学位論文要旨



No 126363
著者(漢字) 渡邉,博康
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ヒロヤス
標題(和) シナプス小胞のエンドサイトーシスに関与するCaチャンネルsynprint siteとAP-2の直接結合
標題(洋) Direct Interaction of AP-2 and Calcium Channel Synprint Site Involved in Synaptic Vesicle Endocytosis
報告番号 126363
報告番号 甲26363
学位授与日 2010.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3559号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,謙造
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 准教授 松崎,政紀
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の中枢神経系のシナプスにおいて、N型及びP/Q型電位依存性Caチャンネルは伝達物質の放出を媒介する。これらCaチャンネルの細胞内ドメイン(II-IIIループ)には小胞の開口放出に必須とされるsynaptotagminやsyntaxinが結合する領域がありsynprint siteと呼ばれる。このうちsynprint siteとsyntaxinとの結合はCa濃度に依存し、最適濃度が20uMと報告されている。synprint site含有フラグメントを神経細胞に導入するとシナプス伝達が抑制されることから、synprint siteはシナプス小胞の開口放出に重要な役割を持つと推測されている。

私は幼齢ラットの脳の抽出液内のN型Caチャンネルsynprint site結合タンパク質をaffinity column chromatographyを用いて探索したところ、クラスリン依存性エンドサイトーシスのadaptor proteinとして重要な役割を果たすAP-2が新たに見出だされた。affinity columnに結合した精製物をSDS-PAGEにかけ、AP-2とそのホモログであるAP-1の抗体でそれぞれイムノブロットを行った結果、AP-2はN型(CaV2.2)、P/Q型(CaV2.1) Caチャンネルのsynprint site含有フラグメントには結合するが、synprint siteを持たないL型Caチャンネル II-IIIループのフラグメントには結合しなかった(図1A)。またAP-1はsynprint siteに結合しなかった。AP-2はα,β,u,θ のサブユニットから構成される4量体である。GST-fusion synprint site(N型、P/Q型)はMBP-fusion AP-2uサブユニットに直接結合した (図1B)。既に報告されているsynaptotagminとAP-2uの直接結合も観察された。またheparinカラムで精製したMouse brainの抽出液において、N型CaチャンネルはAP-2抗体と共沈降し、その結合はsynprint siteフラグメントの添加によって阻害されることから、AP-2とN型Caチャンネルが synprint siteを介して結合することが確かめられた(図1C)。

次に組み換え体タンパク質を用いてsynprint site上のAP-2結合部位を探索したところ、synaptotagminの結合部位とほぼ一致することが明らかになった。synaptotagminはまた、AP-2とも結合することが知られているが、AP-2上のsynprint site結合部位はsynaptotagmin結合部位とほぼ一致した。synaptotagminとの結合能が弱いAP-2のポイントミュータントはsynprint siteとの結合も弱いことが示された。synprint site, AP-2, synaptotagminの3者間の結合阻害を各分子の過剰量を加えて検討した結果、3者間の結合が競合することが示された(図2)。

次に脳の抽出液を用いて、GST-synprintに結合したAP-2とsynaptotagminをイムノブロットで検出してsynprintに対するAP-2とsynaptotagminの結合のCa濃度依存性を比較した。synprintはCa濃度が低いときには専らAP-2と結合し(●)、濃度が高くなるとsynaptotagminと結合する(○)ことが見いだされた(図3)。組み換え体AP-2自体のsynprint siteとの結合にはCa依存性が認められないことから、脳抽出液で観察された高濃度CaにおけるAP-2の結合低下は脳抽出液内のsynaptotagminによる結合阻害の可能性が示唆された。

最後にsynprintフラグメントをパッチ電極の内液に加えて、幼若ラット脳幹スライスのcalyx of Heldシナプス前末端に拡散投与した。シナプス小胞のエキソサイトーシスを、Ca電流によって誘発し、エキソサイトーシスと、これに続くエンドサイトーシスを膜容量測定によって定量した。synprint フラグメントを導入したプレシナプスでは、コントロールのL型フラグメント注入時と比べ、エンドサイトーシスが顕著にブロックされた(図4C)。一方、エキソサイトーシスは、Ca電流と共にわずかに増大した(図4A)。エキソサイトーシスの増加分は、Ca電流の増大によって説明されることからsynprintフラグメントはエキソサイトーシスに影響を与えないことがわかった(図4B)。

これらの結果は、電位依存性Caチャネルのsynprint siteへのAP-2, synaptotagminのCa濃度依存的な結合がシナプス小胞のエンドサイトーシスに重要な役割を果たすことを示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は哺乳類中枢神経系における神経伝達の分子機構を明らかにすることを目的とし、N型、P/Q型電位依存性カルシウムチャンネルに結合する新規タンパク質を探索し、その働きを脳切片にパッチクランプ法で神経伝達を測定することにより検討して、下記の結果を得ている。

1.哺乳類中枢神経系の神経伝達を担う電位依存性カルシウムチャンネルである、N型、P/Q型カルシウムチャンネルの細胞内ドメイン特有に存在するsynprint siteに結合するタンパク質を、アフィニティーカラムクロマトグラフィーと質量分析を用いて同定したところ、クラスリン依存性のエンドサイトーシスのアダプター分子であるAP-2が結合することを新たに見出した。

2.AP-2とカルシウムチャンネルの結合をそれぞれの組み換え精製タンパク質を用いた結合実験で検討したところ、AP-2のuサブユニットがsynprint siteと直接結合することが示された。synprint site上のAP-2の結合部位は、既に知られているエキソサイトーシス、エンドサイトーシス関連タンパク質であるsynaptotagminの結合部位と一致する。またAP-2上のsynprint siteの結合部位も、同じくsynaptotagminの結合部位と一致することが示された。実際に組み換え精製タンパク質を用いた実験ではこれら三者の結合が拮抗しあうことが示された。

3.脳抽出液を様々な濃度のカルシウムに調整し、この抽出液内のAP-2及びsynaptotagminと組み換え精製タンパク質のsynprint siteとの結合を検討すると、低濃度カルシウム下ではAP-2はsynprint siteに結合するが、高濃度カルシウム下になるとAP-2はsynprint siteに結合しなくなる。反対にsynaptotagminは高濃度カルシウム下でのみsynprint siteに結合する。AP-2の組み換え精製タンパク質とsynprint siteとの結合にはカルシウム依存性が認められないが、組み換え精製タンパク質に脳抽出液を加えて、組み換え精製のAP-2とsynprint siteとの結合を検討すると、脳抽出液由来のAP-2と同様に高濃度カルシウム下ではsynprint siteとの結合が弱まる。以上からAP-2は高濃度カルシウム下ではsynaptotagminを含む脳抽出液に存在する分子と拮抗することで、synprint siteに結合しにくくなることが示された。

4.synprint site、AP-2、synaptotagminの結合が実際のシナプス伝達でどのように働いているかを検討するために、パッチ内液にsynprint siteの組み換え精製タンパク質を導入して、Rat脳幹部Calyx of Held のプレシナプスに直接パッチクランプをし、細胞膜容量測定を用いて、エキソ、エンドサイトーシスを測定したところ、synprint siteを導入した細胞では、エンドサイトーシスが阻害されることが示された。

以上、本論文は中枢神経系のシナプス伝達に関与するN、P/Q型カルシウムチャンネルに、エンドサイトーシス関連分子であるAP-2が新たに結合することを見出し、この結合がシナプス小胞のエンドサイトーシスに関与することを明らかにした。本研究ではこれまで明らかになっていなかった、シナプス小胞エンドサイトーシスのカルシウム依存性に関わる分子機構を明らかにしたという点で意義深く、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク