学位論文要旨



No 126255
著者(漢字) 金子,岳海
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,タケウミ
標題(和) 26Sプロテアソームの分子集合機構の解析
標題(洋)
報告番号 126255
報告番号 甲26255
学位授与日 2010.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3546号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 中村,元直
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 太田,聡
 東京大学 准教授 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

序論

細胞内のタンパク質は絶えず分解され、アミノ酸に帰し、再び新たなタンパク質として合成される。しかし、タンパク質の分解は無秩序に行われているのではなく、高い選択性と厳密な制御の元に分解されている。真核生物では大半のタンパク質が76アミノ酸から成るユビキチンが鎖状に付加され、これを分解の目印としてプロテアソームとよばれる巨大な分解酵素複体により短いペプチド断片までに消化される。このユビキチンとプロテアソームの連携によりタンパク質分解経路は、真核生物において細胞周期の調節、DNA修復、アポトーシス、シグナル伝達、タンパク質の品質管理などあらゆる局面において必須のはたらきをしており、近年の生物学においてその重要度は増すばかりである。

真核生物においてユビキチン化タンパク質を分解するプロテアソームは、約30種のサブユニットが約60分子集合した分子量2.5MDaの26Sプロテアソームであり、プロテアーゼ活性を有しタンパク質分解を実行する複合体である20Sプロテアソームに、調節因子である19S複合体が両端または片端に結合した26Sプロテアソームとなりその機能を発揮する。

20Sプロテアソームは14種類、計28個のサブユニットにより構成され、7つのサブユニットがそれぞれリングを形成し、そのリングが4つ重なった中空樽状の構造を取っており、2つの外側のリングはタンパク質分解能をもたない<1-<7の7つのサブユニットから構成され(αリング)、2つの内側のリングはβ1-β7から構成され(βリング)、β1、β2、β5はペプチダーゼ活性を有している。

19S複合体は26Sプロテアソームの制御因子であり、ユビキチン鎖の認識、ユビキチン鎖の除去、基質のアンフォールティング、20Sのゲートの開閉制御を担う。19S複合体は生化学的にbaseとlidの2つのサブコンプレックスに分類でき機能的にも区別される。baseは6つのAAA+ATPaseサブユニット(Rpt1-6)からなるリングと2つのnon-ATPaseサブユニット(Rpn1、2)から構成され、20Sのゲートの開閉と基質のアンフォールディングをATP依存的に行う。一方、lidは9つのサブユニット(Rpn3,5-9,11,12,15)から構成されており、ユビキチン化されたタンパク質を分解する際のユビキチン鎖の除去に必須である。Rpn10はユビキチン鎖の認識だけではなく、lidとbaseを繋ぐ役割を担っていると考えられている。

多種多数にわたるサブユニットから構成されるこの巨大な複合体のサブユニット集合機構は大きな謎であったが、プロテオミクス的手法の発展により20Sプロテアソームの分子集合機構の解明は進展し、現在ではほぼその全容が明らかとなったが、19S複合体の集合機構に関しては知見が乏しく、20Sプロテアソームのようなシャペロン様の働きをする分子の存在すら不明であった。

私は19S複合体のbaseに注目し、baseサブユニット結合分子である機能未知タンパク質p28、S5b、p27の機能解析を行った結果、これらの分子がbase形成にシャペロンとして機能することを明らかとした。

結果

1. p28、S5b、p27はbaseサブユニットと複合体を形成する

p28、S5b、p27はプロテアソームに結合する分子として知られているが、その機能は明らかではない。細胞内でのp28、S5b、p27の挙動を検討するために、HEK293T細胞のlysateを8-32%グリセロール密度勾配遠心により分画し、画分をSDS-PAGEで展開後、p28、S5b、p27とプロテアソームサブユニットについてウェスタンブロットを行った。その結果、p28、S5b、p27は26Sプロテアソーム画分には検出されず、26Sプロテアソームよりも低分子量画分に検出された(図1A)。p28、S5b、p27が低分子量画分でプロテアソームサブユニットと結合しているか検討するために、Flagタグを付加したp28、S5b、p27を安定発現するHEK293T細胞を、4-24%グリセロール密度勾配遠心により分画し、低分子量画分であるフラクション4から16を抗Flag抗体で免疫沈降しp28、S5b、p27とプロテアソームサブユニットについてウェスタンブロットを行った。その結果、p28はRpt3、Rpt6、Rpn14とフラクション8から12で共沈降し、p28がこれらの分子と複合体を形成していることが明らかとなった(p28複合体、図1B)。同様に、S5bではフラクション12から16でRpt1、Rpt2、Rpn1と特異的に結合し(S5b複合体、図1C)、p27はフラクション8をピークにRpt4とRpt5と複合体を形成していた(p27複合体、図1D)。これらのことから、baseサブユニットは特定のパートナーと2量体または3量体を形成しp28、S5b、p27と結合していることが明らかとなった。

HEK293T細胞のlysateを8-32%グリセロール密度勾配遠心により分画し、画分をSDS-PAGEで展開後、p28、S5b、p27とプロテアソームサブユニットについてウェスタンブロットを行った(A)。Flagタグを付加したp28、S5b、p27を安定発現するHEK293T細胞を、4-24%グリセロール密度勾配遠心により分画し、低分子量画分であるフラクション4から16を抗Flag抗体で免疫沈降しp28、S5b、p27とプロテアソームサブユニットについてウェスタンブロットを行った(B-D)。

2. Baseの形成機構

Baseがどのように形成されているか検討するために、baseサブユニットを結合する組み合わせでノックダウンした細胞を4-24%グリセロール密度勾配遠心で分画し、ウェスタンブロットで解析を行った。Rpt1/2ノックダウン細胞ではフラクション12から16でp28複合体とp27複合体が会合した複合体が観察される一方、p28複合体とp27複合体がフラクション6から8で増加していたことから、S5b複合体非存在下では、p28複合体とp27複合体が効率よく結合しないことを示唆する(図2B)。Rpt3/6ノックダウン細胞ではフラクション14から16でS5b複合体とp27複合体が会合した複合体が観察され、S5b複合体とp27複合体が観察された(図2C)。Rpt1/2またはRpt3/6ノックダウン細胞と比較して、Rpt4/5ノックダウン細胞ではS5b複合体とp28複合体の蓄積は少なく、フラクション14から20にp28複合体とS5b複合体が会合した複合体が観察された(図2D)。これらのことから、p28複合体とS5b複合体は安定した複合体を形成することが示唆された。

3. base形成時におけるp28、S5b、p27役割

図2で示した通り、p28複合体とS5b複合体の結合がbase形成の初期段階であることが強く示唆されていることから、この会合におけるp28とS5bの役割を検討するために、Rpt4/5ノックダウン細胞にp28とS5bをさらにノックダウンして、4-24%グリセロール密度勾配遠心により分画し、ウェスタブロットにより解析を行った。Rpt4/5ノックダウン細胞ではフラクション18にp28複合体とS5b複合体の蓄積が観察されるが、さらにp28、S5bをノックダウンするとこの複合体が消失したことから、p28とS5bはRpt1、Rpt2、Rpt3、Rpt6、Rpn1から成る複合体形成に寄与していることが明らかとなった(図3A)。同様にp28、S5b、p27が複合体間の会合に与える影響を、いくつかの組み合わせでノックダウンした細胞を4-24%グリセロール密度勾配遠心で分画しウェスタンブロットを行った(図3B-C)。Rpt1/2またはRpt3/6ノックダウン細胞では、さらにp27をノックダウンすることにより、Rpt4/5がp28複合体またはS5b複合体への結合を増すことから、p27はRpt4とRpt5がp28複合体またはS5b複合体に取り込まれる際に阻害的に働いていると考えられる。同様の実験をp28に対して行った結果、Rpt1/2ノックダウン細胞で観察される複合体は、さらにp28をノックダウンすることにより減少することから、p28はp28複合体とp27複合体の結合にも関与することが示唆される。S5bではこのような促進的または阻害的な効果は観察されなかった。

考察

実験結果から図4に示すbaseの19S複合体形成時におけるサブコンプレックスによる集合機構が考えられる。Rpn2を除くbaseサブユニットが単体として存在せずにシャペロン分子と複合体として存在し、これらが集合することによりbaseが形成される。p28とS5bはRpt3-Rpt6とRpt1-Rpt2-Rpn1の結合を促進し、p27はこれらの複合体とRpt4-Rpt5の結合を抑制するので、base形成の初期段階ではp28複合体とS5b複合体が結合する。この複合体にp27複合体が結合し、Rpn2も加わりbaseが形成されると考えられる。その後Rpn10とlidが結合することにより19Sが形成され、20Sと結合し26Sプロテアソームとなり、その機能を発揮する。

p28は肝癌細胞で高発現しているタンパク質としても同定されており、20Sプロテアソームの集合因子であるPAC2も同様に肝癌で高発現している分子として同定されており、PAC1などの20Sプロテアソーム集合因子も増殖が盛んな細胞での高発現が認められている。これらのことから迅速にプロテアソームを形成させる必要がある癌細胞などでは、このようなシャペロン分子の援助が必須になると考えられる。

図1 p28、S5b、p27は低分子量画分で特異的なATPaseサブユニットと結合する

図2 baseサブユニットのノックダウン細胞におけるグリセロール密度勾配遠心解析

baseサブユニットをノックダウンした細胞を4-24%グリセロール密度勾配遠心で分画し、ウェスタンブロットで解析を行った(A-D)。

図3 ATPaseサブユニットとシャペロンのノックダウン細胞の解析

図4 19S形成のモデル図

審査要旨 要旨を表示する

本研究は様々な生命現象に必須の役割を果たしているプロテアソームの形成機構の解析を試みたもので、特にプロテアソームのbaseの形成の詳細について下記の結果を得ている。

1.プロテアソームに結合する蛋白として知られているp28、S5b、p27、Rpn14は、プロテアソームの特異的なbaseサブユニット(Rpt1-6, Rpn1)と複合体を形成し、26Sプロテアソームには含まれないことを示した。また、これらの複合体の結合様式はp28複合体ではp28-Rpt3-Rpt6-Rpn14、S5b複合体ではS5b-Rpt1-Rpt2-Rpn1、p27複合体ではp27-Rpt4-Rpt5であることを示した。

2.baseサブユニットをノックダウンした細胞では、それぞれの複合体を形成するパートナーの蛋白量が減少することから、複合体を形成することがbaseサブユニットの安定性に寄与していることを示した。これらのbaseノックダウン細胞では、形成途上のbaseが観察され、p28複合体・S5b複合体・p27複合体が集合することによりbaseが形成されることを示した。また、p28複合体とS5b複合体が会合した後に、p27複合体が会合することを示した。

3.p28、S5b、p27が複合体の会合に与える影響を検討した結果、p28またはS5bをノックダウンした細胞では、複合体間の会合に支障を来すことを示し、p28とS5bがbase形成を支援するシャペロン分子であることを示した。また、p27をノックダウンした細胞ではbaseの異常な会合が認められ、p27もbase形成を支援するシャペロン分子であることを示した。

4.p28ノックダウン細胞では異常なbaseの蓄積が観察され、プロテアソームの活性低下とユビキチン化蛋白質の蓄積が認められ、p28が正常なプロテアソーム形成を促すシャペロン分子であることを示した。p27ノックダウン細胞でも同様に異常なbaseの蓄積が観察され、プロテアソームの活性低下とユビキチン化蛋白質の蓄積が認められ、p27も正常なプロテアソーム形成を促すシャペロン分子であることを示した。

以上、本論文はプロテアソームのbaseの形成機構とこれを支援するシャペロン分子群の存在を明らかにした。本研究はこれまで未知であった26Sプロテアソームの形成機構の解明に重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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