学位論文要旨



No 126262
著者(漢字) 冨田,学
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,マナブ
標題(和) アトピー性皮膚炎モデルにおけるL-selectinの役割
標題(洋)
報告番号 126262
報告番号 甲26262
学位授与日 2010.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3553号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 菅谷,誠
 東京大学 講師 小笠原,徹
 東京大学 講師 清水,潤
 東京大学 講師 大石,展也
内容要旨 要旨を表示する

アトピー性皮膚炎は先進国を中心にみられるアレルギー性疾患であり、多くの患者を肉体的にも精神的にも苦しめている。アトピー性皮膚炎患者のうち約80%に血中IgE値の上昇がみられ、様々な食物アレルゲンや吸入アレルゲンの特異的抗IgE抗体が検出されるが、これらのアレルゲンは直接、正常皮膚に付着することにより皮膚症状を起こすことが知られている。また、アトピー性皮膚炎の急性期病変ではTh2優位の反応が主体であると考えられているが、慢性期に移行するとTh1の反応が混在してくることが知られている。

アトピー性皮膚炎の動物モデルとしてGehaらによる報告が知られており、BALB/cマウスの背部に卵白アルブミン(ovalbumin; OVA)を浸み込ませたガーゼを1週間固定する操作を繰り返すことにより、皮膚炎が誘発されるとともに血清のOVA特異的IgG1やOVA特異的IgE抗体価が上昇する。それに対して、OVA特異的IgG2aの上昇はみられないことよりTh2優位の反応がが起こっていると考えられる。この方法により経表皮的に、しかも皮膚に傷を作ることなく感作を行うことができ、人間のアトピー性皮膚炎の特徴を多く兼ね備えている。

L-selectinはP-およびE-selectinと共にセレクチンファミリーに属する細胞接着因子で殆どの血球細胞に発現する。CD34などの蛋白質に特殊な糖鎖が付加したものがリガンドであり、その発現は末梢リンパ節や、鼻咽頭関連リンパ組織などの高内皮細静脈(high endothelial venule; HEV)を中心にみられる。L-selectinは血管内皮における血球細胞の捕獲および回転に重要で、皮膚の所属リンパ節を含む末梢リンパ節へのナイーブリンパ球の移行を制御しているが、L-selectin 欠損マウスでは、ナイーブなリンパ球が末梢リンパ節や頚部リンパ節のHEVに接着しないため、リンパ球がHEVを介して末梢リンパ節や頚部リンパ節内に移行せず、末梢リンパ節や頚部リンパ節が小さいという特徴がある。また、L-selectinは炎症におけるeffector細胞が血管から皮膚へと浸潤するのをP-selectinやE-selectinと協同で制御している。以上より、L-selectinは皮膚の炎症においてナイーブリンパ球が所属リンパ節で活性化するinduction phase、およびeffector細胞が皮膚に浸潤し炎症を引き起こすeffector phaseの両局面において重要な役割を果たしていることが想定される。

本研究ではOVAを用いたマウスアトピー性皮膚炎モデルにおいて、L-selectinがどのような役割を果たすのかについて検討を行った。更にCD4+T細胞、CD8+T細胞、B細胞のうち、どの細胞に発現しているL-selectinが重要であるかについて皮膚炎とOVA特異的抗体産生の2つの側面から検討を行った。

結果は、経皮的にOVAを反復貼付することによってOVA特異的IgG1抗体価およびOVA特異的IgE抗体価が上昇するこのマウスアトピー性皮膚炎モデルは、Th2優位とされるBALB/cマウスのみならず、Th1優位とされるC57BL/6マウスでも再現できた。次にL-selectin 欠損マウスにおいてはOVA貼付第35日までという長期間、抗体価は抑制され、皮膚炎もほぼ完全に抑制されていた。また野生型マウス等のリンパ球をadoptive transferすることによりdose dependentにL-selectin-/-マウスにおいてOVA特異的抗体価の上昇がみられた。さらにtransferしたリンパ球の各分画について検討したところ、特異的抗体の産生にはCD4+T細胞にL-selectinが発現することが重要であり、皮膚炎にはCD4+T細胞およびCD8+T細胞にL-selectinが発現することが重要で、B細胞におけるL-selectinの発現はあまり関与しなかった。

次に、CD4+T細胞に焦点をあて、L-selectin-/-マウスにOVAを特異的に認識するOT-IIマウスCD4+T細胞をadoptive transferしたところ、1 X 102個のtransferだけでOVA特異的抗体価の上昇がみられ、皮膚炎が生じた。この場合、transferする細胞数と抗体価の上昇はdose independentであった。一方、L-selectinの発現がないL-selectin-/-OT-IIマウスCD4+T細胞1 X 102個では反応がみられなかったことから、特異的抗体の産生および皮膚炎の惹起にはCD4+T細胞およびCD8+T細胞にL-selectinが発現することが重要であることが確認された。さらに、このOVA特異的抗体産生細胞はL-selectinを持たないのにかかわらず、主として末梢リンパ節に分布していた。最後に、こうしたL-selectinを欠損したリンパ球は、炎症が惹起されリンパ節が大きくなるとともに、リンパ節への移入数が増大することが分かった。

以上の結果から、OVA反復貼付によるアトピー性皮膚炎モデルにおいてL-selectinは重要な役割を果たし、OVA特異的抗体産生にはL-selectinがCD4+T細胞に発現しHEVを介して所属リンパ節に入ることが重要であると考えられた。ナイーブB細胞は通常CD4+T細胞の助けを得て脾臓もしくは所属リンパ節で活性化し、抗原特異的抗体を産生するようになる。L-selectin-/-マウスにadoptive transferを行なう実験で、L-selectinがOVA特異的CD4+T細胞に発現するだけでOVA特異的抗体が産生されるには2つのメカニズムが考えられた。1つはL-selectinを発現するOVA特異的CD4+T細胞が所属リンパ節で活性化し、この細胞が脾臓に移行してそこでナイーブB細胞に働きOVA特異的抗体産生細胞に分化させること、もう1つはこの所属リンパ節で活性化したOVA特異的CD4+T細胞がそのまま所属リンパ節でナイーブB細胞に働くことである。そこでOVA特異的抗体産生細胞の分布について検討したところ大多数は所属リンパ節に存在した。ナイーブB細胞はL-selectin-/-マウス由来のためL-selectinを欠損しており、脾臓に多く存在し、定常状態では所属リンパ節には殆ど存在しない。OVA反復塗布により所属リンパ節の細胞数が著明に増加したことを考えると、炎症を伴うリンパ節においてはナイーブB細胞はL-selectinに依存せず別の接着分子を用いて移入したと考えられた。

また皮膚炎惹起にはCD4+T細胞に加えてCD8+T細胞にL-selectinが発現することが強く関与していた。CD8+T 細胞を欠くMHC class I欠損マウスにおいてはアレルギー性接触皮膚炎は抑制されているなどの報告からCD8+T細胞は最も直接的に皮膚を障害すると考えられている。また、正常なCD4+T細胞がないMHC class II欠損マウスでもアレルギー性接触皮膚炎が低下しており、CD4+T細胞およびCD8+T細胞の両者がL-selectinを介して所属リンパ節に入り、活性化した後皮膚へと移行することが重要と考えられた。以上より、本研究で用いたアトピー性皮膚炎モデルにおいてCD4+T細胞およびCD8+T細胞におけるL-selectinの発現は極めて重要であると考えられた。本結果に基づき、抗L-selectin抗体単独もしくは他の接着因子阻害薬との組み合わせによる臨床応用を検討することが、アトピー性皮膚炎の有効な治療につながると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアトピー性皮膚炎おいて重要な役割を果たしていると考えられるL-selectinの働きを明らかにするため、L-selectin 欠損マウスを用いてアトピー性皮膚炎モデルの系において抗体価の上昇および皮膚炎の惹起の機序を解析することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. L-selectin 欠損マウスにおいてはOVA貼付第35日までという長期間、抗体価は抑制され、皮膚炎もほぼ完全に抑制されていた。また野生型マウス等のリンパ球をadoptive transferすることによりdose dependentにL-selectin-/-マウスにおいてOVA特異的抗体価の上昇がみられた。さらにtransferしたリンパ球の各分画について検討したところ、特異的抗体の産生にはCD4+T細胞にL-selectinが発現することが重要であり、皮膚炎にはCD4+T細胞およびCD8+T細胞にL-selectinが発現することが重要で、B細胞におけるL-selectinの発現はあまり関与しなかった。

2. CD4+T細胞に焦点をあて、L-selectin-/-マウスにOVAを特異的に認識するOT-IIマウスCD4+T細胞をadoptive transferしたところ、1 X 102個のtransferだけでOVA特異的抗体価の上昇がみられ、皮膚炎が生じた。この場合、transferする細胞数と抗体価の上昇はdose independentであった。一方、L-selectinの発現がないL-selectin-/-OT-IIマウスCD4+T細胞1 X 102個では反応がみられなかったことから、特異的抗体の産生および皮膚炎の惹起にはCD4+T細胞およびCD8+T細胞にL-selectinが発現することが重要であることが確認された。さらに、このOVA特異的抗体産生細胞はL-selectinを持たないのにかかわらず、主として末梢リンパ節に分布していた。3. こうしたL-selectinを欠損したリンパ球は、炎症が惹起されリンパ節が大きくなるとともに、リンパ節への移入数が増大することが分かった。

以上の結果から、OVA反復貼付によるアトピー性皮膚炎モデルにおいてL-selectinは重要な役割を果たし、OVA特異的抗体産生にはL-selectinがCD4+T細胞に発現しHEVを介して所属リンパ節に入ることが重要であるということを明らかにした。また皮膚炎の惹起にはCD4+T細胞に加え、CD8+T細胞にL-selectinが発現していることが重要であることも明らかにした。マウスアトピー性皮膚炎モデルにおけるL-selectinの役割についての研究はこれまで未知に等しかった。本結果に基づき、抗L-selectin抗体単独もしくは他の接着因子阻害薬との組み合わせによる臨床応用を検討することが、アトピー性皮膚炎の有効な治療につながると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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