学位論文要旨



No 126409
著者(漢字) 坪内,賢太
著者(英字)
著者(カナ) ツボウチ,ケンタ
標題(和) ペロブスカイト型酸化物を用いた抵抗変化不揮発メモリーに関する研究
標題(洋)
報告番号 126409
報告番号 甲26409
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7372号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 准教授 火原,彰秀
 東京大学 准教授 山口,和也
 東京工業大学 准教授 松本,祐司
内容要旨 要旨を表示する

近年、フラッシュメモリーに代わる新しい不揮発メモリーが盛んに研究されており、その中でもパルス電圧により抵抗が変化する現象を利用した抵抗変化メモリー(ReRAM)は特に注目を集めている。しかしReRAMはその動作原理が明らかになっておらず、性能向上の妨げとなっている。

そこで本研究では、ReRAMの動作原理を明らかにすることを目的として、コンビナトリアル手法を用いて抵抗変化に付随して起こる現象について詳しく調べ、その結果に基づいてメカニズムについて考察した。第1章では研究の背景について述べた。第2章では本研究で用いた実験装置について述べた。まず1枚のPr0.7Ca0.3MnO3(PCMO)薄膜上に7種類の金属電極を作製して電流-電圧特性を測定し、抵抗変化現象が金属電極との界面付近で起きていることを明らかにした。界面付近で起きている現象を解明するため、PCMOエピタキシャル薄膜を用いた積層型素子を作製し、抵抗変化に伴う静電容量変化の測定を行った。積層型素子においてもPCMO薄膜をエピタキシャル成長させ、本来の物性を測定するため、下部電極としてエピタキシャルLaNiO3薄膜を作製した。またそのために薄膜作製装置の改良を行った。抵抗変化におけるPCMO層の役割を明らかにするため、電圧を印加しながら薄膜の物性を測定しうる手法として背面入射型磁気光学Kerr効果測定装置の開発を行った。

第3章では、エピタキシャルPCMO薄膜上に各種電極を作製するというコンビナトリアル的手法で測定を行い、Al電極/PCMO薄膜/(Al以外の電極)という組み合わせのみが電流―電圧特性におけるヒステリシス、パルス電圧印加による抵抗変化を示すという結果を得た。Al電極では抵抗変化以外の前に、負の微分抵抗(forming)が見られた。Al以外の電極を用いた測定からは、接触抵抗が膜自体の抵抗と同じくらい大きいこと、ヒステリシスの有無と抵抗変化の有無は対応していることが分かった。4端子測定の結果から抵抗変化現象はAlとPCMOの界面またはその周辺で起きていることがわかった。

第4章では容量測定によってメカニズムに関する知見を得るため、積層型の構造を作製した。その際の下部電極層としてはLaNiO3を採用し、成長条件の最適化を行った。RHEED振動と成長後のRHEED像を指標としてレーザー強度や成長温度等を最適化したところ、ステップ&テラス構造を示す原子レベルで平坦な表面が得られた。薄膜の抵抗率は室温で300μΩcm程度であり、バルクと同様の金属的伝導を示した。この上にPCMO薄膜と上部電極を作製して測定したところ、第3章で見られたのと同様の抵抗変化現象が見られた。

第5章では容量-電圧特性とそれに基づく考察を行った。初期状態に+の電圧を印加していくと、+2V付近からほぼ線形な容量の低下が見られる。これはFormingに対応するものと考えられる。初期状態、高抵抗状態、低抵抗状態それぞれの複素インピーダンスは半円によってよく近似できた(Cole-Coleプロット)。最も抵抗の大きい層の特性がRとCとして現れる。初期状態においてもこの層の抵抗率はPCMOの抵抗率よりもはるかに大きく、初期状態においてすでに何らかの絶縁的な層が存在していることを示唆していた。この絶縁層の実体としてはAlOx界面層の形成が考えられ、Al電極を蒸着した時点で生じていることや熱力学データとも矛盾しない。Formingではインピーダンスの不連続な変化なしに容量の減少が見られることから、そのメカニズムとしてはAlOx界面層の厚み増加が考えられる。電圧印加による一種の陽極酸化によってAlOx層の膜厚が増加すると考えるとForming中のC-V特性を説明することができた。このモデルを検証するため、より高い電圧によるFormingを行ったところより大きい換算膜厚が得られ、さらに抵抗変化に必要な電圧も大きくなった。この結果は電圧印加によってAlOx界面層が成長していることだけでなく、抵抗変化がAlOx界面層への電界印加によって起きていることも示唆している。抵抗変化の前後のI-V特性では電流が電圧の2乗に比例する振る舞いが見られたことから、AlOx界面層における主な伝導メカニズムが空間電荷制限電流(SCLC)であることが示唆された。トラップが電圧の極性によって生成・消滅しているとすればSCLCを用いてこの抵抗変化現象を説明できる。そのような条件を満たすものとしては格子欠陥などが考えられる。

第6章では、抵抗変化素子におけるPCMO層の役割を明らかにするため界面付近の酸素欠損を磁性を通して検出する手法として背面入射磁気光学Kerr効果測定装置の開発を行った。光弾性変調法を用いることで小さい回転角を検出することができた。基板の影響について詳細に検証を行い、透明な基板であれば基板の吸収や反射の影響は問題にならないことや、ファラデー回転の影響は基板のVerdet定数に比例しており、通常の基板では無視できるほど小さいことが明らかになった。背面入射MOKEは界面付近の磁性の評価に有用な手法であると示すことができた。

以上のように、コンビナトリアル手法を用いてReRAMの抵抗変化現象を解析した結果、電極とペロブスカイト型酸化物薄膜の界面で生じた酸化物層において抵抗変化が起きていることが明らかになり、主な伝導メカニズムが空間電荷制限電流であることを見出した。本研究で開発した手法及び測定装置は他の酸化物を用いた機能性素子の評価にも応用できるものである。

審査要旨 要旨を表示する

近年、フラッシュメモリーに代わる新しい不揮発メモリーが盛んに研究されており、その中でもパルス電圧により抵抗が変化する現象を利用した抵抗変化メモリー(ReRAM)は特に注目を集めている。しかしReRAMはその動作原理が明らかになっておらず、性能向上の妨げとなっている。

そこで本研究では、ReRAMの動作原理を明らかにすることを目的として、コンビナトリアル手法を用いて抵抗変化に付随して起こる現象について詳しく調べ、その結果に基づいてメカニズムについて考察した。

第1章では研究の背景について述べた。第2章では本研究で用いた実験装置について述べた。まず1枚のPr0.7Ca0.3MnO3(PCMO)薄膜上に7種類の金属電極を作製して電流-電圧特性を測定し、抵抗変化現象が金属電極との界面付近で起きていることを明らかにした。界面付近で起きている現象を解明するため、PCMOエピタキシャル薄膜を用いた積層型素子を作製し、抵抗変化に伴う静電容量変化の測定を行った。積層型素子においてもPCMO薄膜をエピタキシャル成長させ、本来の物性を測定するため、下部電極としてエピタキシャルLaNiO3薄膜を作製した。またそのために薄膜作製装置の改良を行った。抵抗変化におけるPCMO層の役割を明らかにするため、電圧を印加しながら薄膜の物性を測定しうる手法として背面入射型磁気光学Kerr効果測定装置の開発を行った。

第3章では、エピタキシャルPCMO薄膜上に各種電極を作製するというコンビナトリアル的手法で測定を行い、Al電極/PCMO薄膜/(Al以外の電極)という組み合わせのみが電流―電圧特性におけるヒステリシス、パルス電圧印加による抵抗変化を示すという結果を得た。Al電極では抵抗変化以外の前に、負の微分抵抗(forming)が見られた。Al以外の電極を用いた測定からは、接触抵抗が膜自体の抵抗と同じくらい大きいこと、ヒステリシスの有無と抵抗変化の有無は対応していることが分かった。4端子測定の結果から抵抗変化現象はAlとPCMOの界面またはその周辺で起きていることが分かった。

第4章では容量測定によってメカニズムに関する知見を得るため、積層型の構造を作製した。その際の下部電極層としてはLaNiO3を採用し、成長条件の最適化を行った。RHEED振動と成長後のRHEED像を指標としてレーザー強度や成長温度等を最適化したところ、ステップ&テラス構造を示す原子レベルで平坦な表面が得られた。薄膜の抵抗率は室温で300μΩcm程度であり、バルクと同様の金属的伝導を示した。この上にPCMO薄膜と上部電極を作製して測定したところ、第3章で見られたのと同様の抵抗変化現象が見られた。

第5章では容量-電圧特性とそれに基づく考察を行った。初期状態に+の電圧を印加していくと、+2V付近からほぼ線形な容量の低下が見られる。これはFormingに対応するものと考えられる。初期状態、高抵抗状態、低抵抗状態それぞれの複素インピーダンスは半円によってよく近似できた(Cole-Coleプロット)。最も抵抗の大きい層の特性がRとCとして現れる。初期状態においてもこの層の抵抗率はPCMOの抵抗率よりもはるかに大きく、初期状態においてすでに何らかの絶縁的な層が存在していることを示唆していた。この絶縁層の実体としてはAlOx界面層の形成が考えられ、Al電極を蒸着した時点で生じていることや熱力学データとも矛盾しない。Formingではインピーダンスの不連続な変化なしに容量の減少が見られることから、そのメカニズムとしてはAlOx界面層の厚み増加が考えられる。電圧印加による一種の陽極酸化によってAlOx層の膜厚が増加すると考えるとForming中のC-V特性を説明することができた。このモデルを検証するため、より高い電圧によるFormingを行ったところより大きい換算膜厚が得られ、さらに抵抗変化に必要な電圧も大きくなった。この結果は電圧印加によってAlOx界面層が成長していることだけでなく、抵抗変化がAlOx界面層への電界印加によって起きていることも示唆している。抵抗変化の前後のI-V特性では電流が電圧の2乗に比例する振る舞いが見られたことから、AlOx界面層における主な伝導メカニズムが空間電荷制限電流(SCLC)であることが示唆された。トラップが電圧の極性によって生成・消滅しているとすればSCLCを用いてこの抵抗変化現象を説明できる。そのような条件を満たすものとしては格子欠陥などが考えられる。

第6章では、抵抗変化素子におけるPCMO層の役割を明らかにするため界面付近の酸素欠損を磁性を通して検出する手法として背面入射磁気光学Kerr効果測定装置の開発を行った。光弾性変調法を用いることで小さい回転角を検出することができた。基板の影響について詳細に検証を行い、透明な基板であれば基板の吸収や反射の影響は問題にならないことや、ファラデー回転の影響は基板のVerdet定数に比例しており、通常の基板では無視できるほど小さいことが明らかになった。背面入射MOKEは界面付近の磁性の評価に有用な手法であると示すことができた。

以上のように、コンビナトリアル手法を用いてReRAMの抵抗変化現象を解析した結果、電極とペロブスカイト型酸化物薄膜の界面で生じた酸化物層において抵抗変化が起きていることが明らかになり、主な伝導メカニズムが空間電荷制限電流であることを見出した。本研究で開発した手法及び測定装置は他の酸化物を用いた機能性素子の評価にも応用できるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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