学位論文要旨



No 126405
著者(漢字) 橋,和枝
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,カズエ
標題(和) 情報通信機器に使用する素材のサステナブルマネジメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 126405
報告番号 甲26405
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7368号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 准教授 安達,毅
 東京大学 准教授 松野,泰也
内容要旨 要旨を表示する

情報通信は、交通手段の代替や効率化により、地球の環境負荷の低減に寄与することが期待されている。一方、インターネットや携帯電話などの情報通信サービスの利用は世界規模で拡大傾向にあり、その運用に伴うエネルギー・資源の消費量は世界規模で増加することが懸念され、情報通信の環境負荷削減が緊急の課題である。

本論文は、持続可能な情報通信社会を構築する上で不可欠な情報通信機器の資源の有効活用を図る技術を開発するため、現在の課題を明らかにし、省資源のための環境配慮設計指針の構築、資源蓄積量の推計方法の開発、高度リサイクル推進のための回収システムの改良方法を提案するものであり、その内容は5章から構成されている。

第1章では、地球環境と情報通信の関係を総括し、情報通信の環境負荷削減のための課題を示し、省エネルギーと比較して検討が遅れている省資源化を環境負荷削対策として推進することが必要であることを明らかにした。

第2章では、情報通信機器類の省資源設計を検討するため、携帯電話の事例研究を実施した。携帯電話は、高機能化が進んでいるが、その機能と資源使用量の関係を検討するため、表1に示したような8つのグループに分けて定量分析を行った。その結果、図1に示すように、多機能化が最も進んだS8グループは、他のグループと比較して必要とする資源が多く、携帯電話の高機能化により、資源使用量が増加したことが明らかとなった。

さらに携帯電話の資源回収によるCO2削減ポテンシャルを評価した(図2)。資源回収によるCO2削減効果は、基板などに使われているプラスチックが焼却されることにより生じるCO2排出量の増大により、相殺されていることがわかった。また、回収可能な金属資源を全て回収できたと仮定し、その価値を市場価格で評価したところ、平均110円程度となり、回収に係る費用よりも低く、このような経済的な問題が、携帯電話のリサイクル推進の課題の一つであることがわかった。一方、携帯電話の多機能化により、他の電子機器(デジタルカメラ、ゲーム端末、音楽再生機等)を代替することができるようになったが、同時に代替される電子機器の資源消費量を削減する効果があることを定量的に明らかにした。また、環境配慮設計指針として、耐久性の向上、機能の選択可能化、回収の容易化を提案した。

第3章では、将来、廃棄物となる情報通信機器類の資源蓄積量を把握することを目的として、統計データを用いた解析と、夜間衛星画像を使った推定方法を検討した。通信用ケーブル、電柱について資源蓄積量を推算し、それぞれ、53万トンの銅、340万トンのコンクリートと50万トンの鉄鋼が蓄積されていることを明らかにした。通信ケーブルは、これまで銅を含むメタルケーブルが主であったが、今後、光ファイバーケーブルに置き換わっていくことが予想される。メタルケーブルは、ほぼ全量がマテリアルリサイクルされているが、光ファイバーケーブルは、現在、サーマルリサイクルが主流であり、今後、経済的にも成立するマテリアルリサイクル技術の確立が望まれることがわかった。

次に、簡易に資源蓄積量を推定できる方法として、夜間衛星画像を用いた解析方法を検討した。夜間観測データには米国の軍事気象衛星により撮影された夜間の光強度画像データを加工した輻射低標夜間灯光強度データを用いた。この画像データには、輝度が飽和することなく光蓄積量を定量化でき、地図にマッピングされた形で提供されているため、国・地域別の解析が可能であるといった利点がある。まず、銅蓄積量と夜間光蓄積量との相関を検討した。世界各国の銅蓄積量と光蓄積量の関係を図3に示す。各国の銅蓄積量は文献から求めた。図3より、銅蓄積量と光蓄積量には強い相関(R2は0.99)があり、光蓄積量から銅蓄積量を推定することが期待できる。そこで、アジア地域の銅蓄積量を推定し、その適用可能性を確認した。さらにこの手法を用いて、屋外の通信設備に含まれる資源を推定することを検討した。まず日本の電柱、ケーブル及びその付属物をモデル化し、資源量を求めた後、2006年の夜間光蓄積量と設置量との関係から検量線を作成し、アジア各国の光蓄積量から、屋外通信設備量による資源蓄積量を推定した。推算結果を図4に示す。アジアにおいては、日本よりも中国やインドにおける資源蓄積量が多く、その大部分はコンクリートであることが明らかとなった。

第4章では、情報通信端末類のリサイクル推進のための社会的課題を明らかにするため、廃棄される資源量を推定し、回収の意義を明らかにするとともに、利用者にアンケート行い、携帯電話の使用状況、退蔵の理由、希望する廃棄方法等について回答を得た。

まず、携帯電話から回収可能な金属類について、Population Balance Modelを用いて推算した。その結果、図3に示したように、1994年以降、銅だけでも約4,000tonが廃棄されており、続いてタングステン、ニッケル、バリウムの順に廃棄量が多いことがわかった。また、2001年から2008年の間に不要となった携帯電話に含有される金は、16tonと推算されたが、回収された金は2tonと報告されており、約90%の金が回収されず、散逸している恐れがあることがわかった。また、アンケートの結果、回答者は平均1.2台の携帯電話を2.8年使用することが明らかとなった。さらに退蔵している携帯電話の台数は平均で1人、2.3台であることから、全国では約2.5億台の携帯電話が退蔵されていると推定された。携帯電話を退蔵することによる資源散逸を防ぐため、これらの資源を回収する必要がある。また、利用者が希望する回収方法は、買取りやデポジット、ポイント還元などの積極的な回収方法であることがわかった。希望する買取り価格についてPrice Sensitivity Measurementを用いて評価した結果、理想価格は約1,400円と推定された。しかしながら、これは、回収可能な資源の経済的価値として試算された110円と乖離するものであった。今後、この乖離を埋めるため、強制力のある法律の整備や、環境情報の提供などが必要である。さらに、43%の回答者は回収された携帯電話から個人情報の漏えいが起ることを心配しており、個人情報保護のための対応策がまだ不十分であることがわかった。今後、データを機体に残さず、預かるシステムやデータ移行をスムーズに行えるシステムの開発が望まれる。また、79%の回答者がリサイクルされた携帯電話の使用に関心があると答えているが、携帯電話の再使用や部品の再利用は、あまり行われていない。そこで、安全・安心な中古市場の形成、部品の再利用について、行政、利用者、メーカー、通信事業者が議論した上で、新たなシステムを作ることが必要と考えられる。

第5章では、本研究の全体を総括し、本研究の成果が情報通信機器類の省資源へ与えるインパクトとその意義、今後の展望についてまとめた。

今後、世界規模で情報通信機器類の急増、高機能化により、資源使用量の増加が予測されるため、資源消費を抑制し、またリサイクル容易化を実現する設計指針が必要である。また、新たな情報通信機器を開発する場合、ライフサイクル全体の環境影響を評価し、設計段階へフィードバックすることが必要である。

また、本研究で開発した夜間衛星画像を使った資源蓄積量推定法は、全球的に利用が可能で、経時的な定量評価が可能であり、データ未整備地域の推定にも有効な手法である。他の資源についての適用可能性の検討や、推定精度の検証などが今後の課題である。

さらに、退蔵された携帯電話を回収することは、資源の散逸を防ぐために必要であり、そのためには積極的な回収システムの導入、部品・端末としての再利用を促す法整備、コンセンサスの醸成を検討すべきである。また、携帯電話についての環境意識が高まるような環境教育・情報の提供も必要である。一方、携帯電話から回収すべき資源として、これまでに回収の対象となっている基板からの金、銀、銅、パラジウム以外に、他の部品からタングステン、インジウム、ニッケル等を回収することも検討すべきである。

以上のように、本研究は情報通信に関する資源の課題を定量的に明らかにし、環境・経済の側面から評価し、さらに資源蓄積量の推定方法も提供するものであり、情報通信機器類に使用する素材の有効活用に資する知見を与えるものである。

表1 分析に供した携帯電話の機能、製造年の一覧

図1 携帯電話に含有される資源の重量

図2 携帯電話の資源回収による二酸化炭素排出量

図3 夜間光蓄積量と銅蓄積量の相関

図4 アジアの屋外通信設備の資源蓄積量の推定結果

図5 不用携帯電話による資源廃棄量の推定結果

図6 携帯電話の希望買取り価格

審査要旨 要旨を表示する

情報通信は、交通手段の代替や効率化により、地球の環境負荷の低減に寄与することが期待されている。一方、インターネットや携帯電話などの情報通信サービスの利用は世界規模で拡大傾向にあり、その運用に伴うエネルギー・資源の消費量は世界規模で増加することが懸念され、情報通信の環境負荷削減が緊急の課題である。

本論文は、持続可能な情報通信社会を構築する上で不可欠な情報通信機器の資源の有効活用を図る技術を開発するため、現在の課題を明らかにし、環境配慮設計指針の構築、資源蓄積量の推計方法の開発、高度リサイクル推進のための回収システムの改良方法を提案するものであり、その内容は5章から構成されている。

第1章では、地球環境と情報通信の関係を総括し、情報通信の環境負荷削減のための課題を示し、省エネルギーと比較して検討が遅れている省資源化を環境負荷削対策として推進することが必要であることを明らかにした。

第2章では、情報通信機器類の省資源設計を検討するため、携帯電話の事例研究を実施した。携帯電話は、高機能化が進んでいるが、その機能と資源使用量の関係を検討するため携帯電話の含有元素の定量分析を行った。その結果、携帯電話の高機能化により、資源使用量が増加してきていることを明らかにした。さらに携帯電話からの資源回収によるCO2削減効果は、基板などに使われているプラスチックが焼却されることにより生じるCO2排出量の増大により、相殺されてしまうことを示した。また、回収可能な金属資源を市場価格で評価したところ、平均110円程度となり、回収にかかる費用よりも低い。このような経済的な問題の解決が、携帯電話のリサイクル推進の課題の一つであることを指摘している。一方、携帯電話の多機能化により、他の電子機器(デジタルカメラ、ゲーム端末、音楽再生機等)を代替することにより資源消費量を削減する効果があることを定量的に明らかにした。

第3章では、将来、廃棄物となる情報通信機器類の資源蓄積量を把握することを目的として、統計データを用いた解析と、夜間衛星画像を使った推定方法を検討した。

通信用ケーブル、電柱について、統計データを用い資源蓄積量を推算し、それぞれ、53万トンの銅、340万トンのコンクリートと50万トンの鉄鋼が蓄積されていることを明らかにした。また、従来の資源蓄積量の推計はデータの入手可能性に依存していたが、その問題を克服するため、全球をカバーする人工衛星画像を用いた素材蓄積量の推計方法を提案している。まず、銅蓄積量と夜間光蓄積量に強い相関があることから、光蓄積量から銅蓄積量を推定することが可能であることを示した。次に、アジア地域の銅蓄積量を推計するとともに、屋外の通信設備に含まれる資源を推計した。その結果、アジアにおいては、日本よりも中国やインドにおける資源蓄積量が多く、その大部分はコンクリートであることを示した。

第4章では、情報通信端末類から廃棄される資源量を推定し、回収の意義を明らかにするとともに、利用者にアンケート行い、携帯電話の退蔵の状況、廃棄方法等について回答を得た。

まず、携帯電話から回収可能な金属類について、ポピュレーションバランスモデルを用いて推算した。その結果、1994年以降、銅だけでも約4,000tonが廃棄されていることを示した。また、2001年から2008年の間に不要となった携帯電話に含有される金は、16tonと推算されたが、回収された金は2tonと報告されており、約90%の金が回収されず、散逸している恐れがあることがわかった。さらに、アンケートの結果、退蔵している携帯電話の台数は平均で2.3台/人であることから、全国では約2.5億台の携帯電話が退蔵されていると推計している。さらに利用者が希望する携帯電話の回収方法は、買取りやデポジット、ポイント還元などの積極的な回収方法であることがわかった。希望する買取り価格は約1,400円と推定され、回収可能な資源の経済的価値として試算された110円と乖離するものであった。さらに、携帯電話の再使用や部品の再利用について、行政、利用者、メーカー、通信事業者が議論した上で、新たなシステムを作ることが必要と提言している。

第5章では、本研究の全体を総括し、本研究の成果が情報通信機器類の省資源へ与えるインパクトとその意義、今後の展望についてまとめている。

今後、世界規模で情報通信機器類の急増、高機能化に備えて、資源消費を抑制し、またリサイクル容易化を実現する設計指針が必要である。また、ライフサイクル全体の環境影響を評価し、設計段階へフィードバックすることが必要である。本研究は情報通信に関する資源の課題を定量的に明らかにし、環境・経済の側面から評価し、さらに資源蓄積量の推定方法も提供するものであり、情報通信機器類に使用する素材の有効活用に資する知見を与えるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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