学位論文要旨



No 126273
著者(漢字) 坂井,延寿
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,エンジュ
標題(和) 遷移金属ドープ二酸化チタンの強磁性発現機構の解明
標題(洋) Mechanism of Ferromagnetism in Transition-metal-doped Titanium Dioxide
報告番号 126273
報告番号 甲26273
学位授与日 2010.04.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5564号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 小澤,岳昌
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

希薄磁性半導体(diluted magnetic semiconductors:DMS)とは半導体に少量の磁性原子をドープし、半導体に磁性を付加した物質をさす。DMSでは、半導体的性質に加えてスピンの自由度を利用できることから、スピントロニクスデバイスへの応用が期待され、研究が行われている。デバイス応用を考えた場合、室温での強磁性発現が必要となるが、Ga1-xMxAsに代表される化合物半導体系DMSでは、キュリー温度は最高でも100K程度であり、よりキュリー温度の高い物質の開発が求められてきた。このような背景の中、酸化物半導体を母物質とするDMSで室温強磁性が発見され、実用化に向けて大きな期待がもたれている。本研究の対象とした遷移金属ドープ酸化チタンもそのひとつである。また、酸化物系DMSで、なぜ室温強磁性が発現するかを探る研究も活発に繰り広げられている。これまで、キャリア電子を媒介して磁性原子同士が強磁性的に相互作用するキャリア誘起メカニズムと、酸素欠損をポーラロン中心とした磁気ポーラロンモデルが提案されてきたが、高抵抗な試料でも強磁性を示すことから、後者が有力視されている。しかし、現在のところ実験的な裏付けは皆無といってよく、またドープした磁性イオンは酸化物格子を置換せず、磁性不純物として存在し、これが強磁性の起源だとする主張も根強い。そこで本研究では、酸素欠損量とキャリア濃度を制御したFeドープ二酸化チタン(Ti1-xFexO2;以下Fe:TiO2)を作製し、各種物性測定を行うことにより、キャリア誘起と磁気ポーラロンモデルのどちらが強磁性発現機構として妥当であるかを検証することを目的とした。

【実験】

試料の作製はパルスレーザー堆積(Pulsed Laser Deposition;PLD)法で行った。原料としては組成Fe(0,06)Ti(0.94)O2、Fe(0.06)Nb(0.03)Ti(0.91)O2の焼結酸化物ターゲットを用い、試料中の酸素欠損量を制御する目的で成膜中の酸素分圧,P(O2),を3×10-7-6×10-6Torrに制御した。基板にはLaAIO3(001)単結晶を用い、成膜中の基板温度は600℃で固定した。X線回折の結果、全ての薄膜がアナターゼ型酸化チタン(004)配向を示していることを確認した。得られたFe(0.06)Ti(0.94)O2試料およびターゲットのX線吸収分光(XAS)測定から、試料内の鉄濃度は2.2%であると見積もった。また、P(O2)による膜中鉄濃度の違いは見られなかった。

【結果と考察】

磁気ポーラロンモデル

酸化物中の酸素欠損は磁気ポーラロンを形成し、そのポーラロン半径内の磁気モーメントを強磁性的に揃える。欠損濃度が薄い場合には各磁気ポーラロンがそれぞれ常磁性的にふるまうが、磁気ポーラロンの濃度が高まり、お互いに重なり合うようになると、すべての磁気ポーラロンが強磁性的に揃いパーコレーションを起こすことにより試料全体が強磁性を示すようになる。この臨界酸素欠損濃度n[critは有効ボーア半径aHによってn□crit=1.8×10(-2)aH(-3)で与えられる。一方酸素欠損をドナーとする半導体が金属転移を示す臨界キャリア濃度n。は、モット条件からnc=3.6×10(-2)aH(-3)となる。両臨界濃度が1程度の係数を除きとよく一致していることから、磁気ポーラロンモデルによると、強磁性への転移と金属への転移がほぼ同時に起こると予測される。キャリア誘起モデルではこのような現象を説明できない。

常磁性-強磁性転移と金属絶縁体転移

図1にSQUIDによる磁化一磁場曲線を示す。P(O2)が1×10(-6)Torr以下の試料で強磁性特有のヒステリシスを示している。一方、3×10(-6)Torr以上では無視できる程度の磁化しか示さないことから、P(O2)=1×10』6Torrと3×10(-6)Torrの間で、常磁性-強磁性転移を起こしていることが分かる。

図2に試料の抵抗率の温度依存性を示す。P(O2)=1×10(-6)Torr以下の強磁性試料では、室温付近の抵抗率p(RT)は0.1Ωcm以下であり、温度に対して抵抗率がわずかに上昇する金属的な挙動を示しているのに対して、常磁性試料である3×10(-6)Torr試料では、dp/dT<0の絶縁体的である。以上の結果から、Fe;TiO2薄膜は成膜時の酸素分圧に対して常磁性-強磁性転移と金属絶縁体転移を示し、その転移境界はほぼ一致している。

この結果は磁気ポーラロンモデルを支持する。さらに、同モデルとの定量的な比較を行うため、nc、n□(crit)値を見積もった。アナターゼ型二酸化チタンにおける有効ボーア半径aHとして文献値1.5×10(-7)cmを用いると、nc=5×10(18)cm(-3)、n□(crit)=1×10(19)cm(-3)を得る。この臨界酸素欠損濃度n□(crit)はキャリア濃度に換算すれば2×10(19)cm(-3)となり、図3a)に示したFe:TiO2薄膜の強磁性転移境界(P(O2)=1×10(-6)Torr)でのキャリア濃度1×10(19)cm(-3)と非常によく一致している。以上の結果から、遷移金属ドープニ酸化チタンの強磁性が酸素欠損の作る磁気ポーラロンのパーコレーションによって生じていることを強く支持する初めての実験結果を得た。

Nbドーピングによるキャリア制御

上述の実験結果は磁気ポーラロンによる強磁性の発現を強く支持する結果ではあるが、キャリア誘起説を完全に否定するものではない。酸素欠損はキャリア電子を放出するため、必然的にキャリア電子の増加につながる。実際、図3a)に示すように、常磁性から強磁性の転移に際して3×10(17)cm(-3)から1×10(19)cm(-3)と大きくキャリア濃度が変化している。そこで、Nb3%をさらに共ドープすることによりキャリア電子のみを制御した試料(Ti(0.91)Nb(0.03)Fe(0.06)O2)を作製し、その輸送特性、磁気特性を評価した。図3a)に示すように、作製したTi(0.091)Nb(0.03)Fe(0.06)O2試料のキャリア濃度は~2×10(21)cm(-3)と、強磁性Fe:TiO2のキャリア濃度(~1×10(19)cm(-3))を大きく上まっている。また、酸素分圧によるキャリア濃度の変化はほとんど見られない。

Ti(0.91)Nb(0.03)Fe(0.06)O2の室温における磁化一磁場曲線を図3b)に示す。磁化の酸素分圧依存性は、Fe:TiO2試料の場合と同様であり、常磁性-強磁性境界は1×10(α6と3×10(-6)Torrの間にあることが分かる。すなわち、Ti(0.91)Nb(0.03)Fe(0.06)O2試料はすべて、キャリア濃度だけから見れば強磁性Fe:TiO2試料のそれを大きく上まっているにも関わらず、Fe:TiO2同様の常磁性一強磁性転移を示している。このことから、強磁性はキャリア電子の増加だけでは発現せず、酸素欠損が必須であることが分かり、キャリア誘起説は完全に否定された。

局所電子状態と磁性

Fe:TiO2試料の鉄の局所電子状態と磁性の関係を調べるため、X線吸収分光(XAS)、X線磁気円2色性(XMCD)の実験を行った。実験はすべてKEK-PF、BL-7Aで行うた。図4にFe:TiO2試料と参照試料のFe2O3(III)の鉄L端吸収スペクトルを示す。試料の鉄L3端吸収スペクトルはさらにピークaとピークbに分裂している。このような鉄のL3吸収端の分裂は通常鉄3価と2価の混合状態として理解されている。参照試料のFe2O3(III)のスペクトルではピークbがメインピーク、ピークaが弱いサブピークとなっている。一方で鉄2価の酸化鉄(II)、FeOではこの比が逆転するため、ピークa、bの強度比がそれぞれ鉄の2価、3価の相対量を示すことになる。

図4から分かるようにピークaとピークbの相対強度、Ia/Ib、はP(O2)と共に単調に減少していることから、試料内での鉄2価の量はP(O2)と共に減少していることが分かる。このことは常磁性一強磁性境界で鉄2価の量が大きく増大していることを意味しており、鉄2価だけが強磁性を担っていることを示唆している。

このことをさらに検証するため、XMCD測定を行った。結果を図5に示す。強磁性試料(5×10(-7)Torr)と常磁性試料(3×10(-6)Torr)についてそれぞれ測定している。常磁性試料ではρ+(赤線)、ρ-(青破線)それぞれの吸収スペクトルがほぼ一致しており、円2色性を示していない。一方で、強磁性試料では明確な差が見られている。このことから観測されたXMCDシグナルは強磁性由来のものであることが分かる。また、強磁性試料で見られたXMCDはピークaでのみ観測されており、ピークbではほとんど差がない。以上の結果からFe;TiO2試料の強磁性は鉄のほぼ2価だけが担っていることが明らかになった。

以上の結果は、試料内での鉄原子と酸素欠損の配置を考えることで理解することが出来る。二酸化チタン中のチタン原子を鉄原子が置換している場合、鉄の価数を4価から3価、または2価にするために鉄原子近傍に酸素欠損(□)が必要になる。鉄2価の場合には酸素欠損1つで補償されるためFe2+-□という構造をとることが予想される。一方で、鉄3価の場合には酸素欠損が1/2個必要であるため、鉄3価がペアを作りFe(3+)-□-Fe(3+)という鉄原子が並んだ構造をとると考えられる。酸化物中でこのように磁性原子が隣り合う場合には超交換相互作用によって反強磁性的な相互作用が生じることが多いことがよく知られている。この結果、鉄3価の磁気モーメントは全体としては0になり、実験結果のように鉄の2価だけが全体の磁性に効いてくることになる。

【まとめ】

本研究では、成膜時の酸素分圧を調整することによりFeドープ酸化チタンの強磁性を制御し、強磁性転移境界における金属絶縁体転移を観測した。この境界におけるキャリア濃度の閾値は磁気ポーラロンモデルと良い定量的な一致を示し、強磁性の発現が磁気ポーラロンのパーコレーションであることを証明した。また、FeとNbの共ドープを行い、酸素欠損由来とは独立にキャリアをドープしても、強磁性転移を示す酸素分圧境界が変化しないことから、キャリア誘起説を明確に否定することが出来た。また、XMCD測定から、鉄の2価だけが強磁性を担っていることが分かった。この結果は、磁性原子の局所電子状態と磁性との間に相関があることを示しており、磁気ポーラロンモデルに対して新たな議論を加える必要がある。

図1:FeTiO2薄膜の磁化-磁場曲線

図2:Fe:TiO2薄膜における抵抗率の温度依存性

図3:a)キャリア濃度(室温)の酸素分圧P(O2)依存性b)室温におけるTi(0.91)Nb(0.03)Fe(0.06)O2の磁化-磁場曲線

図4:Fe:TiO2試料とFe2O3粉末の鉄L端X線吸収スペクトル

図5:強磁性試料(左:P(O2)=5x10(-7)Torr)と常磁性試料(右:P(O2)=3xlO(-6)Torr)の円偏光X線吸収スペクトル(ρ+:赤線、ρ-:青破線)とXMCDスペクトル(緑線)

審査要旨 要旨を表示する

遷移金属ドープ二酸化チタンは室温で強磁性を示す希薄磁性半導体として知られている。本研究では、遷移金属ドープ二酸化チタンの磁気特性、輸送特性、磁性原子の電子状態を調べることで、室温強磁性の起源に関する問題を扱っている。

本論文は7章からなっている。

第1章は序論であり、二酸化チタンを含めて、酸化物をベースとした希薄磁性半導体に関するこれまでの研究の経緯について述べている。また、室温強磁性の起源を説明するモデルとして、キャリア誘起モデルと磁気ポーラロンモデルについて記述している。

第2章は実験手法に関する説明である。薄膜作成法であるパルスレーザー蒸着法(PLD)、薄膜評価方法であるX線回折(XRD)、4端子測定法、ホール効果測定、超伝導磁束量子干渉計(SQUID)、X線光電子分光法(XPS)、X線吸収分光法(XAS)、X線磁気円2色性について、それらの原理と、どのような情報が得られるかについて概説している。

第3章では、LaAIO3(100)単結晶基板上に作製したFeドープニ酸化チタン(Fe:TiO2)について磁性、輸送特性の評価を行っている。成膜時酸素分圧(Po2)に応じて常磁性一強磁性転移と金属絶縁体転移が観測されたが、両者の転移境界が一致したこと、ならびに境界のキャリア濃度が磁気ポーラロンモデルによる予想と定量的に一致したことから、Fe:TiO2の室温強磁性は磁気ポーラロンのパーコレーションにより生じると結論している。

第4章では、Nbを共ドープした薄膜の物性について述べている。Nbを共ドープし、キャリア濃度を大幅に高めた試料についても、同じPO2領域で常磁性一強磁性転移を示したことから、Fe:TiO2の強磁性には酸素欠損の存在が不可欠であると結論している。

第5章では、Fe:TiO2を分光手法により評価した結果をまとめている。XPSとFeのL端吸収スペクトル測定から、Po2が低いほどFe2+の割合が増大することを見出し、さらに、X線磁気円2色性測定より、Fe2+のみがFe:Tio2の強磁性を担っていると結論している。一方、Fe3+が咀サイトを置換した場合、電荷中性条件から酸素欠損が1/2個必要であり、Fe3+-酸素欠損-Fe3+構造をとることで、Fe3+イオン間に反強磁性的な超交換相互作用が働くと推論している。

第6章では、Co、Ni、Crをドープした二酸化チタンの磁性、輸送特性、x線吸収スペクトル測定を行っている。Co、Niドープ系でも、Feドープと同様、Po2による常磁性絶縁体一強磁性金属転移を見出している。一方、Crドープの二酸化チタンは、Po2によらず常磁性絶縁体的であるという結果を得ている。

また、Coドープの二酸化チタンについて、X線吸収スペクトルをクラスター計算の結果と比較することにより、強磁性試料ではCo原子の価数が2価であるのに対し、常磁性試料では2価と3価の混合状態にあると決定している。一方、Crドープ系では、Crイオンの価数は常に3価であると結論付けている。

以上の結果から、強磁性試料は金属的伝導を示し、磁性原子の価数は2価であるのに対し、常磁性試料は絶縁体的な輸送特性を示し2価の割合が減少するという一般的な傾向を見出している。磁気ポーラロンモデルでは磁性イオンの価数は考慮されていないことから、2価の磁性原子と酸素欠損のペアが部分的に電子を放出し、磁気ポーラロンを形成するという新しいモデルを提唱している。

第7章は結論と要約である。

以上のように、本論文は、遷移金属ドープ二酸化チタンにおける室温強磁性が、磁気ポーラロンのパーコレーションにより生じることを実験的に明らかにしている。さらに、磁性原子の価数に関する結果を説明するために、2価の磁性原子と酸素欠損のペアが磁気ポーラロンの中心になるとする新たなモデルを提唱している。これらの研究は理学の発展に大きく寄与する成果であり、博士(理学)に値する。なお、本論文は複数の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、及び考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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