学位論文要旨



No 126339
著者(漢字) 熊倉,慧
著者(英字)
著者(カナ) クマクラ,ケイ
標題(和) マンネンタケ水抽出物のアンギオテンシン変換酵素阻害成分に関する研究
標題(洋)
報告番号 126339
報告番号 甲26339
学位授与日 2010.09.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3613号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鮫島,正浩
 東京大学 准教授 五十嵐,圭日子
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 講師 横山,朝哉
 高崎健康福祉大学 教授 江口,文陽
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

近年、生活習慣病やそれら疾病に伴う医療費の高騰、健康食品ブームにより、機能性食品に対する期待は高まっている。高血圧症においても、合成薬剤の持つ副作用の観点から、穏和な効果を有し、副作用の少ない食品に注目が集まっている。

マンネンタケ(Ganoderma lucidum)は、古来より和漢薬、民間薬として利用されてきたキノコであり、乾燥粉末や抽出物が血圧上昇抑制効果を有することが知られている。しかし、マンネンタケ水抽出物の血圧上昇抑制効果に関する研究報告はあるものの、その原因に関する知見は乏しい。一方、血圧上昇作用には、レニン・アンギオテンシン系において、血圧コントロールに重要な役割を担っているジペプチジルカルボキシペプチダーゼであるアンギオテンシン変換酵素(ACE)が深く関係していることが知られている。

そこで本研究では、マンネンタケ水抽出物のACE阻害作用の特徴を明らかにし、阻害成分とその発現メカニズムに関する知見を得ることを目的とした。

第二章 マンネンタケ水抽出物のACE阻害作用の特徴

本章では、マンネンタケ水抽出物のACE阻害作用の特徴を明らかにした。

マンネンタケ子実体を水で抽出した結果、その抽出物において阻害活性が確認され、血圧の低下も引き起こした。また、マンネンタケ水抽出物は、他種のキノコ子実体抽出物のなかでも比較的高い阻害活性を有することを明らかにした。さらにマンネンタケ抽出物はACE活性に対して拮抗阻害を示した。そして、水抽出物のACE阻害活性は、熱(25-140℃)およびpH(3.0-9.0)条件下においても安定であることを確認し、広範囲での熱およびpH安定性を有していることを明らかにした。

一方、キノコの機能性は菌株や生育条件の違いによりその活性が異なることが知られている。そこで、マンネンタケ4菌株をウメおよびコナラ木粉を用いて人工栽培し、子実体水抽出物のACE阻害活性を比較検討した。その結果、子実体抽出物のACE阻害活性能は、菌株依存性が高いことが明らかとなった。さらに、培地基材の差異によるACE阻害活性を比較した結果、ACE阻害活性については、ウメ、コナラ間での培地基材依存性は確認されなかった。

第三章 マンネンタケ水抽出物中に存在するACE阻害成分の探索

本章では、マンネンタケ水抽出物成分の分画を試みた。はじめに、溶媒への溶解性ならびに分子量分画に着目し、エタノール分画および限外濾過をおこなった。次いで陽イオン交換カラムを用いて分画をおこなった。その結果、精製物は、エタノールに溶解し、分子量3k以下の陽イオン性物質であることを確認した。さらに精製物を逆相クロマトグラフィーにより分画したところ、活性は分散し、いくつかの画分においてACE阻害活性が認められた。そこで精製物中に含まれる各分画の構成成分の同定を試みた。H-NMR分析、LCMS分析、HPLC分析およびTLC分析により、主要な成分としてシチジン、グアノシン、イノシンそしてL-ロイシンの存在を確認した。さらに、これら主要成分のACE阻害活性を調べたが、これらの成分の阻害比活性は対応する画分のそれに比べると非常に弱く、他の成分の寄与が大きいことが示唆された。

そこで、既往の研究において、ACE阻害物質として多様なペプチドが関与していることが知られていることに着目した。実際、マンネンタケ子実体の水抽出物の場合においても、ニンヒドリン反応を示す物質が存在すること、また抽出物が拮抗阻害を示すことなどの結果はペプチドがその活性に関与している可能性を支持しており、水抽出物中に存在する複数のペプチドが相加的に阻害活性を与えていることが考えられた。さらにACE阻害活性の低い水抽出物80%エタノール不溶画分をペプシン消化したところ、阻害活性の上昇が確認された。以上のことから、マンネンタケ子実体水抽出物のACE阻害活性はマンネンタケが生産するプロテアーゼにより、水抽出物中に存在するタンパク質の自己消化によって生成した低分子ペプチドが関与しているというACE阻害活性発現機構に関する仮説を打ち立てた。

第四章 ACE阻害活性発現機構に関する実証

前章で打ち立てた仮説を実証するために、本章では、ACE阻害活性能向上のための抽出方法の検討とACE阻害成分へのプロテアーゼ反応の関与を明らかにすることを試みた。抽出時の温度およびpHを検討した結果、いずれも酵素反応特有の温度依存性ならびにpH依存性を示し、抽出温度においては37℃、抽出液のpHにおいてはpH5.0のものにもっとも高い阻害活性が確認された。さらに、ACE阻害活性をもたないカゼインを基質として、37℃水抽出物とともにインキュベートし、ACE阻害活性を測定した。その結果、カゼインの分解に基づくと考えられるACE阻害活性値の上昇が確認された。一方、煮沸処理した37℃水抽出物にはカゼインに対するこのような効果は認められなかった。この結果から、37℃水抽出物中にプロテアーゼが存在し、このプロテアーゼがACE阻害活性能をもつペプチドを生成することが明らかとなった。以上に基づき、マンネンタケのACE阻害活性の発現は、抽出によって得られたプロテアーゼが抽出液中に存在する他のタンパク質を自己消化し、それにより生成した低分子ペプチドが阻害物質として作用することを実証した。

第五章 総括

本研究では、まずマンネンタケ子実体の水抽出物には顕著なACE阻害活性が存在すること、さらにこの性質を与える物質は広範囲での熱およびpH安定性を有していることを明らかにした。また、水抽出物のACE阻害活性は、菌株依存性が高いことが明らかとなった。この結果は、機能性に基づく菌株選抜が重要であることを示している。さらに水抽出物中の阻害成分の探索により、マンネンタケ水抽出物中のACE阻害活性は、単一成分によるものではなく、複数の低分子ペプチドに由来する阻害活性が相加されたものであると考えられた。そして、これらのペプチドは、マンネンタケ由来のプロテアーゼにより、抽出液中に存在する他のタンパク質を自己消化し、生成されていることが示された。以上の結果により、マンネンタケ子実体の水抽出液中には酵素と基質が共存し、その酵素作用により生成した低分子ペプチドがACE阻害活性の発現するものと結論した。さらに、このことからマンネンタケ子実体抽出物において高いACE阻害活性を得るためには、抽出温度や抽出時間などの条件が非常に重要であることが示された。これらの知見は、今後、マンネンタケ子実体抽出物をはじめ、多くの食用キノコ健康食品の機能向上につながる技術開発に利用可能であると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

担子菌の子実体の中には、食用きのこや薬用きのことして人間生活と深い関わり合いを持ってきているものが少なくない。この中で、マンネンタケ(Ganoderma lucidum)の子実体は和漢薬あるいは民間薬として古くから利用されてきたきのこであり、その薬効としては子実体の水抽出物の血圧上昇抑制作用などが知られている。また、近年、マンネンタケの人工栽培法も確立されたことなどもあって、このような薬効をベースとするマンネンタケ子実体利用の市場拡大への産業界の期待も少なくない。マンネンタケ水抽出物の血圧抑制効果については、レニン・アンギオテンシン系との関わり、その中でもジペプチジルカルボキシペプチダーゼであるアンギオテンシン変換酵素(ACE: Angiotensin Converting Enzyme)活性の阻害についてすでに報告があるが、その原因物質に関する知見は乏しい。そこで、本研究では、マンネンタケ水抽出物のACE活性阻害成分ならびにその発現機構について知見を得ることを目的とした。本論文は、第1章の序論に引き続き、本論の研究として第2章から第4章、さらに第5章の総括によって構成されている。

第2章では、ACE活性阻害におけるマンネンタケ子実体の水抽出物の特徴を明らかにすることを目的に、子実体の水抽出物のモデル動物における血圧抑制効果、ACE活性阻害の定量評価、ACE活性阻害の温度ならびにpH安定性、さらに菌株や生育条件の違いがACE活性阻害に与える影響などについて調べた。マンネンタケ子実体の水抽出物の投与によるモデル動物試験では、当初は216mmHgあった血圧が投与1時間後には194mmHg、さらに6時間後には188mmHgまで低下し、この効果は投与後、24時間継続されることを示した。以上のことから、水抽出物には十分な血圧抑制効果が認められることを確認した。また、25℃、24時間抽出におけるマンネンタケ子実体の水抽出物のACE活性阻害IC50値は197μg/mlであり、モデル動物実験における血圧抑制効果の一因として十分に評価できる値であった。さらに、水抽出物のACE活性阻害は、温度範囲25-120℃およびpH範囲3.0-9.0の条件下において安定であること、水抽出物によるACE活性阻害は拮抗型であることを明らかにした。また、供試した4菌株での子実体の水抽出物におけるACE活性阻害の比較では、生育条件よりも菌株による差異が大きいことを示した。

第3章では、マンネンタケ子実体の水抽出物中に存在するACE活性阻害成分の探索を目的として、抽出物の分画を試みた。まずエタノール添加による高分子量のタンパク質や親水性の高い糖成分などの不溶化を目的とする分画では、ACE活性阻害の大部分は80%エタノール可溶部に分画されることを明らかにした。次に限外濾過による分子量分画を行いACE活性阻害物質が分子量3kDa以下の物質であることを確認し、さらにACE活性阻害物質が陽イオン交換体に吸着される物質であることを明らかにした。しかしながら、陽イオン交換体に吸着された画分を逆相クロマトグラフィーに供したところ、ACE活性阻害物質がいくつかの画分に分離された。このことから、原因物質は単一の成分ではないことが示唆された。また、逆相クロマトグラフィーによって分離したACE活性阻害を有する画分を構成する化合物について同定を試みた結果、主要な成分としてシチジン、グアノシン、イノシンなどの核酸が同定された。さらに、これら核酸成分についてACE活性阻害を調べたが、いずれもその効果は非常に弱く、このことから各画分のACE活性阻害については他の成分の寄与が大きいことが示唆された。以上の一連の結果に加えて、ACE活性阻害を示した各画分のTLC分析ではニンヒドリン反応を示す物質が存在すること、また抽出物による阻害が拮抗型であること、さらにACE自身がプロテアーゼであること等の理由から、水抽出物中に存在する複数のペプチドがACE活性阻害の原因になっていることが予想された。このようなことから、マンネンタケ子実体の水抽出物によるACE活性阻害については、マンネンタケ自身が生産するプロテアーゼが共存する他のタンパク質を消化することによって生成した低分子量ペプチドが関与しているのではないかという着想に至った。

第4章では、前章で得た着想を実証するために、ACE活性阻害成分の生成へのプロテアーゼの関与を明らかにすることを試みた。まず、水抽出物のACE活性阻害については、抽出時の温度およびpHいずれもが酵素反応特有の温度依存性ならびにpH依存性を示し、温度37℃、pH5.0で抽出したものにもっとも高い活性阻害が得られる至適条件が存在することを明らかにした。また、第2章の結果ではACE活性阻害物質は温度100℃、pH9.0でも安定であるにも関わらず、抽出時にこれらの条件を適用するとACE活性阻害がほとんど得られないことを示した。さらに、ACE活性阻害をもたない高分子量タンパク質であるカゼインを基質として水抽出物とともにインキュベートすると、カゼインの分解によると考えられるACE活性阻害の上昇が認められた。以上のことから、水抽出物中に存在するプロテアーゼがACE活性阻害能をもつペプチドを生成すると判断された。

第5章では、第2章から第4章までの実験結果に基づき、マンネンタケ子実体におけるACE活性阻害の発現はマンネンタケ子実体の水抽出によって得られたプロテアーゼが抽出液中に共存する他のタンパク質を自己消化することで生成した低分子量ペプチドが阻害物質として作用すると総括した。

以上、本研究によって、マンネンタケ子実体の水抽出物におけるACE活性阻害の本質ならびにその発現機構について基礎学として新しい知見が得られた。また、それに基づき、高力価のACE活性阻害を得るために必要なマンネンタケ菌株選択ならびに子実体取得の条件、さらにマンネンタケ子実体を薬用きのことして利用して行く上での水抽出条件の設定のための指針が得られた。よって,審査委員一同は,本論文が学術上ならびに応用上において博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51310