学位論文要旨



No 126356
著者(漢字) 濱田,崇
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,タカシ
標題(和) 両親媒性ポリアミド酸ならびにポリイミドの合成と分子集合体の構築
標題(洋) Synthesis of Amphiphilic Poly(amide acid)s and Polyimides and Construction of Molecular Assemblies Thereof
報告番号 126356
報告番号 甲26356
学位授与日 2010.09.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7334号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 准教授 吉江,尚子
 東京大学 准教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

縮合系高分子は一般に二つの異なる二官能性モノマーから合成されるが,二官能性モノマーの一つが非対称な構造をもつ場合,頭-頭型,頭-尾型の二通りの部分構造が生起し,これに起因した高分子一次構造に関する異性体が生じることになる.完全頭-頭型や完全頭-尾型の定序性高分子は,規則構造に起因する特徴的な物性の発現が期待され,興味が持たれる.これに関して,著者らのグループではこれまでに,非対称な脂環式スピロ二酸無水物 rel-[1R, 5S, 6R]-3-オキサビシクロ[3.2.1]オクタン-2,4-ジオン-6-スピロ-3'-(テトラヒドロフラン-2,'5'-ジオン) (DAn)の六員環酸無水物部位の反応性が五員環酸無水物よりも著しく高く,その性質を利用することで,頭-頭型とランダム型のポリイミドを容易に作り分けられることを示している.しかしながら,これら主鎖配列の違いによるポリイミドの物性の差異は観察されていない.

非対称な二官能性モノマーと二種類の対称なモノマーから縮合系の共重合体を合成と,交互共重合体やランダム共重合体などが生成しうる.それら一次構造上の異性体間の構造-物性相関には興味が持たれるが,そのつくり分けは容易ではないため報告例は限られる.

一方,高分子鎖上に親水基と疎水基を有する両親媒性高分子は,水中でミセルやベシクルなどの分子集合体を形成することが知られている.両親媒性高分子のほとんどは,親水基と疎水基がブロックで連なるジないしトリブロック共重合体あるいはランダム共重合体であり,交互共重合体の例はほとんどない.

上記の背景のもと,本研究では,DAnの特異な反応性を利用して二種類の芳香族ジアミンとの反応から交互ならびにランダム共重合ポリイミドを作り分ける方法を確立するとともに,それに立脚して新たな構造-物性相関に関する知見を得ることを目指し,両親媒性コポリイミドならびにコポリアミド酸の一次構造と分子集合体形成挙動との関連性を明らかにすることを目的とした.

2. 交互共重合及びランダム共重合ポリイミドのone pot合成

まず,DAnの反応の位置選択性の定量的評価を行った.0℃でDAnに0.5等量のp-アニシジンを加え,生成物を 1H NMRで観察したところメトキシ基のシグナルが三種類確認され,その積分比からDAnの2位のカルボニル炭素に対して95%という高い選択性で反応が進行したことが分かった.

DAnの特異な反応性をもとに,p-フェニレンジアミン (PPD)と4,4'-オキシジアニリン (ODA)を用いて交互共重合ポリイミドの合成を試みた.すなわち1) 0℃で0.5当量のPPDをDAnに徐々に加え,その後0.5当量のODAを加える,2) 同様な方法だがPPDとODAを添加順を逆にする,3) 0℃でPPDとODAとの混合物をDAnに徐々に加える,4) 室温でジアミンの混合物にDAnを一度に加える,の4通りの方法により,コポリアミド酸を合成し,それらを化学イミド化することでそれぞれFigure 2のPI1, PI2, PI3, PI4の構造をもつコポリイミドを作り分けた.各コポリイミド間で溶解性に差異はなかったが,ランダムコポリイミドであるPI3とPI4のガラス転移温度が交互共重合体のPI1とPI2よりも有意に高いことが分かった.

3. 両親媒性交互共重合ポリイミドの分子集合体の構築

交互共重合性をもった両親媒性ポリマーに特徴的な物性の発現を期待して,親水基と疎水基をもつ交互共重合ポリイミドを合成し,その会合挙動を観察した.親水性ジアミンとしてテトラエチレングリコールビス(4-アミノフェニル)エーテルを,疎水性ジアミンとして1,9-ビス(4-アミノフェノキシ)ノナンをそれぞれ用い,DAnの反応性を利用して両親媒性交互共重合ポリイミド(coPI1とcoPI2)ならびにランダムコポリイミド(coPI3)を合成した (Figure 3).得られたコポリイミドの重量平均分子量は,2.5×104から3.0×104であった.

1mg のcoPI1をN,N-ジメチルホルムアミド1 mLに溶解させ,この溶液に4 mLの水を加えたのち,水に対して透析を行った.これを乾燥させたものを透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し,球状構造体の存在を確認した.coPI1水溶液の動的光散乱(DLS)測定を行ったところ,平均粒系92nmの粒子の存在が確認され,そのサイズはTEM観察の結果とよい一致を示した.同様の手法により,全てのコポリイミドが水中で会合体を形成していることがわかった.coPI2の集合体のサイズは86nmであり,交互共重合体間では明らかな物性の違いは見られなかった.一方,coPI3は平均粒系35nmのより小さな集合体を形成し,さらに僅かではあるが,81nmの集合体も存在していた.coPI3は透析の過程で疎水基同士の分子内会合が起こり易いが,疎水基同士の距離があるcoPI1とcoPI2では分子内会合が起こりにくいことが集合体サイズの差異に反映したと考えられる.

また,調製した分子集合体溶液をガラス基板にキャストして乾燥し,これを150℃で加熱した後,走査型電子顕微鏡観察を行ったところ,球状構造を保持していることを確認した.このことは本コポリイミドの多孔性薄膜への応用の可能性を示している.

4. 両親媒性ポリアミド酸の分子集合体の構築

ポリイミドの合成前駆体であるポリアミド酸は,親水性のカルボン酸を繰り返し単位あたり2つ有し,他の部分は疎水的であるため,両親媒構造と見なせる.しかしながら,これまでにポリアミド酸が分子集合体を形成したという報告はない.そこで,両親媒性ポリアミド酸の集合体形成能,さらには主鎖の配列の効果が分子の会合挙動に与える影響を明らかにすることを目指した.

4.1 両親媒性ホモポリアミド酸の分子集合体の形成

このポリアミド酸を10mM トリエチルアミン水溶液中に溶かしてDLS測定したところ,平均粒径172nmの球状構造体の存在が確認された.また,側鎖のアルキル鎖長と分子集合体のサイズには相関があり,鎖長の増加により集合体のサイズが著しく減少することを見出した.

4.2 両親媒性交互及びランダム共重合ポリアミド酸の疎水基の配列の効果

モノマー配列が分子集合挙動に与える影響を明らかにするために,ODAと側鎖にアルキル基を有するジアミンから両親媒性コポリアミド酸を合成した.分子集合体のサイズと集合体を形成開始濃度(CAC)は側鎖のアルキル鎖長に依存し,鎖長の増加によるCACの低下が確認された(Table 1).一方で,アルキル鎖長によらず,交互共重合ポリアミド酸が形成する分子集合体のサイズはランダム型のものと比べて小さいことがわかった.

4.3 光応答性分子集合体の構築

外部刺激による分子集合体の構造変化は,内包物の放出制御につながるため興味が持たれる.そこで,光分解性のニトロベンジル基を側鎖に有するホモポリアミド酸P(DAn-NDB)(重量平均分子量1.1×104)を合成し,光応答性の分子集合体構築を試みた.P(DAn-NDB)は,水中で自発的に分子集合体を形成し,DLS測定から81nmの集合体を形成していることが確認できた.疎水性色素の取り込みを行ったのち光照射を行うと,側鎖の光分解に伴い色素が放出された.また,分子集合体は,平均粒径41nmの過渡的状態を経て,崩壊することがDLSから確認できた.以上から,両親媒性ポリアミド酸の分子会合体を用いて光によるゲスト分子の放出制御が可能であることを実証した.

5. 総括

本論文では,多段階合成を必要とせずにone potで容易に交互共重合体が得られる系を見出し,これを利用して種々の両親媒性の交互共重合体を合成し,これまでに報告のなかった交互共重合体に特徴的な物性を明らかにすることができた.本研究により,高分子の一次構造の精密制御の重要性が改めて明らかとなった.

Figure 1. Structure of DAn.

Figure 2. Structure of coPIs.

Figure 3. Structure of amphiphilic coPIs.

Figure 4. Structure of amphiphilic poly(amide acid).

Figure 5. Structure of P(DAn-NDB).

審査要旨 要旨を表示する

高分子の一次構造はその物性に直接関連するものであり,一次構造の制御された高分子を合成すること,ならびにその構造的特徴に基づく物性を見出すことは基礎・応用の両面で重要である。本論文は,特異な反応性をもつ非対称二酸無水物を用いて交互共重合ポリイミドを簡便に合成する手法を提示するとともに,両親媒性コポリイミドならびにコポリアミド酸の一次構造とそれらの会合挙動との関連性についての知見を与えるものであり,5章より構成されている。

第1章は序論で,本論文の研究背景と目的および構成について述べている。

第2章では,非対称脂環式二酸無水物rel-[1R,5S,6R]-3-オキサビシクロ[3.2.1]オクタン-2,4-ジオン-6-スピロ-3'-(テトラヒドロフラン-2',5'-ジオン)(DAn)の位置選択的な反応性を利用した交互共重合ポリイミドのonepot合成について述べている。まず,0℃ではDAnへのアミンの求核攻撃が2位のカルボニル基に対して95%以上の位置選択性で進むことを明らかにしている。次いで,1当量のDAnとそれぞれ0.5当量の4,4'-オキシジアニリン(ODA)ならびにp-フェニレンジアミン(PPD)を用いて,一方のジアミンモノマーを0℃で徐々にDAnに加え,次いで他方を加えることで2:1付加物を経て交互コポリアミド酸が得られ,それを脱水閉環すると交互コポリイミドとなること,ならびに室温で一度にモノマーを混合するとランダムコポリイミドが得られることを明らかにしている。反応温度やモノマーの混合順を変えることで互いに一次構造の異なる4種のコポリイミドを得て,それらの溶解性は互いに同等であること,ならびにランダムコポリイミドの方が交互共重合体よりも高いガラス転移温度を示すことを明らかにし,後者について,ホモポリイミドの熱物性との比較に基づいて,PPDが連続した部分構造の剛直性に起因するものと解釈している。

第3章では,両親媒性コポリイミドの合成と,その水中での会合挙動について述べている。まず,テトラエチレングリコールビス(4-アミノフェニル)エーテルならびに1,9-ビス(4-アミノフェノキシ)ノナンを用いて,DAnとの間でコポリイミドを合成している。これをN,Nジメチルホルムアミド(DMF)1対水4の混合溶媒に溶かし,透析によりDMFを除去することで,交互およびランダムコポリイミドがそれぞれ平均粒径90nmならびに35nmの会合体を与えることを見出しており,この違いを,ランダム型では透析過程で隣接した疎水ジアミン部がコンパクトな疎水ドメインを形成するためであると考察している。また,コポリイミド粒子の分散液を乾燥して得た薄膜を加熱して,150℃では粒子が互いに融着するものの,初期の形状を十分保っていることを明らかにしている

第4章では,両親媒性ポリアミド酸の水中での会合体形成挙動について述べている。第1節ではまず,DAnと3,5-ジアミノ安息香酸アルキルエステルからなるホモポリアミド酸の水中での会合挙動を解析している。エステル部アルキル基の炭素数が3,9および16のホモポリアミド酸について,対応するトリエチルアミン塩が水中で自発的に会合体を形成し,その平均粒径はそれぞれ531,151,11nmとなることを見出して,アルキル側鎖の鎖長が会合体のサイズに著しく大きな影響を及ぼすことを明らかにしている。第2節では,前節の3種のジアミンとODAを用いてコポリアミド酸を調製し,それらのトリエチルアミン塩が水中でそれぞれ単分散の粒径をもつ会合体を形成し,その平均粒径が81ないし293nmであることを見出している。前節と同様アルキル鎖長が長いと会合体のサイズが小さくなることを確認する一方で,ランダム共重合体が交互共重合体よりもサイズの大きな会合体を形成することを明らかにしている。第3節では,光応答性高分子会合体の開発を行っている。3,5-ジアミノ安息香酸2-ニトロベンジルエステルとDAnから得られたホモポリアミド酸のトリエチルアミン塩が水中で自発的に平均粒径81nmの会合体を形成すること,ならびに疎水性の色素分子NileRedを容易に取り込むことを確認している。次いで,この会合体に光照射を行うと光反応によりエステル部が分解して高分子側鎖がカルボン酸となり,それに伴って会合体が崩壊すること,その際,疎水性ゲスト分子が放出されることを明らかにするとともに,一連の変化が平均粒径41nmの過渡的な会合体を経て進行することを見出している。

第5章は総括であり,得られた結果をまとめ,今後の展望を述べている。

以上要するに本論文は,一般には特別なモノマー分子の設計や多段階合成が必要とされる縮合重合系交互共重合体が容易に得られる系を提示するとともに,それに立脚して両親媒性交互共重合体の一次構造と会合挙動の相関についての知見を与えたものであり,その結果は高分子化学ならびに高分子材料の分野の進展に寄与するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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