学位論文要旨



No 126398
著者(漢字) 金平,誠
著者(英字)
著者(カナ) カネヒラ,マコト
標題(和) 表面効果翼船の飛行中ロール復原性と実船運用の研究
標題(洋)
報告番号 126398
報告番号 甲26398
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7361号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 秋元,博路
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 末岡,英利
 東京大学 准教授 鵜澤,潔
内容要旨 要旨を表示する

水面近傍で翼の揚抗比が著しく向上することを利用した高速船にWing In Surface Effect Ship (WISES)がある。WISESの現在想定する速度域は100~500km/hである。現在海上輸送には航空機と船舶の2つの輸送手段に限られるが、速度、コストの面で両者の間に大きなギャップがある。このギャップに相当する速度域は、陸上輸送においてトラック、新幹線輸送が担っている。WISESは大規模な新規インフラ投資を必要とせずに、この領域の潜在的な輸送需要を取り込めることから多く研究がなされている。

自航模型を用いた各種飛行試験によりWISESの航行性能が調べられている。これには計測機器の搭載や、操縦性の向上のため模型の大型化が図られてきた。しかしこれに伴い問題が生じている。大型模型では野外実験が前提となるが、風向き、水面の状態等、計測条件の再現性の確保は困難である。また、模型の高速化に伴い伴走も困難となる。そこで本研究では、今後のWISESの運動性能評価に繋がる試みとしてcomputational fluid dynamics (CFD)を用いる。これにより表面効果内における3次元翼周り流れの解析を、任意条件下で実施することを目指す。またCFD結果と対比するための曳航試験も実施する。

本研究は特にそのロール復原性に注目する。WISESは一般の航空機と比較し、主翼が低アスペクト比となること、客室内の加圧が不要であること、等の船体構造の単純化、低コスト化が期待される。しかしその一方、波浪を伴う海域では巡航時の安定性の確保が課題となる。このため大型の水平安定翼、補助翼等の付加物が必要となり、上記簡素性が損なわれる可能性がある。一方従来のWISESの試験航行から、表面効果内でロールに対し静安定であることが示唆される。これを船体の設計に取り入れ、船体の制御システムの簡略化、またはロール安定の向上に繋げることを目的とする。

海上輸送における次世代高速輸送機関として活躍が見込まれるWISESであるが、本格的な商用例は少ない。これは航空機が飛躍的に発展したために開発が中断されていることが要因の一つである。しかし近年、アジア地域の経済発展に伴い、各地域間の物資輸送を低コストで実現可能なWISESが注目されている。そこで日本におけるWISESの商用化に向け取り組む。その実航路を想定し、運航計画から採算性、環境負荷を検証する。これらを現行輸送機関と比較する。これによりWISESの優位性を示し、実用に向け各関連機関との連携を築く基盤とする。

日本の離島航路の運営には効率化の要望がある。本研究では外洋離島航路である東京-小笠原航路に着目する。本航路の距離は約1000kmであり上記アジア地域の主要区間距離の典型にあたる。これにWISESを使用する航路運営を検証する。本航路は年間の利用者数の変動が激しい。これは季節性の観光目的の輸送が生じるためである。一方、生活航路としての定期運航も実施する必要がある。現行ではこれらを同一の輸送機関で実施しているための非効率が生じている。これにWISESの高速性を活かした小規模・多便数の運航計画を適用することにより消席率の向上を図る。更に実航路から要求される実機要目を推算し、上記運航計画と併せ採算性を検証する。検証にはtotal operation cost (TOC)を用いる。また日本を含む先進国には、温室効果ガスの排出量を削減し、低炭素化社会を構築する国際的役割が求められる。そこで本航路の運営により生じるCO2排出量を検証し、現行輸送機関と比較する。

CFD解析にはNACA3409s翼型を用いる。これは表面効果内での縦の安定性を得るために翼後縁に逆キャンバーを設けたものである。また翼端板を付加したものについても検証する。CFDでは非圧縮粘性流体のRaNSシミュレーションを実施する。格子の生成、解法には市販のソルバーを用いる。計算には有限体積法を使用する。翼表面は構造格子、翼端面には三角形の非構造格子を構成する。また、翼近傍を直方体のブロックで囲み、翼の高度、ロール角の変化をこのブロックの移動、回転で再現する。これにより、翼の姿勢の変化に対し、翼面近傍の解像度を一定に保つ。ロールの回転軸は、スパン中央の翼弦線とする。乱流モデルにはk-ω SSTモデルを用いる。これは翼面近くの低レイノルズ数流れにおける近似と、その外部に生じる伴流域での予測を段階的に切り替えることで計算精度と経済性を両立したハイブリッドモデルである。セル表面の補間には2次風上法を、圧力解法にはSIMPLE法を用いる。また、解析手法の妥当性を確認するため、得られた結果を既存の風洞試験結果と比較する。本風洞試験は模擬板により表面を再現し、模擬板上に発達する境界層はスリットと整流翼で除去している。この結果、巡航時の迎角付近で比較する場合、揚力係数CLは3.0%の差異で風洞試験結果を再現可能である。また抗力係数CDに関しても僅かに差異が確認されるが、格子の解像度を増加させることにより削減可能なものと考えられる。CFD結果が示す上記係数の迎角、高度に対する依存性は、風洞試験によるものとよく一致している、これにより本手法により巡航時の翼周りの流れの解析が可能であると考える。

計算の結果得られた表面効果内でロール状態のNACA3409s翼型に生じるローリングモーメントCMXをFig.1に示す。この結果から、表面効果内でロール状態の翼には、そのロールを復原する向きにローリングモーメントが生じていることが分かる。またその値はロール角-φの増加に伴い非線形に増加する。また無次元化された翼後縁高度h/cの低下に対しても非線形に増加する。また、翼端板を付加した場合このローリングモーメントの値は顕著に増幅される。その増加率はh/c=0.15、ロール角-φ=4.0deg.の時、翼端板の無い場合と比較して17倍となる。翼表面の圧力分布をFig. 2に示す。この観察から、ロールにより生じる翼下面の圧力分布の偏りがローリングモーメントの発生に寄与している。また、翼端板を付加した場合は、スパン方向への流量が制限され、翼表面の圧力分布の偏りが増幅されることが分かる。

曳航試験は東京大学船型試験水槽で実施する。翼断面はNACA3409s翼型とし、翼端板を付加する。曳航中の翼模型は水平であり、翼下方の表面模擬板を傾斜させることによりロール角を再現する。予めCFDによりローリングモーメントの検出量を予測している。この時検出量が微小であると予測されるため、計測に注意を要する。Fig.3に曳航試験により得られた表面効果内においてロール状態のNACA3409s翼型に生じるローリングモーメントCMX'を示す。CMX'の-φ、h/cに対する振る舞いはCFDによる解析結果と同様である。これにより実現象からも表面効果内における翼のロール復原性を確認できる。

この結果、WISESのローリングモーメントに関するモデルは、通常の航空機のものと比較し、ロール角、高度変化により生じるローリングモーメントが加わる形となる。

東京-小笠原航路にWISES105を使用する場合には、年間に輸送容量の異なる4つの運航期間を設ける。各期間にそれぞれ1日あたりの往復回数、輸送用量を定め、これを年間の利用者数の変動予測に合わせ適用する。また、適用期間の容量が2004年~2008年の過去の実績を満たすものとする。この結果、2008年から過去5年間の平均で、消席率は36.6%から60.0%に向上する見込みを得る。

TOCの推算から、本航路の片道あたりの搭乗代は29.8千円/seatとなる。これには105人乗りWISESを2台運用することを考える。この時の実船モデルの外観をFig.4に示す。この結果、片道あたりの搭乗券代は現行輸送機関の最も安価なものと比較し、約5.3千円増額となるが、航海時間は22時間の短縮となる。この結果が得られる要因には以下の3点が挙げられる。1つ目は消席率が向上したこと。2つ目は航続時間の削減に伴い燃料消費が低減したこと。3つ目は、船内泊の設備がなくなり、輸送機関が簡略化されたことである。これらから、十分現行輸送機関と競争可能であることが分かる。また離水時の必要推力は10.2×103PSとなり、搭載主機で出力可能であること。有義波高3.0mにおける100分の1最大波高を巡航高度とした場合、過去の外洋波浪図から就航率は72%程度となることが推算される。一方、伊豆諸島海域を航行する東京-利島間のジェットフォイルの、同期間における就航率は58%である。

CO2排出量の検証は、提案するWISESの主要目、運航計画から年間の排出量を推算する。これを現行輸送機関と比較し58%削減できる見込みを得る。この要因には以下の2点が挙げられる。1つ目は上記TOCの比較同様、航続時間の削減に伴い燃料消費が低減したこと。2つめは使用主機をターボプロップエンジンとすることで、使用燃料がCO2排出係数の低いジェット燃料に変更されることが挙げられる。

離島航路の運営には、島民の生活安定への貢献が求められる。上記に示す経済性の確保と環境負荷の低減は、定期運航を実施した上での結果であることが重要である。

本研究ではCFDによりWISESのロール復原性を確認した。また曳航試験による実現象の観察においても、同様の結果を確認することができた。今後はこれを基にWISESの実設計に繋げることを考える。

WISESを使用した外洋離島航路の運用例からは、更に詳細な運用計画を策定するための基礎データとして関係各機関に喚起できる結果が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、表面効果翼船(WISES)の飛行中ロール復原性の検証と、その結果を取り入れた実船運用の経済性評価を行ったものである。論文はロール復原性を流体数値シミュレーションおよび水中曳航試験から評価した第一部と、離島航路を例に、高速船の特長を生かした運用計画の採算性を評価した第二部から構成される。

WISESのロール復原のメカニズムは従来型船舶、航空機のいずれとも異なる事から、その推定方法を確立しておくことは実用化へ向けたステップとして重要である。航空機のロール復原性は主翼の上反角効果によるが、WISESの復原性は、表面効果による揚力増加が主翼の左右で異なる事に起因する。しかし、表面効果内でのロールモーメント計測は、大型の風洞とムービングベルトなどの特殊な装置を必要とし、また自航模型による飛行試験でも定量的な評価は困難である。本研究ではこれを水中曳航実験と、市販の流体数値シミュレーションを用いて解析し、表面効果内のロール復原力の定量的な評価を行った。評価対象の翼は、NACA3409翼型にS字型のキャンバープロファイルを付加した翼型を持ち、アスペクト比は1から2。さらに翼端板の有無による特性の変化も調査した。揚力や抵抗に比較してロールモーメントの検出は困難であるが、実験と流体数値シミュレーションの結果を総合して、復原モーメントが主翼の翼端板の付加によって顕著に増加する事、水面からの高度によって復原力が急速に減少する事を定量的評価した。またロール復原力を発生させる流場の状況を可視化により確認した。これらの結果により、低高度では十分な復原性が得られるため、通常巡航時はエルロンなどのロール制御を簡略化できる事、外乱による不意の高度上昇などに備えて、上反角付き外翼の付加や、垂直尾翼のVテール化が必要である事も判明した。通常の航空機の空力特性はロール角によって変化しないため、ロール角の空力微係数は省略されるが、WISESでは重要な項となる。またこの微係数がピッチ角と浮上高度に非線形に依存する事が確認され、今後の運動解析や制御系の開発における重要な知見が得られた。

運用計画とその採算性については、外洋離島航路である東京-小笠原の1000kmの航路を例に運用計画を検討した。この航路に必要な後続距離は、アジア地域の主要都市間を結ぶ事が可能であり、ここでの検討結果の一部は、離島航路以外へも応用が可能である。本研究で選択した小笠原航路は、既存旅客船利用者数の季節変動が激しく、高速船の就航による小規模の多頻度輸送、便数変更の自由度などの特長が生かせる。本研究では、需要の週次変化と航路情報を基に、運航計画と実船要目を推算し、需要変動を考慮した採算性を検証した。検討にあたっては、既存の高速船開発コストの経験式を用い、その償却、利益確保を前提にTotal Operation Cost (TOC)を算出した。小笠原航路の輸送需要の季節変動に対応するため、旅客需要に応じて4種類の運航パターンを切り替え、1日の往復回数を設定した、これにより、2004年~2008年の在来排水量型貨客船による輸送実績をWISESで代替した場合の消席率(搭乗率)を評価したところ、従来船の消席率36.6%に対し、航空機に近い採算レベルである60%の平均消席率で運航できる事を示した。TOCの推算結果から、本航路の片道あたりの搭乗券代は33.3千円/seatとなる。これには105人乗りWISES2隻での運航を前提とした。この搭乗券代は、現行貨客船の団体最低運賃と比較して、8.6千円の増額となるが、現行の片道航海時間25時間が3時間半に短縮される事を考慮すれば、十分に価格競争力のあるサービスとなる。また巡航時の浮上高度を2.4mとし、過去3年間の本海域の12時間ごとの外洋波浪図に基づく就航率のベンチマークをとったところ、就航率74%との結果を得た。これは、伊豆諸島航路の水中翼船の就航率 約60%と比較して十分に高い。これには、高速化による航海時間の短縮により、悪天候により出航不可となる便の割合が減少する事が寄与している。高い就航率は、サービスの信頼性向上として運賃レベルの維持に貢献する事が期待できる。またWISESによるサービスのCO2排出量を現行排水量型船と比較し、本サービスが、大幅な高速化を達成しながら、CO2排出量を57%削減できる事を示した。

WISESは、高速海上輸送の新たなモードとして発展が期待されるが、これまで、経済的な側面を検討される事は少なかった。本研究は、CFDと水槽試験により、未知の部分が大きかったロール復原性の定量的な予測を可能にし、また具体的な航路を対象とした運航計画を策定する事により、WISESの事業性評価を行った。本研究は、新たな輸送モードであるWISESの初期投資額を明確なものとし、今後の具体的な開発計画を策定する有用な基礎データを提供している。以上より、本研究の内容は、博士論文として十分な内容を有していると判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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