学位論文要旨



No 126340
著者(漢字) 盛,朝子
著者(英字)
著者(カナ) モリ,アサコ
標題(和) 西アフリカ半乾燥熱帯におけるマメ科輪作がソルガム収量と土壌肥沃度に及ぼす効果
標題(洋) Long-term effects of legume rotation on sorghum yield and soil fertility in the semi-arid tropics in West Africa
報告番号 126340
報告番号 甲26340
学位授与日 2010.09.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3614号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 岡田,謙介
 東京大学 教授 小林,和彦
 東京大学 准教授 鴨下,顕彦
 農業環境技術研究所 領域長 西尾,隆
 国際農林水産業研究センター プロジェクトリーダー 鳥山,和伸
内容要旨 要旨を表示する

西アフリカの半乾燥熱帯は,世界の中でも多くの栄養不足人口を抱え,人口増加率が高い地域であるにもかかわらず,農地の生産性が低く,その最大の要因として土壌肥沃度の低さが指摘されている.当該地域においては,増収のために効果的な化学肥料・有機物は社会経済的理由から必要十分量投入されない.この改善策のひとつとして,マメ科の輪作があげられ,カウピー・落花生などとの輪作によって,主食となるソルガム・パールミレットなどの穀物収量が増加することがこれまでの研究で明らかとなっている.しかしながらその効果は不規則性が高く,また増収のメカニズムについても不明な点が多い.

マメ科輪作による増収の要因については,これまで窒素固定による窒素供給力への貢献度が高いことが指摘されているが,根粒非着生ダイズを用いた最近の研究では,増収に対するマメ科窒素固定の寄与率はそれほど高くないことが示され,窒素固定以外の可能性も示唆されるなど,未解明の部分が残されている.化学肥料や有機物施用など,西アフリカの農民にとって投入が困難である手段に比べ,マメ科の輪作あるいは混作といった方法は,比較的導入しやすい技術であるが,その要因について解明することによって,より効率的な増収の可能性が期待される.そこで本研究では,マメ科輪作によるソルガム収量と土壌肥沃度への影響について明らかにするとともに,考えうるメカニズムについて解明することを目的とした.

マメ科輪作によるソルガム収量の長期的傾向とソルガムの生育・養分吸収に対する効果

西アフリカ・ブルキナファソにおいて,1960年より継続している長期連用試験を対象として,ソルガム連作およびソルガム-カウピー(ササゲ)輪作におけるソルガム収量の推移について,調査を行った.輪作によるソルガム子実収量の増加は,試験開始10年後くらいから現れはじめ,年によって増減を繰り返すものの,輪作の方が連作に比べて高い収量を維持していた.この増収効果は,試験開始から40年以上経過した2006年の調査でも確認することができた.また,施用する化学肥料・有機物(作物残渣,牛糞)の量が増えるにつれて,ソルガム連作でも収量は増加したが,その効果は輪作によってさらに増大していることがわかった.

2006年に採取したソルガムの植物体を分析すると,窒素・リン・カリウムいずれについてもその養分利用効率は輪作区のソルガムで高い値を示し,投入した養分が有効に利用されていることがわかった.

また,2006年から2007年の栽培における窒素の投入と持ち出しから,窒素収支を推測したところ,連作区ではプラス,輪作区でマイナスの傾向が認められたことから,カウピーの窒素固定による増収効果には疑問が生じたため,土壌の窒素について,分析を行った.

土壌の窒素動態

同じ長期連用試験について,2006年から2007年の作物栽培期間中および乾期の土壌を採取し,全窒素・無機態窒素・有機態窒素の分析を行った.有機態窒素については,中性リン酸緩衝液抽出の有機態窒素(Phosphate buffer Extractable Organic Nitrogen;PEON)を用い,ソルガムを用いたポット試験によって,可給態窒素指標として有効であることを確認した.

土壌分析の結果,表層土壌中の全窒素は,輪作区で高く推移する傾向が認められた.しかしながら,作物に直接吸収される形態であると考えられる硝酸態窒素については,連作区の方が高く推移していた.硝酸態窒素は特に,乾季から雨期開始時にかけて急激に減少する傾向が認められ,その変動の幅が連作区で大きいことから,降雨によって流亡する硝酸態窒素量が,連作区で多く,これが土壌窒素の損失につながっているのではないかと考えられた.PEONは逆に,輪作区で高く推移しており,作付体系の違いによって,窒素の保持形態に差が生じている可能性,つまり,輪作区では溶脱しにくい形態で窒素を保持することによって,連作区よりも土壌窒素を高く維持している可能性が示唆された.

しかしながら,試験開始当初と比較すると,化学肥料および牛糞を多量施用した処理区以外では,連作・輪作にかかわらず,土壌窒素は減少していた.これらの結果から,長期間の作物栽培によって土壌窒素は低下するものの,カウピーを輪作することによってその減少の程度が少なく抑えられていることがわかったが,これがカウピーの窒素固定によるものかという点に関しては,疑問が残った.

土壌の炭素動態

土壌炭素についても,過去のデータとの比較から,化学肥料と牛糞を多量施用した場合を除いて,この40年で低下している傾向が認められた.土壌窒素と同様に,2006年から2007年にかけて採取した土壌を分析したところ,炭素についても輪作で高く推移する傾向が認められた.土壌のδ13Cを測定し,C3(カウピー)およびC4(ソルガム)由来の炭素量を推定すると,化学肥料・有機物の処理にかかわらず,輪作区ではC3由来の炭素が連作区に比べて1.1~2.2倍高い結果となった.輪作区におけるカウピー由来の推定投入炭素量は,ソルガム由来よりも少なかったが,全炭素に占めるC3由来炭素の割合は,すべての処理区で輪作区の方が高かった.ソルガム由来の推定投入炭素量と合わせても,輪作区における投入炭素量は連作区とほぼ同程度と推察され,投入の割に土壌炭素は高く維持され,これはC3由来の炭素によるところが大きいことが示唆された.最近の報告では,C4由来に比べ,C3由来の炭素の分解が遅いという可能性を示唆するものもあり,カウピー由来の炭素がより長く土壌中にとどまることによって,C4由来炭素のみである連作土壌よりも高い炭素量につながっていると推察された.

土壌窒素のみならず,炭素についても,長期間のカウピー輪作によってその損失を少なく抑え,保持に貢献している可能性が考えられた.

カウピー輪作による土壌窒素・炭素保持に関わる要因

本研究で対象とした長期連用試験においては,作物残渣を投入する処理区を除き,すべての処理区で,植物体の地上部はすべて系外に持ち去っているため,土壌窒素および炭素に影響を与える要因として考えられるのは,地下部からの投入のみとなる.窒素と炭素について,その地下部からの投入量を推定すると,輪作区で投入量が上回ったのは化学肥料多量施用区のみで,他の処理区ではほぼ同じか,下回っていることがわかった.土壌炭素と窒素が高く維持されていた輪作区において,その投入量が要因ではない可能性が示唆されたため,その質が影響を及ぼしている可能性を検討するため,土壌からピロリン酸によって抽出される難分解性の有機物画分と,中性リン酸緩衝液によって抽出される易分解性の画分について,フーリエ変換赤外分光を用いた分析を行った.その結果,ピロリン酸抽出の難分解性画分よりも,リン酸緩衝液抽出の易分解性画分に,連作-輪作間でスペクトルの差が認められる傾向があったが,その帰属については確実な断定ができず,詳細な検討はできなかった.

以上のことから,カウピーの輪作によって,長期間の栽培においても,土壌の肥沃度を維持しつつ,ソルガムの収量を増加させることが可能であることがわかった.ひとつの要因として,カウピー地下部による炭素保持の貢献が示唆された.炭素を高く維持することによって,土壌窒素も高く維持することが可能になったと考えられた.さらに,カウピー輪作によって無機態窒素,特に降雨による硝酸態窒素の溶脱を少なく抑えていることも,表層土壌中の窒素を高く維持している要因と考えられた.

しかしながら,当該地域の農家圃場において,カウピーは主にソルガムと混作で栽培されることが多く,輪作はほとんど行われていない.これは,カウピーへの病害虫対策が必要となることが主な理由としてあげられるが,本研究で対象とした長期連用試験の収量データと,化学肥料および農薬にかかる費用などを算出し,その利益を単純計算すると,化学肥料や有機物の投入が皆無の場合でも,4年に1回カウピーを輪作するだけで,連作するよりも多くの利益を得られると推定できた.

西アフリカ・半乾燥熱帯地域の,低投入型の農業システムにおいて,カウピー輪作は,ソルガムの収量を維持・増加するとともに,土壌肥沃度も維持する効果が期待できる有効な栽培体系であると結論づけられた.

審査要旨 要旨を表示する

西アフリカの半乾燥熱帯では、基幹作物であるソルガムの低生産性の主要因が土壌肥沃度の低さにあることが知られている。現地では低投入の土壌肥沃度回復策としてササゲとの間作や輪作が広く行われているが、その効果とメカニズムについては未だ不明な点が多い。本論文は、西アフリカのブルキナファソ共和国で1960年から続いている長期ソルガム-ササゲ輪作試験を対象として、長期経過のデータを取りまとめるとともに、2年間にわたって作物の生育と土壌の炭素・窒素収支、土壌窒素の諸画分の動態等を調査することによって、マメ科との輪作がソルガム収量に及ぼす効果のメカニズムを解明したものである。

第1章では西アフリカ半乾燥熱帯における様々な土壌肥沃度管理方法に関する既往の知見が的確な表で要約されている。またそれらの技術の適用実態を現地農家調査によって例示し、貴重な情報を提供している。さらに文献レビューによって、輪作の効果はマメ科の窒素固定のみでは説明できないことを指摘し、そのメカニズムの解明のためには、従来不十分であった窒素収支の詳細な解析、土壌有機物への影響、可給態窒素の動態の解明が必要であるとして研究の目的を明確に示している。

第2、3章では、まず試験開始以降の長期的なソルガム収量の変遷について論じ、年降雨量による変動はあるものの輪作の方が連作よりほぼ毎年高い収量を維持したことが明らかにした。また年変動の影響を除いた処理の効果が、安定性分析(stability analysis)の手法を用いて明瞭に示された。さらに輪作の場合、化学肥料や有機物(作物残渣、牛糞)の投入が少なくても収量が格段に向上し、窒素他の養分利用効率も高かったこと、また輪作と連作の窒素収支が異なることなどを明らかにした。

第4、5章では、まず土壌全窒素の長期変化についてのデータをまとめ、開墾時からの全窒素の減少度合いが輪作では小さく、それは連作での土壌からの損失が大きいからであることを明らかにしている。しかしながら、根粒窒素固定も含めた両作付体系における窒素の投入量にはほとんど差がなく、根粒窒素固定等の投入量の違いが原因ではないことを指摘し、従来にはない新規知見を提供している。さらに上記2年間の土壌中の全窒素、無機態窒素、可給態窒素(リン酸緩衝液抽出有機態窒素法)の季節変動を測定して動態の解明を試みた。その結果、輪作では作土層の硝酸態窒素の変動が小さいためにリーチングによる損失が低く抑えられていることが明らかとなり、輪作による窒素肥沃性維持の新しいメカニズムが提案された。また、可給態窒素の簡易測定法である中性リン酸緩衝液抽出の有機態窒素(PEON)がソルガムにも適応可能であることを証明したうえでその測定を行った結果、PEONは常に輪作区で高く推移し、溶脱しにくい有機態で窒素を高く維持している可能性も示唆された。

第6、7章では、窒素と関連の深い炭素(有機物)について検討している。全炭素はこの50年で全般的に低下していたが、土壌窒素の場合と同様に連作区でその減少程度が小さかった。投入炭素量は輪作区でやや高い場合もあったが、RothC炭素モデルを用いた解析によって、その程度の投入炭素量の差では40年間に土壌炭素量に有意な差が生じないことが分かった。また土壌のδ13Cから土壌全炭素に対するC3植物(カウピー)とC4植物(ソルガム)由来の炭素の量を推定したところ、C4植物由来の炭素量は輪作と連作でほとんど変わらないが、C3植物由来の炭素量が輪作区で高く、それが全炭素量の差をもたらしていることが明らかとなった。本実験では地上部残渣はすべて圃場から取り去っているため、土壌に還元されるのは地下部のみである。したがって本結果はC3植物(カウピー)の地下部残渣がC4植物(ソルガム)のそれよりも分解しにくいことを意味している。近年地下部の分解特性は地上部残渣のそれと異なるという報告も数例あり、今後さらに検討が必要な重要知見である。

第8章では土壌の有機物の難分解性画分(ピロリン酸抽出)と易分解性画分(中性リン酸緩衝液抽出)をフーリエ変換赤外分光を用いて分析した。その結果、ピロリン酸抽出画分には輪作区と連作区とに大きな違いはなかったが、リン酸緩衝液抽出では、カルボキシル基のC-Oや芳香族環のC=Cに由来すると考えられるピークが輪作で高かった。

第9章の総合考察と第10章の結論では上述の新規知見についてまとめである。

以上、本論文は、従来あまり注目されてこなかったマメ科地下部残渣の投入が土壌の可給態窒素の動態と、土壌炭素の量および質に与える影響に着目し、輪作における生産性向上メカニズムの一端を解明したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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