No | 126256 | |
著者(漢字) | 谷口,徳恭 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タニグチ,ノリユキ | |
標題(和) | ブレイン・マシン・インタフェースのための神経電極・計測技術に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126256 | |
報告番号 | 甲26256 | |
学位授与日 | 2010.04.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3547号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生体物理医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 筋電や脳波などのような手足を動かす際に生体が発生する電気的信号から、手足の動きの意図情報を取得し、意図する手足の動きと、義手義足の動作とを繋ぐ技術の開発が行われてきた。このようなインタフェース技術を総じてブレイン・マシン・インタフェース(BMI)と呼ぶ。 我々は、歩行の代替を目的としたBMIシステムの開発を行っている。そこで、動物実験としてラットの大脳皮質一次運動野(M1)の神経発火を計測し、歩行動作に関連する神経細胞の発火頻度情報に基づき、ラット搭載車 (RatCar)の車両動作を制御するシステムの研究・開発を行っている。 このような、BMIの研究では、脳から神経細胞の活動情報を取得する必要がある。動物種や計測目的に応じた電極が必要となるが、その電極を自作するにあたり、目的に応じた配置変更が困難であったり、正確な電極の配置が困難であったり、つけ加えて製作に多くの時間と煩雑な作業があることが課題としてあげられる。そこで、本研究では実験目的に応じた配置変更が容易で、正確な電極の配置を可能とし、さらに短時間で製作可能で安価な神経電極の開発を試みた。 2.多チャンネル電極アレイの設計と製作 2.1.多チャンネル電極の設計 運動に関連する信号の取得に適した電極の開発のために、3種類の電極の設計を行う。(1)大脳皮質の広範囲を対象とする (2)M1の前肢・後肢・体幹を対象とする(3)M1の前肢・後肢を対象とする それぞれの目的で設計された電極アレイは、(1)広範囲型アレイ (2)3列型アレイ (3)分離型アレイと呼ぶこととする。なお、電極配置を容易にするため、透過型電子顕微鏡用グリッド(TEMグリッド)を利用する。 2.1.1.広範囲型アレイ TEMグリッドのできる限り広範囲から信号の計測を行うために、全ての領域に均等に配置することが必要となる。そこで、TEMグリッドの全体に2本1組として11カ所に配置を行った(図2.1 1)。それぞれの電極間隔は680μmとなるよう設計を行った。 2.1.2.3列型アレイ 電極は前肢・後肢を含むM1の領域に広範に配置する必要がある。そこで電極間隔を120μmとし、頭側尾側方向の長さが2mmであり、内側外側方向の幅を400μmとする設計を行った(図2.1 2)。 2.1.3.分離型アレイ M1の前肢と後肢に対応する領域に集中して電極を配置する必要がある。電極配置は3列型アレイを基本として設計を行った。3列型アレイを基本とした設計であるため、電極間隔(120μm)及び全長(2mm)は変わらない。しかし、アレイの中央部分(体幹に相当する領域)に一部電極の存在しない領域を500μmにわたり設けた。幅は3列型アレイの2倍程度の770μmとなった(図2.1 3)。 2.2.多チャンネル電極の製作 2.2.1.製作結果 TEMグリッドを2枚配置し、設計された3種類の電極の配置に基づいた格子穴に電極を通した。その2枚のTEMグリッドを互いに引き離し、電極アレイの製作を行った(図2.2 1)。 2.2.2.製作精度 製作された電極アレイの配置設計値との誤差については、光学顕微鏡を用い定量化を行った。3種類の電極アレイのうちそれぞれ7個につきその精度について評価を行った。光学顕微鏡によりグリッド穴の本来の水平方向位置と電極先端の水平方向の位置関係についての誤差を求めたところ、広範囲型:95.2±58.5μm、3列型:34.6±24.36μm、分離型:38.3±25.6μmであった(それぞれn=7,平均±標準偏差を示す)。また、電極の先端位置の垂直方向の標準偏差の平均値は、広範囲型:103.8μm、3列型:21.5μm、分離型:112.7μmであった。 2.2.3.製作に要する時間 22本のワイヤ電極をTEMグリッドの格子穴に通し、2枚のTEMグリッドを分離させ上部のTEMグリッドを接着剤で固定するまでに要した時間は、広範囲型アレイが13分±2分、3列型アレイが15分±2分、分離型アレイが14分±3分であった(それぞれ平均±標準偏差を示す。n=6)。また、ワイヤをコネクタにハンダ付けし、電極アレイの整形を行うのに要した時間は広範囲型アレイが18分±4分、3列型アレイが20分±5分、分離型アレイが20分±2分であった。各アレイの設計については、約1日であった。 2.2.4.製作に要する費用 また、本アレイを組み上げるために必要な材料費は電極ワイヤから自作を行う場合では、1000円以内であった。(参考価格:グリッド:100円、タングステンワイヤ:400円、パリレン:100円、接着剤:100円、コネクタ:100円) 2.3.考察 本研究では、電極のアレイ化にTEMグリッドを利用したことで、多点化が容易であり、容易に正確な電極の配置を行うことができる点で優れている。しかし、配置できる電極アレイの大きさは、直径2.6mmのTEMグリッド内の格子穴の範囲に限られてしまう点が課題として残る。本研究で用いた電極アレイではM1の全ての領域から計測はできないが、束型の電極アレイよりも広範囲の領域からの計測が可能となる。 電極のアレイ化にかかる時間は、15分以内であり、素早く製作が可能であった。電極の固定にはエポキシ系接着剤がよく用いられるが、確実に接着するまでに1時間以上かかってしまう。そこで、本研究では接着剤としてアロンアルファスーパーゼリー(#30533,東亜合成)を利用した。2液式であり硬化促進剤(スーパー液)を数滴滴下することで瞬間的に硬化がおこる。この接着剤の選択が、アレイ化をすばやく行うために必須である。 ハンダ付けに関しては20分程度で完了し、1時間以内で全ての工程が終わるために頻回の実験を行う際に有用である。 価格は、通常のMEMS技術を利用した電極では22chあたり約8万円である。これに対し、本研究で使用した材料費は1000円以下であり、この点からも頻回の実験を行う際に適した電極であると考えられる。 3.多チャンネル電極アレイの評価 電極アレイはインピーダンスの計測を行った後、ラットの大脳へ埋め込まれ、ラットが麻酔から回復した後に自由行動中のラットから神経信号の取得を行った。また、計測された信号が神経信号であることを確かめるため、死亡したラットからの計測も行い、それぞれの信号について比較を行った。 3.1.電極インピーダンスの計測 タングステンワイヤ電極を電極アレイに組み上げた後に、各々の電極についてのインピーダンスの計測を行ったところ、102±51kΩ(平均±標準偏差, n=834),位相遅れ-69.3±11度(平均±標準偏差, n=834)であった。 3.2.神経信号の記録 作製された電極アレイからの神経信号の計測は、埋め込み手術から2日後または、1週間経過した後に自発行動中のラットから行われた(広範囲型:5匹、3列型:6匹、分離型:5匹)。それぞれの電極アレイを埋め込んだラットから得られた信号のうち代表的な一匹の例を示す(図3.2 1 A, C, E)。また、計測された信号が神経活動を反映したものであることを確認するために、それぞれ計測されたラットに対し過剰量の麻酔をかけ、死亡後のラットからも同様に計測を行った(図3.2 1 B, D, F)。計測結果は、電極により振幅は大きく異なり、100μVを超える波形が観察される例や30μV程度の小さなピークをもつ波形などが観察された。 3.3.考察 交流での抵抗値であるインピーダンスは約100kΩであったが、このように50-500kΩ程度の低いインピーダンスを持つ電極は、広範囲の信号を取得できるが、計測される振幅は低い値となる。本電極アレイで計測された信号は、振幅が100μVを超えることはまれであり、多くが20μV程度の振幅をもつマルチユニット性の信号であった。なお、我々の計測でシングルユニット性の信号が得られた例があることは、電極の先端が神経細胞のごく近傍に存在していた可能性が高いと考えられる。このようなマルチユニット性の信号が、多数の神経活動を反映しているものと考えられるため、低インピーダンスの電極を使用した本アレイがRatCarシステムに利用する場合、適していると考えられる。実際に歩行速度の推定を行うと、振幅が大きく単一の神経細胞由来と考えられる信号よりも、多数の神経ユニットを含む振幅の小さい信号の方が、高い推定精度となることが多かった。 おわりに BMI研究では、動物種や計測目的に応じた電極が必要となるが、その電極を自作するにあたり、目的に応じた配置変更が困難であったり、正確な電極の配置が困難であったり、つけ加えて製作に多くの時間と煩雑な作業があることが課題としてあげられる。そこで、本研究では実験目的に応じた配置変更が容易で、正確な電極の配置を可能とし、さらに短時間で製作可能で安価な神経電極の開発を行った。 本論文では第2章で、課題として挙げられた実験目的に応じて配置変更が容易にでき、正確な電極の配置が可能であり、短時間で製作可能で安価な神経電極アレイの設計、製作について述べ、第3章では作製された神経電極アレイをラットの脳に埋め込み、それらの電極からの信号の取得が可能であったことについて述べた。 図2.1 1 広範囲型アレイの電極配置設計図 ●は各電極配置点を示す。1カ所の配置点につき2本の電極を配置した。 電極間隔は680μmとなり、縦横の幅は2.2mmとなった。 図2.1 2 3列型アレイの電極配置図 ●は各電極配置点となる。1カ所の配置点につき1本の電極を配置する。電極間隔は120μmとなり、横幅は2mm、縦幅は400μmとなった。 図2.1 3 分離型アレイの配置図 ●は各電極配置点を示す。1カ所の配置点につき1本の電極を配置する。 電極間隔は120μmとなり、横幅は2mm、縦幅は770μmとなった。 電極群の前側・後側に500μmにわたり電極のない領域を設けた。 図2.2 1 TEMグリッドを用いた電極アレイ A:広範囲型アレイ B:3列型アレイ C:分離型アレイ 図3.2 1 各種電極アレイから得られた神経信号の例 明らかなスパイク波形が存在するチャンネルに関しては◯で示した。 A:広範囲型アレイの埋め込まれた5匹のラットのうち、代表的な1匹の神経波形を示す。自由行動中のラットから計測を行った。スパイク状の波形が多くのチャンネルから計測された。1つのチャンネルについては、50μVを超える大きな振幅が計測されたため、グラフ中の振幅軸の値が異なる。 B: Aで示したラットを過剰量の麻酔により死亡させた直後の計測波形を示す。Aで示されたスパイク状の波形はほとんど計測されていない。 C: 3列型アレイの埋め込まれた6匹のラットのうち、代表的な1匹の神経波形を示す。自由行動中のラットから計測を行った。スパイク状の波形が多くのチャンネルから計測された。2つのチャンネルについては、100μVを超える大きな振幅が計測されたため、グラフ中の振幅軸の値が異なる。 D: Cで示したラットを過剰量の麻酔により死亡させた直後の計測波形を示す。Cで示されたスパイク状の波形はほとんど計測されていない。 E: 分離型アレイの埋め込まれた5匹のラットのうち、代表的な1匹の神経波形を示す。自由行動中のラットから計測を行った。スパイク状の波形が多くのチャンネルから計測された。 F: Eで示したラットを過剰量の麻酔により死亡させた直後の計測波形を示す。Eで示されたスパイク状の波形はほとんど計測されていない。 | |
審査要旨 | ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)の研究では、脳から神経細胞の活動情報を取得する必要がある。動物種や計測目的に応じた電極が必要となるが、その電極を自作するにあたり、目的に応じた配置変更が困難であったり、正確な電極の配置が困難であったり、つけ加えて製作に多くの時間と煩雑な作業があることが課題としてあげられる。そこで、本研究では実験目的に応じた配置変更が容易で、正確な電極の配置を可能とし、さらに短時間で製作可能で安価な神経電極の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.運動に関連する信号の取得に適した電極の開発のために、(1)大脳皮質の広範囲を対象とするもの(広範囲型アレイ)、(2)前肢・後肢・体幹を対象とするもの(3列型アレイ)(3)前肢・後肢を対象とするものの(分離型アレイ)3種類の電極アレイの設計を行った。 2.電極を任意の間隔で簡単な操作で正確に配置するためにTEMグリッドの格子穴を利用した、本論文では、離れた2枚のTEMグリッドに電極を通すのではなく、2枚の重ねたTEMグリッドに電極を通し、その2枚を引き離す手法を利用した。その結果、3種類の電極アレイのそれぞれの制作精度は、広範囲型:95.2±58.5μm、3列型:34.6±24.36μm、分離型:38.3±25.6μmであった(それぞれn=7,平均±標準偏差を示す)。また、電極の先端位置の垂直方向の標準偏差の平均値は、広範囲型:103.8μm、3列型:21.5μm、分離型:112.7μmであった。これにより、正確な電極配置が行えることが確認された。 3.作製に要した時間はアレイ化に要した時間は、広範囲型アレイが13分±2分、3列型アレイが15分±2分、分離型アレイが14分±3分であった(それぞれ平均±標準偏差を示す。)。また、ワイヤをコネクタにハンダ付けし、電極アレイの整形を行うのに要した時間は広範囲型アレイが18分±4分、3列型アレイが20分±5分、分離型アレイが20分±2分であった。これにより、短時間で製作が可能であることが確認された。各アレイの設計については約1日であった。これにより、実験目的に応じた配置変更が容易であることが確認された。 4.本アレイを組み上げるために必要な材料費は電極ワイヤから自作を行う場合では、1000円以内であった。これにより、安価で製作が可能であることが確認された。 5.タングステンワイヤ電極を電極アレイに組み上げた後に、各々の電極についてのインピーダンスの計測を行ったところ、102±51kΩ(平均±標準偏差, n=834),位相遅れ-69.3±11度(平均±標準偏差, n=834)であった。作製された電極アレイを用いて健常ラットから神経信号の計測を行い、死亡時と比較したところ、明確な神経波形が観察された。これにより、計測電極としての基本的性能が明らかになった。 以上、本研究では実験目的に応じた配置変更が容易で、正確な電極の配置を可能とし、さらに短時間で製作可能で安価な神経電極の開発を行い、それらの電極からの信号の取得が可能であったことについて確認された。神経電極の開発はBMI研究のボトルネックと考えられる課題であり、大きな貢献を果たすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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