学位論文要旨



No 126328
著者(漢字) 雷,桂林
著者(英字)
著者(カナ) ライ,ケイリン
標題(和) 中国語の数量表現前置構文の描写・説明機能
標題(洋)
報告番号 126328
報告番号 甲26328
学位授与日 2010.07.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1010号
研究科 総合文化研究科
専攻 言語情報科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楊,凱栄
 東京大学 教授 坂原,茂
 東京大学 教授 木村,英樹
 東京大学 准教授 吉川,雅之
 国語研究所 教授 井上,優
 東洋言語文化学院 教授 クリスティーン,ラマール
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、中国語の数量表現が動詞の前(文頭)に現れる構文(本論文では数量表現前置構文と呼ぶ)の意味機能について考察を行うものである。中国語では、数量表現は通常動詞の後に現れ、動詞の前、即ち主語や連用修飾語として用いられる際には一定の制約を受ける。本論文は以下の四つの数量表現前置構文を取り上げ、それぞれが受ける文法的制約を探り、さらに構文機能の観点からそのような制約が生まれる要因を考察した。

a.数量詞並列構文

b.数量対応構文

c.不定名詞主語文

d.線的概念前置構文

a、bについては数量表現の主語性が弱いことに注目し、c、dについては構文機能に重点を置いて構文の特徴を分析することによって、数量表現が果たす機能を明らかにした。本論文は序章、第1部(第1章、第2章)、第2部(第3章~第6章)、終章から成る。

序章では、考察対象、取り上げる問題点、本論文の考え方・主張の概略などを述べた。

第1部では、中国語の数量表現は、文頭に置かれる際に弱い主語・主題性を示すことを明らかにした。第1章では、まず、日中対照の観点から、中国語の数量表現の指示・代用機能が弱いことを指摘し、指示・代用機能を果たすためには、修飾語をつける方法や"今天〓吃的魚,一条是鯉魚,一条是〓魚。"(今日あなたが食べた魚は、一匹は鯉で、もう一匹はフナだ)のような数量詞並列構文にする方法等があるということを述べた。次に、数量詞並列構文において、数量詞は「分割式部分量」を表すことによって、非同一指示で前方にある情報を同定するということを示し、数量詞が非同一指示の機能を果たすのは、同構文の意味機能に動機づけられることを指摘した。さらに、同構文は並列構造の形を用いて集合のメンバーを逐次的に説明するものであり、数量表現は並列構造の中で対比性が付与されて主題として機能するのだと捉えられる、ということを述べた。即ち、数量表現は対比性を有する分割式構文におかれて、前方で言及した特定の要素を同定し、非同一指示の機能を果たすのだと考えられる。次の第2章では、"三个人坐一条板〓。"(三人で一つのベンチに坐る)のような、数量表現が非典型的な主語、若しくは述語内成分(連用修飾語)として機能する数量対応構文について考察した。従来、数量対応構文における"三个人"(三人)のような数量表現は主語と看做されてきたが、数量表現は不定(indefinite)であり、「主語は通常定(definite)でなければならない」という中国語の大原則に違反する。そこで、本論文は形式と意味の両面から、この場合の"三个人"(三人)を連用修飾語と看做すことの妥当性を示し、問題の解決策を提示した。数量対応構文では、数量表現はイントネーション上、後ろの動詞や動詞の後の部分と一体となり、構文全体が意味を担う一つの文法形式となっている。また、数量表現は再帰代名詞や代名詞と呼応することができず、叙述の対象になりにくい。数量対応構文のもつこのような特徴は、第1章で述べた数量詞並列構文に見られる特徴とともに、数量表現が非典型的な主語/主題として機能することを示すものである。

第2部は本論文の中核となる部分である。ここでは、数量表現の役割を構文機能の面から解釈することを試みた。第3章では、不定名詞が主語になりにくいにもかかわらず、不定名詞主語文が大量に存在しているという言語事実に注目し、構文機能の面から同構文の成立条件を探った。不定名詞主語文は複雑な述語構造を持たなければならないが、この点について、先行研究は、中国語と英語の違いに着目し、中国語は文法的にテンス形式を持たない言語であるため、事態文としての不定名詞主語文の述語は、時間、場所、様態などの連用修飾語による限定を受けなければならないと指摘している。しかし実際には、"昨天一个陌生人来到門外"。(昨日一人の見知らぬ人が外に来ていた)の下線部が省略できないということからも分かるように、動詞の後にくる補語等の成分は連用修飾語以上に重要な役割を果たすようである。本論文は、不定名詞主語文が成立するためには、「場面内容の描写」という機能を果たさなければならず、述語構造が複雑になるのは、場面内容の描写を表す要素を伴わなければならないからであると考える。不定名詞主語文は有標な構文であり、主語にも述語にも描写性要素が含まれるが、同構文が場面描写機能を果たすためには、文の中核である動詞の表す動きの局面を細かく描く必要があり、始まり、継続、終わりといった相を明確にしなければならない。その結果、非事態文においては様態がはっきり示され(継続相も明示される)、事態文の場合は動詞句が始まり、終わりといった相をもつ構造になるのである。第4章では、時間量表現が動詞の前に用いられた場合、しばしば"都"(みな)のような副詞を伴うことについて、時間量表現前置構文の機能の面から考察を行った。時間量表現前置構文において、不定名詞の一種である時間量表現は、数量という描写的要素を内包し、定名詞に近い情報を担っているため、主語の位置に置かれる資格を持っている。しかし、これらの時間量表現は定名詞と等価ではなく、非典型的な主題としてしか機能しないため、述語も描写的要素を持たなければならないという制約を受ける。同構文は時間量表現が示す期間全体に対する描写を表し、述語は内部が均質的であり、しかも終結点を有するという特徴を持つため、限界点のない線的な概念は、同構文に用いられる際、限界性を内在する"都"(みな)類副詞と共起しなければならない。これに対して、終結点を持つ線的な概念は、"都"(みな)類副詞と共起せず、そのまま同構文に用いられる。つまり、限界点を付与する必要性の有無が"都"(みな)類副詞の出現を左右する要因であると考えられる。第5章では、数量表現の枠を超え、広義の線的概念を表す "从~到~"(~から~まで)、"从~以来"(~以来)、"从~起"(~から)、"从~以后"(~以降)といったフレーズが文頭に現れる構文を観察し、これらの構文も描写的特徴を有することを指摘した。これらの構文は時間量表現前置構文と同様、典型的には、文頭の線的概念が示す期間に対する静態的な描写を表すものである。第6章では、第3章で述べた不定名詞主語文と、第4~5章で述べた線的概念前置構文の特徴を整理した上で、"三个人"(三人)のような数量表現が文頭に置かれる文が、不定名詞主語文と捉えられる場合と線的概念前置構文と捉えられる場合について考察した。そして、不定名詞主語文には点的な(瞬間性を有する)特徴、線的概念前置構文には線的な(限界点を有し、一定の幅を持つ)特徴があり、非典型的な特徴を持つ複数の個体を表す概念が文頭に来る場合、述語が点的であれば不定名詞主語文(例えば"三个人奉承地笑起来"。(三人が追従して笑った))、線的であれば線的概念前置構文("三个人都笑了。"(三人とも笑った))になるということを示した。

終章では、文の機能という観点から数量表現前置構文の全般的特徴を考察し、数量表現前置構文が事態発生の報告には不向きであり、いずれも描写・説明の機能を持つということを明らかにした。そして、冒頭に挙げた四つの構文間には、次のような関係があると指摘した。

終章ではさらに、数量表現前置構文がこのような機能を有するのは、数量表現が動詞の前、つまり文頭に置かれることに起因することを示し、最後に、今後の課題について述べた。

描写文 説明文

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、中国語の数量表現前置構文の意味機能について考察を行うものである。中国語では、数量表現は通常動詞の後に現れ、動詞の前、即ち主語や連用修飾語として用いられる際には一定の制約を受ける。本論文は主として四つの数量表現前置構文を取り上げ、それぞれが受ける文法的制約を探り、さらに構文機能の観点からそのような制約が生まれる要因を考察した。

本論文は序章、第1部(第1章、第2章)、第2部(第3章~第6章)、終章から構成され、序章では考察対象とその問題点を提起すると同時に、本論文の構成、主張及び用例の出典などについて説明した。

第1章では、まず日中対照の観点から中国語の数量表現の指示・代用機能が弱いことを指摘し、指示・代用機能を果たすためには、修飾語句を加える方法や数量詞並列構文にする方法等があり、中でも数量詞並列構文において数量表現は対比性を有する分割式構文という形式をとることによって、文脈で言及した特定の要素を固定し、非同一指示の機能を果たすことを指摘した。第2章では、数量表現が非典型的な主語、若しくは述語内成分(連用修飾語)として機能する数量対応構文について考察し、従来数量対応構文における数量表現は主語と看做されてきたことを踏まえ、形式と意味の両面から検討を加え、これを連用修飾語と看做すことの妥当性を示し、問題の解決策を提示した。数量対応構文のもつこのような特徴は、第1章で述べた数量詞並列構文に見られる特徴とともに、数量表現が非典型的な主語・主題として機能することを示すものである。

本論文の中心となる第2部では数量表現の役割を構文機能の面から解釈することを試みた。第3章では、不定名詞が主語になりにくいにもかかわらず、不定名詞主語文が大量に存在しているという言語事実に注目し、構文機能の面から同構文の成立条件として、「場面内容の描写」を盛り込むことが必要であることを明らかにした。第4章では、時間量表現前置構文について機能の面から考察を行い、この構文の成立の要因として主語においては具体的な数量表現が加わることによって定の要素が増し、主語が現れるという側面を持つと同時に、述語においては時間量表現が示す期間全体に対する均質的で静的な叙述が要求されることを明らかにした。第5章では、"从~到~"(~から~まで)といったような、数量表現の枠を超えた、広義の線的概念を表す表現が文頭に現れる構文を考察し、これらの構文も描写的特徴を有することを指摘し、それは前述した時間量表現前置構文と同様、典型的には、文頭の線的概念が示す期間に対する静態的な描写が必要であることを指摘した。第6章では、第3章で述べた不定名詞主語文と第4~5章で述べた線的概念前置構文の特徴を整理した上で、"三個人"(三人)のような数量詞を主語としてとる数量表現は不定名詞主語文として機能する場合と、線的概念前置構文として機能する場合があり、前者の構文は点的な(瞬間性を有する)特徴を有し、後者の構文は線的な(限界点を有し、一定の幅を持つ)特徴を有し、両者は異なる機能を有し、それぞれ人間の事態認知の相違を反映するものであることを示した。終章では、文の機能という観点から数量表現前置構文の全般的特徴を考察し、数量表現前置構文が事態発生の報告には不向きであり、いずれも描写・説明の機能を持つということを明らかにした。

本論文の最大の貢献は従来主語として成立しにくい原因として十分に満足のいく説明が与えられていない不定の数量表現及び関連する数量表現前置構文について、コーパスから実例を採集し、詳細かつ妥当な分析を加え、それぞれの構文の機能を明らかにしたことにある。その意味で、本論文はいわゆる中国語の数量表現前置構文に関するこれまでの研究を大きく前進させたものと言える。しかし、論文に不備や問題がないわけではない。審査員から概念の規定にやや厳密さを欠く部分があり、また議論の過程においても論証が不十分な個所が見られるとの指摘があった。しかし、これらの問題は本論文の学術的価値を損ねるものではない。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/37653