学位論文要旨



No 126296
著者(漢字) 後藤,純
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ジュン
標題(和) 協働のまちづくり事業制度の課題と可能性 : 市民社会組織の成熟にむけて
標題(洋)
報告番号 126296
報告番号 甲26296
学位授与日 2010.06.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7327号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 窪田,亜矢
内容要旨 要旨を表示する

我が国では超高齢社会を目前にして、行政が単独で多様化する市民ニーズに応えていくことはもはや不可能であり、市民社会組織と協調的に事業を実施しニーズに応えていくことが重要である。既に行政の正規事業において市民社会組織が介護保険事業等で安定したサービス提供の一翼を担っている。他方、独居老人の見守り活動や高齢者の生きがいづくりでは、住民の自由な発意と工夫により、様々なサービスを提供している。近年、これら市民社会組織が地域社会の中において主導的に課題解決に取り組む事業(まちづくり事業)を支援する制度(協働のまちづくり事業制度と定義する)が地方自治体で整備されている。本研究の目的は、協働のまちづくり事業制度を対象に、制度形式及び運用実態を分析して、その成果と課題を明らかにし、これをふまえて協働のまちづくり事業制度の適切な整備が、行政と市民社会組織が相補関係を築き、質の高い公共サービスや地域課題の解決を効果的に進められるようになる可能性と、また市民に対して質の高いサービスを効率的に提供することのできる市民社会組織を育成する可能性について論じることである。

第1章では、協働のまちづくり事業に関して従来指摘されてきた問題点を整理し、本研究の着眼点と類型別の分析の視点を設定した。本テーマについては政学、行政法学、市民社会論など、分野毎に研究が行われ、個別の課題が指摘されてきた。本研究ではこれらの指摘を総合的に捉え、仮説として、本制度が機能するための条件を設定し、これを本研究の着眼点とした。協働のまちづくり事業制度は、(1)公共政策としての合理性を確保し、同時に(2) 市民社会組織の自由な発意とその実現を保障して、さらに(3)制度と並行した市民社会組織の主体形成にも配慮するという、3点である。この3点を同時に論じることが協働のまちづくり事業制度で指摘される複雑な問題を明快かつ詳細に分析することが可能になると考えている。なお本論文では、さらに詳しく分析すべく協働のまちづくり事業制度を、活動助成方式、事業委託方式、事業提案方式に分けて、方式毎に分析の視点を設けた。

第2章では、協働のまちづくり事業制度の全国的な普及状況と概要を把握した。全国の806自治体(及び特別区)に送付し、回収率は61.9%である。本調査では協働のまちづくり事業制度を導入している自治体は、51.3%であった。活動助成方式62.5%、事業提案方式37.5%、事業委託方式0.9%が取り組まれている。1事業あたりの予算は、活動助成方式54.4万円、事業提案方式112.3万円、事業委託方式77.7万円となっている。また本制度を導入した自治体の67.1%は、協働のまちづくり事業制度を導入する目的を担い手の育成支援や協働の環境整備など制度揺籃期と設定していた。制度導入成果は、市民社会組織の自律性が高まってきたことであり、一方課題としては事後評価に関する課題や具体的な成果が見えないなど、公共政策として実施した事業の成果に関する課題が指摘されていることが分かった。また制度の活用が進まないという共通の課題が明らかになった。本章では上記を踏まえ、ケーススタディを行うにあたり、全国で概ね共通して整備が進んでいる次の7つの仕組みに着目した。((1)制度規定における提案の自由度、(2)提案内容の評価、(3)透明な審査の運営、情報の公開、(4)契約、協定の締結、(5)事業企画立案支援、(6)事業実施支援、(7)継続的な事業化への仕組みである。)

第3章は、活動助成方式のケーススタディとして東京都練馬区のまちづくり活動助成制度の研究を行った。活動助成方式は補助金行政と異なり、市民社会組織の自由かつ多様な発意の可能性を支援する仕組みであるが、他方アドホックな資金提供の仕組みでもある。既往研究では次の3点が課題として挙げられている。(1)活動助成が市民社会組織への単なる資金提供策と見なされ主体形成に寄与していないこと。(2)近年自治体財政の悪化の中で市民社会組織の自由な活動に対して助成する意義が問われ始めていること。(3)アドホックな資金提供策である活動助成に、持続的な活動展開の支援という過度な期待が寄せられていることである。

本章ではこれら課題に取り組む自治体として、練馬区の活動助成制度を典型事例として取り上げた。その理由は、他の自治体と比較して市民社会組織の主体形成に力点を置いた制度及び運用をしているためである。本章では練馬区の活動助成制度を対象に、(1)市民社会組織の自由かつ多様な発意に対して、如何にして公共政策としての合理性を確保するのか、(2)市民社会組織の自由な提案と既存の行政施策との整合性を如何に図るのか、そして(3)「活動助成」と並行して実施する主体形成支援の工夫とその効果について論じている。

第4章は、事業委託方式のケーススタディとして千葉県我孫子市の提案型公共サービスの民営化制度の研究を行った。事業委託方式は、行政が組み立てた仕様書を基礎に市民社会組織がプロポーザルを行い事業委託とすることで、サービスの質が向上しかつ効率化を図ることがねらいである。既往研究で指摘されている事業委託の問題は、(1)行政の恣意的な裁量判断で委託先や金額などが決められること。(2)公共サービスの民営化はコスト削減の議論が先行しやすくサービスの質が実際には向上しないこと。(3)事業委託は公共政策として一定の成果が要求されるため、行政は委託先を仕様書や監督により管理する必要があることである。特に管理という視点が強過ぎれば市民社会組織の自由な発意は損なわれ、例えば安上がりな下請け問題と指摘されるこれになる。

本制度は千葉県我孫子市の事業委託制度を対象に、(1)公共サービスの質の向上を如何なる方法によって実施し、公共サービスの質の向上に関する議論をどのように進めているのか、(2)他方、本制度において、如何なる工夫で、公共政策としての合理性を確保しつつ市民社会組織の自由な発意を受け止めているのかを明らかにする。また本制度では、市民社会組織の育成支援という観点を意図的に排除している。その結果として、(3)市民活動先進地として名高い我孫子市において、如何なる影響が生じているのか検討した。

第5章は事業提案方式のケーススタディとして神奈川県大和市の協働事業制度をとり上げた。事業提案方式のねらいは、市民社会組織の自由な発意からなる企画をもとに、行政との試行的な事業実施を経て、行政の正規事業を創造することである。本制度を導入した背景には、価値多元社会において、小規模かつ多様に細分化された住民のニーズに対して、市民社会組織が先んじてニーズに対応していくことという期待が込められている。本章では先駆的かつ全国のモデルとなった制度として、大和市の事業提案制度を分析の対象に、(1)市民社会組織の提案を正規業化し随意契約で実施するための公共政策としての合理性を如何にして確保しようとしているのか。また(2)市民社会組織の自由な発意とその実現を保障するために、如何なる仕組みを整備し、またそれらの果たす機能について明らかにする。また大和市の事業提案制度は、市民主導の第三者組織を設置し、制度と並行して事業企画を立案支援する仕組みがある。(3)この支援制度の意義と効果について論じている。

結章では、これら典型事例を比較分析し協働のまちづくり事業制度の課題と可能性について論じた。まず結章第1節では協働のまちづくり事業制度の特徴について論じた。いずれの制度においても市民社会組織の発意によって様々な事業が取り組まれ、少なからず成果を生んでいる。例えば活動助成方式では、地域の共同性の回復を目指す活動やテーマ団体による相互学習を行う活動などが採用されている。事業委託方式は、事業ノウハウや実施体制の整った団体が主体であり、行政が設定する条件内ではコスト削減と質の向上が図られている。ただし福祉サービス提供といった他組織と競合するような事業は受託すには高度なノウハウと実施体制必要となるため、採用された3件はすべて講座企画であった。事業提案方式は自由な提案が可能であるが、市民社会組織からは地域問題や地域のニーズなど何かしら公益性が認められる事業が提案されていた。採用された事業は、長期的にみると先駆的な取り組みが実現しており、市民社会組織の自由な発意による提案を可能とした成果がでている。

結章第2節では現在の制度が抱える様々な課題について、3つの方式を相互比較しつつ、7つの仕組み毎に検討し同時に改善方法を提示した。また課題を示すと同時に優れた工夫・運用についても積極的に評価し制度の実効性を高めるためのポイントを整理しまとめた。特に制度運用と並行して行う市民社会組織の主体形成の重要性を指摘した。

結章第3節では、協働のまちづくり事業制度の可能性について論じ本研究のまとめとした。まず地域主権の促進の可能性である。本制度は基礎自治体が独自に試行錯誤し実施している。自治体同士が視察を通じて情報交換や協力関係づくりを実施していた。次に行政と市民社会組織の相互補完関係の再構築の可能性である。いずれも市民社会組織の提案を踏まえつつ運用を見直し、少しずつ制度の在り方を更新している。また事業評価には多様な主体が参加し、対話を通して公共政策としての合理性を見出そうと取り組んでいる。最後に行政施策の充実化と市民社会組織の成熟化の可能性である。協働のまちづくり事業制度は現在でも少なからず成果が生まれている。本研究で論じた仕組みが整備されれば、さらなる相互補完関係の構築が進み、質の高い公共サービスや地域課題の解決を効果的に進められる可能性につながる。そして同時に、本制度を通した実践を繰り返すことで質の高いサービスを効率的に提供することのできる成熟した市民社会組織を育成する可能性があることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年自治体において急速に普及しつつある協働のまちづくり事業制度を対象に、全国自治体へのアンケート調査によって普及実態を明らかにし、その課題と可能性について、典型自治体への詳細なケースタディを通じて明らかにしたものである。

論文では、まず、市民社会組織が地域社会において主導的に課題解決に取り組む「まちづくり事業」を支援する自治体制度を協働のまちづくり事業制度と定義し、さらにその制度形式から、活動助成方式、事業提案方式、事業委託方式の3つの型に区分した。

その上で、全国自治体における協働のまちづくり事業制度の普及実態についてアンケート調査によって把握し、全国自治体の約半数において協働のまちづくり事業制度が導入されており、そのうちの6割が活動助成方式であり、事業提案方式が4割弱、事業委託方式は1%に満たないことを発見した。

更に、活動助成方式の典型事例として東京都練馬区を、事業提案方式の典型事例として神奈川県大和市を、事業委託方式の典型事例として千葉県我孫子市をとりあげケーススタディを行った。ケーススタディからは以下の各点が明らかになった。

活動助成方式では、地域の共同性の回復を目指す活動やテーマ団体による相互学習をめざした活動などが制度を通じた助成と他の必要な支援策を併せて行うことで実現されていた。

事業提案方式では、社会問題や地域のニーズに対応した公益性のある事業が提案されており、採用された事業は、長期的にみれば市民社会の自由な発意の結果として先駆的な取り組みとなっている点が評価された。

事業委託方式は、事業ノウハウや実施体制の整った団体が主体となり、行政が設定する条件に基づいてコスト削減と質の向上が図られていた。ただし福祉サービスの提供といった他の組織と競合する事業を受託するには、高度なノウハウを有し実施体制を整えている必要があることが判明した。

結論では、まず現在の制度が抱える課題について、3つの方式(型)の相互比較を通じて指摘し、同時に各制度において活用されていた「優れた仕組み」を抽出した。その上で、協働のまちづくり事業制度の実効性を高めるための制度構成ためのポイントを整理し、最後に、協働のまちづくり事業制度の可能性について論じた。

審査会では、主に、当該制度の他のまちづくり関連制度との違いや特徴、各ケーススタディから得られる知見の妥当性、そして当該制度の評価について質疑が行われた。

その結果、協働のまちづくり事業制度は、自治体の創意工夫のもとに普及・発展し得る制度であり、他のまちづくり関連制度と比較しても、地域主権の時代においてより重要な役割を果たし得る制度であり、当該制度の実態と課題の解明を目的とした本論文の意義や課題設定の適切さが確認された。

また、本論文は、以下に示すとおり、これまでの研究には無い新たな知見・成果を含んでおり、学術的価値が高いことが確認された。

第一に、本論文では、協働のまちづくり事業制度の全国的な普及実態について初めて明らかにした。

第二に、ケーススタディを通じて、各自治体が各自治体のおかれた状況に応じて様々な創意工夫のもと制度を構築し運用していることを明らかにした。

第三に、その一方で、制度を運用する上で3つの方式(型)に共通した課題やポイントが存在していることを明らかにした。

第四に、制度運用と並行して市民社会組織の主体形成を行うことの重要性を見いだした。

第五に、地域主権の時代における当該制度の可能性を、実態分析を踏まえて指摘した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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