学位論文要旨



No 126410
著者(漢字) 上野,耕平
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,コウヘイ
標題(和) パルスレーザー堆積法によるAlN系窒化物半導体の成長と評価
標題(洋) Growth and characterization of AlN based nitrides by pulsed laser deposition
報告番号 126410
報告番号 甲26410
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7373号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

本論文はパルスレーザー堆積法(PLD法)を応用した基板薄膜界面制御によるAlN系窒化物半導体薄膜の高品質化、非極性・半極性面上へ結晶成長プロセス開発・メカニズム解明を通して、高効率紫外半導体発光素子材料の開発について述べたものである。

AlNおよびAlGaN混晶は3.4~6.0 eVのバンドギャップをカバーする直接遷移型半導体であり、かつ高い熱伝導率を有していることから紫外半導体発光素子材料として期待されている。これまでは、熱的・化学的安定性からc面サファイア基板上への結晶成長が行われてきたが、基板と薄膜との結晶構造や格子定数の違いに起因して高密度の結晶欠陥のため素子構造の高効率化は困難であった。またAlNおよび高Al組成AlGaNでは、c面上に素子構造を作製した場合、素子表面からの光取り出し効率が低下してしまうという本質的な問題があった。本論文はこれらの問題に対して、PLD法による低温成長技術を応用して、サファイアに代わる新しい格子整合基板の利用、非極性・半極性面上への結晶成長という2つのアプローチから紫外半導体発光素子材料の開発について論じている。

本論文は以下の7章から構成されている。

第1章では、AlN系窒化物半導体の基本物性及びヘテロエピタキシャル成長の現状について述べた後に、紫外発光素子の高効率化に向けた課題とその解決策について論じている。以上の背景を踏まえた上で、本研究の目的が述べられている。

第2章では、PLD法による窒化サファイア基板上へのAlNホモエピタキシャル成長について論じられている。窒化サファイア基板とは、c面サファイア基板の表面原子数層のみを窒化しAlNを形成した疑似バルク基板であり、この基板を利用することで結晶品質の向上が期待できる。素子構造の作製にはエピタキシャル成長技術が必要不可欠であるが、非常に膜厚が薄いためにAlN成長メカニズムについて不明な点が多かった。本研究では、成長前の基板表面窒化処理により界面構造を制御することで、窒化サファイア基板上へのAlNエピタキシャル成長に取り組んだ。窒化サファイア基板上に前処理を施さずAlNを成長した場合、基板表面の不均一さからAlNはダブルドメイン構造を形成してしまうことが分かった。一方、成長前に表面窒化処理を施すことでダブルドメインの混入を抑制でき、高品質なAlN薄膜のエピタキシャル成長を実現した。

第3章では、PLD法によるZnO基板上へのAlN室温エピタキシャル成長について論じられている。ZnOはAlNと同じ結晶構造をもち格子定数も近いことから、基板材料として利用することでAlN薄膜の高品質化が期待できる。また近年の水熱合成法の発達により大型のバルク単結晶が得られることから、所望の結晶面を切削・研磨することで、大面積非極性・半極性面基板の利用が可能である。しかしながら、ZnOは高温において化学的に不安定なため、ZnO基板の利点を活かすためには成長温度に着目した基板薄膜界面の制御が必要である。そこで、III族原料を高エネルギー状態で供給し成長温度を低減可能なPLD法により、c面ZnO(000-1)基板上へのAlN薄膜成長プロセスの開発・成長メカニズムの解明を行うことを目的とした。500℃以上の成長温度では、ZnO基板とAlN薄膜とのヘテロ界面の荒れが顕著に観察され、AlN薄膜の結晶品質が劣化してしまうことが分かった。一方、成長温度を300℃以下に低減することで問題となっていた界面反応を抑制でき、原子レベルで急峻なAlN/ZnO界面を実現した。また作製したc面AlN薄膜の結晶品質は大幅に改善しており、その表面は原子レベルで平坦なステップアンドテラス構造を有していることが明らかになった。またその成長温度は室温にまで低減可能であり、ZnO基板上へのc面AlN薄膜の室温エピタキシャル成長に初めて成功した。さらにその成長モードを解析したところ、ZnO基板上のAlN薄膜の低温成長はLayer-by-layerの2次元成長モードで進行していることが明らかになった。このように、PLD法による低温成長技術を利用することで、界面構造及び成長モードを制御することで、ZnO基板の結晶性を引き継いだ高品質なc面AlN薄膜のエピタキシャル成長を実現が可能であることが明らかになった。

第4章では、第3章で実現したZnO基板上へのAlN室温エピタキシャル成長技術を応用した非極性・半極性面ZnO基板上へのAlN薄膜のエピタキシャル成長について論じている。

従来のc面上に素子構造を作製した場合には、AlN及び高Al組成AlGaN の発光はE||cに強く偏光しているため、その発光は面内方向に伝播し、c面表面から取り出すことができない。この問題は、非極性・半極性面と呼ばれる結晶面上に素子構造を作製することで回避できる。そこで所望の結晶方位を有するZnO基板を利用することで、非極性・半極性面AlN薄膜成長プロセスの開発を行い、各結晶面上に作製したAlN薄膜の構造特性を比較・検討した。PLD法による低温成長技術による界面制御を行うことで、任意の非極性・半極性面AlN薄膜のエピタキシャル成長を実現した。また半極性面上では、格子緩和の際に導入されるミスフィット転位列が小傾角粒界を形成するという現象を発見し、c面の場合とは薄膜中の転位構造が異なることを見出した。さらに各結晶面上に成長したAlN薄膜の結晶性、表面平坦性を比較・検討したところ、c軸配向性の高いAlNでは、半極性面上への結晶成長が有望であることを見出した。

第5章では、ZnO基板表面に周期的ナノ構造を導入することで、半極性面AlN薄膜の結晶品質を改善するという新しい手法について述べている。まずR面ZnO(1-102)基板に大気中アニール処理を施すことで、その表面に数μmにわたって[11-20]方向に伸長し105cm-1以上の高密度に規則配列したナノストライプ構造が形成することを見出した。このような基板表面の周期的ナノ構造は、基板薄膜間のミスフィット応力に影響を与えるのではないかという着想に基づき、ナノストライプZnO基板上にAlN薄膜成長を試みた。作製したR面AlN薄膜の結晶性をX線ロッキングカーブ測定により評価したところ、結晶の揺らぎを表わす半値幅は500 arcsecと極めて狭いことが分かった。この値はナノ構造を導入していない基板上に成長したR面AlN薄膜に比べて小さく、ナノストライプ構造にはヘテロ界面におけるミスフィット応力を緩和し、結晶品質を改善する効果があると考えられる。

第6章では、半極性面AlGaN/AlNヘテロ構造を作製し、発光層となるAlGaN薄膜の偏光特性を評価することで、表面からの光取り出し効率を検討した結果について論じている。

第4章、第5章の成果に基づきZnO基板上にR面AlGaN/AlN(1-102)ヘテロ構造を作製し、その光学特性を偏光フォトルミネセンス測定により評価することで光取り出し効率について検討を行った。発光波長300nm以下に相当するAl組成50%以上のAlGaNでは、薄膜表面からの発光はE||cに偏光していることが確認された。このような偏光特性を有している場合、c面よりもR面の方が光取り出し効率が高いことが予想され、R面ZnO(1-102)基板上に紫外発光素子構造を作製することで、その特性の向上が期待される。

第7章では本論文のまとめと今後の展望について述べる。

以上、本論文はPLD法による界面制御技術を応用して、格子整合基板を利用したAlN系窒化物半導体薄膜の高品質化、非極性・半極性面上へ結晶成長プロセス開発・メカニズム解明を通して、高効率紫外半導体発光素子材料の開発について述べたものである。基板材料として窒化サファイアおよびZnOを利用することで、所望の結晶方位を有するAlN系窒化物半導体薄膜の高品質化を実現した。各結晶面上に成長した薄膜の構造特性・光学特性を比較・検討したところ、結晶性・光取り出し効率に優れた半極性面AlN薄膜上へ素子構造を作製することで、紫外半導体発光素子の高効率化が期待できることを見出した。

本論文で得られた知見は、紫外発光素子の高効率化・高出力化に向けて一役を担うものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、高効率・高出力紫外光源としてAlN系窒化物半導体を用いた紫外発光素子が大きな注目を集めている。しかしながら、サファイア基板上に成長したAlN系窒化物半導体薄膜では、サファイアとの結晶構造の違いに起因する高密度の結晶欠陥が発生し、発光素子の高効率化を妨げていた。一方、サファイアに代わってAlN系窒化物半導体に対して格子整合性の高い材料を基板として用いることで結晶の高品質化が期待できる。ところが、III族窒化物の一般的な成長手法であるMOCVD法やMBE法における成長温度は700℃以上と高いため、利用可能な基板材料は熱的・化学的に安定なものに限られてしまう。一方、PLD(Pulsed Laser Deposition)法においてはIII族原料が高い運動エネルギー状態で供給されるため、基板温度を低減してもマイグレーションが促進される。本論文では、PLD法による低温成長技術を用いることでサファイア代わる各種格子整合基板として窒化サファイア基板およびZnO基板に着目しAlN系窒化物半導体薄膜の高品質化、および紫外発光素子構造の検討に関してまとめたものである。

第1章ではAlN系窒化物半導体を用いた紫外半導体発光素子作製に関する問題点を挙げ、発光素子の高効率化には格子整合基板の利用による薄膜の高品質化および非極性・半極性面上への結晶成長が有効な手段として提案されている。格子整合基板上へのAlN系窒化物エピタキシャル成長には、PLD法による精密なヘテロ界面制御が必要であることが述べられている。また、これらの現状を背景として、本研究の目的が述べられている。

第2章では、PLD法による窒化サファイア基板上へのAlNホモエピタキシャル成長について論じられている。成長前の基板表面窒化処理により界面構造を制御することで、窒化サファイア基板の結晶性を引き継いだ高品質なc面AlN薄膜が作製可能であることを明らかにしている。

第3章では、PLD法によるZnO基板上へのAlN室温エピタキシャル成長について論じられている。ZnO(000-1)基板上へのAlN薄膜成長では、成長温度を300℃以下に低減することで、問題となっていた界面反応を抑制でき、原子レベルで急峻な界面を実現できることが述べられている。またZnO基板上AlN薄膜の低温成長はLayer-by-layerの2次元成長モードで進行することが明らかにされている。

第4章では、第3章で実現したZnO基板上へのAlN室温エピタキシャル成長技術を応用した非極性・半極性面ZnO基板上へのAlN薄膜のエピタキシャル成長について論じている。PLD法による低温成長技術とZnO基板とを利用することで、任意の結晶方位を有するAlN薄膜のエピタキシャル成長が可能であることが述べられている。

第5章では、ヘテロ界面における転位構造に着目しZnO基板表面に周期的ナノ構造を導入することで、半極性面AlN薄膜の結晶品質を改善するという新しい手法について論じている。

第6章では、半極性面AlGaN/AlNヘテロ構造の偏光特性に着目し光取り出し効率について論じている。高Al組成AlGaNからの発光の電場ベクトルがc軸方向に強く偏光しており、従来のc面上に比べて半極性面上への発光素子構造の作製が有利であることが述べられている。

第7章では本論文を総括し、本研究で得られた知見を実用化させるための展望が述べられている。PLD法によるヘテロ界面制御技術及び格子整合基板を利用したAlN薄膜の高品質化によりAlN系窒化物半導体を用いた紫外発光素子の高効率化が可能であり、特に深紫外域においては、光取り出し効率の観点から非極性面・半極性面上への素子構造作製が有効であることが述べられている。

以上のように、AlN系窒化物半導体を用いた紫外発光素子の高効率化に必要な窒化物半導体薄膜の高品質化、非極性・半極性面上への結晶成長に成功しており、今後のオプトエレクトロニクスおよび光化学の発展に大きく寄与するものとして高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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