまだ内在性GATA2を認識できる抗体がないために、詳細な転写メカニズムの解析は進んでいない。そこで本研究ではまず、内在性GATA2を高感度かつ特異的に認識できる抗体の作製を試みた。次に、ヒト皮膚微小血管内皮細胞HMVECにおいてその抗体を用いたChIP-seq解析及びノックダウン細胞を用いたマイクロアレイ解析によりGATA2の新規標的遺伝子を探索した。そして、その発現制御メカニズムを解析した。

まず最初に抗GATA2モノクローナル抗体を作製した。ヒトGATA2の192-245アミノ酸をエピトープとするマウスモノクローナル抗体を樹立し、その評価を行ったところこの抗体は内在性GATA2を認識し、かつ特異性の高いものであった。次に作製された抗体を用いたChIP-seq解析を行うと、GATA2の結合箇所のうち半分以上は非遺伝子部分であった。また、転写開始点付近の結合を調べたところ、血管内皮細胞特異的遺伝子であるendothelin1やvWF、endomucinといった遺伝子に結合していた。次にGATA2が結合することで実際に転写を制御している遺伝子を探索するためにsi-GATA2処理によるノックダウン細胞を用いたマイクロアレイ解析を行った。すると、GATA2ノックダウンにより発現が大きく変動した遺伝子は176個であった。ChIP-seq解析でプロモーター部位にGATA2が結合している遺伝子の中でマイクロアレイで変動のあった遺伝子を抽出した。この中には既にGATA2の標的であると報告されているendothelin1やeNOS、vWF、PECAM1等が含まれていた。この中から、新規のGATA2標的遺伝子としてendomucinを同定した。Endomucinは内皮細胞特異的遺伝子であり、内皮細胞と細胞外マトリックスとの結合を制御することから内皮細胞にとって重要な遺伝子である。レポーターアッセイ及びChIP解析によりendomucinのプロモーター部位にはGATA2が結合して転写活性を上昇させていることが分かった。次にGATA2結合部位の中で非遺伝子部分をH3K4me1のChIP-seq結果と照合した。その結果、endomucinの上流139kbに両者が重なるピークが見られ、レポーターアッセイによりこの領域はエンハンサー活性を持つことが示された。細胞内でエンハンサーとプロモーターがどのような位置関係にあるかを3Cアッセイにより調べたところ、endomucin遺伝子では139kb離れたエンハンサーとプロモーターが近接するクロマチンループを形成していることが分かった。このループはendomucinが発現していないK562細胞では認められなかった。また、HMVECにsi-GATA2を作用させた3CアッセイによりこのループはGATA2依存的であることが示された。

以上の結果より、本研究では以下のことが示された。

内在性GATA2に対するモノクローナル抗体を樹立し、ChIP-seq解析とマイクロアレイ解析によりGATA2の新規標的遺伝子として内皮細胞特異的遺伝子endomucinを同定した。また、同時にH3K4me1のChIP-seqを行うことでエンハンサー部位を同定した。Endomucinの内皮細胞特異的な転写にはエンハンサーとプロモーターが空間的に近いクロマチンループ構造を形成しており、GATA2をノックダウンするとこのループ構造は維持できないことを示した。本研究は内皮細胞特異的遺伝子発現メカニズムを分子生物学手法を用いて証明したものであり、内皮細胞の生理学及び病理学を理解するための重要な知見が得られた。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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