学位論文要旨



No 126257
著者(漢字) 福島,章紘
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,アキヒロ
標題(和) 嗅内皮質-歯状回シナプスにおける周波数依存的抑制のシナプス前メカニズムの解析
標題(洋) Presynaptic mechanisms of the frequency-dependent depression at perforant path-granule cell synapses in the hippocampus
報告番号 126257
報告番号 甲26257
学位授与日 2010.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3548号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 准教授 坂井,克之
内容要旨 要旨を表示する

嗅内皮質から海馬歯状回へ投射する貫通線維束シナプス(perforant path synapse)では、0.05~1 Hzといった比較的低頻度であっても、繰り返し刺激によってそのシナプス応答が頻度依存的に減弱することが知られている(Low-frequency depression: LFD)。貫通線維束シナプスは大脳皮質から海馬への入力の第一中継地点であることから、この性質は海馬内神経回路での情報処理において重要な役割を果たしていると考えられるが、そのメカニズムは明らかにされていなかった。そこで本研究は、マウス海馬急性スライス標本と電気生理学的手法を用いて、シナプス伝達効率を決定する各因子(放出確率、量子サイズ、放出可能シナプス小胞数)の変化を、Medial perforant pathシナプス(MPP)およびLateral perforant pathシナプス(LPP)の各シナプスにおいて検討し、LFDのメカニズムを明らかにすることを試みた。

まずMPP、LPP両シナプスにおいて、刺激頻度を0.033 Hz から1 Hzに上げるとシナプス応答が抑制されることを確認した。抑制が起きる際の放出確率の変化を、放出確率の指標であるPaired-pulse ratio (PPR)を用いて検討したところ、MPPではPPRの増大、LPPではPPRの減少が観察された。この結果から、MPPでは放出確率の減少がLFDの一因であるのに対し、LPPではその他の要素が原因であることが示された。

次に量子サイズの減少の可能性を検討するために、AMPA受容体脱感作の阻害剤であるCyclothiazideの効果を調べたところ、MPP、LPP両シナプスにおいてCyclothiazide存在下でもLFDは阻害されなかった。この結果から、AMPA受容体の脱感作による量子サイズの減少はLFDの原因ではないことが明らかとなった。

また、高頻度刺激によって発生したシナプス応答から、0.033 Hz刺激時および1 Hz刺激時の即時放出可能プールのサイズを概算し比較したところ、MPPでは有意な変化は認められなかったのに対して、LPPでは1 Hz刺激時に即時放出可能プールが有意に小さくなっていることが明らかとなった。このことから、LPPでは放出可能なシナプス小胞の枯渇がLFDの一因であることが示された。

以上の結果から、MPPでは主に放出確率の減少によってシナプス応答が減弱し、LPPでは放出可能なシナプス小胞の枯渇によってシナプス応答が減弱していることが明らかとなった。また、同じ刺激頻度によるシナプス応答の減弱でも、そのメカニズムがMPPとLPPでは異なることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は海馬内神経回路での情報処理に重要な役割を果たすと考えられる嗅内皮質-歯状回シナプス(貫通線維束シナプス:perforant path synapse)において観察される、周波数依存的なシナプス応答の減弱(Low frequency depression, LFD)のメカニズムを明らかにすることを試みたものである。マウス海馬急性スライス標本と電気生理学的手法を用いて、シナプス伝達効率を決定する各因子(放出確率、量子サイズ、放出可能シナプス小胞数)の変化を、Medial perforant pathシナプス(MPP)およびLateral perforant pathシナプス(LPP)の各シナプスにおいて検討しており、下記の結果を得ている。

1.LFD中の放出確率の変化を、放出確率の指標であるpaired-pulse ratio(PPR)を用いて検討したところ、MPPではPPRの増大、LPPではPPRの減少が観察された。この結果から、MPPでは放出確率の減少がLFDの一因であるのに対し、LPPではその他の要素が原因であることが示された。

2.GABAB受容体の阻害剤であるCGP55845のLFDに対する効果を検討したところ、MPPでのLFDは阻害されなかった。この結果から、MPPにおける放出確率の減少はGABAB受容体を介したものではないことが示された。

3.量子サイズの減少の原因として最もよく知られている、シナプス後細胞のAMPA受容体の脱感作の可能性について、その阻害剤であるCyclothiazideを用いて検討をおこなったところ、MPP、LPPともにCyclothiazide 存在下においてLFDは阻害されなかった。この結果から、LFDは少なくともAMPA受容体の脱感作を伴った量子サイズの減少によるものではなく、シナプス前性の現象である可能性が高いことが示された。

4.平常時およびLFD時の即時放出可能プールのサイズを、高頻度刺激によって発生したシナプス応答から概算し比較したところ、MPPでは平常時とLFD時の間で即時放出可能プールサイズの有意な変化は観察されなかったが、LPPでは有意な減少が観察された。この結果から、LPPでは放出可能なシナプス小胞の枯渇がLFDの一因であることが示された。

5.LPPにおけるLFD時のシナプス小胞の枯渇の原因を検討するため、MPPおよびLPPのシナプス前終末の形態ならびにシナプス小胞数について、電子顕微鏡像を用いた解析をおこなったところ、シナプス前終末の面積やActive zoneの長さ、シナプス前終末内の小胞数やActive zoneに接する小胞の数には、MPPとLPPの間には違いは認められなかった。この結果から、LPPにおけるシナプス小胞の枯渇は形態的な要因によるものではなく、シナプス前終末内でのカルシウムイオンの拡散制御機構や小胞のリサイクリング機構といった生理学的要因によるものである可能性が示された。

以上、本論文はシナプス伝達効率を決定する各因子の変化から、MPPでは主に放出確率の減少によってシナプス応答が減弱すること、LPPでは放出可能なシナプス小胞の枯渇によってシナプス応答が減弱すること、そして同じ刺激頻度によるシナプス応答の減弱でも、そのメカニズムがMPPとLPPでは異なることを示した。本研究はシナプス短期可塑性のメカニズムの解明に重要な示唆を与えると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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