学位論文要旨



No 126376
著者(漢字) ,浩
著者(英字)
著者(カナ) チェン,ハオ
標題(和) PDS-FEMによる破壊パターンのばらつき評価の数値解析
標題(洋) Numerical analysis of failure pattern variability estimation by means of PDS-FEM
報告番号 126376
報告番号 甲26376
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7339号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 亀,伸樹
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,破壊過程のばらつき評価に利用できる数値解析手法の開発を目的としている.論文は8章から構成され,第1章から第3章は背景・文献調査等の準備,第4章は数値解析手法の定式化,第5章と第6章はばらつきの原因である材料不均一性と境界条件の乱れが破壊過程に及ぼす影響の検討,第7章はばらつき評価のシミュレーションの例である.第8章において結論と将来の課題が整理されている.以下,各章の具体的な内容を説明する.

第1章は序論である.観測固体地球科学と計算科学の進歩により,数値シミュレーションに基づく地震予知の可能性が検討されている.数値シミュレーションの地震予知を実現するためには,計算力学の観点からは2つの問題点が考えられる.第一の課題は,変形・破壊過程を高精度・高効率で計算する数値解析手法の開発である.開発される手法を使って,亀裂進展の結果である破壊パターンのばらつきが評価できることが望まれる.第二の課題は,解析モデルの材料特性や境界条件の不確定性である.上記を背景に,本論文は,破壊パターンのばらつきを評価しうる数値解析手法を開発することを目的とする.第2章は文献調査である.既存の数値解析手法に関する文献調査を踏まえ,粒子離散化手法に基づく有限要素法,PDS-FEM (Particle-Discretization-Scheme Finite Element Method)を,数値シミュレーションの地震予知に用いることとした.第3章は,開発する数値解析手法の利用方法である.地震予知は,観測とシミュレーションを融合させるデータ同化に基づく.地殻変動や地震発生の時間スケールが長いことから,材料特性の分布や境界条件の乱れが異なる解析モデルを多数発生させ,シミュレーションを行い,観測結果に近い結果をもたらすモデルを抽出する,という方法が合理的である.多数の解析モデルのシミュレーションが必要となるため,開発される数値解析手法は高い計算効率を持つことが重要である.

第4章は,動的な破壊過程のシミュレーションが可能となるよう,PDS-FEMを拡張するための定式化を整理している.計算量子力学の分野で開発されている,高性能の非線形時間積分手法を組み込むため,ラグランジュアン,その離散化,ハミルトニアンへの変換という手順を踏む定式化を行っている.反復回数を固定しながらも,所定の精度を確保できるバイラテラル時間積分手法をPDS-FEMに組み込むことに成功した.

第5章と第6章は,それぞれ,亀裂進展のばらつきの原因である,材料不均一性と境界条件の乱れが亀裂進展経路に及ぼす影響を調べている.第5章では反対称平行亀裂,第6章ではせん断亀裂を対象としている.準静的状態では,理想的材料均一性を仮定すると,平行亀裂は反対称性を保ちながら進展する.荷重速度が低い場合,材料不均一性が加わっても,亀裂進展経路はこの解の経路に近く,さほどのばらつきはない.しかし,荷重速度が高くなると,亀裂進展経路はこの解の経路とは大きく異なってしまう.実際,亀裂進展経路の確率密度関数を計算すると,定量的にばらつきを評価することができる.この結果は,理想的材料均一性の亀裂進展経路は,荷重速度が低い場合は安定であり,高い場合は不安定であることを示している.さらに,荷重速度が高い場合,進展経路は完全にランダムになるのではなく,幾つかの特定のパターンに近づくことも示された.せん断亀裂のシミュレーションでは,境界と亀裂の距離が遠い場合,亀裂進展に与える境界条件の乱れの影響は小さく,進展経路の乱れは無視できることが示された.しかし,場合によっては,局所的な変位場に相対的に数パーセントの違いをもたらすことも示された.変位の観測を使ったデータ同化には,境界条件の乱れの影響を考慮することが示唆される.

第7章では,フィリピン海プレートとユーラシアプレートの簡単なモデルを使った地震活動のシミュレーションを試行した.これは,抽出を使うデータ同化を念頭においた数値実験であり,プレート境界付近の材料特性の分布を種々変えたモデルを複数生成し,参照解となるモデルの破壊過程と近い破壊過程となるモデルを選択することを試みた.選択の基準に局所的破壊の位置のずれを用いたところ,600の局所的破壊に対し,参照解の破壊過程を再現するようなモデルを一つ選択することは難しいが,三つ程度のモデルであれば抽出可能であることが示された.参照解の破壊過程の予測には,この三つのモデルを使うことになり,ばらつきを含め,将来の破壊過程の予測が原理的には可能となることが示唆された.

第8章は本論文の結論と将来の課題を整理している.結論の主眼は,研究の目的であった破壊過程のばらつきの評価に利用できる数値解析手法が開発されたことである.開発された手法を使って,破壊過程のばらつきの原因である材料不均一性や境界条件の乱れの影響を調べ,ばらつき評価の具体的な例として,データ同化の簡単なシミュレーションを行った.将来の課題として,計算力学の観点からは計算効率の向上性,地球物理学の観点からはより現実的な問題設定を行った上でのデータ同化のシミュレーションを挙げている.また,4つの補を設け,PDS-FEMの基本的な定式化,亀裂進展の安定性の考察,時間積分手法,PDS-FEMの並立化性能をまとめている.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,地震予知に適用することを念頭に,亀裂進展のばらつきを評価することができる数値解析手法の開発を目的とする.これは,計算力学と地球物理学の境界に位置する研究であり,計算力学の立場からより合理的な数値解析手法を提案することを念頭に置いている.具体的に開発された数値解析手法は,粒子離散化手法に基づく有限要素法,PDS-FEM (Particle-Discretization-Scheme Finite Element Method)を動的問題に適用できるよう拡張したものである.モンテカルロシミュレーションを使った破壊現象の数値実験によって,材料の不均一性や境界条件の乱れに起因する亀裂進展のばらつきを評価した.フィリピン海プレートとユーラシアプレートの簡単なモデルを使った地震活動のシミュレーションも試行した.

本論文の最大の成果は,PDS-FEMの動的問題への拡張である.計算量子力学の分野で開発されている,高性能の時間積分手法を適用するため,計算固体力学の分野では比較的稀なハミルトニアンを使った定式化を行った.これは,連続体のラグランジュアンを設定し,PDSを使って離散化し,最後に離散化されたラグランジュアンを離散化されたハミルトニアンに変換する,という定式化である.高性能の時間積分手法を組み込んだPDS-FEMのシミュレーションにおいて,エネルギー等の保存量が精度良く保存されるとともに,亀裂進展に伴う急激な歪エネルギーの変化にも堅牢に対応できることを検証している.

PDS-FEMの拡張とは別に,破壊現象の数値実験を行うために,多数の解析モデルを構築する手法を考案している.ランダム分割と要素品質の間にはトレードオフの関係がある(ランダムに分割すると形状の悪い要素が生成され,逆に,要素形状を良くすると分割がランダムでなくなる).考案された手法は,一様に分割された要素品質の高いモデルに対し,適切な修正を個々の要素に加えていくことで,分割がランダムでありながら品質の高い要素を生成する.考案された手法の性能を検証し,数値実験に適用できることを確認している.

モンテカルロシミュレーションを使った破壊現象の数値実験は,大規模計算が必要となる.このため,PDS-FEMに並列化を加えた.2種類のPCクラスタを使って計算性能を検証し,最適の性能が引き出せる設定を検討した.

亀裂進展のばらつきを引き起こす要因の一つは,材料の局所的な不均一性である.平行亀裂が入った板材を対象に,破壊特性の分布を変えた解析モデルを使ったモンテカルロシミュレーションによって,材料不均一性の影響を調べた.この結果,載荷条件によって影響が大きく異なることが示された.載荷速度が低い場合,亀裂進展経路のばらつきは小さく,準静的過程を仮定した理想的な均一状態の解とさほど変わらない.一方,載荷速度が速くなると,慣性項が影響することにも起因して,均一状態の亀裂進展経路から大きくばらついた進展経路が計算された.しかし,経路は全くランダムとはならず,経路は特定の領域の中に含まれることも示された.これは,進展経路とそのばらつきが予測可能であることを示す結果である.

亀裂進展のばらつきを引き起こすもう一つの要因である.亀裂が入った立方体ブロックを対象に,境界条件に適当な乱れを加えたモンテカルロシミュレーションによって,境界条件の乱れの影響を調べた.設定された問題では,亀裂進展に与える影響は無視できるほど小さい一方で,変位分布に与える影響があることが示された.

以上の準備を基に,フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界を対象に,亀裂,すなわち,地震の発生過程のシミュレーションを試行的に行った.観測とシミュレーションを融合させるデータ同化を実現することを念頭に,一つのモデルの地震発生過程を参照解とし,参照解と異なる地震発生過程を起こすモデルを除くことで,適当なモデル群を抽出することを行った.適当な基準を設けることで,参照解と似通った地震発生過程を選択するモデル群を抽出することは可能であることが示された.

以上のように,本論文では,PDS-FEMを拡張することで,亀裂進展のばらつきを評価できるような数値解析手法を開発している.複雑な問題を解くために定式化に十分な検討がなされていること,モデル作成や並列化の性能を検証していること,は審査会で了解された.亀裂進展のばらつきの要因である材料不均一性や境界条件に関しても相応の検討がなされていることも了解された.載荷速度に依存した亀裂進展のばらつきの変化が計算された結果は,連続体力学の観点からみても面白いことが指摘された.フィリピン海プレートとユーラシアプレートの地震発生過程の試行シミュレーションは,あくまでも試行の段階であり,論文でも明示されているように,地球物理学の分野で利用するにはより現実的な問題設定をする必要がある.しかし,開発された数値解析手法は,この分野での利用に十分考慮に値するものであることは了解された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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