学位論文要旨



No 126399
著者(漢字) 小口,憲武
著者(英字)
著者(カナ) オグチ,ノリタケ
標題(和) 高圧ガスパイプラインの脆性破壊停止に関する研究
標題(洋)
報告番号 126399
報告番号 甲26399
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7362号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 粟飯原,周二
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 高橋,淳
 東京大学 准教授 村山,英晶
 海上技術安全研究所 上席研究員 吉成,仁志
内容要旨 要旨を表示する

炭酸ガス削減のブリッジエネルギーとして天然ガスの利用が拡大するに伴い、そのための高圧ガスパイプライン網の整備や拡大が予想される。建設用の新設パイプライン材料のコストダウンや既設のパイプラインの最大活用を考える際に、破壊に対する安全性の確保は必達の前提条件である。破壊形態として、不安定延性破壊、脆性破壊、疲労破壊(高サイクル・低サイクル)、大変形破壊、環境割れ(水素応力割れ・腐食応力割れ)が挙げられる。パイプラインの代表的な基準には、これらの破壊を防止するための規定が設けられており、脆性破壊と環境割れを除く延性破壊、疲労破壊、大変形破壊については圧力や材質等に応じた式等が与えられている。環境割れは未だに研究途上の領域であるため明確な規定がなく、ユーザーの判断に負うところが大きい。一方、脆性破壊は、DWTT(落重試験)の試験値に対する規定が与えられているが、規定が最近になって厳しい方向に変更されたり、小口径管では規定がない(試験片が採取できない)等、経験則が故の不十分な点が多い。すなわち、脆性破壊については、新設パイプラインに対する適正な仕様や、旧規定で建設された既設パイプラインの適正な圧力の評価手法が明示されていないという課題がある。そこで、破壊力学的な観点から脆性破壊の停止評価を行い、その課題解決を図ることを目的にした。

I.既往知見の整理

脆性破壊の停止評価が破壊力学的な荷重項と材料抵抗の比較によりなされることから、それぞれについて既往知見を整理した。その結果、以下の知見が得られた。

(1) 荷重項について

・き裂が高速伝播する場合のき裂先端の応力場は、動的な応力拡大係数Kによって表わされる。

・パイプを高速伝播するき裂の応力拡大係数は、内圧仕事の項を含む式で表わされる。内圧仕事が無視できる場合には、半無限帯板の応力拡大係数に類似した式で表わされる。

(2) 材料抵抗について

・脆性破壊の停止は、荷重項を動的な応力拡大係数K、材料抵抗を停止靭性Kcaとすることにより、「荷重項≦材料抵抗」として表わされる。

・停止靭性を求めるESSO試験は一般に温度勾配をつけて行うが、その方法(温度勾配型ESSO試験)で求められる停止靭性と、温度一定の条件(実構造物の状態)で行う混成型ESSO試験から得られる停止靭性を比較すると、温度一定条件の方が1.3倍程度高いことを、伝播・停止モデルの論文から参照した。

II.荷重項の評価方法

荷重項として、パイプを高速伝播するき裂の応力拡大係数Kを算定する必要があるが、これを直接行った例は見当たらない。そこで、有限要素法を用いて、パイプを高速伝播するき裂の動的な応力解析を行った。その結果、以下の成果が得られた。

・パイプのK値は、き裂伝播速度の増加に伴い低下し、550~650m/sを超えると、半無限帯板の解を下回るようになる。しかし、その領域の中で、き裂伝播速度の上昇に伴ってK値は極小、極大をとり、最終的に速度効果を考慮した帯板の解に一致する。K値の極小にはバルジングが、極大には周期的な波動が関わっていることが示唆された。

・内圧によるき裂後方の開口(bulging)の効果は、次の2点に集約される。

(1)き裂後方の開口によって直接的にき裂先端を開口させる

(2)き裂後方の開口(周方向への膨出)によって軸方向を縮める変形が生じ、き裂先端に引張の軸方向歪場を形成し、き裂先端の開口を抑制する。

き裂伝播速度が遅い場合には静的な状態と同じように(1)が卓越している、高速になると、まず(1)が軽減して(2)と拮抗するようになりK値が頭打ちになる。その後、高速になるにつれ(1)が消失して行き、700m/sでは(2)のみになってK値の極小となる。その後、さらに高速になると(2)が消失して行くが、1600m/sを超えても(2)は完全には消失せず、完全な消失は2400m/sである。

・き裂伝播速度が550~650m/sであることを前提に、パイプの荷重項を次のように提案する。

(1)き裂伝播速度Vが1000~1400m/s以下、あるいは、き裂伝播速度が不明な場合は、

(2)き裂伝播速度Vが1000~1400m/sを超えることが確認できた場合、

p:内圧、R:平均半径、t:管厚、ρ:密度、E:ヤング率

III.材料抵抗の評価方法

パイプ材料の停止靭性評価試験を行い、温度一定条件での停止靭性の評価方法を提案した。また、停止靭性評価試験において実施するき裂発生のための打撃について、有限要素法による動的解析をもとに、その影響評価と、結果の修正方法を提案した。詳細は以下の通りである。

・パイプ材料を用いてESSO試験を行った。その結果、温度一定の混成ESSO試験から得られた停止靭性は、温度勾配型ESSO試験のそれに比較して、約1.3倍大きいことがわかった。この値は、脆性破壊の伝播・停止モデルを用いた既往知見の推定とほぼ一致した。また、既往知見において、その原因としていたシアリップの分布形状の違いを確認した。従って、実際に、温度一定の構造物に適用する場合には、温度勾配型ESSO試験から得られた停止靭性に、1.3倍したもの(式11)を使うことができる。

・落錘式のESSO試験は、作用応力が低い場合には打撃の影響が無視できないことが分かった。また、ガス圧式の打撃装置では、打撃だけではなく、ピン間距離、タブ板の厚さ等によっては、得られたKcaに大きな誤差を含むケースがあった。このような場合には、動的FEM解析を実施して、停止靭性を補正することにより、整合性のあるデータ整理ができることを示した。この場合、き裂の伝播速度を与える必要があり、推定式として以下の式を提示した。ただし、特定の材料に適用できる式であり、一般化については、更なる検討が必要である。

ただし、V :き裂伝播速度、x:上端からの距離(mm)、σ:負荷応力(MPa)

・ESSO試験で用いる打撃がK値に与える誤差を、5%、10%以内に抑えるためには、打撃エネルギーを、表1のように制限する必要がある。

IV.実管フルガスバースト試験を用いた検証

II.の荷重項、III.の材料抵抗を用いて、「荷重項≦材料抵抗」の場合に脆性破壊が停止するか否か、を確認するために、850φ、300φの実管を用いたフルガスバースト実験を行った。その結果、以下のことが明らかになった。

(1)初期切欠部から発生した脆性き裂は、850φでは、片側は1m前後伝播して停止し、もう一方は、発生直後に停止した。300φでは、両側に1m弱伝播し停止した。

試験体の両端部では、破壊現象が終了するまでの間、初期圧力が保持されており、脆性破壊の停止が試験体の圧力の低下により促進されたものではないことが確認できた。

(2)脆性破壊の停止を「荷重項K≦材料抵抗Kca」により照査した結果は、表2、表3の通りであった。850φの試験管B3を除き、判定と実験の結果は一致した。B3の荷重項としては、850φの動的解析の結果から、750m/sで、応力拡大係数がほぼ極小値を取ることが示されており、表2の荷重項Kが57%の値79.3MPa√mとなるため、荷重項<材料抵抗が成立し停止したことが考えられる。

(3)脆性き裂が停止条件を満たしたにもかかわらず、B3で1085mm、(3)で840mm、(9)で715mmも伝播したのは、初期切欠から出たき裂の伝播速度が最初は低く、「荷重項>材料抵抗」となっていたためである。その後、き裂伝播速度が上昇して「荷重項<材料抵抗」となり停止したものである。

(4)高圧ガスパイプラインの脆性破壊停止が、II.の荷重項(応力拡大係数)と、III.の材料抵抗(停止靭性)の「荷重項≦材料抵抗」照査に基づいて安全側に判断できることを検証した。

V. 実際の鋼管材料への応用

II.、III.で提案した方法を実際の鋼管材料に適用する方法を提案した。鋼管材料の仕様として一般的に含まれるシャルピー衝撃試験データ(通常、試験温度0℃における3データが、管100本に1セットの割合で、材料証明書に記録されている)から、停止靭性を推定する必要がある。そこで、ほぼ同条件による製造と考えられるパイプ材料を用いて、停止靭性評価試験とシャルピー衝撃試験を実施し、両者の関連を評価した。その結果、荷重項=材料抵抗となる限界圧力(あるいは周方向応力)が、シャルピー延性破面率に関連することがわかった。この関係を定式化することにより、そのパイプラインが供用できる限界の圧力pは、以下の式から求めることができる。逆に、所定の圧力pを決めた場合には、この式からS0を導くことにより、シャルピー延性破面率規定(0℃)を定めることができる。この関係式を以下の通り、提案する。ただし、異なる材料への一般化については更なる検討が必要である。

ただし、p:限界圧力(MPa)、β=1.3、R:平均半径(mm)、t:管厚(mm)、

S0:0℃のシャルピー延性破面率(3本の平均値)、T:パイプラインの使用温度(℃)

以上

表 1 K値に与える誤差と打撃エネルギーの制限値

表 2 850φ管の伝播・停止判定と実験結果

表 3 300φ管の伝播・停止判定と実験結果

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高圧ガスパイプラインの脆性破壊停止に関する研究を通して、天然ガス利用拡大のためのインフラ整備に資することを目標としたものである。

炭酸ガス削減のブリッジエネルギーとして天然ガスの利用が拡大するのに伴い、高圧ガスパイプライン網の整備や拡大が予想される。建設用の新設パイプライン材料のコストダウンや既設のパイプラインの最大活用を考える際に、破壊に対する安全性の確保は必達の前提条件である。破壊形態として、不安定延性破壊、脆性破壊、疲労破壊、大変形破壊、環境割れが挙げられる。パイプラインの代表的な基準には、これらの破壊を防止するための規定が設けられている。脆性破壊に対しては、DWTT(落重試験)の試験値に対する規定が与えられているが、規定が最近になって厳しい方向に変更されたり、小口径管では規定がない等、経験則が故の不十分な点が多い。すなわち、脆性破壊については、新設パイプラインに対する適正な仕様や、旧規定で建設された既設パイプラインの適正な圧力の評価手法が明示されていないという課題がある。そこで、本研究では、破壊力学的な観点から脆性破壊の停止評価を行い、その課題解決を図ることを目的にした。

まず、既往知見の整理を行い、以下のようにまとめた。

(1) 荷重項について:き裂が高速伝播する場合のき裂先端の応力場は、動的な応力拡大係数Kによって表わされる。また、パイプを高速伝播するき裂の応力拡大係数は、内圧仕事の項を含む式で表わされる。内圧仕事が無視できる場合には、半無限帯板の応力拡大係数に類似した式で表わされる。

(2) 材料抵抗について:脆性破壊の停止は、荷重項を動的な応力拡大係数K、材料抵抗を停止靭性Kcaとすることにより、「荷重項≦材料抵抗」として表わされる。また、停止靭性を求めるESSO試験は一般に温度勾配をつけて行うが、その方法(温度勾配型ESSO試験)で求められる停止靭性と、温度一定の条件(実構造物の状態)で行う混成型ESSO試験から得られる停止靭性を比較すると、温度一定条件の方が1.3倍程度高いことを、伝播・停止モデルの論文から参照した。

次に、脆性破壊伝播に及ぼす荷重項の評価方法に関する検討を行った。荷重項として、パイプを高速伝播するき裂の応力拡大係数Kを算定する必要があるが、これを直接行った例は見当たらない。そこで、有限要素法を用いて、パイプを高速伝播するき裂の動的な応力解析を行った。その結果、以下の成果が得られた。

(1)パイプのK値は、き裂伝播速度の増加に伴い低下し、550~650m/sを超えると、半無限帯板の解を下回るようになる。しかし、その領域の中で、き裂伝播速度の上昇に伴ってK値は極小、極大をとり、最終的に速度効果を考慮した帯板の解に一致する。K値の極小にはバルジングが、極大には周期的な波動が関わっていることが示唆された。

(2)内圧によるき裂後方の開口(bulging)の効果は、次の2点に集約される。(1)き裂後方の開口によって直接的にき裂先端を開口させる、(2)き裂後方の開口(周方向への膨出)によって軸方向を縮める変形が生じ、き裂先端に引張の軸方向歪場を形成し、き裂先端の開口を抑制する。き裂伝播速度が遅い場合には静的な状態と同じように(1)が卓越している、高速になると、まず(1)が軽減して(2)と拮抗するようになりK値が頭打ちになる。その後、高速になるにつれて(1)が消失し、700m/sでは(2)のみになってK値の極小となる。その後、さらに高速になると(2)が消失して行くが、1600m/sを超えても(2)は完全には消失せず、完全な消失は2400m/sである。

以上の検討結果から、パイプの荷重項を次のように提案した。

(1)き裂伝播速度Vが1000~1400m/s以下、あるいは、き裂伝播速度が不明な場合は、で評価する。

(2)き裂伝播速度Vが1000~1400m/sを超えることが確認できた場合は上式に速度因子を考慮した式を適用する。

次に、脆性破壊伝播に及ぼす材料抵抗の評価方法について検討を行い、温度一定条件での停止靭性の評価方法を提案した。また、停止靭性評価試験において実施するき裂発生のための打撃について、有限要素法による動的解析をもとに、その影響評価と、結果の修正方法を提案した。詳細は以下の通りである。

(1)パイプ材料の混成ESSO試験から得られた停止靭性は、温度勾配型ESSO試験のそれに比較して、約1.3倍大きいことがわかった。この値は、脆性破壊の伝播・停止モデルを用いた既往知見の推定とほぼ一致した。また、既往知見において、その原因としていたシアリップの分布形状の違いを確認した。従って、実際に、温度一定の構造物に適用する場合には、温度勾配型ESSO試験から得られた停止靭性に、1.3倍した値を使うことができる。

(2)落錘式のESSO試験は、作用応力が低い場合には打撃の影響が無視できないことが分かった。また、ガス圧式の打撃装置では、打撃だけではなく、ピン間距離、タブ板の厚さ等によっては、得られたKcaに大きな誤差を含むケースがあった。このような場合には、動的FEM解析を実施して、停止靭性を補正することにより、整合性のあるデータ整理ができることを示した。この場合、き裂の伝播速度を与える必要があり、その推定式を提示した。

(2)ESSO試験で用いる打撃がK値に与える誤差を、所定値以内に抑えるための打撃エネルギーを制限する式を提案した。

次に、実管フルガスバースト試験を用いた検証を実施した。標記の荷重項と材料抵抗から、「荷重項≦材料抵抗」の場合に脆性破壊が停止するか否か、を確認するために、850φ、300φの実管を用いたフルガスバースト実験を行った。その結果、以下のことが明らかになった。

(1)初期切欠部から発生した脆性き裂は、850φでは、片側は1m前後伝播して停止し、もう一方は、発生直後に停止した。300φでは、両側に1m弱伝播し停止した。試験体の両端部では、破壊現象が終了するまでの間、初期圧力が保持されており、脆性破壊の停止が試験体の圧力の低下により促進されたものではないことが確認できた。

(2)脆性破壊の停止を「荷重項K≦材料抵抗Kca」により照査した結果、左記の評価式により安全側に評価できることを確認した。

最後に、上記検討で提案した方法を実際の鋼管材料に適用する方法を提案した。鋼管材料の仕様として一般的に含まれるシャルピー衝撃試験データから、停止靭性を推定する必要がある。そこで、ほぼ同条件による製造と考えられるパイプ材料を用いて、停止靭性評価試験とシャルピー衝撃試験を実施し、両者の関連を評価した。その結果、荷重項=材料抵抗となる限界圧力(あるいは周方向応力)がシャルピー延性破面率に関連することがわかった。この関係から、パイプラインが供用できる限界の圧力を求める式を提案した。

以上の研究により、高圧ガスパイプラインにおける脆性破壊伝播と停止に関する破壊力学的な評価を行い、これに基づいた脆性破壊を防止するための評価方法を提案した。本方法は工業的にもきわめて有益なものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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