学位論文要旨



No 126366
著者(漢字) 深谷,健
著者(英字)
著者(カナ) フカヤ,タケシ
標題(和) 規制緩和と市場構造の変化 : 航空・石油・通信セクターにおける均衡経路の比較分析
標題(洋)
報告番号 126366
報告番号 甲26366
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第246号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 教授 田邊,國昭
 東京大学 教授 谷口,将紀
 東京大学 教授 水町,勇一郎
 東京大学 教授 高原,明生
内容要旨 要旨を表示する

本論文「規制緩和と市場構造の変化-航空・石油・通信セクターにおける均衡経路の比較分析-」は、航空輸送セクター、石油セクター、電気通信セクターを検討素材として、この3つのセクターにおける規制緩和の過程のセクター間比較分析を行うことにより、日本の政府産業関係が多様化したことを明らかにした研究である。

従来、日本の政府産業関係を理解する通説として、例えば、リチャード・サミュエルズが政府と産業との永続的な「相互の了承」と枠付けたように、政府の広い管轄の中での緩い統制に基づき、相互の合意形成が行なわれ、これが戦後の特異な経済成長を促してきたと考えられてきた。ここで、このような政府産業関係の理論的背景を前提として、これを規制緩和が進んだ時期まで外挿すれば、「相互の了承」のもとで、漸進的に経済的規制が緩和されることにより、緩やかに市場競争が創出され、これと共に政府の産業への関与が縮小されることが想定される。そして、その帰結としての規制緩和後の規制レジーム態様は、規制の管轄が限定的になり、その限定された領域に統制が及ぶ、ルールを基盤とした規制レジームへと移行するという像が描かれることとなる。

しかしながら、本論文では、日本の規制緩和の過程を通じて形成された規制レジームは、必ずしもここで想定されたようなルールベースのものではなく、3つの異なる態様が生じていることが示される。すなわち、規制緩和の過程における政府と産業の相互作用の結果として、各々のセクターにおける規制緩和の経路が、当初想定されていた経路から分岐し、全く異なる着地点に辿り着くこととなり、その帰結として、各セクターの規制レジームは、単一の政府産業関係ではなく、実態として意外なヴァリエーションを呈することとなったことが主張される。

本論文は、第1部において規制緩和の均衡経路の分析枠組みを提示し、第2部において、3つのセクターにおける規制緩和の過程の比較分析を行うという構成をとる。

まず、第1部の第1章では、なぜ規制緩和の過程が当初意図したものと異なる方向へ進み、帰結として産業セクターごとに多様な規制レジームを形成したのか、という問題を解明するための分析枠組みとして、規制理論・産業組織論・進化ゲーム理論といった既存研究を参照しつつ、規制変化を受容する企業側の観点を明示的に組み込み、規制緩和の均衡経路を分析するフレームを構築する。ここでは、初期条件としての日本の規制レジーム態様を、規制の管轄が広くその統制が弱いという側面から構成し、ここを出発点として、4つの経路と4つの帰結からなる分岐チャートを構成する。すなわち、まず、規制緩和の過程の基本的経路として、政府規制の変化と市場構造の変化が共に漸進的に進み、これにより市場競争が創出され政府関与が縮小する漸進的進展経路を特定する。その上で、それ以外の経路の類型として、(1)市場競争が確立せず政府関与が逆に拡大する漸進的後退経路、(2)市場競争が当初の想定を越えて拡大し、政府の関与が急速に失われる急進的進展経路、(3)市場競争が急速に進展し、政府規制が新たに拡大する急進的設計経路という3つの経路が示され、基本的経路と合わせて4つの均衡経路を描き出す。その後、このような4つの経路に対応した帰結として、政府規制の関与の縮小・拡大、また、政府介入による産業への統制が強いか否かという2つの基準を軸として、4つの規制レジーム態様の類型が示される。すなわち、(1)当初想定された規制緩和の帰結である「ルールベース型規制レジーム」、(2)政府の規制の管轄が広く、またその産業へのコントロールが強い「混合型規制レジーム」、(3)政府の規制の管轄が狭く、またそのコントロールが弱い「縮小型規制レジーム」、そして(4)政府の規制管轄が広いが、産業へのコントロールが弱い「管轄ベース型規制レジーム」の4つである。

続く第2部では、航空輸送・石油・電気通信という3つのセクターにおける規制緩和の過程の比較分析を通じて、3つのセクターがどのように当初想定されていた経路から分岐し、帰結として異なる規制レジームを形成していったのかを明らかにしている。

まず、第2章では、漸進的進展経路から漸進的後退経路へと分岐した例として、航空輸送セクターの規制緩和の過程を検討している。ここでは、従来のJAL・ANA・JAS各社の市場における役割分担を規定した45・47体制が1985年に廃止されたことにより、初期の規制緩和が始まり、これが政府主導で徐々に進められる「管理された競争」として、漸進的進展経路であることを特定した。その後、第2次規制緩和の過程において、段階的に参入規制・価格規制の再構築が行なわれる過程で、1996年の制度改正において価格に関するインセンティブ規制が導入された際に、寡占的供給構造における各社の横並び行動の帰結として、市場の価格競争が競争制限的となる。ここを分岐点として、漸進的な規制緩和に対して、漸進的に市場が競争制限的となる漸進的後退経路へと逸れ、その後も略奪的価格設定が行なわれるなど、この競争制限的市場構造がアクターに収穫逓増をもたらし、経路へのロックインが生じる。航空輸送セクターの規制緩和は、その初期の段階より途中までは政府のコントロール通りに進んできたにもかかわらず、その帰結として、市場は競争制限的となり、需給調整規制は廃止されたものの、混雑空港問題を軸として政府の規制管轄が参入・価格という主要規制領域に持続することとなり、その規制レジームは、管轄が広く統制も強まった混合型規制レジームへと転換することとなった。

次に、第3章では、漸進的進展経路から急進的進展経路へと分岐した例として、石油セクターの規制緩和の過程を検討している。特定石油製品輸入暫定措置法を時限立法として制定したことに始まる第1段階の規制緩和においては、政府による段階的な生産・販売規制の緩和により、市場に段階的に競争が創出され、予定通り漸進的進展経路を辿ることとなる。その後、第2段階の規制緩和の過程において、その主要な規制変化である特石法廃止の際に、市場はその変化を先取りするように過剰反応を引き起こし、既存企業の競争制限行動としての参入阻止戦略が生じ、それを契機として石油製品価格が低廉化し、市場が過当競争の様相を呈することとなった。ここを分岐点として、石油セクターの規制緩和の過程は、漸進的な経路ではなく、急進的進展経路へと逸れることとなり、そのままこの経路へとロックインされた帰結として、市場の急進的動態に合わせるように需給調整規制を含む石油業法が廃止され、政府の規制管轄もその統制も縮小させた縮小型規制レジームへと転換したのである。

そして、第4章では、漸進的進展経路から急進的設計経路へと分岐した例として、電気通信セクターの規制緩和の過程を検討している。ここでは、初期の規制緩和における電電公社民営化と電電改革3法の施行といった競争創出過程が、政府による「管理された競争」であり、これを漸進的進展経路であると特定した。しかしながら、その後、第2段階の規制緩和の過程において、本格的にNTTの経営形態問題が検討課題となり、政府主導による分離・分割論が活発となる中、1995年にNTTが、その組織解体に対する回避戦略として、自ら保持する回線ネットワークを開放するネットワークのオープン化を公表する。ここを分岐点として、市場競争が本格的に進展し出し、電気通信セクターの規制緩和の過程は、急進的設計経路へと逸れることとなる。ここから、市場競争は進展したものの、回線を保持するNTTのボトルネック構造は維持されたままとなり、これが規模の経済性・ネットワーク外部性といった要因からロックインされ、このボトルネック独占性を軸に接続規制・接続料金規制といった規制再構築が繰り返される。そして、その帰結として、電気通信セクターにおいては、政府の規制管轄は広がれども、その統制が効いていない管轄ベース型規制レジームが形成されたのである。

終章では、本論文の理論的主張と含意が提示される。まず、規制緩和により市場競争を創出し、ルールベース型の規制レジームへと移行することを改革目的としていたにもかからず、規制緩和の帰結として生じた実態は、それとは異なるレジーム態様として、「混合型」・「縮小型」・「管轄ベース型」というようにハイブリッド化された形で多様化したことを指摘している。次に、その要因として、以下の点を示している。すなわち、第1に、規制緩和という政府の政策に対する企業の予期せぬ反応が、政府側の意図通りではなかったことから、セクターごとに異なる市場構造が形成され、これにより、規制緩和の経路が分岐することとなる。そして、第2に、一度この経路が逸れてしまうと、その分岐した方向へ、経路依存と収穫逓増メカニズムによるロックイン効果が生じ、これにより、新たに形成された市場構造は不可逆となり、その経路の帰結としてのレジーム態様が多様な状態のままに固定するのである。

これまで、しばしば、日本の規制緩和の過程は、政府と産業との「相互の了承」を前提とした漸進的過程を辿るものと想定されてきたが、実態としては、むしろ、政府と企業の対立に基づく「相互の不了承」として認識できるような、コンセンサスの取れない不安定な過程を経ていたことが、本論文の議論から指摘されることとなる。

最後に、日本の規制緩和の過程が、政府の権限獲得過程としての側面を持つことを指摘し、3つのセクター間比較分析を通じて、市場競争の創出・規制の管轄・規制の統制という3つの軸において、政府が実現しようとするこの3つの全てのベクトルを同時に満たすことはできないという「規制緩和のトリレンマ」という解釈を提示している。

以上、本論文は、従来の規制研究・規制緩和研究において看過されてきた政府と産業の相互作用を通じた市場構造の変化に焦点を当て、日本の規制緩和の過程で規制レジームが多様化したことを明らかにし、従来一元的な捉え方をされることが多かった日本の政府産業関係の像とは異なる理解を提示した研究である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文「規制緩和と市場構造の変化 -航空・石油・通信セクターにおける均衡経路の比較分析-」は、航空輸送セクター、石油セクター、電気通信セクターを検討素材として、この3つのセクターの規制緩和の過程を比較して分析を行うことにより、日本の政府産業関係が多様化したことを明らかにしようとするものである。

従来、例えばリチャード・サミュエルズの研究に見られるように、日本の政府産業関係は、政府と産業との永続的な「相互の了承」に基づいて、政府の広い管轄の中で産業に対する緩い統制が行われ、これが高度成長を促してきたと考えられてきた。そして、このような政府産業関係の考え方を日本の規制緩和が進んだ時期にまで外挿すると、「相互の了承」のもとで、漸次、経済的規制を緩和することによって、市場競争を促しつつ、政府の産業への関与を縮小してゆき、この限定された領域ではルールを基盤として統制を図る規制レジームへと移行するという像が描かれることになる。

しかしながら、本論文では、規制緩和の過程を通じて形成された規制レジームは、必ずしもここで想定されたようなルールベースのものではなく、3つの異なる態様が生じていることが示される。すなわち、規制緩和の過程において政府と産業の相互作用の結果、当初想定されていた経路から分岐して、全く異なる着地点に辿り着くという状態を生じさせた。そして、規制レジームは、単一の政府産業関係ではなく、産業セクターごとに異なる多様なヴァリエーションを呈することとなったと主張される。

本論文は、第1部において規制緩和の均衡経路の分析枠組みを提示し、第2部において航空輸送、石油、電気通信という3つの産業セクターの規制緩和の過程を比較して分析を行うという構成である。

まず、第1部の第1章では、なぜ規制緩和の過程が当初意図したものと異なる方向をたどり、結果として各産業セクターごとに多様な規制レジームを形成するにいたったのかという問題を解明するための分析枠組みとして、規制理論・産業組織論・進化ゲーム理論といった既存研究を参照しつつ、規制緩和の過程を記述し、分析するためのフレームが構築される。まず、規制緩和が生じる前の初期条件として、日本の規制レジームにおいては規制の管轄が広くその統制が弱いという点が指摘される。ここを出発点として、4つの経路と4つの帰結としての規制レジームの類型が提示される。第1は、政府の規制政策と市場における産業の対応が漸進的に進み、市場競争が育成され、政府の関与がルールベースのものとなって縮小する方向に進む漸進的進展経路である。これが、政府側が当初、想定していた規制緩和の過程である。それ以外の経路として、(1)市場の競争が確立せず、政府の関与が逆に拡大する漸進的後退経路、(2)市場競争が当初の想定を越えて拡大し、政府の関与が急速に失われる急進的進展経路、(3)市場の競争が急速に進行し、新しい政府規制が拡大する急進的設計経路の3つの経路が示される。このような4つの規制緩和過程の帰結として生じる規制レジームの態様として、政府の規制対象が広く残存しているか否か、また、実際に政府の介入が行われ、産業への統制が強いものとなっているか否か、の2つを軸として、4つの類型が提示される。すなわち、(1)当初想定された規制緩和の帰結である「ルールベース型規制レジーム」、(2)政府の規制の対象範囲が広く、またその産業へのコントロールが強い「混合型規制レジーム」、(3)政府の規制の対象が狭く、またコントロールが弱い「縮小型規制レジーム」、(4)政府の規制対象が広いが、実際の産業へのコントロールは弱い「管轄ベース型規制レジーム」の4つである。

第2部では、航空輸送、石油、電気通信という3つの産業セクターにおける規制緩和の過程の分析を通じて、3つのセクターがどのように当初想定されていた経路から分岐してゆき、異なる規制レジームを確立していったのかを明らかにしている。

まず、第2章では、漸進的進展経路から漸進的後退経路へと分岐した例として、航空輸送セクターの規制緩和の過程を検討している。航空政策においては、従来、45・47体制といわれる国際線、国内幹線、国内ローカル線の役割分担を定める規制を1985年に廃止することによって、規制緩和の過程が出発する。初期の規制緩和の過程は、政府の管理下で徐々に競争を促してゆく漸進的進展経路をたどった。そして、1992年の参入規制の緩和を引き金とする第2次規制緩和の過程では、段階的に参入規制・価格規制の再構築が行なわれた。しかし、1996年の制度改正において価格に関するインセンティブ規制が導入された際に、各航空会社の横並び行動を促し、その結果、市場の価格競争が制限的となった。これを分岐点として、規制緩和の過程は、当初予定したものから漸進的後退経路へと逸れ、その後も略奪的価格設定が行なわれるなど、この競争制限的市場構造が各アクターに収穫逓増をもたらすことで、この状態にロックインする。そして、航空輸送セクターの規制緩和は、途中までは政府のコントロール通りに進んできたにもかかわらず、最終的には、競争制限的な市場が形成され、需給調整規制は廃止されたものの、混雑空港問題を軸として政府の規制管轄が参入・価格といった主要規制領域に持続することとなり、その規制レジームは、管轄が広く、統制が強まった混合型規制レジームへと転換した。

第3章では、急進的進展経路へと分岐した例として、石油セクターの規制緩和の過程を検討する。特定石油製品輸入暫定措置法を時限立法として制定した規制緩和の第一段階では、政府による生産・販売規制の緩和が、市場における段階的な競争を創出していった過程であり、当初予定していた漸進的進展経路をたどる。しかし、これに引き続く第2段階の規制緩和の過程では、特石法を廃止をめぐって、市場は制度改正を先取りするように過剰反応を引き起こし、既存企業は参入阻止戦略をとり、石油製品価格が低廉化し、結果として市場が過当競争の様相を呈することとなった。ここを分岐点として、漸進的な経路ではなく、急進的進展経路へと分岐した。市場のこのような先取り的な行動の帰結として、市場の動態に合わせるように需給調整規制を含む石油業法が廃止され、政府の規制管轄もその統制も縮小させたのである。この結果、石油産業においては、政府の規制対象が極めて限定され、またその介入も極小化された縮小型規制レジームへの転換が図られた。

第4章では、急進的設計経路へと分岐した例として、電気通信セクターの規制緩和の過程が検討される。規制緩和の初期の過程では、電電公社民営化と電電改革3法の施行によって政府の管理下に競争が創出され、漸進的進展経路をたどる。しかしながら、その後、本格的にNTTの経営形態問題が検討課題となる第2段階の規制緩和の過程においては、政府主導による分離・分割論が活発となる中で、1995年にNTTが、これを回避する戦略に転じ、自ら保持する回線ネットワークを開放するネットワークのオープン化を公表する。ここを分岐点として、市場競争が本格的に展開しだし、これに対応すべく政府の側は規制の再構築を迫られ急進的設計経路へと逸れてゆく。市場における競争は進展したものの、回線を保持するNTTのボトルネック構造は維持されたままとなり、このボトルネック独占性を軸に接続規制・接続料金規制といった政府の規制の再構築が繰り返される。そして、その帰結として、電気通信セクターの規制レジーム態様は、政府の規制管轄は広がったが、その統制が弱い管轄ベース型規制レジームが形成された。

終章では、本論文の理論的主張と含意が提示される。第1に、規制緩和により市場競争を創出し、ルールベース型の規制レジームへと移行することを改革目的としていたにもかかわらず、規制緩和の結果として生じた規制レジームは、それとは異なる「混合型」・「縮小型」・「管轄ベース型」という形で多様化したことが指摘される。

航空、石油、電気通信産業に見られるこのような規制緩和過程の分枝では、第1に、規制緩和という政府の政策に対する企業の予期せざる反応によって、各産業セクターごとに異なった市場構造の変化が形作られていく。第2に、いったん当初の方向とは異なる方向へと分岐すると、経路依存とロックイン効果が生じることを通じて、政府にとっても産業にとっても、新しい形作られる産業構造は不可逆となり、規制レジームが多様なままに固定する。

しばしば日本の規制緩和の過程は、従来の政府と産業との相互了承を前提とした漸進的な過程をたどるものとして想定されてきたが、実態は、むしろ、政府と企業の対立に基づく「相互の不了承」として認識できるようなコンセンサスの取れない不安定な過程を経ていたことが指摘される。

最後に、3つの産業セクターの分析を通じて、規制緩和の過程は、他方では政府の新たな権限獲得過程としての側面を持っていること、そして、政府の視座からすると、この規制緩和の過程で、当初意図したような、市場競争を促すという方向、規制の管轄を縮小するという方向、規制の統制を弱めるという方向を全て同時に満たすことはできないという「規制緩和のトリレンマ」が生じていることを明らかにする。

以上見てきたように、本論文は、従来の規制研究において看過されてきた政府と産業の相互作用を通じた市場構造の変化に焦点をあて、日本の規制緩和の過程で規制レジームの多様化が進行したことを明らかにし、従来ややもすると一元的に描かれてきた日本の政府産業関係の像とは異なる理解を提示した研究である。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては、次の諸点を挙げることができる。

第1に、本論文では、政府の規制の変更に対して企業がどのような反応をし、その反応の集積によって市場構造がどのように変化するのかを明示的に分析の中に織り込むことによって、規制緩和の過程を政府と産業との相互作用の連鎖として動態的に描き出すことに成功している。例えば、石油産業においては、特石法の廃止が議論されるや否や、各企業が参入阻止価格戦略をとり、これによって事実上形成された競争市場が、特石法の規制枠組み自体を不要にするという意図せざる経路をたどる。また、電気通信においては、NTTの分離・分割論が政府において議論されるや否や、NTT自身がネットワークの開放を公表し、これがこのネットワークを主要な対象とした規制の再構成へとつながってゆく。このように、政府と産業との何回も繰り返される相互のゲームとして規制緩和の過程を興味深く描き出した点は、高く評価できる。

第2に、従来、各産業セクターで比較的共通していると考えられてきた政府産業関係が、規制緩和の過程を経て、政府と産業の反応の意図せざる結果が蓄積することによって、むしろセクター間で異なる多様なものとして確立したという指摘は、新鮮である。また、セクター間の比較を行うことを通じて、日本の政府産業関係が必ずしも画一的なものでも固定したものでもなく、数々の条件に支えられて変化し、また多様なものであることを示した点は、行政学における規制研究に深みを与えるものと評価できよう。

もっとも本論文に短所がないわけではない。

第1に、第1部では先行研究のレヴューを通じて、新しい分析枠組みを提示しているが、ここでは、第2部の具体的な事例を扱う比較分析において必ずしも用いられているわけではない要素をいくつか含んでおり、政府産業関係の多様化を説明する理論としては、やや冗長であると感じさせる。

第2に、政府規制と各企業の規制に対する反応の連鎖として規制緩和の過程を描くことに主軸が置かれているため、初期条件としての各セクター間の産業構造の差に対して、十分な考慮が払われていない。また、規制緩和を進める政府の側が、各産業の規制緩和の経路を同一なものと想定していたかに関しては、政府文書等の一次資料による確認が十分ではないと感じられる場合がある。

しかしながら、これらの問題点は、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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