学位論文要旨



No 126279
著者(漢字) 山中,総一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマナカ,ソウイチロウ
標題(和) 分裂酵母Mmi1タンパク質による減数分裂特異的なmRNA排除機構の解析
標題(洋) Analysis of the Mmi1-dependent selective removal of meiosis-specific mRNAs in fission yeast
報告番号 126279
報告番号 甲26279
学位授与日 2010.05.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5568号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 准教授 菊池,淑子
 東京大学 准教授 程,久美子
 東京大学 准教授 泊,幸秀
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

個体および細胞内における遺伝子発現に関する知見は分子生物学の根幹をなすものの一つであり、その黎明期から多くの研究者がこの問題に取り組んできた。遺伝子発現の結果、産生されたタンパク質は、化学反応を促進させる酵素としての働きや、生物を形作る構造としての働きなど、生体内において必要不可欠の多種多様な役割を担っている。個々のタンパク質の量はそれが関与する生命現象と密接に関係し、厳密な制御を受けている。タンパク質が合成される速度は、主にそのタンパク質をコードするmRNAの量によって決まり、また、mRNAの量はそれが転写される割合と分解される割合によって規定される。よって、mRNAの安定性は遺伝子発現制御において非常に重要なパラメーターの一つである。実際、これまでの研究によりmRNAの安定性を制御する機構が多数明らかにされており、生命現象におけるそれら制御機構の重要性は広く認識されている。

本研究で用いた分裂酵母は通常1倍体単細胞で安定に存在し、体細胞分裂を繰り返すことで増殖する。培地中の栄養源、特に窒素源が枯渇すると、相異なる接合型を持つ個体同士が接合して2倍体化し、減数分裂過程に進行する。減数分裂の結果できた4つの胞子は、外界の栄養条件が増殖に適したものとなると発芽し、新たな個体となる。RNA結合タンパク質であるMei2は、その活性化型アリルを栄養増殖期の細胞に発現させると、1倍体からでも強制的に減数分裂過程に誘導できることから、減数分裂開始を制御する主要な因子と考えられている。このMei2をはじめ、減数分裂期にのみ働く多くの因子は、発現時期が精密にコントロールされており、その発現制御は転写因子の働きによって説明される場合が少なくなかった。

しかし、近年になって、減数分裂期に発現する種々の遺伝子のmRNAが、栄養増殖期において核内で積極的に排除されるというシステムが発見された。Mmi1は、この減数分裂特異的mRNAの排除機構に必須な因子として単離された。Mmi1による発現制御を受けるものには、減数分裂期にのみ発現し減数第一分裂での還元分裂を可能にするコヒーシンサブユニットのRec8や、減数分裂の進行に必須な転写因子であるMei4など、減数分裂期に非常に重要な働きを持つタンパク質をコードする遺伝子が種々含まれている。Mmi1によって細胞内から排除されるmRNA群は全て、機能的にその領域が定められたDSR(Determinat of Selective Removal)という配列を有しており、Mmi1はDSR配列に対して高い親和性を持つRNA結合タンパク質である(以降、DSR配列を持つ減数分裂特異的mRNAのことをDSR-RNAと略す)。Mmi1を欠失させた株は野生株に比べて著しい生育阻害が観察され、Mmi1の機能が低下したアリルを持つ株やMmi1の温度感受性株(以下、Mmi1-tsと示す)では、栄養増殖期でもDSR-RNAが異所的に発現する。Mmi1はYTHドメインという保存されたRNA結合ドメインを持ち、標的となるmRNA中のDSR領域と直接結合するが、Mmi1中にリボヌクレアーゼドメインといったRNAの排除を実際に担うような明確なドメインは現在のところ見出されておらず、DSR-RNAの排除を実際に行うような因子は他に存在すると考えられる。そこで、私はMmi1と協調してRNAを排除するような因子を探るツー八イブリッドスクリーニングを行うことから研究を開始し、その結果種々のポリA鎖に関与する因子が単離された。

単離された因子の内の一つはRna15と呼ばれるもので、ポリA付加複合体のサブユニットの一つである。このポリA付加複合体はほぼ全てのmRNAの3'UTRのターミネーター内に存在するポリA付加シグナルをもとに、切断点の認識、切断、ポリA付加および転写終結の役割を担う。2種の内、残りの一つはPab2というポリA結合タンパク質である。

また、研究をとおしてエキソソームと呼ばれる、種間でよく保存されたリボヌクレアーゼ複合体が今回のmRNA排除機構に関与していることが明らかになってきた。エキソソームは核にも細胞質にも存在するが、その構成因子に若干の違いがあることが知られている。エキソソームのサブユニットの内、核内特異的と考えられているrrp6を欠失した細胞は著しい生育遅延を示した。いっぽう、細胞質にも核にも存在するサブユニットと考えられているdis3を欠失した細胞は致死であった。そこで、πρ6,dls3に関して温度感受性株(以下、それぞれrrp6-ts,dis3-tsと記す)を単離した。これらの温度感受性株を制限温度下で培養すると、Mmi1の標的となるDSR-RNAが蓄積することが確認された。また、エキソソームの変異体において蓄積するRNAは、Mmi1-tsにおいて蓄積するRNAよりも分子量が大きい。この長さの違いは、ポリA鎖の長さの違いであることがわかり、エキソソームの変異体において蓄積するmRNAの保持する異常に伸長したポリA鎖は、ポリA付加複合体のサブユニットの中で唯一のポリA付加酵素と考えられているPla1の働きによるものであることがわかった。

ポリA付加複合体サブユニットのRna15とPla1は生育に必須であり、これらに関して温度感受性株を単離した(以下、ma15-ts,pla1-tsと示す)。また、ポリA結合タンパク質であるPab2を欠失した細胞(以下、pab2△と示す)は生育可能であった。制限温度で生育させたma15-tsとpla1-ts細胞、およびρab2△細胞においてDSR-RNAの部分的な蓄積が観察された。このことから、ポリA付加複合体およびPab2はDSR-RNAの排除に必要であることが示された。

DSR-RNAの排除におけるポリA鎖の重要性をさらに検証するためにsnRNAの夕ーミネーターを用いた。snRNAの夕ーミネーターはRNAポリメラーゼIIによって転写を受けるのにもかかわらず、mRNAの夕ーミネーターとは異なりポリA鎖が付加されない。DSR-RNAの夕ーミネーターをsnRNAのターミネーターで置換したとこる、転写されたRNAはDSR配列を持つにもかかわらず細胞内から排除されずに蓄積することが見られた。さらに、snRNAの夕ーミネーターをもつDSR-RNAに対してポリA鎖をシス配列として挿入したところ、再び排除されるようになった。ポリA鎖の代わりにポリT鎖を挿入してもDSR-RNAが排除されないことから、ポリA鎖がMmi1による減数分裂特異的mRNAの排除に不可欠の働きをもつことが示された。

次に、Mmi1の栄養増殖期における細胞内局在を蛍光ラベルにより解析を試みた。Mmi1は核内において複数のドット状に観察される。同様に、Rrp6、Dis3、Pla1、Pab2も核内において複数のドット構造を形成することが見られた。これらのドットはMmi1の示すドットと高い共局在性を示した。また、DSR-RNAに特異的なシス配列を導入して非分解型にし、RNAの局在を観察すると、核内でドット構造を形成した。これらのドットはRrp6、Pla1、Pab2の示す核内ドットとよい共局在性を示した。非分解型でないDSR-RNAをエキソソーム変異体において発現させた場合も核内でドット構造を作ることが観察された。このことから、核内でMmi1の示す複数のドット構造が、DSR-RNAの排除などのRNA代謝を担う可能性が考えられる。

ポリA鎖を介したmRNA分解機構は、原核生物で広く知られている。原核生物のmRNAはポリA鎖を持たず、代わりにステムループ構造を持つことでその安定性を獲得している。mRNAが分解される際には3'末端にポリA鎖が付加され、mRNAの分解機構は付加されたポリA鎖を足がかりにしてRNAを分解すると考えられている。このように、原核生物におけるポリA鎖は主にRNA分解に寄与するのに対して、真核生物におけるポリA鎖はRNAの安定化、細胞質への輸送や翻訳の促進に寄与する。しかし近年、真核生物のポリA鎖も分解に寄与するという報告が複数の研究室によってなされ、TRAMP(Trf4/5-Air1/2-Mtr4polyadenylation)複合体は分解を誘導することに特化したポリA付加複合体である。本研究で解析したDSR-RNAの分解にTRAMP複合体が関与する可能性は低く、そのかわりに一般的なmRNAの3'端の成熟を担うポリA付加複合体が深く関与していることがわかってきた。

エキソソームは、その構造の類似性から、タンパク質の分解機構であるプロテアソームとしばしば機能的な比較がなされる。広く知られているように、プロテアソームによる分解の引き金として標的タンパク質のユビキチン化が挙げられるが、エキソソームによる分解の活性化因子に関しては未解明な部分が多い。Mmi1やポリA鎖はエキソソームの活性化因子とも考えられ、エキソソームの分解特異性に関する重要な発見である。

出芽酵母や培養細胞において研究が進んでいるP-bodyは細胞質において複数のドットとして観察され、種々のRNA代謝を担うことがこれまでに示されている。本研究において見出した特徴的なドット状の構造体はP-bodyとは異なり核内に形成される。分裂酵母の核内においてRNA代謝を担う各種のタンパク質や、さらには非分解型DSR-RNAが特異的な領域に凝集するという結果は、現在までにほとんど報告されたことのない知見であり、今後のさらなる解析が待たれる。

審査要旨 要旨を表示する

遺伝子発現に関する知見は分子生物学の根幹をなすものの一つである。遺伝子発現の結果産生されたタンパク質は、生体内において必要不可欠の多種多様な役割を担っている。個々のタンパク質の量はそれが関与する生命現象と密接に関係し、厳密な制御を受けている。タンパク質が合成される速度はmRNAの量に依存し、mRNAの量はそれが転写される割合と分解される割合によって規定される。よって、mRNAの安定性は遺伝子発現制御において非常に重要なパラメーターの一つであり、生命現象におけるその制御の重要性は広く認識されている。

学位申請者が本研究で用いた分裂酵母は、減数分裂を研究するのに有用なモデル生物の一つで、減数分裂期にのみ必要とされる多くの因子は発現時期が精密にコントロールされている。その発現制御は転写因子の働きによって説明される場合が少なくない。しかし近年、分裂酵母において、減数分裂期に発現する種々の遺伝子のmRNAが栄養増殖期に核内で選択的に排除されていることが発見された。Mmi1はこの減数分裂特異的mRNAの除去機構に必須な因子として単離されたRNA結合タンパク質である。Mmi1によって排除されるmRNA群はDSR(Determinant of Selective Removal)という配列を有しており、Mmi1はDSR配列に対して高い親和性を持つ。Mmi1を欠失した株は野生株に比べて著しい生育阻害が観察され、mmi1の温度感難株(mmi1-ts)を高温におくと、栄養増殖期でもDSR-mRNAが異所的に発現することが示されていた。

学位申請者は本研究において、Mmi1がいかに標的のRNAを排除に導いているかに関する解析を行った。解析の結果、エキソソームと呼ばれる、種間で保存されたリボヌクレアーゼ複合体がDSR-mRNA分解に関与していることが明らかとなった。エキソソームの構成因子のうち、生育に必須なRrp6とDis3に関して温度感受性株を単離した。これらの温度感受性株を制限温度下で培養するとDSR-mRNAが蓄積し、そこで蓄積したRNAはmmi1-ts内で蓄積するRNAよりも分子量が大きく、この分子量の違いはポリA鎖に由来するものであった。また、このポリA鎖の付加は、ポリA付加複合体を構成するポリA付加酵素であるPla1の働きに依存した。さらに、ポリA付加複合体サブユニットのRna15とPla1のそれぞれの変異体において、DSR-mRNAの部分的な蓄積が観察された。このことから、ポリA付加複合体の働きがDSR-mRNAの排除に必要であることが示された。

DSR-mRNAの排除におけるポリA鎖の重要性を検証するために、ポリA鎖の付加なしに転写を終結させたところ、転写されたRNAはDSR配列を持っていても細胞内から排除されずに蓄積した。さらに、このRNAにポリA配列を埋め込んでおくと、再び排除が起こった。このことからポリA鎖がMmi1による減数分裂特異的mRNAの排除に不可欠の働きをもつことが示された。

学位申請者はさらに、Mmi1の栄養増殖期における細胞内局在の解析を行った。Mmi1は核内において複数のドット状に観察される。Rrp6、Dis3、Pla1も核内において複数のドット構造を形成し、これらのドットはMmi1の示すドットと共局在していることが明らかとなった。核内でMmi1の示す複数のドット構造が、DSR-mRNAの排除等のRNA代謝を担っている可能性が考えられた。

原核生物ではポリA鎖は主にRNA分解に寄与するのに対して、真核生物のポリA鎖はRNAの安定化に寄与する。しかし近年、真核生物のポリA鎖も分解に寄与しうるという報告がなされ、それには分解を誘導することに特化したポリA付加複合体であるTRAMP複合体が働いている。本研究では、TRAMP複合体ではなく、mRNAの31端の成熟を担う一般的なポリA付加複合体がRNA分解に関与しうることを示した点に大きな新奇性が認められる。

以上、山中総一郎は本研究において、分裂酵母にみられる減数分裂特異的mRNAの選択的除去機構を解析し、核内エキソソームが分解の主体であり、また標的mRNAへのポリA鎖付加が重要な役割を果たすことを明らかにした。これらの研究成果は、細胞の遺伝子発現制御にこれまで知られていなかった機構の存在を指し示すものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は山下朗、張ヶ谷有里子、岩田遼、田中祐嗣、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、山中総一郎に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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