No | 126275 | |
著者(漢字) | 谷上,賢瑞 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タニウエ,ケンズイ | |
標題(和) | 大腸がんにおける遺伝子発現異常とアポトーシス抑制 | |
標題(洋) | Aberrant gene expression and apoptosis in colorectal cancer | |
報告番号 | 126275 | |
報告番号 | 甲26275 | |
学位授与日 | 2010.04.26 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5566号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 従来の研究により,転写制御プログラムの異常によって,がんの発生・進行がもたらされることが明らかになり,がん抑制遺伝子である p53 や,がん遺伝子である Myc など,個々転写因子についての詳細な知見が蓄積されてきた.そして,1990年代後半に登場したマイクロアレイ技術により,細胞のがん化の過程で遺伝子発現プロファイルに劇的な変化が生じることが明らかとなってきた.しかし,このような遺伝子発現プロファイルの異常が生じる分子機構やその生理的意義については十分に明らかになっていない.そこで我々は,ヒト大腸がんにおける異常な遺伝子発現の分子機構の解明及びその生理的意義の解明を進めることを目的とした. 【大腸がん発生に関与する転写制御モチーフの同定】 様々なデータベースから,大腸がん発生に関与する転写制御モチーフ群を抽出してくるために次のようなアルゴリズムを考案した.最初のステップで,着目した転写制御モチーフについて全遺伝子のプロモーターデータベースをサーチし,そのモチーフが転写制御を行っているターゲット遺伝子群を予測する.その際,転写因子結合領域の転写制御モチーフは短くまたゲノム中に高頻度に現れるため,擬陽性が非常に多いと考えられる.そこで,転写調節領域は異種間の相同ゲノム領域内で高度に保存された non-coding regionに含まれることが多いという特徴を利用した phylogenetic footprinting 法と呼ばれる方法を用い,擬陽性を取り除いた.次のステップで,得られたターゲット遺伝子群の発現データを発現プロファイルから抽出し,その転写制御モチーフの転写活性能として予測する.本転写制御モチーフ検出アルゴリズムを大腸がん発生メカニズム予測に適用させるために,制御配列,転写制御モチーフ,遺伝子発現データの三つの統合すべきデータを用意した.制御配列として,Ensemblより,転写開始点から上流1000bpの配列をダウンロードした.転写制御モチーフとして,TRANSFAC,JASPARから得られた転写制御モチーフを用意した.また,遺伝子発現データとして,マイクロアレイ実験から得られた大腸がん組織 13種と正常大腸上皮組織 3種に対する遺伝子発現プロファイルを用意した.そこで,各モチーフをプロモーター領域上にもつ遺伝子群と,大腸がんにおいて発現が上昇している遺伝子群とのオーバーラップの度合いに基づいて,大腸がんにおいて転写活性の上昇が見られるモチーフを予測した.この解析により,大腸がんの遺伝子発現異常にETSファミリーが関与していることを示す結果を得た. 【ETS ファミリーとアポトーシス】 ETS ファミリーが大腸がんのどのような生理機能に関与しているのかを調べるために,HCT116 (p53 +/+) 細胞を用いてETSファミリーの発現を抑制したところ,ETSファミリーの一部がアポトーシスに関与していることが明らかとなった.興味深いことに,その中の一つであるEHFの発現は大腸がん組織で亢進しており,その発現を抑制すると,HCT116 (p53 +/+) 細胞では顕著なアポトーシスを起こすが,HCT116 (p53-/-) 細胞では顕著なアポトーシスは起こさないことが明らかとなった.さらに我々は,EHFがp53の発現を抑制する活性をもつことを明らかにした.以上の結果より,大腸がん細胞はEHFを高発現することにより,p53依存的なアポトーシスを回避していると考えられた. 【EHFターゲット遺伝子RUVBL1の同定】 次に,EHFのアポトーシス抑制に重要な標的遺伝子を,マイクロアレイ実験により調べたところ,クロマチンリモデリング複合体の構成因子で,大腸がん細胞で発現亢進していることが知られているRUVBL1が,EHFによって転写活性化されていることを見出した.マイクロアレイの結果を検証するために,HCT116細胞を用いてEHFの阻害実験を行いRUVBL1の発現を確認したところ,EHFの発現抑制によって,RUVBL1の発現が減少することが明らかとなった.また,EHFの発現が見られないHeLa細胞において,EHFを強制発現させると,RUVBL1の発現上昇が見られた.また,大腸がん組織において,RUVBL1の発現が亢進していることが明らかとなった. さらに,luciferase assayにより,RUVBL1のプロモーター上にあるETS binding site (EBS)の同定を試みた.結果,RUVBL1の転写開始点より-342bp (EBS-1),及び-352bp (EBS-2)にあるEBSがEHFによる転写活性化に重要であることが明らかとなった. 最後に,EHFがRUVBL1のプロモーター上に結合するかどうかをChIP法により確認した.結果,EHFがRUVBL1のプロモーター上のEBS-1,EBS-2を含む領域に結合することが明らかとなった. 以上の結果より,EHFは,RUVBL1プロモーター上に存在するEBS-1及びEBS-2に直接結合することによって,RUVBL1の転写を正に制御していることが明らかとなった.また,前述のEHFの発現抑制によるアポトーシス誘導は,RUVBL1を同時に強制発現することにより部分的に抑制されることから,EHFによるアポトーシス回避の機構には標的遺伝子RUVBL1の発現亢進が重要であると考えられた. 【RUVBL1によるp53依存的なアポトーシスへの関与】 RUVBL1がp53依存的なアポトーシスに関与しているかを調べるため,各種大腸がん細胞でRUVBL1の発現を抑制して,アポトーシス細胞の割合を測定した.結果,RUVBL1の発現を抑制することによって,p53変異型大腸がん細胞株であるDLD-1細胞,Caco2細胞では,アポトーシスを起こさなかったが,p53野生型大腸がん細胞株であるRKO細胞,及びHCT116 (+/+) 細胞では,顕著なアポトーシスが確認された.また,RKO細胞株において,RUVBL1及びp53を同時に発現抑制すると,アポトーシス細胞の割合が減少した.また,p53欠失型大腸がん細胞株であるHCT116 (-/-) 細胞では,RUVBL1を発現抑制しても顕著なアポトーシスは確認されなかった. さらに,RUVBL1の発現を抑制すると,p53野生型大腸がん細胞ではp53およびその標的遺伝子PUMA,BAXなどの発現が亢進するがp53変異型大腸がん細胞では,RUVBL1の発現を抑制してもこれらp53標的遺伝子の発現変動は起こさないことが明らかとなった.これらのことより,RUVBL1はp53の発現を抑制することにより,p53を介した大腸がん細胞のアポトーシスを抑制していると考えられる. 【RUVBL1のヒストンH2Bモノユビキチン化を介したp53の発現制御】 RUVBL1の発現抑制によるp53のmRNAレベルでの発現上昇が,RNAの安定化によるものなのか,それとも転写活性化によるものなのかを明らかにするために,actinomycin Dを用いた,RNA安定性実験を行った.結果,RUVBL1の発現を抑制しても,p53のRNA安定性に影響は見られなかった.また,RUVBL1の発現抑制によりp53のタンパク質量に増加が見られる.そこで,RUVBL1の発現抑制がp53のタンパク質の安定化に寄与しているのかを調べるためにcycloheximideを用いたタンパク質安定化実験を行ったが,RUVBL1の発現抑制によるp53のタンパク質安定化は確認できなかった.以上の結果より,RUVBL1の発現を抑制することにより,p53の転写活性化及びp53タンパク質増加を引きおこし,結果アポトーシスを誘導している可能性が示唆された. 次に,RUVBL1によるp53の転写制御が直接行われているのかを調べるために,ChIP assayを用いてRUVBL1のp53プロモーター領域への結合を確認した.結果,RUVBL1は,p53の転写開始点付近を中心として,翻訳領域にかけて結合していることが明らかとなった.また,翻訳領域での結合は,転写開始点から離れるごとに弱くなり,3'UTRでは結合は見られなかった.一方,転写開始点より上流ではRUVBL1の結合は見られなかった.さらに,RUVBL1がp53のプロモーター上でどのようなクロマチン制御を行っているかを調べたところ,RUVBL1の発現を抑制すると,p53の翻訳領域から3'UTRにかけてヒストンH2Bモノユビキチン化が増加することが明らかとなった.また,RUVBL1の発現を阻害することによって,ヒストンH2Bモノユビキチン化酵素であるRNF20/hBRE1が,p53の転写開始点にリクルートされることが明らかとなった.最後に,RUVBL1を発現抑制させて上昇したp53のmRNA量は,RNF20を発現抑制させることによって3割ほどに減少することが明らかとなった.これらの結果より,RUVBL1によるp53の転写制御は,RNF20依存的であることが明らかとなった. 【結論】 本研究では,大腸がん発生時における遺伝子発現プロファイルの異常を引き起こす転写因子であるEHFを同定し,EHFが直接のターゲット遺伝子であるRUVBL1及びその下流に位置するp53の機能を制御することによって,アポトーシスを抑制していることを明らかにした.またRUVBL1が,ヒストンH2Bモノユビキチン化を介してp53の転写制御を行っていることを明らかにし,クロマチンリモデリング因子による新しい転写制御機構の解明に繋がるものと考えられる.本研究で用いたスクリーニング手法により,遺伝子発現プロファイル及び転写制御モチーフから新規のがん発生経路の同定が可能であることが示され,今後のがん研究に活かされるものであると期待できる. | |
審査要旨 | 本論文では、ヒト大腸がんにおける異常な遺伝子発現の分子機構の解明及びその生理的意義の解明を進め、大腸がんにおいてEHF及びそのターゲット遺伝子であるRUVBL1がヒストンH2Bモノユビキチン化を制御することにより、p53依存的なアポトーシスを回避していることを見出した。 1990年代後半に登場したマイクロアレイ技術により、細胞のがん化の過程で遺伝子発現プロファイルに劇的な変化が生じることが明らかとされている。しかし、このような遺伝子発現プロファイルの異常が生じる分子機構やその生理的意義については十分に明らかになっていない。 本論文では、ヒト大腸がんにおける異常な遺伝子発現の分子機構の解明及びその生理的意義の解明を目的としている。まず、大腸がん細胞で高発現している遺伝子群のプロモーター領域に高頻度に存在する転写因子結合モチーフを検索し、一群の遺伝子の発現異常にETSファミリーが関与していることを示す結果を得た。さらに、大腸がん細胞は、ETSファミリーの一員であるEHFを高発現することにより、p53依存性アポトーシスを回避していることを明らかにした。 次に、EHFのアポトーシス抑制に重要なターゲット遺伝子を調べたところ、クロマチンリモデリング複合体の構成因子で、大腸がん細胞で発現亢進していることが知られているRUVBL1が、EHFによって転写活性化されていることが明らかとなった。さらに、RUVBL1の転写開始点より-342bp、-352bpに存在するETS binding siteにEHFが直接結合し、RUVBL1の転写活性化を引き起こしていることが明らかとなった。 RUVBL1の発現を抑制すると、p53野生型大腸がん細胞ではp53およびそのターゲット遺伝子PUMA、BAXなどの発現が亢進し、アポトーシスが起こることを見出した。さらに、p53の発現抑制によってこのアポトーシスは抑制されることが明らかとなった。ー方、p53変異型大腸がん細胞では、RUVBL1の発現を抑制してもターゲット遺伝子の発現変動およびアポトーシスは引き起こされなかった。したがって、RUVBL1はp53の発現を抑制することにより、p53を介した大腸がん細胞のアポトーシスを抑制していると考えられる。またRUVBL1は、p53の転写開始点付近に存在し、ヒストンH2Bモノユビキチン化修飾酵素であるRNF20のp53転写開始点への結合を阻害していることが明らかとなった。さらに、この結合阻害によってRUVBLI1は、ρ53の翻訳領域におけるヒストンH2Bモノユビキチン化を抑制し、結果p53の発現を抑制していることが明らかとなった。 最後に、EHFによるアポトーシス回避の機構にはターゲット遺伝子RUVBL1の発現亢進が部分的に関与していることが明らかとなった。 本論文では、大腸癌発生時における遺伝子発現プロファイルの異常を引き起こす転写因子であるEHFを同定し、EHFが直接のターゲット遺伝子であるRUVBL1及びその下流に位置するp53の機能を制御することによって、apoptosisを抑制していることを明らかにした。またRUVBL1が、RNF20によるヒストンH2Bモノユビキチン化を介してp53の転写制御を行っていることを明らかにし、クロマチンリモデリング因子による新しい転写制御機構の解明に繋がるものと考えられる。また、本論文で用いたスクリーニング手法により、遺伝子発現プロファイル及び転写制御モチーフから新規の癌発生経路の同定が可能であることが示され、極めて重要な研究である。なお、本論文は秋山徹との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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