No | 126259 | |
著者(漢字) | 石澤,哲郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシザワ,テツロウ | |
標題(和) | 心拍変動、血圧変動、圧受容体感受性を用いた神経性食欲不振症患者における自律神経機能の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126259 | |
報告番号 | 甲26259 | |
学位授与日 | 2010.04.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3550号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景・目的 神経性食欲不振症 (anorexia nervosa; AN)患者は様々な身体疾患を合併することが知られている。特に循環器系合併症は低血圧・徐脈・不整脈・心筋症などが高率に認められるだけではなく、AN患者では突然死リスクが高いことも報告されており、その一因として自律神経機能障害の存在が疑われている。一方、近年自律神経機能の非侵襲的な検査指標として心拍変動(heart rate variability; HRV)、血圧変動(blood pressure variability; BPV)、圧受容体感受性(baroreflex sensitivity; BRS)が頻用されているが、AN患者における先行研究ではHRVの周波数解析指標を用いた検討が大半であり、HRVの非線形解析指標に関する報告や、BPVおよびBRSについての研究は数少ない。また起立前後の自律神経機能変化や起立性障害の合併率についてAN患者と健常者を比較した研究は、過去に行われていない。 本研究では、AN患者の安静時および起立負荷時の心血管系の自律神経機能について、心拍や血圧の時系列データを用いて評価することを目的とした。具体的には、AN女性患者と健常女性を対象に、既に先行研究で検討されているHRVに加え、過去に報告のないBPVやクロススペクトル法によるBRSを測定することで、AN患者の自律神経機能(交感神経機能および副交感神経機能)を詳細に評価した。また生命予後との関連が報告されているHRVの非線形解析指標についても合わせて検討した。 2.研究1(安静時の自律神経機能の検討) 2-1.方法 アメリカ精神医学会の作成したDSM-IV-TRの診断基準を満たす16歳から35歳までのAN患者38名と、年齢を合わせた健常者58名を被検者とした。被検者はすべて女性であり2000年6月から2007年10月まで募集を行った。データ収集は被検者に心電図および非観血的連続血圧測定計(トノメトリーセンサー)を装着した上で、心電図と血圧を10分間自然呼吸下・安静臥位で測定した。HRVおよびBPVの周波数解析には高速フーリエ変換法を用い、パワースペクトラムのうち自律神経機能を反映する低周波数成分(LF成分;0.04-0.15Hz)と高周波数成分(HF成分;0.15-0.4Hz)のパワーを算出した。BRSの解析にはクロススペクトル解析を用い、入力に対する出力の大きさであるtransfer function gainおよび位相のずれを表すphase shiftを算出した。HRVの時系列データの非線形的特性を検討するために、本研究では非線形解析手法の一つであるDFA法(detrended fluctuation analysis)を用いてフラクタル指数α1(short-term scaling exponent)を算出した。統計解析は、正規性が棄却されない場合は unpaired t-testを、棄却された場合は Wilcoxon's rank sum testを用いた(探索的研究であることから、Bonferroniの多重比較を用い有意水準はp<0.005とした)。 2-2.結果 AN群で健常群と比較し有意な低体重・低血圧・徐脈を認めた(p<0.001, p<0.001)。HRVの周波数解析では、AN群でHF成分が有意に高値、LF/HF比が有意に低値であった(p=0.002, p=0.003)。それに対しBPVの周波数解析では、LF成分がAN群で有意に低値であった(p=0.003)。クロススペクトル解析を用いたBRSの指標では、両群間に有意差は認めなかったものの、transfer function gainがAN群で高値傾向であり、phase shiftがAN群で低値傾向であった(p=0.007, p=0.007)。またHRVの非線形解析ではα1がAN群で健常群よりも有意に低値であった(p=0.001)。 2-3.考察 HRVのHF成分は副交感神経機能を反映し、BPVのLF成分は交感神経機能を反映する。またBRSのtransfer function gainは自律神経機能全体の活動性を反映し、HRVのLF/HF比とBRSのphase shiftは交感神経機能と副交感神経機能のバランスを示す指標である(いずれも絶対値が大きいほど交感神経機能優位を示す)。以上を踏まえると、本研究の周波数解析・クロススペクトル解析結果は、いずれもAN患者における交感神経機能低下と副交感神経機能亢進を示唆する所見であり、AN患者の臨床所見と合致するものであった。 HRVの非線形解析でα1 がAN患者で低値であったことは、AN患者の心拍のゆらぎが健常者に比べてwhite noiseに近いことを示唆する所見であった。α1低値は一般に心関連死の予後不良予測因子とされており、AN患者で突然死リスクが高いとする先行研究と合致する所見であると考えられた。 3.研究2(起立負荷時の自律神経機能変化の検討) 3-1.方法 2006年9月以降に参加したAN患者25名、健常者39名を対象とした。研究1の結果も踏まえ、「AN患者では安静時のみではなく起立負荷時にも交感神経機能不全を認めるのではないか」との仮説を立てた上で、安静臥位の測定に引続いてTilt台を用いた起立負荷試験を行い、起立1分後から11分後までの血圧・心拍データを収集した。 起立性障害の合併は自律神経機能に影響を与えることが知られているため、安静時と起立後の平均血圧・心拍数を比較し、起立性障害の診断基準を満たした被検者は、その後の自律神経機能の解析から除外した。起立後のデータは研究1と同様に周波数解析およびクロススペクトル解析を行い、HRV、BPV、BRSの各指標を算出した。 統計解析では、まずカイ二乗検定を用いてAN群と健常群の起立性障害合併率に差を認めるかを検討した。さらに起立負荷による自律神経指標の変化をAN群と健常群で比較するため、2元配置分散分析を用いて各指標と起立負荷の交互作用について検討した(有意水準p<0.05)。また交互作用を認めなかった指標については疾患の有無の主効果についても安静時と起立時に分けて検討した(水準数が2のため、有意水準p<0.025)。 3-2.結果 AN群25名中4名、健常群39名中8名(delayed orthostatic hypotensionも含めると9名)が起立性障害の診断基準を満たした。そのうち起立性障害に伴う自覚症状を認めたため検査を途中で中止した被検者は、AN群、健常群ともに1名ずつであった。両群間で起立性障害の合併率には有意差を認めなかった(p=0.457)。 起立負荷と各自律神経指標との交互作用の検討では、HRVのHF成分は起立負荷による減少がAN群で有意に大きかった(p=0.044)。またHRVのLF/HFおよびBPVのLF成分では、起立負荷による指標の増大がAN群で有意に小さい値となった(p=0.043, p=0.025)。BRSのtransfer function gainは両群間で交互作用を認めなかったが、phase shiftは起立負荷による減少がAN群で有意に大きかった(p=0.935, p=0.004)。 交互作用が有意ではなく、かつ疾患の有無についての主効果が有意であった収縮期血圧、心拍数、およびBRSのtransfer function gainについては、安静時と起立負荷時に分けて各水準における検定を行った。収縮期血圧は安静時のみで有意にAN群で低値であった(安静時:p=0.005, 起立負荷時:p=0.034)のに対し、心拍数は安静時と起立負荷時のいずれにおいてもAN群で低値であった(安静時:p<0.001, 起立負荷時:p<0.001)。またBRSのtransfer function gainは起立負荷時のみAN群で有意に高値であった(安静時:p=0.072, 起立負荷時:p=0.013)。 3-3.考察 本研究ではAN患者と健常者との間に起立性障害合併率の差を認めなかった。先行研究から予想されるよりも合併率は低い値となったが、これは被検者が認知行動療法中であったことや、精神疾患合併例を除外したことなどがその理由と考えられた。 自律神経機能の検討では、HRVのHF成分,LF/HF比、BPVのLF成分、BRSのphase shiftでAN患者と健常者との間に起立負荷時の変化パターンの相違を認めた。本研究結果は、AN患者において起立負荷時の自律神経機能変化が健常者と比較して(1)交感神経系の賦活が小さいのに対し、(2)副交感神経系の抑制が強く働いている ことを示唆する所見であり、仮説と一致する結果が得られた。 BRSのtransfer function gainの結果は、起立負荷時にAN患者で圧受容体反射を介した循環調節が強く働いていることを示唆しており、体液量の調整や下肢筋肉のポンプ作用等を介した起立負荷に対する循環調節が働きにくいAN患者において、健常者よりも圧受容体反射機能が亢進していることを示す所見と考えられた。 4.結論 AN患者では体位に関わらず交感神経機能が抑制されており、副交感神経機能優位の自律神経機能調節が行われていることが示唆された。またHRVの非線形解析結果からは、自律神経機能の非線形的な変化がAN患者の突然死リスクと関連している可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、循環器合併症や突然死リスクを高頻度に認める神経性食欲不振症 (anorexia nervosa; AN)患者の心血管系自律神経機能を明らかにするため、心拍のR-R間隔と収縮期血圧の時系列データから非侵襲的に算出することができる心拍変動(heart rate variability; HRV)、血圧変動(blood pressure variability; BPV)、圧受容体感受性(baroreflex sensitivity; BRS)といった自律神経機能指標を用い、AN患者の交感神経機能と副交感神経機能を健常者と比較して詳細に検討したものであり、以下の結果を得ている。 1. AN患者の安静時における自律神経機能を、周波数解析を用いて算出したHRVおよびBPVの自律神経機能指標と、クロススペクトル解析を用いて算出したBRSの自律神経機能指標から検討したところ、いずれの指標もAN患者における交感神経機能不全と副交感神経機能亢進を示唆するものであった。これらの結果はAN患者の臨床所見(低血圧、徐脈、低栄養状態、内分泌異常など)と合致するものと考えられた。 2. HRVの非線形解析(DFA解析)では、フラクタル指数α1がAN群で健常群よりも有意に低値であり、これはAN患者の心拍のゆらぎが健常者に比べてwhite noiseに近いことを示唆する所見であった。α1低値は一般に心関連死の予後不良予測因子とされており、AN患者で突然死リスクが高いとする先行研究と合致する所見であると考えられた。 3. Tilt台を用いた起立負荷試験で起立性障害合併の有無を検討したところ、AN群25名中4名、健常群39名中8名(delayed orthostatic hypotensionも含めると9名)が起立性障害の診断基準を満たした。本研究ではAN患者と健常者との間に起立性障害合併率の有意差を認めなかった。過去に起立性障害合併率を健常者と比較した先行研究はないが、他の身体精神疾患を合併しないAN患者においては、起立性障害の合併率が健常者と変わらない可能性が示唆された。 4. 起立負荷に伴う自律神経機能の変化をHRV、BPV、BRSの自律神経機能指標を用いて検討したところ、HRVとBPVの解析結果は、AN患者では起立負荷時の自律神経機能変化が健常者と比較し(1)交感神経系の賦活が小さいのに対して(2)副交感神経系の抑制が強く働いている ことを示唆する所見であった。これはAN患者では安静時のみならず起立負荷時にも交感神経機能不全を認め、代償的に副交感神経機能調節が強く働いていることを示すものと考えられた。またBRSの解析結果は、AN患者では起立負荷時に圧受容体反射を介した循環調節が強く働いていることを示唆するものであり、体液量の調整や下肢筋肉のポンプ作用等を介した起立負荷に対する循環調節が働きにくいAN患者において、健常者よりも圧受容体反射機能が亢進していることを示す所見と考えられた。 以上、本論文では、AN患者において交感神経機能不全および副交感神経機能亢進を認め、これらがAN患者で高頻度に認める循環器合併症と関連している可能性が示唆された。また、突然死リスクとの関連が指摘されているHRVの非線形成分の変化を認めることも示された。本研究はこれまで十分に知られていなかったAN患者の心血管系自律神経機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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