学位論文要旨



No 126371
著者(漢字) 杉江,淳
著者(英字)
著者(カナ) スギエ,アツシ
標題(和) 細胞接着因子nephrin/NEPH1ホモログの相互作用による神経回路形成におけるシナプス前後細胞間認識
標題(洋) Recognition of pre- and postsynaptic neurons via nephrin/NEPH1 homologs generates the Drosophila retinotopic map
報告番号 126371
報告番号 甲26371
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5578号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 能瀬,聡直
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 多羽田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

脳の高次機能を司る中枢神経系は複雑かつ精密な神経回路から成る。神経回路が形成されるためには、その基本単位であるシナプス前神経細胞とシナプス後神経細胞が正確な場所と時期にマッチングする必要がある。しかし、シナプス前後細胞が決められた場所でお互いを認識し、正しく結合していく分子機構について未知な点を多く残す。このように高度な神経回路形成に必要な分子機構を解明するために、ショウジョウバエの一次視覚系神経節であるラミナの形成に着目した。ラミナは、主に視神経軸索(シナプス前)とラミナ神経細胞(シナプス後)から構成され、規則正しい構造を持つ神経節である (図A, B)。発生段階のラミナでは、まず視神経から分泌されるHedgehog(Hh)によってラミナ神経細胞の分化が始まる。同時に、Hhは転写因子Single-minded(Sim)のラミナ神経細胞における発現を誘導する。続いて、Simが発現しているラミナ神経細胞は自身の細胞挙動を制御することによって、シナプス前後細胞の相互作用に寄与し、シナプス形成の基礎となる構造であるラミナカラムが形成されると考えられている(図C)。

本研究では、ラミナ神経細胞が視神経軸索に会合する過程においてSim制御下で働く実行因子を特定し、シナプス後神経細胞がシナプス前神経軸索と相互作用して正確な神経ネットワークを構築する分子メカニズムを解明することを目的とした。そのために、野生型とsim変異体のラミナを用いてマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現プロファイルの比較を行った。スクリーニングと解析の結果、脊椎動物のNephrinホモログである細胞接着因子、Hibris(Hbs)がラミナ神経細胞で機能することが明らかになった(図C)。ラミナ神経細胞で発現するHbsは、視神経軸索で発現するパートナー分子と結合する事で働いていると考えられたため、ショウジョウバエのNephrinホモログ、NEPH1ホモログを解析した。これらの結果から、視神経で働く因子としてNEPH1ホモログであるRoughest (Rst)を同定した。Rstはラミナ神経細胞のHbsと直接相互作用することで、ラミナ神経細胞の会合に寄与していることが明らかになった(図D)。本研究から、ショウジョウバエの視覚系中枢において、シナプス前後細胞の正確な位置関係が形成される際の細胞間コミュニケーションにNephrin/NEPH1ホモログの細胞接着が関与する事が示された。

図. ショウジョウバエ視覚系中枢における一次視覚神経節ラミナの発生モデル図

審査要旨 要旨を表示する

脳の高次機能を司る中枢神経系は複雑かつ精密な神経回路から成る。神経回路が形成されるためには、その基本単位であるシナプス前神経細胞とシナプス後神経細胞が正確な場所と時期にマッチングする必要がある。しかし、シナプス前後細胞が決められた場所でお互いを認識し、正しく結合していく分子機構について未知な点を多く残す。このように高度な神経回路形成に必要な分子機構を解明するために、ショウジョウバエの一次視覚系神経節であるラミナの形成に着目した。ラミナは、主に視神経軸索(シナプス前)とラミナ神経細胞(シナプス後)から構成され、規則正しい構造を持つ神経節である。発生段階のラミナでは、まず視神経から分泌されるHedgehog(Hh)によってラミナ神経細胞の分化が始まる。同時に、Hhは転写因子Single-minded(Sim)のラミナ神経細胞における発現を誘導する。続いて、Simが発現しているラミナ神経細胞は自身の細胞挙動を制御することによって、シナプス前後細胞の相互作用に寄与し、シナプス形成の基礎となる構造であるラミナカラムが形成されると考えられている。本論文ではショウジョウバエのラミナカラム形成をモデルとして、レチノトピックマップを形成するために必要なシナプス前後神経細胞の役割について細胞及び分子レベルで解析を行った。

Sim制御下で働く実行因子を探索した結果から、杉江淳はラミナでmRNAの発現があり、RNAiによってsim変異体と同様なラミナカラム形成異常がみられた遺伝子hbsを候補遺伝子とした。次に、LNPsの一部でsim2変異クローンを誘導し、sim機能阻害下でのhbs mRNAの発現パターンを観察した結果、sim2変異クローンにおいて、細胞自律的にhbs mRNAの発現は著しく減少していた。さらに、AyGal4系統を用いてSimをoptic lobeの一部で異所発現させた結果、Sim発現クローンにおいて細胞自律的にHbsの発現が誘導されたことから、LNPsにおいてSimがhbsの発現を制御していることが示された。さらに、hbs変異体ではラミナカラムの形成に異常を生じた。この結果から、ラミナカラム形成の初期段階にLNPsにおけるHbsが必要であることが示された。hbs変異体の遺伝学的背景でLNPs特異的にHbsを強制発現させたところ、変異体の表現型がそれぞれ著しく回復したことから、HbsがLNPsで発現することがラミナカラム形成に十分であることが示された。

rst変異体および視神経で特異的にRNAiを誘導したところ、ラミナカラムの形成に異常を生じたことから、視神経で発現しているRstがラミナカラム形成に必要であることが示された。さらに、rst変異体の遺伝的背景において、視神経でrstのtrans geneを強制発現させたところ、しばしばラミナカラムの形成の異常がレスキューされた。この結果から、rstが視神経で発現することがラミナカラムの形成に必須であることが示された。

rst変異体および視神経でのRNAi誘導から、LNPsにおけるHbsの局在が視神経におけるRstの発現に依存していることが示唆された。

以上の結果は、Hbs-Rstが中枢神経系において、LNPsと視神経との認識を制御することで正常なラミナカラム形成を保証していることを示している。本研究は、正確なレチノトピックマップを形成するために細胞接着因子HbsとRstの相互作用がシナプス前後細胞の細胞間認識に必要であることを示した最初の研究である。

理論、実験の組み立ては十分高い水準にあり、実験結果は明快なデータによって示されている。本論文の成果は、ショウジョウバエに限らない神経発生の普遍的なメカニズムの解明、nephtin/NEPH1ホモログによるシナプス前後細胞間認識機構の研究に資するところが大きい。なお本論文は梅津大輝博士、八杉徹雄博士、Karl-Friedrich Fischbach博士、多羽田哲也博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本研究は博士(理学)の学位に値するものと考える。

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