学位論文要旨



No 126393
著者(漢字) 中井,隆志
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,タカシ
標題(和) マイクロピラーアレイを有するガスクロマトグラフィカラムの設計
標題(洋)
報告番号 126393
報告番号 甲26393
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7356号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,一郎
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 ドロネー,ジャンジャック
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

MEMS技術によって小型化したマイクロGC(ガスクロマトグラフィ)は、オンサイト分析が可能なため、疾病スクリーニングなどへの応用が期待されている。しかしながら、長さが従来のGCカラムの1/10程度に短くなるため、単位長さ当たりの分離性能を高める必要がある。分離性能の向上のためには、カラムの構造と固定相の改善が必要である。カラムの代表長さ(カラム軸と垂直な方向の長さ、矩形断面カラムの場合は流路幅)と固定相膜厚の減少が重要である。しかし、従来のマイクロGCカラムでは、カラム幅の減少によって圧力損失が増大し、固定相量の減少によって保持力が低下するだけではなく、カラム幅が狭くなるほど固定相材料の薄く均一な成膜が困難になるといった課題が生じる。また、そのような課題を解決するため、マイクロピラーアレイをカラム内部に持つ半充填カラムや単分子膜を用いた新たな固定相材料が提案されているが、それぞれ、分離性能を高めるのに適した半充填カラムの構造の設計指針は知られていないこと、カラム作成時の接合工程が煩雑であることなどが課題として残っている。

そこで本論文の研究目的は、分離性能を高めるための半充填カラムの設計指針をシミュレーションによって明らかにするとともに、このような微細構造にも成膜可能な新しい固定相材料を提案することである。

2.シミュレーションによる半充填カラムの分離性能評価

単位長さ当たりの分離性能を表す指標としてHETP(Height equivalent to a theoretical plate)が用いられる。HETPの値が低いほど分離性能が高いことを意味する。半充填カラムの設計指針をシミュレーションによって明確にするため、半充填カラムのHETPの値を計算できるシミュレーションモデルを初めて作成した。作成したシミュレーションモデルの妥当性の評価には、理論的なHETPの値が既知である開管カラムについて、シミュレーションと理論計算によって求めたHETPの値を比較することによって行った。その結果、誤差は2%未満であり、シミュレーションモデルの妥当性を確認した。

半充填カラムの分離性能評価には、ピラー間距離と流れ場の均一性に着目した。まず、ピラー間距離がHETPに与える影響を評価した。流れ場の均一性が同じで、ピラー間距離が異なる半充填カラムのHETPを評価した結果、それぞれの半充填カラムが持つピラー間距離とHETPの最小値は比例関係にあることを明らかにした。この結果は、半充填カラムの設計をする際、ピラー間距離が分離性能にとって重要であることを示している。次に、カラムの流れ場がHETPに与える影響を評価するため、ピラー間距離が同じで、流れ場の均一性が異なる半充填カラムを設計した。カラム幅やピラー配列を変えることで、流れ場の均一性を変化させた。設計した半充填カラムのHETPを評価した結果、同じピラー配列を持つ半充填カラムでは、流れ場の均一性が高いほど分離性能が高くなった。しかし、配列の異なる半充填カラムでは、流れ場の均一性が高い配列を持つ半充填カラムが高い分離性能を持つという結果は得られなかった。以上より、分離性能の向上にとって、ピラー間距離の短縮がピラーの配置による流れ場の均一化よりも支配的であることが明らかになった。これより、まず装置の圧力限界などからピラー間距離を決定し、次いで流れ場が均一になるようなピラー配列を決定するという設計指針を明らかにした。

また、マイクロGCカラムでは、数cm角のチップ上に長さ数mのカラムを作成するために、カラムの折り返しが必要である。そのため、曲部の設計はマイクロGCカラムに特有な問題であるが、曲部でどの程度分離性能が劣化するか、シミュレーションによる定量的な評価がなされていない。そこで、作成したシミュレーションモデルによって曲部の影響を評価した結果、曲部が分離性能劣化に大きく影響しないことを示した。

3.パリレン固定相材料の提案

パリレン(ポリパラキシリレン樹脂)は、従来の固定相材料とは異なり、矩形カラムの角部にもコンフォーマルな薄膜の成膜が可能な高分子材料である。また、接合材料としても利用できるので、カラム作成が容易である。従って、固定相材料としての利点を持つ。しかし、一般的なパリレンは、GCの固定相材料と異なり、結晶性が高く、ガラス転移点が高い欠点を持つ。そこで本論文では、官能基を持つパリレンに着目した。パリレンの骨格であるフェニル環に官能基が存在すると、結晶性や融点が下がる性質を持つ。結晶性の低い、すなわちアモルファスな高分子材料は、ガラス転移点よりも高い温度になると拡散速度が非常に速くなる性質を持つので、ガラス転移点以上の温度で利用すれば、固定相として高い性能が期待できる。以上から、官能基を持つパリレンを固定相材料として提案し、本論文では、アミノメチル基を持つパリレンやエチル基を持つパリレンについて、その固定相材料としての分離特性の評価を行った。

官能基を持つパリレンと持たないパリレンを一般的な寸法を持つ開管カラムに成膜し、分離性能の比較を行った。その結果、アミノメチル基やエチル基を持つパリレンは、官能基を持たないパリレンに比べて、10倍以上高い分離性能を持つことを示した。特にエチル基を持つパリレンは、極性無極性両方の化合物に対して、良いピークの対称性を示しただけでなく、アミノメチル基を持つパリレンよりも少なくとも2倍以上高い分離性能を有していた。また、エチル基を持つパリレンの膜厚が分離性能に与える影響を評価した結果、一定膜厚以下では、エチル基を持つパリレンが高性能な固定相とみなせることを示した。

4.パリレン固定相を用いた半充填カラムの分離性能評価

官能基を持つパリレンを固定相に用いて、実際に半充填カラムを製作し、分離性能の評価を行った。同じ幅、深さ、長さを持ち、20 μmと30 μmの異なるピラー間距離を持つ2種類の半充填カラムを評価に用いた。固定相材料には、エチル基を持つパリレンを用いて、高性能な固定相としてみなせる膜厚以下である0.04 μmを半充填カラムに成膜した。2種類の半充填カラムが持つHETPの最小値を比較した結果、ピラー間距離20 μmの半充填カラムはピラー間距離30 μmの半充填カラムよりも1.5倍高い分離性能を持つことを実験によって初めて示した。本研究で作成したシミュレーションモデルによる計算結果は、ピラー間距離20 μmの半充填カラムはピラー間距離30 μmの半充填カラムよりも1.9倍高い分離性能を持つことを示していることから、実験結果は計算結果と良い整合性を示した。このように、半充填カラムのピラー間距離の短縮によって分離性能が向上することを実験において初めて明らかにできたのは、官能基を持つパリレンを固定相材料として用いたからであり、官能基を持つパリレンが半充填カラムのような微細構造を持つマイクロGCカラムの固定相材料として有用であることを初めて示した。

5.単層カーボンナノチューブの固定相材料への応用可能性

本論文で高性能な固定相として提案した官能基を持つパリレンは、ガラス転移点以上での利用温度が必要であり、低沸点化合物の分離には適さない。従って、低沸点化合物の分離をも目的にしたマイクロGCの固定相材料には、優れたガス吸着量を持つ固定相材料が望まれる。そこで、SWNT(単層カーボンナノチューブ)に注目した。SWNTは、高い体積比表面積を有しているため、高いガス吸着量を持つ。また、SWNTを基板上に気相成長させることが可能なので、半充填カラムの固定相として利用できる可能性を持つ。これまでのSWNTを固定相材料として用いたマイクロGC開管カラムの先行研究では、流路上に高い純度のSWNTを生成できていない問題があった。そこで、高い純度を持つSWNTのガス吸着量の評価とマイクロGCカラムの流路上への直接生成を行った。SWNTの生成には、アルコール触媒CVD法を用いた。SWNTの吸着量を評価した結果、14ppmのヘキサンに対して、炭素1 g当たりのSWNTの持つ吸着量は30mgであった。市販の吸着剤Carbopackと比較し、SWNTは少なくとも16倍以上高い吸着容量を有することを示した。また、ガス分離特性を評価するには生成量が不十分ではあったが、マイクロGCカラムの流路上に高純度のSWNTを直接生成することに成功した。

6.結論

本論文では、マイクロGCカラムの分離性能を評価可能なシミュレーションモデルを初めて作成し、それによって半充填カラムの設計指針を明らかにした。また、半充填カラムのような微細構造にも成膜可能な新規な固定相材料として官能基を持つパリレンを提案し、官能基を持つパリレンが高性能な固定相材料であることを明らかにした。さらに、SWNTのガス吸着量が市販の吸着材料よりも優れていることを示し、固定相材料としての可能性を明らかにした。以上の知見から、従来よりも10倍高い分離性能を持つマイクロGCカラムの実現可能性を示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「マイクロピラーアレイを有するガスクロマトグラフィカラムの設計」と題し、分離性能を高めるのに適したマイクロガスクロマトグラフィカラム(マイクロGCカラム)の設計指針を明確にするとともに、そのような微細構造に成膜可能な新規な固定相材料を提案している。論文は全六章から成っている。

第一章は序論であり、マイクロGCカラムの分離性能向上に向けた課題を整理し、具体的な研究目標を明らかにしている。分離性能の向上のためには、カラムの代表長さ(矩形断面の開管カラムでは幅)と固定相膜厚を減少することが重要であるが、従来のマイクロGCカラムでは、圧力損失の増大や固定相量の減少による保持力の低下、均一な成膜の困難化という課題が生じる。また、そのような課題を解決するため、マイクロピラーアレイを持つ半充填カラムや新たな固定相材料が提案されているが、それぞれ、設計指針が未知、カラム角部での不均一性やカラム接合の工程が煩雑という課題が残っている。以上の議論から、本論文では、シミュレーションによって半充填カラムの設計指針を明確にすることと、新たな固定相材料を提案することが、具体的な研究目標であることを明らかにしている。

第二章では、シミュレーションによって半充填カラムの設計指針を明らかにしている。まず、マイクロGCカラムの分離性能を評価できるシミュレーションモデルを初めて作成し、その妥当性を確認している。次に、シミュレーションによって、分離性能の向上にとって、ピラー間距離の短縮がピラーの配置による流れ場の均一化よりも支配的であることを示している。これより、まず装置の圧力限界などからピラー間距離を決定し、次いで流れ場が均一になるようなピラー配列を決定するという設計指針を明らかにしている。また、半充填カラムの曲部での分離性能劣化を定量的に評価し、曲部が分離性能劣化に大きく影響しないことを示している。

第三章では、新しく固定相材料として提案した官能基を持つポリパラキシリレン(パリレン)の分離性能評価について述べている。パリレンは、従来の固定相材料とは異なり、気相成長によってコンフォーマルな成膜ができ、接合材料としても利用できるなど、固定相材料としての利点を有している。しかしながら、パリレンは、従来の固定相材料と異なり、結晶性が高いという欠点を有するため、パリレンのフェニル環に官能基が存在することによって結晶性が低くなる性質に着目し、アミノメチル基を持つパリレンやエチル基を持つパリレンを固定相材料として提案している。官能基を持つパリレンと持たないパリレンを一般的な開管カラムに成膜し、分離性能の比較を行った結果、官能基を持つパリレンが10倍以上高い分離性能を持つことを明らかにしている。特にエチル基を持つパリレンは、極性無極性に関わらず、良好なピークの対称性と高い分離性能を持ち、一定膜厚以下では、高性能な固定相とみなせることを示している。

第四章では、パリレンを固定相材料として用いた半充填カラムの分離性能を実験によって評価している。エチル基を持つパリレンを固定相として利用し、ピラー間距離20μmの半充填カラムとピラー間距離30μmの半充填カラムの分離性能を比較した結果、ピラー間距離が短い半充填カラムの方が1.5倍高い分離性能を示しており、第二章で行ったシミュレーション結果と良い整合性を示している。このことから、半充填カラムのような微細構造を持つマイクロGCカラムの固定相材料として、官能基を持つパリレンが有用であることを主張している。

第五章では、単層カーボンナノチューブの固定相材料への応用可能性について述べている。低沸点化合物の分離を目的にしたマイクロGCの固定相材料には、高いガス吸着量を持つ固定相材料が望まれており、本論文では、優れた化学的・熱的安定性と高い体積比表面積を有する単層カーボンナノチューブに注目している。これまで先行研究では、単層カーボンナノチューブの純度の低さが問題と考えられるため、高い純度を持つ単層カーボンナノチューブのガス吸着量の評価とマイクロGCカラムへの直接生成を行っている。その結果、高い純度を持つ単層カーボンナノチューブのヘキサンに対する吸着量が市販の吸着剤よりも優れていることを示すとともに、ガス分離特性を評価するには生成量が不十分ではあるが、高い純度を持つ単層カーボンナノチューブを流路の一面に直接生成することに成功している。

第六章は結論であり、本論文で得られた知見と成果についてまとめている。

以上、本論文では、マイクロGCカラムの分離性能の向上を目的として、マイクロピラーを持つ半充填カラムの分離性能を、曲部を含めてシミュレーションによって初めて評価し、半充填カラムの設計指針を明らかにしている。また、半充填カラムのような微細構造に適した新しい高性能な固定相として官能基を持つパリレンを提案し、実際に成膜した半充填カラムを製作してその有用性を示している。さらに、単層カーボンナノチューブのガス吸着量を評価し、固定相材料としての可能性を明らかにしている。

本論文の成果である、半充填カラムの設計指針や新しい固定相材料に関する知見は、高感度・高選択的な小型ガス分析装置の実現に大きく貢献するのみならず、学術的にも分離科学や分析化学の発展に寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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