学位論文要旨



No 126317
著者(漢字) 木村,信弥
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,シンヤ
標題(和) タンパク質分泌生産のための麹菌Aspergillus oryzaeの分子細胞生物学的研究
標題(洋)
報告番号 126317
報告番号 甲26317
学位授与日 2010.07.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3607号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 准教授 堀内,裕之
 東京大学 准教授 有岡,学
内容要旨 要旨を表示する

糸状菌はアミラーゼやセルラーゼなどの糖化酵素やプロテアーゼを細胞外に多く分泌することで知られている。麹菌Aspergillus oryzaeもその高い分泌能を持つことから、有用タンパク質生産の宿主として利用されている。しかし、異種タンパク質生産においては、宿主由来のプロテアーゼは生産したタンパク質を分解してしまうため、その多量のプロテアーゼが生産過程のボトルネックの1つとして問題となっている。

一方で細胞内においても、異種タンパク質分解の可能性が示唆される。異種タンパク質生産時には、タンパク質品質管理機構に関連する遺伝子の発現応答があり、細胞が異種タンパク質を異常なタンパク質として認識することが考えられる。これまでに糸状菌において、分泌タンパク質品質管理の中心的なオルガネラである小胞体(endoplasmic reticulum, ER)が可視化されているが、異常なタンパク質を発現している状態でのERの形態や、異常なタンパク質が細胞内でどのように処理されているかについては詳しく調べられていない。

本研究では、異種タンパク質生産量を改善するために、DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析を利用し、プロテアーゼによる異種タンパク質分解の問題の解決を試みた。そして、変異型のα‐アミラーゼの局在を解析するとともに、ERなどのタンパク質の分泌に関与するオルガネラの局在解析を行って、糸状菌のタンパク質分泌に関する基礎的知見を得ることとした。

1.麹菌A.oryzaeのDNAマイクロアレイ解析と異種タンパク質分泌生産

A. oryzaeにおける全遺伝子対応型のDNAマイクロアレイによる解析を行い、異種タンパク質生産におけるプロテアーゼの問題に応用させることとした。異種タンパク質生産量がピークに達する培養4日目を培養中期とし、その前後2日をそれぞれ前期および後期として、ゲノム情報から抽出された134のプロテアーゼ遺伝子について、培養経過に伴う遺伝子発現解析を網羅的に行った。プロテアーゼ遺伝子は培養経過に伴ってその発現量を変化させており、発現パターンによってグループ化することが可能であった。そして、培養経過とともに発現量が増加するプロテアーゼ遺伝子群が同定され、その中にはこれまでにプロテアーゼ遺伝子破壊の効果が認められているpepA、tppA、そしてalpAなどのプロテアーゼ遺伝子や、それらとクラスタを形成する中性プロテアーゼ遺伝子nptBも含まれていた。培養後期では異種タンパク質生産量が減少することも考慮して、このプロテアーゼ遺伝子群が培養後期での分解に関与すると推測された。そこで、nptB破壊株を用いてヒトリゾチーム生産を行ったところ、その生産量の増加が認められた。1) さらに、nptBと培養後期で発現上昇が認められたプロテアーゼ遺伝子dppVとdppIVを同時に破壊した株でウシキモシン生産を行ったところ、その生産量が約34%増加した。2)

2.麹菌A. oryzaeの小胞体(ER)と変異型分泌タンパク質の局在解析

異種タンパク質は、ミスフォールドした異常なタンパク質として細胞に認識されることが示唆されているが、その細胞内局在についてはほとんどわかっていない。そこで、細胞内における異常なタンパク質の局在を、ERなどの分泌に関与するオルガネラの局在とともに調べることとした。始めに、A. oryzaeのカルネキシン遺伝子AoclxAの遺伝子座にEGFPを挿入し、AoClxA-EGFPとして発現することでERの可視化を行ったところ、これまでの報告と一致して菌糸の先端側に多く局在する様子が観察された。また、分泌経路の開始点と考えられるERのサブドメインtransitional ER(tER)について、COPII被覆小胞構成因子をコードする遺伝子Aosec13にEGFPを融合させて、その遺伝子座でAoSec13-EGFPとして発現したところ、ERと同様に極性のある分布が観察された。ERとtERを同時に可視化してそれらの挙動を調べた結果、tERはERとは異なる運動性を持つ特徴的なサブドメインであることが示唆された。

次に、A. oryzaeの代表的な分泌タンパク質であるα‐アミラーゼAmyBの局在について調べたところ、菌糸最先端においてSpitzenkorper様の構造体を形成しており、ERおよびtERは最先端を除く先端側に局在していた。また、ゴルジ体の局在も調べたところ、菌糸の先端側に多く存在し、極性を持つtERと近接な関係にあった。以上のことから、分泌に関与するオルガネラは、菌糸先端付近に配置されていることが示唆された。

続いて、AmyBのジスルフィド結合欠損型の変異体を作製し、その細胞内局在をERおよびtERの局在とともに調べた。変異型AmyBは転写レベルでの発現抑制が示唆されたが、低い発現量でも効率的にタンパク質変性応答(Unfolded Protein Response, UPR)を誘導しており、強力なERストレス誘導タンパク質であることが示唆された。変異型AmyBを発現すると、ERの極性は失われ、基部側にも発達して変異型AmyBを多く蓄積し、基部側から先端側にかけて変異型AmyBの勾配を形成していた。しかし、tERの極性は変異型AmyBを発現しても維持されていた。そして、tERと変異型AmyBは、それぞれ逆方向の勾配を形成していた。これらの結果は、菌糸の先端側のERでは分泌が積極的に行われているのに対して、基部側のERでは異常なタンパク質を蓄積する可能性を示唆し、部位によってERの役割が異なるという可能性が考えられた。

3.麹菌A. oryzaeの変異型分泌タンパク質分解機構の解析

変異型AmyBの局在解析から、異常なタンパク質は菌糸の基部側に蓄積することが示された。この蓄積した異常なタンパク質の運命を調べるために、長時間培養を行って蓄積した変異型AmyBの様子を観察した。その結果、48時間培養後においては、変異型AmyBはERマーカーとともに液胞に取り込まれていた。このERの取り込みがERストレス誘導型のオートファジーによるものかを調べるため、変異型AmyBを発現していない株をERストレス誘導剤であるDTTで処理したところ、AoAtg8が液胞への取り込まれたことからオートファジーの誘導が認められた。しかし、ERマーカーの取り込みは限定的であった。一方で、長時間培養をすると、AoAtg8とERマーカーがともに液胞に取り込まれる様子が観察された。このことから、培養フェーズ依存的なオートファジーによるERの液胞への取り込みが示唆された。そして、変異型AmyBは、長時間培養後にAoAtg8とともに液胞に取り込まれることが確認された。そこで、オートファジー欠損株(△Aoatg8)を用いて変異型AmyBの液胞への取り込みを観察した結果、オートファジー欠損株においては変異型AmyBの液胞への取り込みが起こらなかった。さらに、ERの液胞への取り込みについても調べたところ、同様にオートファジー依存的であることが示された。以上のことから、長時間培養で誘導されるオートファジーによってERおよび変異型AmyBが分解されることが示唆され、オートファジーによる蓄積したミスフォールドタンパク質の除去を糸状菌で初めて示した。

総括

培養後期で発現量が上昇するプロテアーゼ遺伝子を破壊することにより、異種タンパク質の分泌生産量が増加することが示され、それらプロテアーゼ遺伝子の多重破壊はさらなる効果があることが認められた。一方で、細胞内において、フォールディングに異常のあるタンパク質は、菌糸の基部側のERに蓄積し、最終的にオートファジーで分解されることが示唆された。タンパク質の分泌に関与するオルガネラは、菌糸の先端付近に配置されていることからも、異常なタンパク質を基部側に蓄積させることによって、正常なタンパク質の分泌を維持しているのかもしれない。そして、長時間培養によって起こるオートファジーを利用し、蓄積した異常なタンパク質をオルガネラごと分解していることが示唆された。

1) Kimura S, Maruyama J, Takeuchi M, and Kitamoto K.Monitoring global gene expression of proteases and improvement of human lysozyme production in the nptB gene disruptant of Aspergillus oryzae.Biosci. Biotechnol. Biochem. 72(2):499-505. (2008)2) Yoon J, Kimura S, Maruyama J, and Kitamoto K.Construction of quintuple protease gene disruptant for heterologous protein production in Aspergillus oryzae.Appl. Microbiol. Biotechnol. 82(4):691-701. (2009)
審査要旨 要旨を表示する

麹菌d甲叩肋間叩脈は、高い分泌能を持つことから有用タンパク質生産の宿主として利用されている。しかし、異種タンパク質生産においては、宿主由来のプロテアーゼは生産したタンパク質を分解してしまうため問題となっている。一方、細胞内分泌経路においても、異種タンパク質分解の可能性が示されている。

本論文は、異種タンパク質生産畳を改善するために、DNAマイクロアレイによる迫伝子発現解析を行い、プロテアーゼによる分解の問題の解決を試みるとともに、変異型α-アミラーゼの細胞内局在を詳細に解析したものであり、3章からなる。

第1章では、A. oryzaeにおける全遺伝子対応型のDNAマイクロアレイ解析により、生産した異種タンパク質分解に関与するプロテアーゼの絞り込みを行い、その効果を確認した。ゲノム情報から推定される134のプロテアーゼ遺伝子について、培養経過に伴う遺伝子発現解析を網羅的に行った。発現パターンのクラスタリングから培養後期に発現量が増加するプロテアーゼ遺伝子群が同定され、その中にはこれまでに異種タンパク質を分解するプロテアーゼとして報告されているpepA、tppA、alpAなどの遺伝子の他に、それらとクラスタを形成する中性プロテアーゼ遺伝子nptBを見いだした。そこで、nptB遺伝子破壊株を作成しヒトリゾチームの生産を行ったところ、生産量の改善が認められた。さらに、nptBと培養後期で発現上昇が認められたプロテアーゼ遺伝子dppVとdppIVを同時に破壊した株でウシキモシン生産を行ったところ、生産量が親株に比べて約34%増加した。

第2章では、A. oryzaeの小胞体(ER)と変異型分泌タンパク質の局在解析を行った。まず、A. oryzaeのカルネキシン遺伝子AoclxAの遺伝子座にEGFPを挿入し、AoClxA-EGFPとして発現することでERの可視化を行ったところ、菌糸の先端側に多く局在する様子が観察された。また、分泌経路の開始点と考えられるERのサブドメインtransitionalER(tER)について、COPII被覆小胞構成因子をコードする遺伝子Aosec13にEGFPを融合させて、その遺伝子座でAoSec13-EGFPとして発現したところ、ERと同様に極性のある分布が観察された。ERとtERを同時に可視化してそれらの挙動を調べた結果、tERはERとは異なる運動性を持つ特徴的なサブドメインであることが示唆された。

次に、A. oryzaeの代表的な分泌タンパク質であるαアミラーゼAmyBの局在について調べたところ、菌糸最先端においてSpitzenkorper様の構造体が見られ、ERおよびtERは、それに続くように先端側に極性をもって局在した。また、ゴルジ体は、菌糸の先端側に多く存在し、極性を持つtERと近接して観察された。以上のことから、分泌に関与するオルガネラは、菌糸先端付近に配置されていることがわかった。

続いて、AmyBのジスルフイド結合欠損型の変異体を作製し、その細胞内局在をERおよびtERの局在とともに調べた。変異型AmyBは効率的にUnfolded Protein Response(UPR)を誘導しており、強力なERストレス誘導タンパク質であることが示唆された。変異型AmyBを発現すると、ERの極性は失われ、基部側にも発達して変異型AmyBを多く蓄積し、基部側から先端側にかけて変異型AmyBの勾配を形成していた。しかし、tERの極性は変異型AmyBを発現しても維持されていた。そして、tERと変異型AmyBは、それぞれ逆方向の勾配を形成していた。これらの結果から、菌糸の先端側のERでは分泌が積極的に行われているのに対して、基部側のERでは異常なタンパク質を蓄積する可能性が考えられた。

第3章では、A. oryzaeの変異型分泌タンパク質分解機構の解析を行った。菌糸基部側に蓄積した変異型AmyBは、48時間培養後においては、ERとともに液胞に取り込まれることが観察されたが、これは、培養フェーズ依存的なオートファジーによるERの液胞への取込みが起こることを示唆している。そこで、オートファジー欠損株(ΔAoatg8)を用いて変異型AmyBの液胞への取り込みを観察した結果、ΔAoatg8株においては変異型AmyBおよびERの液胞への取込みが起こらなかった。以上のことから、蓄積したミスフオールドタンパク質が、長時間培養で誘導されるオートファジーにより分解除去されることを糸状菌で初めて示した。

以上、本論文は、糸状菌における異種タンパク質生産についての分子細胞生物学的解析を行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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