No | 126254 | |
著者(漢字) | 山下,謙一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマシタ,ケンイチロウ | |
標題(和) | 大脳側頭葉皮質における対連合課題学習による長期記憶形成の研究 | |
標題(洋) | Long-Term Memory Representation Formed in Human Temporal Neocortex Following Pictorial Pair-Association Learning | |
報告番号 | 126254 | |
報告番号 | 甲26254 | |
学位授与日 | 2010.04.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3545号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論: 長期記憶の想起に関して,記銘当初は海馬を中心とする内側側頭葉が関与するが,時間が経過するにつれて外側側頭葉が主に関与するようになるという,consolidation theoryが提唱されている.この現象はヒトでの時間的傾斜を示す逆行性健忘の症例や,実験動物での海馬の破壊実験で遠隔記憶が障害されないことから支持されてきた.しかしながら健常人での機能画像においては,遠隔/近時両記憶の想起時にともに活動する海馬の信号や,時間が経過するにつれて減衰する海馬の信号はこれまでに検出されてきたが,外側側頭葉皮質に時間経過とともに新たに形成される記憶表象は確認されていなかった.遠隔記憶に対応する外側側頭葉の記憶痕跡を検出するため,本研究では新旧2回の学習後event-related fMRI撮像を施行することで, 記憶痕跡生成過程の変化を経時的に観察することとした.この際MRI撮像中の,遠隔記憶と近時記憶の記憶表象の想起成功率を等しくするために遠隔記憶の学習量を多めにし,近時記憶の学習量を少なめに調節した.これにより純粋な記憶表象の時間的差異を検出できた.即ち近時記憶の記憶表象は右海馬後部に,遠隔記憶表象は左前部側頭葉に確認された. 方法: 実験に参加したのは右利き被験者30人である.被験者はまずStudy Session1のRound1(S1-R1)に遠隔記憶として10ペアのフーリエ図形を正解/不正解を提示しながら,終了基準 (前半5ペアと後半5ペアを別々にブロック化し,100%正解のブロックが前後半とも3つ連続する)に達するまで対連合課題 (図1)を用いて学習した.約2週間後に行われたStudy Session1のRound2 (S1-R2)では (図2)まずmid-session retention testとして解答を出さずに対連合課題を行い,正解率を記録した.その後再び解答を出してS1-R1と同じ終了基準まで再学習を行った.約2か月後のStudy Session2 (S2)に被験者は近時記憶として,遠隔記憶の10ペアとは別の10ペアのフーリエ図形を,解答を出しながら学習させた.この時の終了基準は, MRI撮像に近い近時記憶の学習を強固にさせないために,10ペアを1ブロックとして正解/不正解を出して反復学習させ,正解率がはじめて70%となったところで学習を終了した.これにより撮像中の遠隔/近時記憶の図形の正解率をそろえるようにした.S2に引き続いてTest Sessionを行い,遠隔記憶と近時記憶の図形が混ざった対連合課題を解答を出さずに提示しながら,機能的MRI撮像を試行した (TR=3000ms,TE=35ms, voxel size 4×4×4mm).撮像中に各図形は1回のみ提示された.撮像後に同様に解答を出さずに対連合課題を行い,その際に同時に解答の自信度を1 (正解である自信度50%: chance level),2 (正解である自信度70%), 3 (正解である自信度90%以上)で回答させた.データ解析にはSPM2を使用した. 結果: MRI撮像中の正答率及び反応時間は遠隔記憶と近時記憶で有意差は認められなかった.続いて自信度について解析を行った.遠隔記憶と近時記憶のそれぞれについて自信度1の図形と自信度2,3の図形の撮像中の成績には有意差を認めた(図3).従って解析には自信度2,3の図形のみを使用することとした.また自信度2と3の図形の撮像中正解率にも有意差を認めた (図3). 機能画像ではまず自信度2及び3の図形について,遠隔記憶と近時記憶の図形との差分を求めた (図4).遠隔記憶では近時記憶に比して,左側頭葉に有意な活動を認め,側頭葉に新たに形成された図形の記憶表象であると考えられた.逆に近時記憶は遠隔記憶に比して右海馬後部に有意な活動を認め,時間が経過していない図形の記憶表象は海馬に形成されていると考えられた.この結果はconsolidation theoryに合致するものであった. 続いて左前部側頭葉の高信号領域ついて以下に述べる解析を行った.Mid-session retention testとMRI撮像 中にともに正解した図形に対する反応時間の差と,左前部側頭葉での遠隔記憶と近時記憶の信号値の差分との相関を検討した.両者の間には有意な相関が認められ,遠隔記憶表象への反応が速くなった人ほど左前側頭葉での遠隔記憶表象に対する脳活動が強いことが判明した(図5). 図3より自信度2と3の間に正解率の有意な差が認められたために,記憶表象そのものではなく,解答への自信度と相関する脳部位の存在が示唆された.これらの領域を検索するために以下の係数を設定した{ Confidence difference: 自信度3 (遠隔記憶) / 自信 度2 (遠隔記憶) + 自信度3 (遠隔記憶)-自信度3 (近時記憶) / 自信度2 (近時記憶) + 自信度3 (近時記憶) }. この係数が大きい人ほど遠隔記憶への自信度が強く,逆に小さい人ほど近時記憶への自信度が強いことになる.この係数とMRI信号の相関を求めたところ,左頭頂葉と右海馬に有意な相関を認めた(図67).この両部位ではこれらの領域が遠隔記憶への自信度と相関していることが明らかになった.頭頂葉及び海馬の活動は,機能的MRIの先行研究でretrieval success effectが認められる部位であり,本研究の結果を支持するものと考えられた. 議論: 本研究により遠隔記憶の記憶表象は左側前側頭葉に,近時記憶の記憶表象は右海馬尾部に形成されることが明らかになった.記憶表象の形成を前向きに検討した先行研究との比較では,経時的に減衰する海馬信号は認められていたが,経時的に増強する信号は内側前頭葉でのみ確認され,遠隔記憶表象を機能画像で外側側頭葉皮質で捉えたのは本研究が初めてである.遠隔記憶表象を検出できた理由は,先行研究では使用していない非親近性の対象を新規に記銘させたこと,再認記憶よりも負荷が大きい対連合課題を使用したこと,遠隔/近時記憶表象に対する想起正解率を各個人でそろえたことなどが要因として考えられる. 本研究では,近時記憶に対応する図形の表象が右海馬に認められ,遠隔記憶に対応する図形の表象は左側前側頭葉に強く認められ,信号優位側が交代する現象を認めた.近時記憶が右海馬に形成されるのは非言語性の刺激を用いたためと考えられる.近年の機能的MRIの研究にて既知の有名人の名前想起時には左側側頭葉が関与し,新たに覚えた人の名前想起時には右側頭葉が関与することが明らかにされている.本研究で認めた遠隔記憶に対する左前側頭葉の信号は,当初はエピソード記憶様であった図形の記憶表象は反復練習のために意味記憶に近 い内容に変化していた可能性がある.そのため非言語性の刺激を使用しながら左側優位の高信号を認めたと考えられた.また左側頭葉が損傷されると意味記憶障害が出現することからもこれは支持される. 本研究では機能画像ではじめて長期記憶の固定過程を観察できたが,現象の全貌を把握するには刺激や観察期間を変えるなどさらなる研究が必要である. | |
審査要旨 | 本研究は長期記憶の想起に関して,時間経過とともに外側側頭葉に形成される遠隔記憶表象を機能的MRI (fMRI)を用いて検出することを目的とした.本研究では近時記憶表象と遠隔記憶表象に相当する図形の新旧2回の学習後event-related fMRI撮像を施行した.遠隔記憶表象から近時記憶表象を差分することで,経時的に形成された記憶痕跡を観察することとした.この際MRI撮像中の,遠隔記憶と近時記憶の記憶表象の想起成績を等しくするために遠隔記憶の学習量を多めにし,近時記憶の学習量を少なめに調節した.また解答の際の自信度に関連した脳活動を検出することも目的とした.これにより下記の結果を得た. 1.MRI撮像中の遠隔記憶表象と近時記憶表象の想起成績に有意差を認めず,両者の想起成績のマッチングは良好であった. 2. 遠隔記憶表象は近時記憶表象に比して,左前側頭葉に有意な活動を認め,側頭葉に新たに形成された図形の記憶表象であると考えられた.逆に近時記憶表象は遠隔記憶表象に比して右海馬後部に有意な活動を認め,時間が経過していない図形の記憶表象は海馬に形成されていると考えられた. 3. 解答への自信度と相関する領域を検索するため,値が大きい人ほど遠隔記憶への自信度が強く,逆に小さい人ほど近時記憶への自信度が強いことになる係数を設定した.この係数とMRI信号の相関を求めたところ,左頭頂葉と右海馬に有意な相関を認めた.すなわちこれらの領域が遠隔記憶への自信度と相関していることが明らかになった. 以上,本論文は遠隔記憶の記憶表象は左側前側頭葉に,近時記憶の記憶表象は右海馬尾部に形成されることを明らかにした.記憶表象の形成を前向きに検討した機能画像研究において,海馬での近時記憶表象と,外側側頭葉皮質での遠隔記憶表象を同時に捉えたのは本研究が初めてであり,学位の授与に値するものと考えられる. | |
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