学位論文要旨



No 126351
著者(漢字) 宮崎,慎也
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,シンヤ
標題(和) GISデータから見た都市内建物の変容に関する研究
標題(洋)
報告番号 126351
報告番号 甲26351
学位授与日 2010.09.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7329号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 講師 太田,浩史
 東京大学 准教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

本研究はGISのデータから都市における建物の変容を分析することを目的とする,具体的には時系列の異なるデータの重ね合わせから建物の同定を行い,建物の変容に関する分析を行う.

本研究は大きく2つに分けて,都市解析手法としての位置づけと場所論的位置づけとが可能である.都市解析手法としては,(1)多角形の重なりを用いた建物同定手法の研究,(2)建物同定における誤差の影響についての研究,(3)局所探索法を用いた系統誤差の補正の研究としての位置づけができる.また場所論としては,(4)GISデータを用いた建物利用分布の実証的研究,(5)GISを用いた建物利用の時系列変化の実証的研究としての位置づけができる.以下それぞれについて具体的に示す.

(1)多角形の重なりを用いた建物同定手法の研究

建物同定を扱った既往の手法として代替円を用いる手法が提案されているが,本研究では多角形の重ね合わせから,その重なり合う領域を抽出して,建物同定を行う方法を提案する.代替円を用いる手法では,建物の形状を考慮しないが,本手法は建物形状を考慮できるモデルとなっている.またブーリアン演算を用いたアルゴリズムによって任意の重なり合う領域を抽出するプログラムを開発した.

(2)建物同定における誤差の影響についての研究

複数の空間情報から建物のデータを重ね合わせる時,誤差の影響を考慮した同定モデルが必要である.本研究では,モンテカルロシミュレーションにより,建物が空間情報上に投影される時の誤差の影響を分析し,建物図形の重なり合う面積の割合について,同定する建物面積によって変化する閾値を与えるモデルを開発した.

(3)局所探索法を用いた系統誤差の補正の研究

系統誤差が含まれる空間情報上の建物図形の同定手法について提案する.これは系統誤差による同定精度への影響を軽減するために,局所探索法を用いて重なり合う建物図形の面積が最大となる位置にあらかじめ建物位置をずらしておくことで,系統的な誤差に対してロバストに対応する手法である.

(4)GISデータを用いた建物利用分布の実証的研究

実際のGISデータを用いて,建物利用の分布をメッシュ図として示し,空間的な特徴を把握する.また建物利用別の棟数,延べ床面積についてもメッシュ図にして可視化し,空間的な特徴を調べる.

(5)GISを用いた建物利用の時系列変化の実証的研究

(4)における建物利用の空間的分布の分析に加えて,実際の時系列のデータを用いて建物利用の変化を抽出し,これをメッシュ図にして可視化する.これに基づいて,建物利用の変化とその空間的な特徴について分析を行う.この他,建物の構造種別や建物階数などについても変化を抽出し分析する.

論文構成

本研究はI編(手法),II編(手法の検証と応用)とから構成される.I編(手法)では,GISデータの重ね合わせから時空間の建物の変容を抽出する手法について考察する.II編(手法の検証と応用)では,実際の時系列のGISデータの重ね合わせから,I編(手法)で考察した手法を適用し,有用性を検証する.各章は以下のようにまとめられる.

1編(手法)

1章研究背景

研究の背景についての概説を行う.ここでは都市における時空間の変容の基礎的な概念を述べた後に,本研究と直接関係する既往の研究や,間接的に示唆を与えたものについて述べる.まず古典的な都市の成長モデルから現代の空間経済学の都市モデルなど,都市の成長や変容の過程について,数理的な理論的立場から捉えたものについて説明を行う.また,GISの歴史や,データ形式,座標系といった基礎的な内容に触れる他,本研究と関係の深いオーバーレイ分析や,土地利用,建物利用の分野でのGISの応用的な研究について考察する.この他.計算機を用いたシミュレーションの分野においてヒューリスティクスや,GISのデータ構造画像認識パターン認識建物同定の既往研究にふれる.

2章建物同定の手法

本章では,2以上の異なる空間情報を重ね合わせた時の建物の同定手法について考察する.まず建物同定の定義や,空間情報のオーバーレイ分析の基礎的事項について概説する.さらに既往の研究により提案されている代替円を用いた手法について説明を行う.この手法は空間情報を重ね合わせ同定を行う際に建物を円に近似する方法で,建物図形の重心位置とその面積情報を用いて同定の判定を行う,ただし,この同定手法では建物の形状の情報を考慮しないために,建物形状が著しく変化した建物図形であっても,面積と重心位置が近い場合には同定と判断してしまう恐れがある.このため本章では,幾何学情報を考慮した建物図形の重ね合わせによる建物同定の手法について考察する.この手法は,異なる空間情報の建物を同定する際に,建物図形を重ね合わせて,その重なり合う面積の割合が閾値以上の場合に同定と判定するものである.この手法では,建物図形の重なり合う領域を抽出する必要なため,プール演算によって多角形の重なり合う領域を抽出アルゴリズム(BOOP)を開発しこれを実装する.

またこのアルゴリズムを組み込んだ建物同定のスキームや,実際のデータを適用して解析する際のデータ処理の過程について述べる.

3章誤差を持つ空間情報上の建物図形重ね合わせによる建物同定

本章では,誤差を持った空間情報に対してどのように適用できるか考察する.ベクタ型のGISデータは,現実の空間上にある建物が空間情報として2次元の平面上に投影される際に生じる誤差を含む.これらの誤差を含んだ空間情報を重ね合わせて建物を同定する場合,たとえ同じ建物を示す建物図形であっても,完全に重なり合うことがない.本章では誤差が正規分布するという仮定のもとで,実際の空間上の建物が空間情報上に投影される際に生じる,面積や重なり合う領域の誤差の分布を計算機によるシミュレーションによって求める.これによって,多角形の重ね合わせを用いて建物を同定する時に,同定の対象となる建物図形の面積によって閾値を変化させる手法を考察する.

4章局所探索法による系統誤差の補正

本章では空間情報に系統誤差が含まれる時の建物同定手法について考察する.系統誤差は,正規分布に従わない偏った傾向を持つ誤差である.建物図形の重ね合わせによる建物の同定精度は,このような系統誤差に大きく影響される.従って本章では,局所探索法を用いて,同定対象となる建物に回転・移動を加えてあらかじめ重なり合う面積が最大になるところまで移動させてから同定判定にかける手法を提案する.

II編(手法の検証と応用)

II編では,5章においてI編で提案する建物図形の重ね合わせによる建物同定手法と既往の手法とをケーススタディーによって比較し,手法の有効性について検証する.また6章ではこの手法を東京都地理情報システムのデータに適用して,都市の解析ツールとして応用する.5章のケーススタディーは手法の検証のためのものであり,6章のケーススタディーは手法を用いた応用として位置づけられる.

5章ケーススタディーI-建物同定手法の比較東京都の5つの地域を事例として一

本章では東京都地理情報システムの時系列データを用いて建物同定のケーススタディーを行う.ケーススタディーでは代替円による同定手法,建物図形の重ね合わせによる同定手法,目視による同定手法を実際のデータに適用して,精度を比較する.対象地域は東京都の赤羽,両国,京島,原宿,田園調布とし,それぞれの手法について目視による同定が正しいと仮定したときの同定精度を比較する.さらに建物図形の重ね合わせによる同定手法については,局所探索法を用いあらかじめ建物の位置に補正をかけたものについてもケーススタディーを行ない同定精度の比較を行う.

6章ケーススタディーII一東京都全域を事例として-

本章では東京都全域を対象としたケーススタディーを行う.東京都地理情報システムの平成3/4年,平成8/9年,平成13/14年に集計された3つの異なる時系列データの重ね合わせから建物利用の変化に着目し,空間的な分布や変化のパターンについて分析を行う.ここでは,まず時系列の異なるデータを重ね合わせることによって,同定された建物については属性の変化を抽出し,同定されなかったものについては出現/消滅に分類する.この操作を平成3/4年と平成8/9年,平成8/9年と平成13/14年のデータに対してそれぞれ行うことによって,建物の変容のパターンを統計的に分析する.さらにこれをメッシュ図として示すことによって建物の変容の様子を空間的な観点から分析する.また建物の棟数,延べ床面積の分布についての建物利用ごとの定量的な分析や,建物の属性情報である建物構造や建物階数の情報を,建物の同定の際の補助情報として考慮する場合について分析する.

7章課題と展望

本章では,本研究の各章で得られた成果と内容についてまとめる.また本研究で残った課題と展望,また本研究で得られた成果について記述する.

AppendixIメッシュデータの表示

本章では,メッシュ図を色分けして表示する際の,度数の階級分類について考察する.GISアプリケーションに一般的に組み込まれる自然階級分類法をはじめ,その他の既往の手法を実装して,仮想データに適用し,シミュレーションによって色分けの比較を行う.

AppendixIIケーススタディーIII一横浜を事例とした代替円を用いた建物同定一

本章では,既往の建物同定手法を用いたケーススタディーを行う.対象地域は横浜市とし,平成7年と平成12年の調査データを重ね合わせ,建物同定を行い建物利用の変化動向を調べ,メッシュ図として可視化するとともに,定量的な分析を行う.

審査要旨 要旨を表示する

都市内にある建物は常に変化している。古くなった建物が壊されて、その跡地に新たな建物が建設される場合もあるし、建物自体は同じであるが、その利用形態が変更される場合もある。こうした変化を巨視的な視点から見るとどのような傾向があるのか、あるいは、特定の地域に着目した場合に、その変化に地域的な特性があるのか。本論文は、東京およびその近郊の都市を対象に、近年、整備が進んでいるGISデータを用いて、建物利用の変遷を分析するものである。経年的な分析を行うためには、GISデータに特有の前処理を行わねばならない。GISデータにおける建物の外形線には様々な図形的な誤差が含まれているが、この誤差を考慮しながら異なる年度の建物を同定することは容易なことではない。なぜならば、誤差の原因には、入力作業中に生じる人為的なものの他に、入力データの基礎となる航空写真のもつ幾何学的な歪みや、連結されている建物のどこまでをひとつのブロックと見なすかといった認識の問題などさまざまなものがあり、一つの方法で全てを補正することは困難である。

本論文では、前半のI編 手法(1~4章)で、こうした誤差の補正方法と建物同定に関する新たな手法を提案し、後半のII編 手法の検証と応用(5~7章)では、この手法を東京都のGISデータに適用して、その有効性を確かめると共に、東京都全域および変遷の激しい地域における建物利用の変化のより詳しい分析を行っている。他にAppendixIとして、メッシュデータの表示方法を、IIとして、横浜市のGISデータに代替円を用いて建物同定を行った結果を示している。

I編の1章では、こうした研究を始める背景や古典的な都市形成モデル、計算機の出現と共に始まったダイナミックスを用いた都市予測シミュレーションなどについて述べている。また、GISに関する基礎的な知識と建物同定に関する既往研究、画像処理におけるパターン認識の現状などについて説明している。

2章では、先ず、これまで建物同定の手法として用いられてきた代替円を用いる方法(寺木1999)について解説し、続いで、多角形の重なり部分を直接的に求めるアルゴリズムについて説明し、実際にGISデータをどのように処理するかについて述べている。

3章では、複数のGISデータに内在するズレを統計的な誤差と見なした場合のシミュレーションを行ない、その結果を分析している。

4章では、図形のアフィン変換に由来する系統誤差の対処法(局所探索法)とそのアルゴリズムについて解説している。

II編の5章では、東京都のGISデータから抽出した5つの地域に対して、先ず、(1)目視による同定、(2)閾値を一定にした多角形の重なりによる同定、(3)閾値を面積に応じて動的に変化させた多角形の重なりによる同定、(4)代替円を用いた同定の4種類の手法を適用して、建物同定の精度を比較している。(1)の目視による同定の結果を基準とした場合に、多少の地域差はあるが、(3)と(4)とがほぼ同じ精度で、(2)はかなり劣ることがわかる。(3)の精度を更に高めるために(5)として、(3)の閾値を面積に応じて動的に変化させた多角形の重なりによる同定と局所探索法を併用した方法を提案し、これを用いると同定の精度が最も良くなることを確認している。

6章では、前章で検討した(5)を用いて東京都全域を対象とした建物データの同定を行ない、建物利用の経年的な変遷を分析している。用いたのは東京都地理情報システムの5年毎の3つのデータ(平成3/4年、8/9年、13/14年 表示は区部の調査年度/多摩地区の調査年度)である。先ず、建物の棟数や延べ床面積などに関する統計的な分析を行い、棟数密度や延べ床密度を地図上に可視化し、その変化を調べている。次いで、建物利用、階数、構造の変遷を調べ、その変化のパターンについてまとめている。特徴的な変化が見られる地域に関しては、拡大図を用いてより詳細な検討を行っている。その結果として、建物利用の変化にはいくつかのパターンがあり、変化しやすい用途とそうでないものとがあること、変化が大きい地域はターミナルの近傍ではなく、駅勢圏の境界付近にあることがわかっている。

7章は本論文のまとめで、各章の内容の要約に次いで、この研究で得られた知見と成果を記述している。また、研究の過程で明らかになった課題と将来的な展望について述べている。

以上要するに、本論文は、さまざまな誤差を含んだ複数年度のGISデータから建物の図形的なデータを抽出し、同定する手法を新たに提案したこと、および、その手法を用いて、東京都における建物利用の変遷を明らかにしたことにその意義がある。前者においては、これまでの代替円を用いた手法に対して、より図形の幾何学的な形状に即した同定手法を考案し、そのアルゴリズムを確立した点に、また、後者においては、東京都全域という膨大なデータに対して、効率よく、かつ、精度の高い建物利用の変遷を把握する手法を提示し、その傾向や地域的な特性を分析した点にオリジナリティがある。

今後、ますますGISデータの整備は進むものと思われるが、本論文が提示した手法は複数の図形データの同定方法として汎用性があり、その適用範囲は極めて広い。また、その適用事例として、東京都における建物利用の変遷をわかりやすく図化したことも評価に値する。これらは都市・建築の計画学の分野に新たな方法論を導入するものとして、その意義は大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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