No | 126315 | |
著者(漢字) | 宮澤,尚里 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤザワ,ナオリ | |
標題(和) | 紛争後の国家における環境資源管理 : 東ティモールにおけるコミュニティの事例から | |
標題(洋) | Natural Resource and Environmental Management in Post-Conflict Countries : Case Studies on East Timorese Community | |
報告番号 | 126315 | |
報告番号 | 甲26315 | |
学位授与日 | 2010.06.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(国際協力学) | |
学位記番号 | 博創域第617号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 国際協力学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ■研究の背景 1990年代から紛争が勃発する国や地域の数が急増している。過去8年間の紛争発生率は12%に及び、紛争後の国家の内約44%の国々が、5年以内に再び紛争に逆戻りすることが過去のケースからわかっている(Collier 2003)。紛争後の地域は、長期に渡る紛争により環境資源への損害を受けてきた一方で、持続可能な平和・開発を目指すためには、環境資源に頼らなければならないという「二重の課題」に直面している。 そこで着目した点は、「紛争後の国家における環境資源の管理」である。「環境資源」は紛争をおこす要因になることが多く、紛争後の適切な管理は「持続的な平和と開発」に決定的に重要である。さらに、紛争による環境資源への「負の影響」は極めて大きく、その回復こそが平和構築プロセスにおいて最優先課題であることは自明である。しかし、紛争後の「環境資源の管理」に焦点をあてた研究が、事例研究も含めまだほとんど存在しない。そして、効果的・持続的・自律的な環境資源回復のアプローチや手段についての議論はこれまで欠落している。このような研究がこれまで存在しなかったが故に、戦略的に環境管理政策を立てるための、学術的裏付けが欠け、政策立案が難しい状況があった。 筆者は東ティモールにおいて3年半に亘って赴任し調査を行ってきた経験から、紛争後の国家における環境資源が、国の復興プロセスにおいて重要な役割を持っていることを観察してきた。しかし、環境課題への取り組みの遅れや管理方法によって、多くの負の影響をももたらすことが考えられる。紛争後の状況において、「環境資源」は適切に管理が為されれば長期的な平和構築の「糧」になり得る一方で、新たな紛争の「火種」となる可能性の両面性を備えている。したがって、紛争後の地域における「環境資源」をどのように管理することが国家の復興に有効であるかを探る必要がある。 筆者は、これまでに東ティモールで調査・実践活動を行い、同国における平和構築、環境資源管理の課題に取り組んできた。紛争後の国家である東ティモールは、植民地・紛争の歴史の中で、環境資源が短期的利益のために搾取され続け、紛争後において深刻な環境問題に直面していた。同国は過去24年間に及ぶ独立闘争を経て、2002年に独立した21世紀初の新国家として注目を浴びた。しかし、独立後の建国の道は厳しく、2006年には独立後最大の暴動が起き多数の死者をだした。紛争再発の要因としては、貧困問題が主要要因として考えられているが、東ティモールにおいて貧困問題を解決するためには、人々の約9割が生活の糧としている環境資源の有効な管理が不可欠である(Government of East Timor 2002)。同国政府が2002年に採択した「国家開発計画」の中でも、環境問題の重要性について、「長期的に持続する貧困削減は、人々にとって環境資源が持続的に利用可能な場合にのみ実現できる」と提示されている。環境資源問題を解決しなければ、人々の生活の安定、長期的な平和・開発への道を探ることは難しい。これこそが東ティモール国民が緊急に直面している社会的課題であり、多くの支援国がその解決を渇望している政策課題に他ならない。 ■研究目的 紛争後の国において「環境資源」をどのように管理することが有効であるかを、東ティモールを事例対象国として、コミュニティの観点から、検証することを目的とする。紛争後の「環境資源管理」に焦点をあてた研究がこれまでほとんど存在しなかったが故に、戦略的な政策を立てる際の学術的な裏付けが欠けていた。本研究により、紛争後の国々で混乱している、環境資源管理政策の改善を目指すことができる実証に基づいた知見を提示する。 ■研究方法 研究方法は、東ティモールを事例研究対象とし、文献調査、フィールド調査、インタビュー調査、アンケート調査、参与観察により検証・分析を行った。 ■研究の特色 既存研究では、「環境資源が原因となり紛争を引き起こす」ことを分析した議論に集中しており、「紛争後」に「環境資源管理」が果たすべき役割については、ほとんど研究されていない。本研究は、紛争後の混沌とした国において、「どのように環境資源管理に取り組むべきか」という知見を提示できる点に、特色がある。すなわち、本研究の成果によって、紛争後の環境資源管理の在り方に、新しい視点と改善策を提示することで、本研究成果は極めて実務性が高く、国際社会へのニーズに答えるべくものである。 ■研究で得られた知見 本論文では、東ティモールの三事例を検証・分析した。研究で明らかになったことを以下に要約する。まず、紛争後の状況における環境問題の特異性を分析し、紛争そのものにより環境資源はどのような影響を受けているか、について検証した。特に環境資源自体に直接的な影響を及ぼす要因と、管理体制などの社会的側面からの影響を分類し分析を行った。そして、紛争後における環境問題に取り組むにあたり、従来広く採用されていた施策の有効性・問題点を分析した。具体的には、東ティモールにおいて国連や政府が実施してきた環境管理政策は、ほとんど効果を生み出していないことが明らかとなった。例えば、木材伐採に対して罰金制度を取り入れた国連東ティモール暫定統治機構 (UNTAET)による政策は、ほとんど功をなさなかったことがわかった。その原因を分析した結果、現場の実態と政策との隔たりがあり、また法の執行上の問題、多くは構造的人材不足の課題等が要因として考えられた。 同国では、紛争後に国際社会からの支援が急激に増え、国際的規範を基軸とした支援が急速に広がった。外部からの支援がGDPの66%を占め(Norad 2007)、その影響を無視できない状況にある。支援のプロセスの中で、国際的規範に基づき新しく作り上げられた法律・制度が導入されたが、実際には期待通りに機能していないことが多いことがわかった。その一方で紛争前及び紛争中に地域で維持されてきた、地元の慣習法が存続しており、それらに基づき社会秩序の安定性が保たれてきていることが明らかとなった。特に環境資源は、人々の生活と密着しているために、地元の慣習が根強く残っている。環境資源の問題は緊急性を要する課題であったが、国の独立後に政府が効果的な環境政策を立て、関連課題への有効な対策をとることに時間を要していた一方で、コミュニティレベルでは「Tara Bandu」と呼ばれる慣習法を用いて、旧来の手法で環境資源管理を行う自主的な動きが復活してきていることがわかった。このプロセスを経て、環境資源管理が緊急に必要とされる紛争後の時期において、「慣習法」の役割が社会・政治的に重要となることが、これまでに行った調査研究で明らかとなった。実際に、政府は独立してから国の政策として、徐々に慣習法を融合させる政策をとり始めてきている。その背景には、コミュニティの社会形態の特徴とあわせて、紛争後における国家という状況下で、慣習法の位置づけが変化してきたことがわかった。 環境問題の大きな課題となっていたのが廃棄物管理である。紛争により廃棄物管理システムが大きく影響を受け、特に都市部では廃棄物をどう管理すべきかが早急の課題であった。紛争後の社会ではごみの扱い方が平常時の社会とは違いがあるのではと考え、人々の廃棄物管理に対する意識と行動を明らかにすることを目的とし、インタビュー・アンケート調査を行った。その結果、明らかとなったことは以下の点に集約できる。1.平常時の社会ではごみとみなしているものも、紛争後の資源が限られる中では貴重な資源となる、2.政府や企業によるリサイクルシステムが機能しない中で、コミュニティが資源を再活用している、3.『特定の種類のごみをあえて収集しない』という管理手法も選択肢となり得る 、という点が明らかとなった。 前述のように紛争後の国において、国際支援の役割は大きいが、紛争後の環境管理に対する国際支援につき、国連による支援を事例として分析を行った。紛争後の環境管理支援事業の特徴を抽出し、その成否に関わる要因を特定した。まず、失敗の要因として、植林は成果をもたらすまでに長期間必要であり、緊急性の点でコミュニティにとっては優先順位が高くはなかったことが、一要因となった。さらに、参加型を突如に導入したことやコミュニティグループに対する不信感が失敗要因として分析されている。住民にとって、基本的欲求を満たす緊急な課題(食糧・水の確保・収入源の確保)が環境よりも高い優先順位であったため、それらをターゲットとして結びつけた、苗木作りの活動は高い成果を生み出した。苗木作りをきっかけにコミュニティグループが形成され、収入源ができ、メンバー間で貯蓄・貸し借りも始め、コミュニティ回復の一助となった。さらに、住民らがコミュニティの連携を取り戻したい、というモーチベーションが高まってきた時期に、コミュニティの再構築の手掛かりをプロジェクトが提供したことが成功の一要因となった。そして、紛争後の環境管理支援においては、コミュニティ回復の要素を取り組むことが重要となることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本論文は、紛争後の国において環境資源をどのように管理することが有効であるかを、東ティモールを事例対象国として、コミュニティの観点から検証することを目的としており、全6章から構成され、その概要は以下に記すとおりである。 本論文では、東ティモールの三事例を検証・分析している。まず、第一章では、紛争後の状況における環境問題の特異性を分析し、紛争そのものにより環境資源はどのような影響を受けているか、について検証している。特に環境資源自体に直接的な影響を及ぼす要因と、管理体制などの社会的側面からの影響を分類し分析を行っている。 第二章では、紛争後における環境問題に取り組むにあたり、従来広く採用されていた施策の有効性・問題点を分析している。具体的には、東ティモールにおいて国連や政府が実施してきた環境管理政策は、ほとんど効果を生み出していないことを明らかにしている。その原因を分析した結果、現場の実態と政策との隔たりがあり、また法の執行上の問題、多くは構造的人材不足の課題等が要因として提示されている。その一方で紛争前及び紛争中に地域で維持されてきた、地元の慣習法が存続しており、それらに基づき社会秩序の安定性が保たれてきていることを論じている。国の独立後に政府が効果的な環境政策を立て、関連課題への有効な対策をとることに時間を要していた一方で、コミュニティレベルでは「Tara Bandu」と呼ばれる慣習法を用いて、旧来の手法で環境資源管理を行う自主的な動きが復活してきているプロセスを分析している。このプロセスを経て、環境資源管理が緊急に必要とされる紛争後の時期において、「慣習法」の役割が社会・政治的に重要となることを明らかにしている。実際に、政府は独立してから国の政策として、徐々に慣習法を融合させる政策をとり始めてきており、その背景には、コミュニティの社会形態の特徴とあわせて、紛争後における国家という状況下で、慣習法の位置づけが変化してきた要因を分析している。 第三章では、紛争後の国家における環境問題の主要課題となっている廃棄物管理課題を取り上げている。紛争により廃棄物管理システムが大きく影響を受け、紛争後の社会ではごみの扱い方が平常時の社会とは違いがあるのではという仮説を立て、人々の廃棄物管理に対する意識と行動を明らかにすることを目的とし、インタビュー・アンケート調査を行っている。その結果、明らかにしたことは以下の点に集約できる。第一に、平常時の社会ではごみとみなしているものも、紛争後の資源が限られる中では貴重な資源となる、第二に、政府や企業によるリサイクルシステムが機能しない中で、コミュニティが資源を再活用している、第三に、『特定の種類のごみをあえて収集しない』という管理手法も選択肢となり得る 、という点を明らかにしている。 第四章では、紛争後の環境管理に対する国際支援につき、国連による支援を事例として分析を行っている。紛争後の環境管理支援事業の特徴を抽出し、その成否に関わる要因を特定しており、失敗の要因としては、植林は成果をもたらすまでに長期間必要であり、緊急性の点でコミュニティにとっては優先順位が高くはなかったことが、一要因として提示されている。さらに、参加型を突如に導入したことやコミュニティグループに対する不信感が失敗要因として分析されている。住民にとって、基本的欲求を満たす緊急な課題(食糧・水の確保・収入源の確保)が植林よりも高い優先順位であったため、それらをターゲットとして結びつけた、苗木作りの活動は高い成果を生み出したことを分析している。そして、苗木作りをきっかけにコミュニティグループが形成され、収入源ができ、メンバー間で貯蓄・貸し借りも始め、コミュニティ回復の一助となったことを明らかにしている。さらに、住民らがコミュニティの連携を取り戻したい、というモーチベーションが高まってきた時期に、コミュニティの再構築の手掛かりをプロジェクトが提供したことが成功の一要因となったことを論じている。そして、紛争後の環境管理支援においては、コミュニティ回復の要素を取り組むことが重要となることを示唆している。 第五章では,本研究の結論として、研究から得られた知見と考察が提示され、第六章では、具体的政策提言を、今後の研究の課題とあわせて述べている。 本研究は、紛争後の混沌とした国における、環境資源管理の在り方に、新しい視点と改善策を示しており、本専攻の博士課程の修了要件を満たすに足る内容のものであると判断する。 なお、本論文第一章は、Zafar Adeelとの共同研究に基づき分析を行っているが、論文提出者が主体となって新たな分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。 | |
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