学位論文要旨



No 126308
著者(漢字) 村木,則文
著者(英字)
著者(カナ) ムラキ,ノリフミ
標題(和) 暗所作動型プロトクロロフィリド還元酵素の構造研究
標題(洋) Structure of Dark-operative Protochlorophyllide Oxidoreductase: a Greening Mechanism in the Dark
報告番号 126308
報告番号 甲26308
学位授与日 2010.06.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1009号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 陶山,明
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 若杉,桂輔
 大阪大学 教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

序論

光合成反応において光エネルギーを化学エネルギーに直接変換している分子がクロロフィルであることは一般に広く知られている。しかし、その生合成過程の構造生物学的な詳細は、最近になるまで全く知られていなかった。本研究で注目したのは、複数のステップにより構成されるクロロフィル生合成反応のなかでも特にプロトクロロフィリド (Pchlide) 還元反応である。Pchlide還元反応は、テトラピロール環をクロリン環に変換し、クロロフィルの直接前駆体であるクロロフィリドを生成する反応で、緑色を発色するという観点からも非常に重要な反応である。この反応には、光に依存する経路と光に依存しない経路が存在し、それぞれ光依存型プロトクロロフィリド還元酵素 (LPOR)と光非依存型 (暗所作動型) プロトクロロフィリド還元酵素 (DPOR)という全く異なる酵素が反応を担っていると報告されている。

この2種類のPchlide還元酵素のうち、DPORは被子植物を除く光合成生物に広く保存されており、アミノ酸配列から分子状窒素をアンモニアに還元するニトロゲナーゼと一定の相同性をもつことが指摘されていた。DPORのサブユニット構成もニトロゲナーゼと類似しており、電子伝達コンポーネント (BchL)と触媒コンポーネント (BchNB) から構成されていることが解っていた。しかし、DPORにはニトロゲナーゼに特有の金属クラスターは保存されておらず、金属定量から[4Fe-4S]型FeSクラスターを有することが予想されていたが、対応するEPRシグナルを示さなかったため、クラスター構造は同定されていなかった。また、ニトロゲナーゼは分子状窒素を基質とするのに対し、DPORはPchlideという非常に大きい環状分子を基質とする。そのため、ニトロゲナーゼの立体構造だけでは、DPORが基質をどのように認識し立体特異的還元反応を触媒するのかを予想することは出来ない。前述の通りクロロフィル生合成を担う酵素群の構造解析例は乏しく、環状テトラピロール骨格の変換反応について構造生物学的にわかっていることは少ない状況であった。

そこで、私は以下の3つの点に注目した。まず、1) BchNBが有するFeSクラスターの構造を明らかにする。次に、2) DPORが対称性の高い基質をどのように認識し立体特異的に還元するのかを明らかにしたい。最後に、3) 分子サイズの異なる基質を認識するニトロゲナーゼとDPORの構造を比較することにより、ニトロゲナーゼ様の酵素が共通の構造基盤の有するかどうかを考察する。以上を本研究の目的として、DPORの触媒コンポーネントであるBchNBのX線結晶構造解析を行った。さらに、得られた知見を元に変異酵素の構造解析を行った。変異酵素の解析結果から立てた仮説を検証したいと考え、電子伝達コンポーネントであるBchLとBchNBの複合体の構造解析も試みた。

第1章触媒コンポーネントBchNBの野生型酵素の構造解析

光合成細菌R. capsulatusと大腸菌にBchNBを発現させ、Pchlide結合状態とPchlideが結合しない基質フリー状態の2状態の酵素を調製し、双方を結晶化・構造解析した。

1. 全体構造

2.3A分解能で解析したBchNBは、BchNとBchBからなるヘテロ四量体構造をしており、BchNとBchBの擬似二回回転軸上にFeSクラスターが結合していた。Pchlide結合型BchNBの結晶構造では、同じ擬似2回回転軸上にPchlideも結合していた。

2. FeSクラスター

ニトロゲナーゼとの配列比較から、当初4つのCysが配位子を提供する [4Fe-4S]型のFeSクラスターを有すると予想されていた。しかし構造解析の結果、BchNの3つのCysに加えて、BchBのAsp36がFeSクラスターに配位子を提供していることが判明した (図1)。Aspを配位子とするFeSクラスターが酸化還元酵素に発見された例はなく本研究が初めての報告であった。

3. Pchlide結合領域

Pchlideは疎水性アミノ酸からなる基質結合ポケットに結合していた (図2)。Pchlide結合構造と基質フリー構造とを比較したところ、Pchlide結合に伴ってBchBのC末側ヘリックスが大きく構造変化していることがわかった。この動きの中で、ヘリックス上のMet408がPchlideのプロピオン酸基を一方向に押し上げるように移動しており、基質のトランス特異的な還元をもたらす反応メカニズムを提唱した。

4. ニトロゲナーゼとの類似性

ニトロゲナーゼの触媒コンポーネントとBchNBの立体構造を比較したところ、ニトロゲナーゼが持つFeMo-cofactorとPchlideの結合部位がほぼ重なることが判明した。分子状窒素が結合するFeMo-cofactorは再構成可能な補欠分子なので、これを基質の一種と考えると、ニトロゲナーゼ様酵素がもつ構造上の特徴は、分子サイズの大きい基質上にある安定な多重結合を還元する共通の構造基盤であると考えられる。

第2章配位子変異型酵素の構造解析によるFeSクラスターの構造研究

新規のFeSクラスターにおけるBchB-Asp36の必要性を確かめるため、BchB-D36CとD36A変異体を作製し、生化学的な解析とともにX線構造解析を行った。D36C変異体は4つのCysが配位した典型的なFeSクラスターを形成していたにもかかわらず、酵素活性は失われていた。一方のD36A変異体では、水分子が配位子となる変則的な構造をしていたにもかかわらず、約13%の活性が残っていた。これらの実験結果から、BchNBのFeSクラスターが機能するには、Aspがもつ酸素原子からの配位が必須であろうと考えられた。

第3章 基質相互作用領域変異型酵素の構造解析によるBchBのC末端領域の構造決定

C末側ヘリックスによって基質生成物の立体特異性がもたらされるという作業仮説を確かめるため、BchB-M408LおよびM408A変異体を作製し、解析を行った。M408L変異体は高活性で結晶構造上にも大きな差は見られなかったが、M408A変異体では、Pchlideが結合しているにも関わらずC末側ヘリックスが基質フリー型と同様に伸びた構造のままであった。このことから、Met408は、動的な構造変化を伴う反応メカニズムに重要であることが示唆された。

C末側へリックスより下流の約100残基は、電子密度が不明瞭なため野生型の結晶構造では確認することができなかった。しかし、大変興味深いことにM408A変異体の結晶構造において、C末端に約50残基分の球状ドメインの構造が、二つあるBchBサブユニットの一方にのみ確認された (図3)。球状ドメインの分子表面に塩基性アミノ酸が集まった領域があることから、基質のプロピオン酸基と相互作用して基質を活性中心にリクルートしてくる役割を持つのではないかと考えている。

第4章DPORのすべてのコンポーネントを含んだ、BchLNB三者複合体の構造研究に向けた試み

電子伝達コンポーネントBchLは非常に酸素感受性が高く、光合成細菌に発現させ、嫌気チャンバー内で精製することによって、安定なサンプルを得た。BchL単体で結晶化することは確認できたが、BchLとBchNBの複合体結晶は得られていない。

総論

BchNBとその変異体の構造解析により、新規FeS クラスターや活性発現に関わる構造変化が明らかになった。構造研究が豊富なニトロゲナーゼでは、電子伝達コンポーネントとの複合体解析により、レドックス状態に依存したダイナミックな構造変化が報告されている。DPORにおいても、複合体形成やレドックス状態に依存してFeSクラスターやC末端構造に変化が生じると推定しており、今後のBchL:BchNB複合体の結晶化・構造解析が待たれる。

図1

図2

図3

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、暗所作動型プロトクロロフィリド還元酵素(DPOR)の構造研究に関する論文である。X 線構造解析により決定されたDPORの触媒コンポーネントBchNB 複合体の構造と、その構造から示唆された、基質プロトクロロフィリド(Pchlide)の認識機構およびトランス特異的な還元反応機構についての報告である。論文全体は、序、4つの章、および総論から構成されている。序では、本論文の研究の背景と目的が述べられている。第1章では、野生型DPOR 酵素のBchNB 複合体のX 線構造解析による構造研究、第2章では、変異型BchNB 複合体のX 線構造解析によるFeS クラスターの構造研究、第3章では、変異型BchNB複合体のX 線構造解析によるBchBのC 末端領域の構造研究、第4章では、DPORのすべてのコンポーネントを含むBchLNB 三者複合体の構造研究に向けた試みについて述べられている。最後の総論では、第1章から第4章までで報告された研究の総括的な結論と今後の展望が述べられている。

光合成反応において光エネルギーを化学エネルギーに直接変換する分子がクロロフィルである。本論文でX 線構造解析が行われたDPORは、クロロフィルの生合成経路の中で、プロトクロロフィリド(Pchlide)のテトラピロール環をクロリン環に変換してクロロフィルの前駆体であるクロロフィリドを生成するPchlide 還元反応を光非依存的に触媒する酵素である。Pchlide 還元反応は、緑色を呈する前駆体を生成する、クロロフィルの生合成経路において重要な反応である。

DPORは被子植物を除く光合成生物で広く保存されている。そのアミノ酸配列は分子状窒素をアンモニアに還元するニトロゲナーゼと一定の相同性を有する。サブユニット構成もニトロゲナーゼと類似し、電子伝達コンポーネント (BchL)と触媒コンポーネント (BchNB) から構成されている。ニトロゲナーゼについては構造生物学的な研究が進んでいるが、DPORについてはこれからであり、構造と機能との関係についての知見がほとんどないのが現状である。

論文提出者は、このような背景を踏まえ、DPORの構造生物学的な研究を実施し、世界ではじめて、DPORの触媒コンポーネントであるBchNB およびその変異体の構造を決定した。そして、対称性の高い基質を認識して立体特異的にPchlideを還元する機構、Aspを配位子にもつ新規なFeS クラスターの存在、ニトロゲナーゼ様酵素と共通する構造基盤の存在などを明らかにした。また、DPORのすべてのコンポーネントを含むBchLNB 三者複合体の構造研究に向けてその結晶化を試み、BchL 複合体の結晶化に成功した。

論文提出者は、2.3A 分解能で決定されたBchNBの構造から、BchNBはBchNとBchB からなるヘテロ四量体で、BchNとBchBの擬似二回回転軸上にFeS クラスターと疎水基に富んだPchlide 結合部位が存在することを明らかにした。Pchlide が結合すると、BchBのC 末側ヘリックスがPchlideに蓋をするような形で大きく構造変化し、ヘリックス上のMet408 がPchlideのプロピオン酸基を一方向に押し上げるように移動することを見つけ、この構造変化が基質のトランス特異的な還元をもたらすという反応機構を提唱した。BchB-M408LとM408A変異体の生化学的解析およびX 線構造解析により、Met408 がプロピオン酸基の跳ね上げに必須であることの証明を試みたが確定的な結論は得られなかった。しかし、C 末側へリックスの移動およびC 末端にある表面が塩基性アミノ酸に富んだ小さな球状ドメインが活性に重要な役割を担っていること強く示唆する知見を示した。

また、論文提出者は、BchNBのFeS クラスターがBchNの3つのCysとBchBのAsp36を配位子にもつクラスター構造であることを明らかにした。これは、ニトロゲナーゼとの配列比較からは予想されていた、4つのCys が配位子を提供する[4Fe-4S]型のFeS クラスターとは異なる構造であった。BchB-D36CとD36A 変異体について生化学的な解析とX 線構造解析を行い、BchNBのFeS クラスターが機能するにはAsp がもつ酸素原子からの配位が必須であることを示した。Aspを配位子とするFeS クラスターの発見は、酸化還元酵素では本論文の報告がはじめてである。

さらに、論文提出者は、BchNBとニトロゲナーゼの触媒コンポーネントの立体構造を比較することにより、Pchlide 結合部位の構造とニトロゲナーゼで分子状窒素が結合するFeMo-cofactorの構造がほぼ同じであることを見いだした。脱着可能な補欠分子であるFeMo-cofactorも一種の基質と見なすと、DPORとニトロゲナーゼ様酵素は、大きい基質上にある安定な多重結合を還元するための共通の構造基盤を有していることを明らかにした。

以上のように、論文提出者は暗所作動型プロトクロロフィリド還元酵素の触媒コンポーネントであるBchNB 複合体の構造を世界ではじめて決定し、その構造生物学に大きな進展をもたらす研究成果をあげた。なお、本論文は野亦次郎、江端梢、溝口正、志波智生、民秋均、栗栖源嗣、藤田祐一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験・解析および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、構造生物学の分野において博士(学術)の学位を授与できると認める。

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