学位論文要旨



No 126302
著者(漢字) 鈴木,武生
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タケオ
標題(和) 英語、日本語および中国語における結果構文の意味論に関する言語横断的研究
標題(洋) A Cross-Linguistic Exploration into the Semantics of English, Japanese and Mandarin Resultatives
報告番号 126302
報告番号 甲26302
学位授与日 2010.06.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1003号
研究科 総合文化研究科
専攻 言語情報科学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坪井,栄治郎
 東京大学 教授 坂原,茂
 東京大学 教授 近藤,安月子
 東京大学 教授 楊,凱栄
 東京大学 教授 幸田,薫
内容要旨 要旨を表示する

本論では、英語、日本語および中国語の結果構文の意味的特徴について考察する。英語は統語的に結果イベントをエンコードするのに対し、日本語はV-V複合語という形式によって結果イベントをエンコードする。中国語も同様にV-V複合語によって結果構文を表現する。しかし、そうした統語形態的構造にもかかわらず、中国語のV-V複合動詞では、使役交替といった、統語的な結合価が変化する現象がしばしば見られるが、その際にかかる文法的制約は、日本語V-V複合動詞や英語結果構文よりも少ない。

動作主性または使役主性という観点から見れば、英語のAP結果構文において、使役連鎖における使役側の第一セグメントはAgent/Patientという対立関係を表現している。そのため、使役セグメントを結果セグメントにリンクさせる場合、結果述語内のTheme項は、動詞のAgent項ではなく、Patient項にリンクされなければならない。これに対し、中国語および日本語のV-V複合動詞は、こうしたリンキング規則を無視することが可能である。これらの言語では、状態変化イベントのTheme項を動詞のAgent項にリンクさせることができる。これは、これら二つの言語において、結果構文が必ずしも使役イベント構造を持つ必要がない、ということを示唆している。そのため、動作主性の高いイベントでも、Agent項を状態変化イベントのTheme項とリンクさせることで、使役連鎖の第二ノードから出発することができる。

使役イベントと結果イベントの間の時間関係に関する意味関係について、英語AP結果構文では、二つのサブイベント間に時間的ギャップが介在することに対し、日本語および中国語よりも強い制約がかかる。特に中国語結果構文では、こうした時間的ギャップがかなり自由に許容される。このことは、中国語結果構文が必ずしもその基底イベント構造内に使役関係をエンコードしているわけではない、という本論の主張と相関しているように思われる。

アスペクト構造については、中国語結果構文のイベント構造は、使役連鎖に依存するのではなく、V1イベントとV2イベントの間の時間推移連鎖に依存している。このタイプのイベント構造では、状況を使役主として主語位置に立てることができる。この時間推移連鎖は、二つのサブイベントが複合することで構成される。この意味で、もし、複合語のアスペクト情報を指定するのが複合動詞のヘッドである、とするならば、従来の複合語ヘッドの定義は見直されるべきである。

日本語V-V複合動詞は、純粋な語彙レベルでの複合語という性質から、英語または中国語には見られない、異なった振る舞いを示す。本論における議論の中で、日本語V-V複合語では、V1が対となるV2を選択する場合、使役階層条件に従って選択が行われる、という提案を示す。使役概念を統語的に表現できないため、この概念はV1またはV2の中にエンコードされなければならない。もし、様態/方法、および使役の概念が一つの複合語内にエンコードされる場合、様態/方法を示す動詞は、動詞の使役階層において語彙使役の動詞よりも高い位置にあるため、様態/方法の概念はV1に、そして使役の概念はV2にエンコードされなければならない。

また本論では、結果構文に対する二つの相反するアプローチ、すなわち語彙論的アプローチと構文文法的アプローチの間にある境界線を探る試みも行う。特にもっとも重要なテーマの一つは、各語彙コンポーネントが、全体の構造体との関係でどのような解釈を受けるのか、そしてまた、全体の構造体がこうしたコンポーネントにどのような制約を与えるのか、という点に関する意味関係を明らかにすることである。類型論的に異なるこれら三言語の結果構文が持つ文法的特徴を詳しく検証した結果、意味的要素が、さらに大きな、連続体としての全体に統合されると同時に、その全体が、今度は反対に、こうした要素の意味的分布を制約する、というプロセスによって、表現の意味関係が決定されることを提案する。言い換えるならば、文の意味は、コンポーネント同士の間、ならびに全体構造とそのコンポーネントの間で動的に変化する意味的相対性によって決定される。

審査要旨 要旨を表示する

鈴木武生氏の課程博士学位請求論文A Cross-linguistic Exploration into the Semantics of English, Japanese and Mandarin Resultatives(英語、日本語および中国語における結果構文の意味構造に関する言語横断的研究)の審査結果について報告する。

本論文は、英語の結果二次述語を伴う構文、日本語の複合動詞、中国語の結果動補構造を、統語的・語彙的という文法レベルの違いを超える意味的共通性からそれぞれを結果構文相当と見なし、それぞれの構文が持つ特徴や制約についてデータに基づいて分析し、比較考察を行ったものである。英語のデータソースとしてはBritish National Corpusを用い、中国語データについては、老舎をはじめとする北方出身の現代小説家の作品から約10万字のコーパスを作成した上で、その中から『漢語動詞-結果補語搭配辞典』に収録されている動補構造を選別して対象データとしている。日本語については主に『大辞林』に収録されている複合動詞が用いられた。

本論文は5章からなり、巻末に分析に用いられたデータを整理して載せたappendix(210ページ)が付せられている。第1章では使役や結果構文全般に関わる先行研究が概観され、本論文の目的とその意義について述べられている。第2章から第4章は、英語、日本語、中国語の結果構文の分析にそれぞれ1章が当てられているが、それぞれの章において適宜他の章でのほかの言語の結果構文との比較考察も行われている。

第2章は英語の形容詞句や前置詞intoからなる前置詞句を補語とする結果構文を取り上げている。従来形容詞補語の結果構文については、動詞の表す事象の持続可能性・瞬時性と形容詞が表す状態の段階性・非段階性とが相関することが言われていたが、データから抽出した動詞・形容詞ペアと程度表現との共起関係を詳しく調べ、実際にはかなりそうした相関から外れる事例があることを明らかにした。また、intoを補語とする結果構文には形容詞句を補語とする結果構文とは異なって無生物を主語とする比喩的・非物理的使役変化を表す事例がかなりあること、またそうした場合には結果の終点が不明瞭な段階的なものと解釈されるものになる傾向があることも明らかにし、動詞が表す使役事象における行為者の有生性、使役行為において行使される物理的力の強度、結果発生の瞬時性という3つからなる使役行為の使役性の高さと、結果述語が表す結果状態の明瞭な終点の有無という2つの特徴が英語の結果構文を特徴付ける上で重要な役割を果たしていることを論じている。

第3章では、統語的複合動詞に比べると不透明で予測不可能な面の多い、日本語の語彙的複合動詞を取り上げている。V1とV2の関係に基づいてそれらを14種類に分ける分類を提案した上で、そのそれぞれが表す原因事象と結果事象の使役性の高低や時間関係のあり方に着目して英語の結果構文などとも比較を行いながら詳細な記述的分析を行い、agentive>causative>unaccusativeという階層においてV1より高いV2は許されないという傾向性が明瞭に見て取れることをデータに基づいて具体的に論証している。

第4章では、中国語の結果構文が英語や日本語の対応する場合とはかなり異なっていて、結果述語がかなり自由に目的語志向的にも主語志向的にもなり、単なる状況や場所が使役主になることも珍しくないことをデータに基づいて論じ、中国語の結果構文が使役主から被使役者への力の行使という因果連鎖を前提とするものではなく、因果関係を読み込めるような事象間の時間的前後関係があればかなりの程度に許容されること、またそれが許容される程度に方言差があることなどを論じている。

第5章では、第4章までの考察をまとめた上で、結果構文を構成している要素の性質が決定的に重要な役割を果たしてはいても、個々の要素が許容する幅のうちのどの部分が選ばれるかは合成相手の性質や全体としての整合性によるものであり、また言語ごとの違いにも影響されるものであることを述べて論文のまとめとしている。

審査会では、論述の仕方にやや明確さに欠ける点のある箇所がいくつかあることや、日本語の複合動詞について、提示された分析では必ずしもその扱いがはっきりしない例外的な事例が存在することが指摘された。また、中国語の方言による違いを指摘しつつもその理由の説明には十分踏み込めていないこと、また、統語レベルの英語・語彙レベルの日本語・その中間的な中国語という、それぞれの結果構文の形態上の緊密さの違いが類像的にそれぞれの機能にどのように反映しているのかについての考察が今後の課題として残されていることなどが指摘された。しかしながら、データに基づいて現象の複雑さを明らかにしつつ、その中に抽出すべき有意義な傾向性を見いだし、三つの言語の比較考察を意欲的に行っている点は高く評価できるものであり、博士号を授与するに十分な水準に達しているという点で審査員の評価は一致した。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/37654