学位論文要旨



No 126367
著者(漢字) 平田,靖透
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,ヤスユキ
標題(和) 多層系高温超伝導体の面間ジョセフソン結合
標題(洋) Interlayer Josephson couplings of multilayered high-Tc superconductors
報告番号 126367
報告番号 甲26367
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5574号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上床,美也
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 准教授 徳永,将史
 東京大学 准教授 溝川,貴司
内容要旨 要旨を表示する

銅酸化物高温超伝導体はc軸方向にCuO2面が積み重なった層状構造を持ち、面間にジョセフソン結合が形成されることでc軸方向に超伝導電流が流れることが可能になる。超伝導状態においてはc軸方向へのジョセフソン結合の連なりと見なすことができ、c軸光学測定でジョセフソンプラズマ振動を観測することができる。多層系の銅酸化物では、ブロック層を挟む多層間のジョセフソン結合に加え、単位胞内の近接したCuO2面間に形成される多層内のジョセフソン結合が存在し、c軸光学測定ではそれぞれ音響ジョセフソンプラズマ振動、光学ジョセフソンプラズマ振動として観測される。このうちブロック層を挟む多層間のジョセフソン結合の振る舞いは様々な物質に対して詳しく調べられているが、多層内のジョセフソン結合のドーピング変化や温度変化に対する振る舞いはYBCOを除いて確かめられていなかった。また、アンダードーピングのYBCOのc軸光学スペクトルではTcよりも数十Kも上の温度から光学ジョセフソンプラズマモードが観測され、「超伝導揺らぎ」によるものと説明されているが、多層系一般に同様の温度依存性が現れるのか、その起源となる「超伝導揺らぎ」の正体は何なのかは明らかではなかった。さらに、多層内のジョセフソン結合は強力であるためにその結合エネルギーが超伝導の発現に寄与する可能性があるが、実際の結合エネルギーの大きさや、多層系銅酸化物高温超伝導体においてTcが層数n=3において最も高くなる「多層効果」との関連はこれまで詳しく調べられていなかった。本研究では水銀系および頂点フッ素系の多層系銅酸化物高温超伝導体の多結晶試料の光学測定を行い、ジョセフソンプラズマ振動を観測して面間に形成されたジョセフソン結合の振る舞いを明らかにし、これらの課題の解明を試みた。

実験としてはまず水銀系銅酸化物HgBa2Can-1CunO2n+2+5(n=2,3,4,5)の最適ドーピングの多結晶試料を合成し、反射率測定およびSphere Resonance法を用いた透過率測定を行った。HgBa2CaCu2O6+5の反射率スペクトルには900cm-1という高い振動数に光学ジョセフソンプラズマモードが現れ、多層内に強力なジョセフソン結合が生じていることが明らかになった。HgBa2Ca2Cu3O8+5やHgBa2Ca3Cu4O10+5の反射率スペクトルは光学ジョセフソンプラズマモードとフォノンのモードが重なって複雑な構造を示したが、モデルに基づいた解析により、結晶構造から期待されるとおり光学ジョセフソンプラズマモードがHgBa2Ca2Cu3O8+5には1つ、HgBa2Ca3Cu4O10+5には2つ存在することが確かめられた。HgBa2Ca4Cu5O12+5の反射率スペクトルでは多層内の内側のCuO2面のドーピングが小さくなっていることを反映して漠然とした光学ジョセフソンプラズマモードが現れた。また、4種の試料いずれもSphere Resonance法の透過率スペクトルに音響ジョセフソンプラズマモードが出現した。

続いて水銀系銅酸化物HgBa2Ca3Cu4O10+5のアンダードーピング試料(Tc=100K,90K)および頂点フッ素系銅酸化物Ba2Ca3Cu4O8+5F2-5(5=0,0.4)の多結晶試料を合成して反射率測定を行った。HgBa2Ca3Cu4O10+5のアンダードーピング試料(Tc=100K,90K)の反射率スペクトルには最適ドーピングと同様に光学ジョセフソンプラズマモードが2つ現れ、各々ドーピングの減少に従い振動数も低下した。またBa2Ca3Cu4O8.4F1.6はHgBa2Ca3Cu4O10+5 (Tc=90K)と類似した反射率スペクトルを示した。Ba2Ca3Cu4O8F2はドーピングが小さいために光学ジョセフソンプラズマモードが潰れているかのような反射率スペクトルを示し、「セルフドーピング仮説」には否定的な結果となった。

以上の測定で得られた結果に基づき、多層系銅酸化物に関する未解決の問題に対して考察した。まず、ジョセフソン結合のドーピング依存性について整理した。水銀系の最適ドーピング試料の光学ジョセフソンプラズマモードとNMRによるホール量見積もりを照らし合わせることで、ジョセフソン結合を形成するCuO2面のドーピングレベルが高いほどジョセフソン結合が強くなる傾向にあることを明らかにした。また、HgBa2Ca3Cu4O10+5のアンダードーピング試料や頂点フッ素系の測定ではドーピングを小さくするほどジョセフソン結合が弱くなることから、水銀系や頂点フッ素系においてもYBCOと同様に、多層間の結合だけでなく多層内のジョセフソン結合もドーピングが大きくなるほど結合が強くなるといえる。その理由は、La系でストライプ秩序が面間のコヒーレンスを壊すように、アンダードーピング領域でストライプ秩序のような競合秩序が優勢になることと関係していると考えられる。

続いて光学ジョセフソンプラズマモードの温度依存性について考察した。水銀系や頂点フッ素系においてもYBCOと同様に、音響ジョセフソンプラズマモードはTc以下で現れるのに対し、特にCuO2面がアンダードーピングである場合Tcより上の温度から光学ジョセフソンプラズマモードが出現することを明らかにした。Tc以上の温度での光学ジョセフソンプラズマモードのドーピング依存性がネルンスト効果におけるネルンスト係数の振る舞いと類似していることから、光学ジョセフソンプラズマモードの出現が面内の局所的な超伝導秩序の出現と連動しており、Tc以上の温度での光学ジョセフソンプラズマモードは、面内において局所的または面全体にわたって電子対の位相が揃っている状態で、多層内の隣接したCuO2面間で位相が揃い、超伝導揺らぎとしてのジョセフソン結合が形成されることで出現すると考えられる。音響ジョセフソンプラズマモードはTc以下でしか観測されないことは、Tc以上の温度で既に面内、多層内の位相が揃っており、Tcにおいて多層間の位相も揃うことで全体が超伝導になるというシナリオを示唆している。

また、水銀系の最適ドーピング試料の光学スペクトルから得られるジョセフソンプラズマ振動数を用いて面間のジョセフソン結合エネルギーを計算することで、単位胞内のジョセフソン結合エネルギーの総和とTcの1層系からの上昇分5Tcとの間に相関があり、また、ジョセフソン結合エネルギーが1層系の超伝導凝集エネルギーと同じオーダーであることを明らかにした。従って、水銀系の多層効果は、ジョセフソン結合エネルギーが超伝導凝集エネルギーの一部を担うことでTcを引き上げるという「面間トンネル機構」の描像で説明することができる。すなわち、多層内のジョセフソン結合が2層系では1つ、3層系では2つ存在する分超伝導凝集エネルギーも大きくなり、1層系より2層系、2層系より3層系の方がTcは高くなる。しかし4層系以降では多層内の内側のCuO2面がよりアンダードーピングになるためにジョセフソン結合が弱くなり、Tcも低下していく。層数を増やしていくとやがてジョセフソン結合の超伝導凝集エネルギーへの寄与自体が無視できるようになり、Tcも一定値に収束する。水銀系の7層以上のTcが100K付近に収束しているのはこれが理由であろう。

さらに、水銀系が他の銅酸化物と比べて高いTcを持つ理由について考察した。水銀系銅酸化物は1層系でも98Kという高いTcを持っているが、それに加えて多層の水銀系は他の多層系銅酸化物と比較して高い光学ジョセフソンプラズマ振動数、すなわち強い多層内のジョセフソン結合を持ち、面間トンネル機構によってさらにTcが引き上げられ、多層の水銀系の高いTcが実現する。水銀系において多層内のCuO2面間の距離が特に短いわけではないにもかかわらず水銀系の多層内のジョセフソン結合が強い理由としては、多層系銅酸化物において面内の銅イオンと頂点酸素の間の距離が光学ジョセフソンプラズマ振動数と相関していることから、CuO2面と頂点酸素の間の距離が関係している可能性がある。

以上の結果を踏まえ、既知の超伝導体よりもさらに高いTcを実現するのに必要な条件について検討した。面間トンネル機構の帰結として、多層内でより強いジョセフソン結合を形成することができれば、多層系のTcは上昇する。例えば、光学ジョセフソンプラズマ振動数と頂点酸素-面内Cu間の距離との相関が示唆するように頂点酸素がCuO2面から離れることによって多層内のジョセフソン結合が強くなるのであれば、頂点酸素をCuO$_{2}$面から引き離すことでTcが上昇するはずである。また、層間のドーピングの不均一の解消によっても、より強いジョセフソン結合を実現できると考えられる。水銀の4層以上の系では、CuO2面間のドーピングの不均一が生じてIPがアンダードーピングになり、そのために多層内のジョセフソン結合が弱くなってTcが下がってしまうのであったが、もしドーピングがOPとIPの間で均等になされ、ともに最適ドーピングとなる状態を実現できれば、多層内のどのジョセフソン結合も2層系と同じ強さになり、$T_{c}$が上昇することが期待できる。実際にこれらの効果でTcが上昇していると考えられる系として、高圧下でTcが164Kまで上昇するHg-1223が挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全7章からなる。

第1章は序論であり、銅酸化物高温超伝導体のこれまでの研究結果について、結晶構造およびドーピング効果さらに、面間ジョセフソン結合とその光学応答について説明している。特に、多層系銅酸化物、水銀系酸化物および頂点フッ素系酸化物について過去に行われた実験結果を紹介している。その中で、(1)多層内のジョセフソン結合のドーピング変化や温度変化に対する振る舞いは、YBa2Cu3O7の研究以外なされていない、(2)多層系においては、YBa2Cu3O7と同様の温度依存性か研究がなされていない、(3)ジョセフソン結合エネルギーの大きさとTcの関係が、多層系銅酸化物高温超伝導体において詳しい報告なされていないことに着目している。本研究では水銀系および頂点フッ素系の多層系銅酸化物高温超伝導体の多結晶試料の光学測定を行い、ジョセフソンプラズマ振動を観測することにより、面間に形成されたジョセフソン結合の振る舞いを明らかにし、これらの未解決問題の解明を目的としている。

第2章は実験方法であり、研究に用いた水銀系銅酸化物HgBa2Can-1CunO2n+2+d(n=2,3,4,5)の最適ドーピング試料、n=4のアンダードーピング試料および頂点フッ素系銅酸化物Ba2Ca3Cu4O8+dF2-d(d=0,0.4)の合成方法、試料評価および反射率測定と透過率測定の方法を説明している。

第3章は測定結果であり、水銀系銅酸化物HgBa2Can-1CunO2n+2+d(n=2,3,4,5)の測定結果を説明している。n=2の試料では、多層内に強力なジョセフソン結合が生じていること、n=3,4の試料は光学ジョセフソンプラズマモードとフォノンのモードが重なった複雑な構造が現れ、n=5の反射率スペクトルでは多層内の内側のCuO2面のドーピングが小さくなっていることを反映した光学ジョセフソンプラズマモードが現れた。

第4章はモデルによる解析であり、n=3,4の測定結果のモデル解析を試み、光学ジョセフソンプラズマモードがn=3には1つ、n=4には2つ存在することをモデルにより明らかにしている。

第5章は4層系のアンダードーピングと頂点フッ素系化合物であり、n=4のアンダードーピング試料(Tc=100K、90K)およびBa2Ca3Cu4O8+dF2-d(d=0,0.4)の反射率測定の結果を説明している。アンダードーピング試料は最適ドーピング試料と同様に光学ジョセフソンプラズマモードが2つ現れ、その振動数は低下することを示した。

第6章は考察であり、研究結果を考察している。まず、ジョセフソン結合を形成するCuO2面のドーピングレベルが高いほどジョセフソン結合が強くなる傾向にあること、n=4のアンダードーピング試料や頂点フッ素系試料においては、多層間の結合だけでなく多層内のジョセフソン結合もドーピングが大きくなるほど結合が強くなることに着目し、アンダードーピング領域でストライプ秩序のような競合秩序が優勢になっている可能性を指摘している。次に、光学ジョセフソンプラズマモードの温度依存性について考察し、特にCuO2面がアンダードーピングの試料では、Tcより上の温度から光学ジョセフソンプラズマモードが出現することを、CuO2面内において局所的または面全体にわたって電子対の位相が揃っている状態で多層内の隣接したCuO2面間で位相が揃い、これが超伝導揺らぎとしてのジョセフソン結合が形成されることに起因していると説明している。さらに、水銀系の最適ドーピング試料から得られたジョセフソンプラズマ振動数から面間のジョセフソン結合エネルギーを計算し、単位胞内のジョセフソン結合エネルギーの総和とTcの1層系からの上昇分DTcとの間の相関関係を明らかにした。水銀系の多層効果はジョセフソン結合エネルギーが超伝導凝集エネルギーの一部を担うことでTcが上昇する可能性があることを示唆した。最後に、水銀系が他の銅酸化物と比べて高いTcを持つ理由を、面間トンネル機構によって、多層の水銀系の高いTcが実現していると推論している。

第7章は結論であり、研究結果を踏まえさらに高いTcを示す超伝導体を実現するための必要条件について議論している。多層内でより強いジョセフソン結合を実現するために、頂点酸素をCuO2面から引き離し、層間のドーピングの不均一の解消することにより実現できる可能性を説明している。

以上のように本論文で行われた研究は、銅酸化物系がCuO2面積層構造のジョセフソン接合を持った試料であることに着目し、その多層系試料について光学測定を行った。その結果、ジョセフソン結合エネルギーと超伝導転移温度Tcとの相関関係を多層系試料についてはじめて明らかにした。これらの結果は、より高い超伝導の実現に向けてより良い指針となる得る可能性があり高く評価された。

なお、本論文の一部は石田茂之と、第3章および第4章の主要部分は小島健児、内田慎一、石角元志、伊豫彰、永崎洋および田島節子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、審査員全員の一致により、博士(理学)を授与できると認める。

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