学位論文要旨



No 126291
著者(漢字) 藤岡,郁也
著者(英字)
著者(カナ) フジオカ,イクヤ
標題(和) 犬のタイトジャンクション関連タンパク質クローディンに関する研究
標題(洋)
報告番号 126291
報告番号 甲26291
学位授与日 2010.06.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3606号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 准教授 松木,直章
内容要旨 要旨を表示する

タイトジャンクション(TJ)は上皮組織において隣り合った細胞の細胞膜を強固に連続的につなぎ合わせる構造である。TJにより細胞間隙と細胞の自由表面は分断され、細胞間隙における溶質移動が制限されることとなり、上皮バリアシステムが構築される。TJはクローディン(CL)やオクルディン(Oc)といった膜貫通タンパク質とZO-1、ZO-2、ZO-3といった膜タンパク質から構成されている。このうちCLファミリー分子はヒトやマウスで様々な上皮系の組織に発現が確認され、また組織によって異なる発現パターンを示している。また、CL同士の結合の組み合わせによってTJの強度や選択的な物質の透過性を調節していると考えられている。近年、TJと遺伝性疾患との関連が明らかにされ、ヒトCL-16分子異常で尿細管におけるMg 2+の再吸収低下が、黒毛和種牛でCL-16完全欠損による腎尿細管形成不全が報告されている。また、CL-1ノックアウトマウスでは、皮膚バリアシステムの破綻により体内の水分保持が出来なくなり斃死する。さらにアトピー性皮膚炎ではCL-1の発現が低下しており、TJの破綻が各種皮膚疾患の病態を左右する重要な因子であると推測されている。

そこで本研究では、TJ構成分子のうちCLファミリーに注目し、まず第一章では犬のCLファミリー遺伝子の同定、および各臓器における発現について検討した。ついで第二章では犬株化ケラチノサイトを三次元培養し、培養皮膚組織におけるCLファミリー分子の発現を免疫染色で検討した。さらに第三章では、CL-1をノックダウンした培養皮膚組織を作成し、皮膚バリアシステムにおけるCL-1の機能を検討した。

第一章 犬におけるCL遺伝子/蛋白の同定

健康犬の組織サンプルを用い、CL-1、-2、-3、-4、-5、-6、-7、-8、-9、-10b2、-11、-12、-14、-15、-17、-18、-19の遺伝子配列およびCL蛋白の発現について検討した。またOcについてもあわせて検討した。

1) cDNAのクローニングとその塩基配列

CL-1(腎臓髄質)、-2(腎臓皮質)、-3(肝臓)、-4(腎臓髄質)、-5(肝臓、肺)、-6(肝臓)、-7(腎臓髄質)、-8(腎臓皮質)、-10b2((腎臓皮質)、-12((腎臓皮質)、-14(肝臓)、-17(小腸)、-18(肺)ならびにOc(肝臓)についてcDNAのクローニングを実施したところ、CL-1、-3、-17は全てのクローンの塩基配列がGenebankに登録されている予想配列と一致した。CL-2、-4、-12では一部のクローンで塩基配列の置換が認められたが、アミノ酸配列の置換はなかった。CL-5は予想配列にイントロン1(245塩基)が挿入されたクローンが得られた。CL-6、-8、-14、-18にはアミノ酸残基の置換を伴う塩基置換が認められた。CL-7は全てのクローンで予想配列から18塩基が欠損していた。またCL-10b2では2塩基置換、57塩基欠損、219塩基欠損のクローンが得られた。

2) 各組織におけるCL分子の発現

ウエスタンブロットで、CL-1は腎臓皮質、腎臓髄質、肝臓、肺、小腸、脾臓と皮膚に発現が認められ、とくに皮膚における発現が顕著であった。CL-2は腎臓皮質、腎臓髄質、肝臓、小腸、大腸、CL-3は腎臓皮質、腎臓髄質、肝臓、小腸、大腸、皮膚に発現が認められた。CL-4は腎臓髄質、肺、脾臓、皮膚に、CL-8は腎臓皮質、腎臓髄質、肝臓、肺、小腸、脾臓に発現が認められた。またOcは腎臓皮質、腎臓髄質、肝臓、肺、小腸、大腸、脾臓、皮膚に発現が認められた。

以上の結果、犬のCLファミリーの13分子の遺伝子が同定でき、皮膚にはCL-1、CL-3、CL-4、Ocの発現が確認されたが、CL-1の発現の著しいことが明らかとなった。

第二章 培養皮膚組織の作成およびCL分子の局在

三次元培養法で培養皮膚組織を作成し、CLの局在を正常皮膚組織と比較検討した。また合わせてOcの局在も検討した。

1) 培養皮膚組織の作成および組織構築

犬株化ケラチノサイト(CPEK細胞)を三次元培養し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った。単層であったCPEK細胞は培養8日目で数層の細胞シートを形成した。培養8日目以降半気相培養条件とし14日目では、基底層、有棘層の形成および2-3層の錯角化層の形成が認められた。培養21日目ではさらに錯角化層の重層化(5-7層)が認められ犬の皮膚構造と同様の構造を形成した。

2) CL分子の局在

CL-1, -2, -3, -4, -8およびOcの局在を免疫染色により培養皮膚組織と犬正常皮膚組織で比較検討した。CL-1は培養早期の単層時では非常に弱い発現しか認められなかったが、培養8日目の培養皮膚組織においては細胞間に発現が認められ、培養14日目、21日目では基底層に弱い発現が、有棘層、顆粒層で強い発現が認められた。CL-2は培養8日目には細胞間での発現が、培養14日目には基底層と有棘層の境界から顆粒層にかけて斑状に発現が見られた。CL-3はいずれの時点でも発現が認められなかった。CL-4は培養8日目では発現は認められなかったが、培養14日目、21日目では顆粒層に発現が認められた。CL-8は培養8日目には細胞間で発現が認められ、14日目、21日目では基底層では斑状に、有棘層と顆粒層には層状に強い発現が認められた。またOcは培養8日目には発現は認められなかったが14日目、21日目では顆粒層で発現が認められた。一方、対照とした正常犬皮膚組織においてもCL-1, -2, -3, -4, -8, Oc分子の局在は、培養14日以降の培養皮膚組織と同様であった。

以上の結果、培養14日目以降の錯角化層まで構築された培養皮膚組織におけるCL-1, -2, -3, -4, -8の発現、局在は正常皮膚組織の局在と一致しており、とくにCL-1は有棘層、顆粒層に強く発現していることが明らかとなった。また三次元皮膚培養組織はin vitroにおける皮膚バリア機構の評価に有用なモデルと考えられた。

第三章 CL-1ノックダウンの培養皮膚組織におけるバリア機能

マイクロRNAiシステムを用いCL-1をノックダウンしたCPEK細胞の三次元培養皮膚組織(miR-CL1)におけるCL分子の発現をウエスタンブロットならびに免疫染色で検討した。またバリア機能については傍細胞間の電気的なバリア機能の指標として一般的に用いられているTransepithelial electrical resistance(TER)と非極性物質であるデキストラン(MW: 4 kD)の透過性について検討した。対照としてはCL-1をノックダウンする際に用いたvectorのみを導入したCPEK細胞の三次元培養皮膚組織(miR-Ct)を用いた。

1) CL分子の発現

培養8日目、14日目、21日目のmiR-CL1について、CL-1、-2、-3、-4、-8、Oc分子の発現をウエスタンブロットのデンシトメトリー解析ならびに免疫染色で検討した。CL-1は培養8日目、14日目、21日目に発現が認められたが、対照とした miR-Ctにおける発現に比較して明らかに低下していた(miR-CL1/ miR-Ct比:8日目= 0.35、14日目= 0.19、21日目= 0.10)していた。CL-2は培養8日目、14日目、21日目のmiR-CL1、miR-Ctのいずれにも発現しており、その発現に差は認められなかった。CL-3は培養8日目で共に発現が認められたが、14日目と21日目では発現は確認できなかった。CL-4は培養8日目、14日目で両者に発現を認めたが、8日目のmiR-CL1の発現は対照としたmiR-Ctと比較して高かった(miR-CL1/miR-Ct比:2.22)。CL-8の発現は両者共に確認できなかった。

2) Transepithelial electrical resistance:TER測定

皮膚組織培養4日目、8日目、14日目、21日目のmiR-CL1についてTERを測定した。また単層培養時のmiR-CL-1についても検討した。なお単層培養時の比較対照として犬腎株化細胞(MDCK細胞)を同様の方法でCL-1をノックダウンしたMDCK miR-CL1とベクターのみを導入したMDCK miR-Ctについても検討した。培養4日目、8日目、14日目、21日目のmiR-CL1とmiR-CtのTERに有意な差は認められなかった。一方、単層培養時のmiR-CL1ならびにmiR-Ctについても差は観察されなかったが、MDCK mRi-CL1(16.83±6.66 Ω/cm3)はMDCK mRi-Ct(493.7±1.818 Ω/cm3)と比較して有意な低値を示した(P < 0.0001)。

3) dextranの透過性

三次元培養8日目のmiR-CL1のdextranの透過性を検討したところ、miR-Ctと差は認められなかった。また単層培養時においても両者に差は認められなかった。単層培養時のMDCK miR-CL1とMDCK miR-Ctにおいても両者に差は認められなかった。

以上の結果、培養皮膚組織においてはCL-1は電気的なバリア機能ならびに非極性の溶質の透過性には影響しないと考えられた。また単層培養ではCL-1はMDCK細胞については電気的なバリア機能に関与するものの、CPEK細胞では関与していないと考えられた。

以上のことから、犬のCLファミリー分子は組織によって様々な発現パターンを持ち、CL-1は特に皮膚の有棘層に強く発現することが明らかとなった。また、三次元培養皮膚組織はin vitroにおける皮膚バリア機構の評価に有用なモデルと考えられた。さらにCL-1ノックダウンで犬腎株化細胞の単層培養で電気抵抗が有意に低下するのに対し、皮膚ケラチノサイトでは影響がないことから、CL-1は少なくとも皮膚の電気的バリアー機能には関与していないことが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

タイトジャンクション(TJ:密着結合)は、細胞間を結合する細胞間接着構造の一つで、隣接する細胞の細胞膜をジッパーのように強固に連続的につなぎ合わせる特徴的な構造を示す。クローディン(CL)はTJの形成ならびにそのバリア機能に関連する最も重要なTJ構成タンパク質で、CLファミリー分子はヒトやマウスの様々な上皮系の組織に発現が確認され、また組織によって異なる発現パターンを示す。TJの結合強度ならびにバリア機能は発現するCLのサブタイプ、その発現量と比などによって決定され、各組織特有のバリア機能を構築すると考えられている。とくに、外部環境と直接的に接している皮膚におけるバリア機能は生体防御あるいは環境適応と密接に関連する。本論文は犬における皮膚のTJの構成タンパク質分子であるCLについて検討したもので、緒論と総括を除いた以下の三章で構成されている。

第一章では、CL遺伝子の同定とアミノ酸解析ならびにタンパク分子の同定を行なっている。すなわち、犬の皮膚TJを構成するCL遺伝子を同定し、CL1、CL2、CL3、CL4、CL8について、Western Blotで犬の主要臓器における発現を検討した結果、犬の皮膚ではCL1、CL4の発現は認められるものの、CL2、CL3ならびにCL8は認められなかった。また、皮膚組織内の局在では、CL1は、基底層に弱い発現が、有棘層、顆粒層では強い発現が認められ、角化層に発現は認められなかった。CL2は基底層では有棘層との境界部で斑状に発現が、有棘層、顆粒層では強い発現が認められ、角化層に発現は認められなかった。CL4は顆粒層のみに発現が認められ、CL8は基底層、有棘層、顆粒層に発現が認められた。また、CL3の発現は認められなかった。ヒトの皮膚における発現では、CL1は基底層、有棘層と顆粒層に、CL4は顆粒層に、CL7は基底層、有棘層と顆粒層に発現していると報告されており、動物種によって皮膚におけるCLの発現パターンが異なっているものと推測された。またアレルギー性皮膚炎の皮膚について検討したところ、基底層ならびに有棘層におけるCL1の発現が低下していたが、CL4の発現には変化は認められなかった。したがって、犬の皮膚においてはTJ構成タンパク質のうちCL1が重要と考えられた。

第二章では、犬の皮膚バリア機能を評価するため、犬由来株化ケラチノサイトを三次元培養し、in vitro モデルとして培養皮膚組織を作製し、TJ関連タンパク質であるCL1、CL2、CL3、CL4、CL8の局在について検討している。作製した三次元培養皮膚組織の形態は、単層であったCPEK細胞は培養8日目で数層の細胞シートを形成し、14日目では、基底層、有棘層の形成および2-3層の錯角化層の形成が認められた。培養21日目ではさらに錯角化層の重層化(5-7層)が認められた。また参考にした培養30日目では顆粒層にはケラトヒアリン顆粒が、有棘層には有棘細胞が認められ、角化層が厚いものの皮膚上皮組織を構築した。培養皮膚組織おけるCL分子の局在では、CL-1は培養早期の単層時では非常に弱い発現しか認められなかったが、培養8日目の培養皮膚組織においては細胞間に発現が認められ、培養14日目、21日目では基底層に弱い発現が、有棘層、顆粒層で強い発現が認められた。CL2は培養8日目では細胞間に斑状に、培養14日有棘層細胞間と顆粒層に、培養21日目には顆粒層と顆粒層に強い発現が認められた。CL-3はいずれの時点でも発現が認められなかった。CL-4は培養8日目では発現は認められなかったが、培養14日目、21日目では顆粒層にのみ発現が認められた。CL8は培養8日目では発現が認められなかったが、培養14日目、21日目では有棘層細胞間に発現が認められた。なお、あわせて検討したオクルディン(Oc)は培養14日目、21日目の顆粒層にのみ発現が認められた。これらCLの局在は、正常犬皮膚組織におけるそれぞれの発現とほぼ一致した。したがって、CPEK細胞を分化させ作製した皮膚培養組織は、TJを介した皮膚バリア機能の評価に適しており、in vitro モデルとして有用であると考えられた。

第三章では、CL1ノックダウンの培養皮膚組織におけるバリア機能を検討している。すなわち、CL1ノックダウン培養皮膚(miR-CL1)におけるCL1の発現をWestern Blotで検討した結果、培養8日目、14日目、21日目のいずれの時点においても対照(ベクターのみを導入したCPEK細胞による培養皮膚:miR-cont)に比較して、発現が低下していた。miR-CL1培養皮膚のCL1発現量をmiR-cont 培養皮膚のCL1の発現量との比で表すと、培養8日目は0.35、培養14日目は0.19、培養21日目は0.10と、培養日数が増すとともに減少し、RNA干渉により、CL1の発現量が抑制できたと考えられた。一方、miR-CL1培養皮膚におけるCLの局在では、CL1は培養8日目には細胞間に、培養14日目、21日目では全層(基底層、有棘層、顆粒層)に発現が認められたが、その発現はmiR-cont培養皮膚のそれと比較して弱いもので、とくに有棘層で著しかった。CL4は培養8日目ではいずれの培養皮膚にも発現が認められなかったが、培養14日目、21日目には基底層、有棘層、顆粒層の全層に発現が認められ、miR-cont 培養皮膚ならびに健康犬皮膚では顆粒層に限定して発現するのに対し、異なった局在を示した。また、Ocは培養21日目のmiR-cont培養皮膚ならびに健康犬皮膚では顆粒層に限局して発現するのに対し、miR-CL培養皮膚では全層に発現していた。また、miR-CL培養皮膚の皮膚バリア機能はカルシウムイオンの透過性では細胞内から細胞外への透過性が低下する傾向が、低分子物質では細胞外から細胞内への透過性の増加する傾向が、経上皮電気抵抗(TER)ではやや低下する傾向が窺われたが、いずれも有意なものでは無かった。したがって、犬ケラチノサイトを用いてCL1ノックダウン培養皮膚を作製することが出来、またバリア機能を評価することが可能であった。また、CL分子の局在、Ocの局在の変化から考えると、CL1は皮膚バリア機能に関連すると考えられた。

このように、本論文はこれまで明らかでなかった皮膚TJを構成するCLの局在を明らかにし、またin vitroモデルとして有用な犬ケラチノサイトを用いた培養皮膚組織を作製するとともにCL1ノックダウン培養皮膚の検討で犬の皮膚バリア機能にはCL1が関与することを明らかにしたものである。その内容は、獣医学の学術上貢献するものであり、よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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