学位論文要旨



No 126271
著者(漢字) 加藤,俊英
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,トシヒデ
標題(和) 新大陸産マメゾウムシにおける寄主植物利用パターンの進化学的解析
標題(洋) Evolutionary analysis on host utilization patterns in New World seed beetles (Coleoptera: Chrysomeridae:Bruchinae)
報告番号 126271
報告番号 甲26271
学位授与日 2010.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第998号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,元己
 東京大学 教授 嶋田,正和
 東京大学 教授 深津,武馬
 東京大学 准教授 吉田,丈人
 東京大学 准教授 増田,建
内容要旨 要旨を表示する

第I章:導入

植食性昆虫は既知の陸上生物の25%を占める。この莫大な多様性がどのように生じたのかを明らかにすることは、地球上に見られる生物多様性の成因を知る上で大変興味深い問題である。

植食性昆虫の70%以上の種は、特定の1種あるいは数種の近縁な植物のみを利用すると考えられている(以下スペシャリスト種)。陸上植物もまた極めて多様性が高い生物群であることから、陸上植物にスペシャリスト化することが植食性昆虫の多様化の主要な要因であるという仮説が提唱されてきた。

植食生昆虫には近縁種と比較して著しく多様な寄主植物を利用する種(以下ジェネラリスト種)が見られることが経験的に知られている。もし植食性昆虫の多様化がスペシャリスト化によって起こるのであれば、ジェネラリスト種からスペシャリスト種へ向かう進化の方向性があることが予想されるが、近年の分子系統解析に基づく研究の結果、ジェネラリスト種がスペシャリスト種から進化するというスペシャリスト化と逆のパターンが広範に見られることが明らかになってきた(Morse and Farrell 2005; Yotoko et al. 2005; Cho et al. 2007; Winkler and Mitter 2008)。もしこのような食性の拡大が頻繁に起こるのであれば、食性拡大-スペシャリスト化-再度の食性拡大というサイクルが繰り返されることで植食性昆虫の多様性は飛躍的に高まると考えられる。そのため、食性の広さの違いがどのような要因によって進化するのかを明らかにすることは、植食性昆虫の多様化過程を明らかにする上でも重要であるといえる。

本研究では、産卵習性や寄主利用などの基礎生態情報の解明が進んでおり、ジェネラリスト種とスペシャリスト種を含む新大陸産のマメゾウムシAcanthoscelidina 亜族(ハムシ科、マメゾウムシ亜科)に着目し、Acanthoscelidina 亜族全体の寄主植物利用の進化過程を推定するとともに、その中の特定の属について食性の広さに着目し、その進化過程を明らかにすることで、植食性昆虫の多様化過程とジェネラリスト種の進化に関与している生態学的要因を推定することを目的とした。

第II章:新大陸産マメゾウムシ Acanthoscelidina 亜族における寄主利用進化と多様化過程の推定

Acanthoscelidina 亜族はマメゾウムシの中で最も多様性が高い亜族であるが、亜族内の系統仮説は未だ得られていない。そこでまず、新大陸産Acanthoscelidina 亜族マメゾウムシのうち、主要な8 属計53種のミトコンドリア12-16S リボソームRNA コード領域の一部配列を決定し、リボソームRNAの二次構造を考慮したアライメントを行った上で系統解析を行った。

次に本亜族の食性進化全体の傾向を明らかにするために、祖先形質復元によって本族の寄主利用変化の変遷を推定し、さらにPermutation tail probability test(PTP 検定)によってマメゾウムシが植物の科・亜科及び連に対して保存的な利用を示すかを検定した。

加えて、マメゾウムシに対して毒性を示すことが報告されている植物の非タンパク質構成アミノ酸4種(L-カナバニン、アルビジン、Djencolic acid、N-acetyl Djencolic acid)について、その存在がマメゾウムシの寄主利用進化パターンに影響を与えているかを検証するべく、マメゾウムシの系統のそれらのアミノ酸に対する保存性を示すかをPTP 検定によって検証した。

ベイズ法に基づく分子系統解析によって推定されたAcanthoscelidina 亜族の系統関係には従来の分類体系との不整合が見られた。PTP 検定の結果、本亜族において、植物の科・亜科レベルの寄主利用は従来考えられていたよりも保存的であることが明らかになった。分子系統解析において、従来の分類体系と不整合を示す部分の多くは、形態形質が多岐に渡っている種がクレードを形成したものであったが、それら形態的に多岐にわたるマメゾウムシでも利用する植物は科・亜科レベルで有意に保存されていた。

マメ亜科を利用する一部の系統では寄主植物の連レベルでの系統保存性が失われていることが明らかになったが、非タンパク質構成アミノ酸についてのPTP 検定の結果、この系統のマメゾウムシはL-カナバニンに対して系統保存的なパターンを示し、マメゾウムシがこのアミノ酸を含む植物の間で頻繁な寄主シフトを起こしている可能性が示唆された。解析した他の3種の非タンパク質構成アミノ酸についても、マメゾウムシが系統保存的な利用を示すことが明らかになった。

これらの結果より、本族の寄主利用は非タンパク質構成アミノ酸など寄主の二次代謝産物の影響を受けており、二次代謝産物が類似した寄主植物間での寄主シフトが多様化をもたらしている可能性が示唆された。

第III章: Mimosestes 属マメゾウムシにおける食性進化の解析

次に、個別の属で食性の広さがどのように進化したかを推定するため、Acanthoscelidina 亜族の中でも基礎生態情報の蓄積が進んでおり、ジェネラリスト種を多く含むMimosestes 属の食性進化過程の解明を試みた。Mimosestes属は主にマメ科ネムノキ亜科アカシア属の植物を寄主として利用しているが、アカシアとは系統的に離れたProsopis 属と、さらに系統的に遠いマメ科ジャケツイバラ亜科のParkinsonia 属を利用する種が知られている。本研究に用いたMimosestes 属の既知種13種と未記載種1種は11種がアカシア、Prosopis 属, Parkinsonia 属のいずれか一つのみを利用するが、3種はアカシア、Prosopis 属, Parkinsonia 属のいずれも利用する、という寄主利用を示す。まず、14種のMimosestes 属について、ミトコンドリア2 領域(16S-12SrRNA 領域、COI 遺伝子)と核遺伝子(EF1α)の配列を決定、ベイズ法による分子系統解析に基づいた祖先形質復元を行って寄主利用の進化過程を推定した。その結果、Mimosestes 属の祖先的な寄主利用はアカシア属であり、Prosopis 属, Parkinsonia 属の利用は属内で合計4 回独立に派生したこと、そのうちの3 回では複数属の植物を利用する食性の広い種が独立に進化してきたことが示された。進化モデルを用いたベイズ推定の結果、寄主利用は系統保存的ではないこと、食性の広さに明確なジェネラリストからスペシャリストへ、あるいはスペシャリストからジェネラリストへと向かう方向性が見られないことが明らかになった。

次に植食生昆虫の寄主利用に強く影響を与えると考えられ、Mimosestes 属内で種間変異が見られる産卵習性に着目し、食性の広さに産卵習性が影響を与えているかを種間比較法によって検討した。本属のマメゾウムシには、未成熟の莢上にのみ産卵するタイプと、未成熟な莢と完熟した莢両方に産卵するタイプの2 タイプの産卵習性があることが野外観察から明らかになっている。系統によるバイアスを除去した上で食性の広さと産卵習性の相関を検定したところ、産卵習性と食性の広さの間に相関を仮定したモデルの方が、無相関モデルよりもより説明力が高かった。このことから、未成熟な莢と完熟した莢両方に産卵する性質を獲得したことが、本属の食性を広げる上で重要な意味を持つ可能性が示唆された。

第IV章:総合考察

第II章の結果より、Acanthoscelidina 亜族の寄主利用は寄主植物の二次代謝産物の影響を強く受けていることが示された。一方、第III章の結果は、スペシャリスト種からジェネラリスト種が進化し得ることを示しており、さらにMimosestes 属内で植物の亜科、属レベルの寄主利用変化が複数回起こっていることから、二次代謝産物で決定された寄主植物の潜在的な利用能力がスペシャリスト化の後も保存されていることが頻繁な寄主利用変化とジェネラリストの進化をもたらす可能性が示された。

Morse and Farrell (2005)によって、Acanthoscelidina 亜族に含まれるStator 属において、莢内部に侵入して種子表面に産卵する種が広い寄主利用範囲を持つことが示されているが、このような産卵習性はマメゾウムシの中でも非常に特異なものであり、マメゾウムシ全体には一般化できないと考えられる。そこで、総合考察として第III章で見られた産卵習性と食性の相関と野外観察の結果より、産卵習性の変化と食性の拡大を説明するより一般的な仮説の構築を試みた。第III章の結果においてジェネラリスト種のMimosestes 属に利用される植物の殆どが、結実後も莢が裂開せず、長期間種子が利用可能な状態にある。Stator 属の場合も種子表面に産卵する種は長期間に渡って樹上の果実内の種子を利用可能であることが野外観察の結果明らかになっており、長期間に渡って種子を利用可能にする性質の進化が、結実期がずれている広範な植物を利用可能にするとともに、潜在的な寄主植物へのメスの産卵を可能にし、ジェネラリスト種の進化をもたらした可能性が考えられる。これらの結果より、ジェネラリスト化-スペシャリスト化の反復が新大陸産マメゾウムシの多様化をもたらした可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

植食性昆虫は極めて種多様性が高く、既知の陸上生物の25%を占める。この莫大な多様性がどのように生じたのかを明らかにすることは、今日見られる生物多様性の成因を知る上で極めて興味深い問題である。植食性昆虫の約70%以上の種は、特定の限られた植物のみを利用するスペシャリスト種であるが、近縁種と比較して多様な寄主植物を利用するジェネラリスト種も見られることが知られている。従来の理論研究では、ジェネラリスト種からスペシャリスト種へ向かう進化の方向性があることが予想されてきたが、分子系統解析に基づく研究が広く行われた結果、スペシャリスト種からジェネラリスト種が進化してきたという逆のパターンが植食性昆虫に広範に見られることが明らかになってきた。しかしながら、植食性昆虫の食性の広さには規則性が見られないことが多く、ジェネラリスト種の進化過程については未だ明らかになっていない。

本論文では、産卵習性や寄主利用などの基礎生態情報の解明が進んでおり、ジェネラリスト種とスペシャリスト種を含む新大陸産のAcanthoscelidina亜族マメゾウムシ(ハムシ科、マメゾウムシ亜科)に着目し、Acanthoscelidina亜族全体と特定の属について、食性の広さに着目してその進化過程を明らかにすることで、ジェネラリスト種の進化に関与している生態学的要因を推定した。

本論文は四章からなる。第一章は序論であり、これまでの植食性昆虫の食性研究についてとりまとめ、問題点を整理した。第二章では、Acanthoscelidina亜族全体の系統関係を明らかにするため、新大陸産Acanthoscelidina亜族マメゾウムシのうち、主要8属の計53種についてミトコンドリア12-16SリボソームRNAコード領域の一部配列を用いた分子系統解析を行い、従来の分類体系において不明瞭であったAcanthoscelidina亜族内の属間関係を明らかにした。さらに祖先形質復元と系統的保存性についての統計検定によって本族の寄主植物利用の変遷過程を推定し、マメゾウムシが寄主植物の科・亜科及び連という高次分類群に対して保存的な利用を示すこと、さらに寄主植物の非タンパク質構成アミノ酸の存在がマメゾウムシの寄主利用進化に影響を与えている可能性を示した。

第三章では、個別の属について食性の広さがどのように進化したかを推定するため、Acanthoscelidina亜族の中でも基礎生態情報の蓄積が進んでおり、ジェネラリスト種を多く含むMimosestes属を用いて、食性の進化過程について検討した。本研究に用いたMimosestes属の既知種13種と未記載種1種のうち、11種は、Acacia属,Prosopis属, Parkinsonia属のいずれか一つのみを利用するが、3種はAcacia、Prosopis属, Parkinsonia属のいずれも利用する、という寄主利用を示す。14種のMimosestes属について、ミトコンドリア2領域(16S-12SrRNA領域、COI遺伝子)と核遺伝子(EF1α)の配列を決定、最節約法とベイズ法による分子系統解析に基づいた祖先形質復元を行って、寄主利用の進化過程を推定した。Mimosestes属の祖先的な寄主利用はAcacia属であり、Prosopis属, Parkinsonia属の利用は属内で合計4回独立に派生し、そのうちの3回では複数属の植物を利用する食性の広い種が独立に進化してきたことが示された。さらにベイズ推定を用いた進化モデル比較によって、寄主植物利用は系統保存的ではないこと、さらに食性の広さに明確なジェネラリストからスペシャリストへ、あるいはスペシャリストからジェネラリストへと向かう方向性が見られないことを示した。

次にMimosestes属内で種間変異があり寄主利用に強く影響する産卵習性に着目し、食性の広さとの相関を種間比較法によって検討した。本属のマメゾウムシには、未成熟の莢上にのみ産卵するものと、未成熟な莢と完熟した莢の両方に産卵するものという2タイプの産卵習性があることが野外観察から明らかになっている。系統によるバイアスを除去した上で食性の広さと産卵習性の間に相関が見られるかを検定したところ、産卵習性と食性の広さの間に相関を仮定したモデルの方が、無相関のモデルよりもより高い説明力を示した。未成熟な莢と完熟した莢の両方に産卵する性質を獲得したことが、本属の食性を広げる上で重要な意味を持つ可能性を示したことは、昆虫の食性進化研究への重要な貢献と考えられる。

以上の結果を踏まえ、第四章では二次代謝産物で決定された潜在的に利用可能な寄主範囲の中で実際の寄主植物が頻繁に変化しうる、という本亜族の寄主利用の進化についての仮説を提唱した。さらに、食性の拡大が、産卵習性と相関していることより、ジェネラリストの進化をもたらす要因について考察を試みた。

以上のように本研究は、産卵習性が食性の広さに影響を与えることを、系統関係を考慮して明らかにした点で新規性が高く、本研究で得られた知見はこれまで未解明であった植食性昆虫のジェネラリスト進化過程の解明に大きな学術的貢献を行ったと認められる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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