学位論文要旨



No 126327
著者(漢字) 船越,明子
著者(英字)
著者(カナ) フナコシ,アキコ
標題(和) ひきこもり青年の親が抱く困難感に関する研究
標題(洋) Study of Parental Difficulties in Families With Hikikomori Syndrome Children (Social Withdrawal)
報告番号 126327
報告番号 甲26327
学位授与日 2010.07.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3558号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 特任准教授 金生,由紀子
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

近年、地域精神保健の領域で注目されている青年のひきこもりへの援助活動において、ひきこもっている当事者が当初から相談に訪れることはまれであるため、家族は第一の援助対象として重要である。しかし、ひきこもり青年を抱える家族は、家族の柔軟性と凝集性が低い、家族機能の健康度、家族の精神的健康度が一般集団より低いといわれ、援助が必要な状態であるといえる。

家族への支援は、ひきこもりの程度の改善、家庭内の交流改善、問題行動の改善など子どもの好ましい変化をもたらす機能があると報告されており、家族を対象として援助を行うことは間接的にひきこもり状態にある人の援助につながるといえる。効果的な家族支援を実施し、評価するために、援助を受けた家族についての、基礎的なエビデンスが必要とされている。

そこで、本学位論文では、ひきこもり青年の親が抱える困難感を明らかにすることを目的に行った3つの研究を報告する。なお、すべての研究において、東京大学医学部倫理委員会の承認を受けた上で実施した。

2. ひきこもり青年を抱える家族へのサポートおよび家族の子どもへの心理・態度の変容のプロセス(研究1)

本研究では、ひきこもり青年を抱える家族の子どもに対する心理および態度の変容のプロセスを明らかにすること、および、変容のプロセスと家族の受けたサポートについて記述することを目的に調査を実施した。

理論的サンプリングにより選出された6施設の公的または民間の親への支援活動に参加しているひきこもり青年の親18名(父親6名、母親12名、平均年齢58.1歳(SD=6.9))と家族への支援提供者3名(全て女性、平均年齢45.3歳(SD=9.8))を対象に、グループまたは個人面接による半構造化インタビューを実施した。インタビュー内容は、逐語録をもとにGrounded Theory Approachにおける継続的比較分析法を用いて質的に分析した。

その結果、ひきこもり青年の親の子どもに対する心理・態度は、≪何がなんだかわからない≫段階から、≪子どもの状況を知る≫ ≪子どものつらさを理解する≫≪ありのままの子どもを受け入れる≫≪人生に新しい価値を見出す≫の5段階のプロセスを経ることが明らかとなった。また、親の変容を促進するサポートとして、プロセスの初期には、『情報提供』『精神医学的アプローチ』『自助グループ』、後期には『認知療法的アプローチ』『問題解決型アプローチ』『共感的支持的アプローチ』『夫婦カウンセリング』が抽出された。

2. ひきこもり青年を抱える家族の困難感尺度の開発(研究2-I)

ひきこもり青年をかかえる家族への援助活動の計画、実施、評価を効果的に行うためには、家族支援の効果を客観的に把握できるツールの開発が必要である。そこで、研究2では、ひきこもり青年を抱える家族の困難感を定量的に測定する尺度を開発し、その信頼性と妥当性を検証することを目的に調査を実施した。

先行研究および研究1の結果をもとに42項目の"ひきこもり青年を抱える家族の困難感尺度(案)"を作成し, ひきこもり青年を抱える家族176名(回収率26.7%)を対象に尺度の信頼性と妥当性を検討した。

探索的因子分析により「夫婦間の協力」「ひきこもり青年に対する心的葛藤」「社会資源の活用」の3因子18項目が抽出された。Cronbach's α 係数は0.858と高い信頼性が得られた。3因子構造について検証的因子分析による妥当性の検討を行った結果、モデル適合度の基準を十分満たすには至らなかったが(SEM: GFI=0.851, AGFI=0.806, RMSEA=0.08), 1因子構造と比較するとより高い適合度であった。基準関連妥当性について、本尺度の合計得点は本尺度のトータルスコアと子どもの状況・親の抑うつ・QOLとの相関を分析した。その結果、親の困難感は、子どもの問題行動の数が多く、活動の程度が狭く、家族に対して拒否的であるほど強く、さらにWHO/QOL尺度とは負の相関を、抑うつ尺度(CES-D)とは正の相関を示した。

以上から、『ひきこもり青年を抱える家族困難感尺度』は一定の信頼性と妥当性が確保されており、ひきこもり青年を抱える家族への援助活動の効果の視点の一つである家族の困難感を定量的に評価するツールとして現場での活用が期待される。

3. ひきこもり青年を抱える家族の困難感 ―父親と母親との比較から―(調査2-II)

ひきこもり青年を抱える家族の困難については母親に関する報告に偏っている傾向があった。そこで、本研究では、ひきこもり青年を抱える親の困難感について父親と母親を比較しその特徴を明らかにすることを目的に調査を行った。

研究2-Iの対象者のうち、父母ともに調査票に回答した55組の夫婦を対象に研究2-Iで開発した『ひきこもり青年を抱える家族困難感尺度』、WHO/QOL尺度、抑うつ尺度(CES-D)、家族支援の利用状況を含む質問紙調査を実施し、t検定および分散分析を用いて父母間を比較した。

過去一年間に親が利用したひきこもりに関する支援の利用数は、統計的に有意に母親よりも父親が少なかった。また、父親は統計的に有意に母親よりも「社会資源の利用」についての困難を感じていた。「夫婦間の協力」に関する困難は、ひきこもり青年との続柄と利用したサービス数との間で統計的に有意傾向を示す交互作用がみられた。また、父母別に階層的重回帰分析を用いて、困難感に影響する要因を検討した結果、父母ともに父親の家族支援の利用数が多いことが「夫婦間の協力」に関する困難が少ないことと統計的に有意な関連を有することが示された。

ひきこもり青年を抱える親の困難は、父親と母親では異なる特徴があることから、それぞれのニーズにあった支援を提供することが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、地域精神保健の領域で注目されているひきこもり青年への援助活動において、重要な役割を担っている親が抱える困難感を明らかにすることを目的に、ひきこもり青年を抱える親の子どもに対する心理・態度の変容のプロセスを質的研究の手法を用いて明らかにするとともに、ひきこもり青年を抱える親の困難感を定量的に測定する尺度の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.理論的サンプリングにより選出された6施設の公的または民間の親への支援活動に参加しているひきこもり青年の親18名と親への支援提供者3名を対象に、グループまたは個人面接による半構造化インタビューを実施した。インタビュー内容は、逐語録をもとにGrounded Theory Approachにおける継続的比較分析法を用いて質的に分析した。その結果、ひきこもり青年の親の子どもに対する心理・態度は、≪何がなんだかわからない≫段階から、≪子どもの状況を知る≫ ≪子どものつらさを理解する≫≪ありのままの子どもを受け入れる≫≪人生に新しい価値を見出す≫の5段階のプロセスを経ることが明らかとなった。また、親の変容を促進するサポートとして、プロセスの初期には、『情報提供』『精神医学的アプローチ』『自助グループ』、後期には『認知療法的アプローチ』『問題解決型アプローチ』『共感的支持的アプローチ』『夫婦カウンセリング』が抽出された。

2.先行研究およびインタビュー調査の結果をもとに42項目の「ひきこもり青年を抱える家族の困難感尺度(案)」を作成し, ひきこもり青年の親176名を対象に尺度の信頼性と妥当性を検討した。探索的因子分析により「夫婦間の協力」「ひきこもり青年に対する心的葛藤」「社会資源の活用」の3因子18項目が抽出された。Cronbach's α係数は0.858と高い信頼性が得られた。3因子構造について検証的因子分析による妥当性の検討を行った結果、モデル適合度の基準を十分満たすには至らなかったが、1因子構造と比較するとより高い適合度であった。基準関連妥当性について、本尺度の合計得点は、子どもの問題行動の数が多く、活動の程度が狭く、家族に対して拒否的であることと性の相関、親のQOL(WHO/QO L)とは負の相関、抑うつ度(CES-D)とは正の相関を示した。以上の結果から、3因子18項目の『ひきこもり青年を抱える家族困難感尺度』は一定の信頼性と妥当性を有することが確認された。

3.ひきこもり青年を抱える55組の夫婦を対象に『ひきこもり青年を抱える家族困難感尺度』、QOL(WHO/QOL)、抑うつ度(CES-D)、家族支援の利用状況について、t検定および分散分析を用いて父母間を比較した。過去一年間に親が利用したひきこもりに関する支援の利用数は、統計的に有意に母親よりも父親が少なかった。「夫婦間の協力」に関する困難は、ひきこもり青年との続柄と利用したサービス数との間で統計的に有意傾向を示す交互作用がみられた。また、父母別に階層的重回帰分析を用いて、困難感に影響する要因を検討した結果、父母ともに父親の家族支援の利用数が多いことが「夫婦間の協力」に関する困難が少ないことと統計的に有意な関連を有することが示された。

以上、本論文はひきこもり青年を抱える親の困難感を定性的視点と定量的視点から明らかにした。ひきこもり青年を抱える親の心理・態度の変容のプロセスおよび親の困難感に影響を与える要因の父母別の特徴は、これまでの研究では言及されておらず、ひきこもり青年を抱える家族に対する効果的な支援の実施に貢献できる新しい知見と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51490