学位論文要旨



No 126310
著者(漢字) 矢野,善久
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,ヨシヒサ
標題(和) 磁気圏型プラズマ閉じ込めにおける高βプラズマの磁場構造の実験的解析
標題(洋) Experimental Analysis of the Magnetic Field Structure on the High-Beta Plasmas in the Magnetospheric Plasma Device
報告番号 126310
報告番号 甲26310
学位授与日 2010.06.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第612号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 客員教授 岡野,邦彦
 東京大学 准教授 古川,勝
内容要旨 要旨を表示する

磁場閉じ込め核融合エネルギーは既存の商用発電に比べ、クリーンで資源が無尽蔵にあるという意味で実用化が期待されているエネルギー源である。しかしながらその実現のためには10億度近いプラズマを磁場中に閉じ込めるために多くの物理的・工学的課題を有し、世界中で研究開発が行われている。磁場閉じ込め核融合の本流はトカマク型と呼ばれる磁場配位であり現在建設中であるITERに採用されており、第一世代の核融合炉として最も有望な閉じ込め方式である。

本研究で実験研究を行った、RT-1 (Ring Trap-1)装置は先進核融合を目指したプラズマ閉じ込め装置である。特徴として磁気浮上式の超伝導コイルを備え、まさに惑星が宇宙に浮かぶような磁気圏中に支持構造物の無いプラズマを閉じ込めることができる。元来は磁気圏の磁場配位はほとんどを悪い曲率に囲まれているためにプラズマ閉じ込めとしては不向きであると考えられてきたが、木星磁気圏の衛星探査による観測事実や圧縮性による磁気圏内のプラズマの安定化の効果などの理論的説明などから次世代の核融合炉として有望な超高β(プラズマ圧と磁気圧の比、閉じ込め効率を表す。)閉じ込めが可能であると近年では研究が行われるようになってきた。

本研究では磁気圏型プラズマ装置RT-1において超高βプラズマ生成を目指すとともに、その閉じ込め特性(β値や閉じ込め時間)を精度良く評価することを目指す。β値の推定のためにはプラズマの圧力分布を評価する必要があるが、RT-1装置において局所的な圧力分布の直接計測を行うのは困難である。本研究では磁気圏型プラズマにおいて圧力を評価するために磁気計測系を開発した。プラズマが平衡にある場合、プラズマ中には圧力勾配と磁場強度に応じて反磁性電流が流れる。そこでMHD平衡計算コードを用いて間接的に磁気信号からプラズマの圧力を推定することができる。

初めに高βプラズマの生成のために必須である磁気浮上系の最適化から行った。

浮上制御系が乱れていると磁場の精度が悪くなりプラズマ生成と磁気計測の両方の影響があると考えられる。本研究では新型地磁気補正コイルによる浮上コイルの傾き制御と誤差磁場の低減、そして浮上ゲインの最適化を行っており、その結果として高βプラズマの生成が行えるようになった。

RT-1装置ではプラズマは2.45GHzと8.2GHzの2種類のマイクロ波によって生成することができる。また封入する中性ガスの圧力を最適化することで高βプラズマの生成が可能である。

RT-1での高βプラズマは軟X線計測の結果よりTeが10keV程度の高エネルギー電子が大きな圧力を担っており、低いガス圧にてプラズマの反磁性が顕著に増大することからも説明できる。

RT-1における高βプラズマの磁気計測は真空容器に巻かれたコイルによる反磁性計測が中心である。4環まかれた反磁性ループの平均をプラズマの反磁性量と評価すると、RT-1では最大で4mWbの反磁性量が観測されている。この4mWbという反磁性量は平衡計算から最大限に過小評価して局所βが50%あると評価される。しかしながら反磁性ループ単独による計測では、ループがプラズマから遠くあることや真空容器による渦電流が発生することから時空間的な分解能に乏しいといえる。そこで本研究では新たにホール素子を用いた磁気計測装置を開発し、測定を行った。

ホール素子の利点は、時間応答が充分に早く(>1kHz)コンパクトであるためにプラズマの近く(または内部)での多点計測が可能である点である。大きく分けて赤道面上を駆動できるプローブとプラズマの真下の磁場構造を計測できるプローブが本研究にて開発され、計測を行った。

赤道面上を駆動するプローブでは低β(~数%)プラズマ中に挿入してプラズマの磁場変化を直接計測した。プラズマ中にプローブを挿入するという点から、高βプラズマでは計測できないこととプラズマにも影響を与えるという点が欠点である。しかしながら、直接計測することによって圧力分布のピーク付近に存在する急峻な磁場変化を観測することができかなり高い精度での圧力分布の推定が行えた。

ホール素子の持つ特性のひとつとして時間分解能が比較的高いことを利用して、エネルギー閉じ込め時間の評価も行った。加熱終了後の減衰過程を解析すると数10msと数100msの2つの減衰成分が観測された。速い時定数の成分はまだよくわからないが、長時定数の閉じ込め時間がコイルよりも外側の領域にて閉じ込められている高エネルギー電子の成分だと評価できる。

プラズマの真下を計測するプローブは高βプラズマでも計測ができるという意味で有用である。圧力分布の推定はプラズマ中の直接計測ほどの精度ではないけれども、高βプラズマの持つ圧力分布を推定することができた。その結果によると、前述の4mWbの高βプラズマの場合に圧力分布のピークの位置は赤道面上にてR=0.602mに対応し局所βは70%に対応する。

[図 RT-1実験装置]

[図 磁気計測の典型波形。(上)ホール素子 (下)反磁性ループ]

審査要旨 要旨を表示する

惑星などの天体がもつ磁気圏において1に近いベータ値(プラズマの熱エネルギーと磁場エネルギーの比)をもつプラズマが衛星探査により確認され注目を集めている。ベータ値はプラズマを閉じ込めるための磁場の利用効率を示しており、将来の核融合エネルギーにおける経済性を評価する指標となる。現在最も研究開発が進んでいるトカマク型のプラズマ閉じ込めでは、ベータ値は0.1程度であり、経済性を高められない原因の一つとなっている。さらに、D-3HeやD-D核融合反応を利用する先進核融合のためには、10億度を超える超高温プラズマを安定に閉じ込める必要があるが、この場合1に近い高ベータ値をもたないとシンクロトロン放射のために必要な温度に達することが不可能とされる。磁気圏の超高ベータプラズマは、トカマクを超える未来の核融合の可能性を示唆するものとして、その原理の解明と実験的検証が期待されている。

本論文は、磁気圏と同じ磁場構造をもつRing Trap-1(RT-1)実験装置において行われた装置開発と高ベータプラズマ実験の成果を報告したものである。RT-1実験装置は、超伝導マグネットを真空容器内部に磁気浮上させることで、閉じ込め領域中にマグネット支持構造物の無い磁場配位を実現してプラズマ閉じ込めを行うことが可能である。本研究は、超伝導マグネットの磁気浮上制御の最適化、その結果としてプラズマ性能の改善、さらに磁場計測によるプラズマ内部構造の解析とベータ値の評価を行ったものである。論文は七つの章から構成され、各章は以下の内容を記述している。

第一章は序論にあてられ、本研究の背景として磁場閉じ込めプラズマによる核融合研究の概論やベータ値の概念などを述べている。

第二章では、本研究の対象である磁気圏型プラズマの特徴や基本的な原理、また超伝導マグネットを用いる他の方式の紹介を行った後に、RT-1実験装置の概要を説明している。

第三章では、RT-1実験装置における超伝導マグネット磁気浮上系の最適化研究について述べている。内部導体型の装置におけるプラズマ閉じ込めでは、内部導体を磁気浮上することにより各種構造物を閉じ込め領域から排除でき、大きく閉じ込め性能が向上することが知られている。しかし、ダイポール磁場マグネットを磁気浮上させると位置不安定であるために、マグネットを吊り上げる外部コイルの電流を帰還制御する必要がある。マグネット安定性と帰還制御電流による揺動を低減するために、制御システム全体の解析と実験との比較を通じて信頼性のある浮上系を構築することが重要である。実験結果と一致する伝達関数モデルを構築して、制御パラメータの安定領域を導出し、その領域内にてシステムの応答を実験的に取得し制御パラメータの最適化を行っている。また地磁気による誤差磁場の低減を行うことでプラズマの閉じ込め改善を確認している。

第四章では、RT-1実験装置において電子共鳴加熱(ECRH)によって得られた高ベータプラズマの特性について説明している。ECRH用のマイクロ波(周波数2.45GHzおよび8.2GHzの2系統を有する)のパワー、封入する中性粒子のガス圧によってプラズマの特性がどのように変化するかをまとめている。高ベータプラズマにおいては10keV以上の高温電子の存在が確認されており、条件の最適化により最大で4.0mWbの反磁性信号を観測している。

第五章では、反磁性信号から内部の圧力分布やベータ値を評価するために開発したプラズマ平衡計算コードについて述べている。プラズマ中の圧力分布を幾つかの関数でモデル化して平衡磁場分布を計算し、これと実験で観測された反磁性信号を比較してプラズマ中のベータ値を推定している。プラズマの近くで計測した反磁性磁束と局所最大ベータ値の換算係数の最低値は約120[1/Wb]であり、典型的な観測値4mWbに対応するプラズマのベータ値は0.5以上であると結論している。またプラズマ圧力の非等方性や高ベータ化による磁気面の大きな変形を十分考慮したモデルについても検討し、それらの場合には換算係数がより大きくなることから、局所ベータ値が0.5を超えているという結論を補強している。

第六章では、プラズマ内部の圧力分布を実験的に推定するためにプラズマ内外の磁場分布を計測した結果について述べている。プラズマの反磁性電流は圧力勾配によって駆動されるために圧力分布に大きく依存する。ホール素子を用いた多点同時計測が可能な磁気プローブを開発し、これを比較的低温・低ベータのプラズマに挿入して内部磁場分布を計測している。また、高ベータプラズマにはプローブを挿入できないため、プラズマの真下の位置で多点計測を行って、内部構造を推定している。これらの計測によって、圧力分布が実験条件(ECRH周波数、パワー、ガス圧)に応じて変化することを明らかにしている。反磁性信号が4.0mWbに達する超高ベータプラズマの場合は、圧力分布のピークがR=0.60m付近にあると推定され、その局所ベータ値は少なくとも0.7以上であると結論付けている。

第七章では、実験結果をまとめ、磁気圏型プラズマ閉じ込めの今後の発展について展望している。

以上を要するに、本論文は磁気圏型プラズマ閉じ込め装置RT-1の磁場発生システムの最適化、高精度化によって、安定な超高ベータプラズマの閉じ込めを実証した実験研究の成果を記述したものであり、その研究成果は磁気圏プラズマ物理および磁気圏型配位を利用した先進核融合エネルギーの実現のための基礎として重要であることから、先端エネルギー工学、特にプラズマ物理学に資するところが大きい。

なお、本論文の第三章、第四章および第六章の成果は、吉田善章、小川雄一、森川惇二、齋藤晴彦、林裕之、水島龍徳の各氏との共同研究によるものであり、第五章は吉田善章、古川勝の各氏との共同研究によるものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50458